月影。Act.5


メッセージ一覧

1: アラヤ式 (2003/05/29 21:54:00)[mokuseinozio at hotmail.com ]

「よっ!」

「……。」

夜12時の公園。

遠野志貴とエンハウンスは、再び対峙していた。

といっても、エンハウンスのほうは、昼間と同じYシャツ姿にジーパン。

ベンチに腰掛けている。

「……。」

「そんなに構えるなよ。ほら、隣に座れ。」

着席を促すエンハウンス。

秋も深まる公園。

肌寒い。

突然、ポンッと、エンハウンスが何かを投げた。

受け止める。

「飲めよ。」

ホットの缶コーヒー。

「どうした?缶なんか、じぃっと見つめてよ。」

「いや、なんか、懐かしくてね……。
前にも、似たようなことがあった。」

「へぇ。なんだよ、そりゃ。」

「俺の友達とさ、昔、夜中の公園で、同じように缶コーヒー飲んだんだ……。」

「……。その友達は、今どうしているんだ?」

「……死んだよ。俺が、殺した。」

「そうか……。」

そのまま、無言になる。

まだ、前の戦いの爪痕を残す公園。

修繕工事の途中。

唯一、残されたベンチに、人間と死徒は座っていた。

沈黙がつづく。

俯いたまま、静かに、死徒は口を開く。

「おまえさんに、聞きたいことがある。」

「俺もあるけど、あんたが先でいいよ。」

「わるいな。
……。
おまえさん、退魔の家系か。」

「ああ。あんた、日本のことに詳しいんだな。」

「吸血鬼の寿命は長い。
なにかやらないと、退屈に喰われちまうのさ。」

エンハウンスは笑う。

だがそれは、彼が初めて見せた、寂しい笑い。

「おまえさんの体術、洞察力、あらゆる側面からみて、
どう考えても、一朝一夕のモノじゃない。
そして、三次元運動能力。
もはやあれは、遺伝子にあらかじめ書き込まれていたとしか思えねえ。」

「そんな、大したモノじゃないさ……。」

「謙遜するな。たしかに俺は手加減はした。だけどな、
それは、魔剣アヴェンジャーの超抜能力のみ。
おまえの身体能力は、死徒27祖にも劣らない。」

「戦うたびにボロボロになる、アンタに言われてもね……。」

「ハッ。そりゃ、お互い様だろ?」

笑うオトコ二人。

話はつづく。

「とどめに、『直死の魔眼』。
神だろうが、悪魔だろうが、
問答無用で『死』をあたえる、究極の魔術回路。
断言するぞ。
おまえさんは、モノを『殺す』ために生まれた、全能の殺人者であり、
おれたちバケモノを『殺す』ために生まれた、究極の暗殺者だ。」

「ずいぶんといってくれるよな……。俺はそんなんじゃないよ……。」

「違うな。おまえさんは存在自体が完璧だ。どうしようもなく完璧なんだ。」

「そんなんじゃないよ。現に、アルクェイドだって……」

エンハウンスは、タバコに火をつける。

「『真祖の姫君』か。
あの女はな、人間に対する絶対的な懲罰者だ。
ま、絶対的な殺人者は別にいるが。」

フゥーと煙を吐き出す。

「真祖は、逃れられない吸血衝動のために血袋として、人から死徒を創った。
その死徒は、身体の維持のため、吸血し、死者を増やす。
人間は、そのみえない恐怖に晒されることで、超常的な現象におそれおののき、
ある一定の距離をおく。それが、人間を拘束する聖域っていうものさ。」

「……。」

「不愉快か?まあ聞け。
真祖の吸血衝動に理由がないのはそのためさ。
生まれたときから、すでに背負っているんだよ。
人類を管理する、絶対的な懲罰者としての使命をな。
それが真祖の王族Brunestud。
お前と同じ、まさに、呪われし運命だな。」

「俺は、そんな話、聞きたくない……。」

志貴は、顔を上げない。

エンハウンスは、足で吸殻を消す。

「……結論からいうぞ。
真祖・アルクェイド・ブリュンスタッドは、」

「〜〜!! やめろよ!聞きたくないって…いっているだろ!!」

「――――――。必ず、魔王になる。」

缶コーヒーは、とっくに冷めている。

遠野志貴は黙ったままだった。

わかっていた。

もう、アルクェイドの吸血衝動は限界に近いことを。

アルクェイドを17分割したあの日から、

遠野志貴の罪は、すでにはじまっていたということを。

エンハウンスは一瞬、志貴の顔を見た。だが、話は続ける。

「しかも、決して遠くない未来だ。
もしかしたら、短いおまえさんの寿命より、はやいかもな。」

「おまえ、なんでそのことを……」

「わるいな。シエルから全て聞いた。
情報は、鮮度が命だからな。」

「そうか。……。」

志貴は、ガックリとうな垂れる。

何が、

全能の暗殺者だ。

何が、

絶対の暗殺者だ。

何が、

退魔の家系だ。

何が、

直視の魔眼だ。

そんなもの、全然役に立たないじゃないか!!

志貴は、耐え切れずに嗚咽を漏らす。

「……!!おれは、おれは!!破壊することしかできない!!
おれは、モノを『殺す』ことしかできない!!
おれは、モノに『死』を与えることしかできない!!
おれは、何も救えないんだよ……。おれは、誰も救えない……。
アルクェイドも、救えない……。」

エンハウンスがふうっと一息つく。

彼は、空を見上げ始めた。

「今日な。シエルと夕飯を食いにいったんだ。まあ、メンテの交換条件みたいなもんだが。
たしか、『メシアン』っていうカレー料理屋だったかな。」

「……。」

「そしたらな。ハッ。アイツどうなったと思う?
そこの、揚げたてカレーパンみた瞬間、
頭のネジ一本とれたみたいに、厨房に駆け込んで、
『レシピ教えロー!!!!』の一辺倒でな。
おれ、あんまり恥ずかしいからよ。シエルの首ねっこひっつかまえて、逃げちまったんだよ。ははっ」

ハラを抱えて、豪快に笑うエンハウンス。

志貴もつい、つられて少し笑う。

「……。揚げたてカレーパンは、即死効果があるんだよ。」

「はははははははっ。違いねえ。あのときのシエルの顔ったらよ!
写真とって、バチカン中にばら撒いて、ナルバレックの野郎に見せたいくらいだったぜ!?」

「……そんなことしたら、先輩に、第七聖典ぶち込まれるぞ。」

大の男が2人して笑う。

「 ――――。人間らしく笑えるようになったんだな。シエルの奴。」

「エンハウンス……?」

いつのまにか、2本目のタバコに火をつけるエンハウンス。

「……昔のシエルはな。ロアに支配されていた時の、自分が犯した罪に押しつぶされていた。
『私は一刻もはやく、死ななければなりません。』が、奴の口癖でな。
死徒に対する憎しみは、そりゃもう、半端じゃなかった。
その当時は、『察戮梁綛埃圓きたって情報がくれば、死徒どもは震え上がったわけさ。」

「じゃあ、何でアンタはシエル先輩と?」

「同じさ。前18位を殺したばっかりの俺を、奴は浄化しにきた。
ひどかったぜ。第7聖典で半身をもっていかれたときは、ダメかとおもった。
だが、俺の体が、通常の死徒のそれではなく、半分まだ人間だったため消滅しなかった。
それに興味をもった奴が、教会と調停してくれたんだ。
後にナルバレックのクソ契約をうけて、俺は吸血鬼狩りの死徒となったわけさ。」

「そのころから、先輩とは、仲よかったんだな。」

「違うな。シエルはそのころ、教会禁制の聖葬法典の使役者を探していたんだ。
あの銃は、魔術回路の伝達領域がシビアすぎて、人間では扱えねえからな。
シエルは俺のことを、こう思ったんだろう。
「実験台にするくらいの生かす価値はある」とな。
左手を腐らせながらも、なんとか使いこなせたから、俺はシエルに殺されなかった。」

「そんな。先輩が……。」

「あのころのシエルは、真祖の姫君と同じ。感情を持たない処刑人だった。
……いや、違うな。「感情を持とうとしなかった」というのが正しいか。」

……。

言葉がない。

「だがな。」

エンハウンスの語気がかわる。

「おまえたちを殺そうしたとき、シエルが止めたろ?
驚いたぜ。おれは、奴とは数年の付き合いだが、
あんな静かな怒りを瞳に宿している、アイツを見たのは初めてだ。
教会の命令は絶対だったシエルが、真祖をかばうなんていう、反逆行為をするなんてな。」

「……先輩はもともと、そういう人だよ。」

「違うな。おまえがシエルを救ってやったんだ。」

「えっ?」

「おまえさんの姫君もそうさ。
おれみたいに無駄に長く生きるとな、ソイツの顔見ただけで、
ある程度、どんな奴かはわかるんだ。
それぞれが、結構重い過去を背負っている。それなのに、真っ直ぐ生きていやがる。
誰も救えない?バーカ。
おまえは、あんなに大勢の人間を、いっぺんに救っているじゃねえか。」

「エンハウンス……。」

「いい女っていうのいうのはな。いい男に磨かれてできるんだよ。
たがいに磨きあい、光沢を深めていく。
おまえさんの周りはほんと、いい女ばっかりだからな。」

胸のつっかえが、少しおりた気がした。

「エンハウンス、あんた、いい男だな。」

「……よせ。それ、すんごくむずがゆいぜ。」

どのくらい、話こんでいたのだろう。

夜は、まだおわらない。

死徒との邂逅。

そして、奴に質問をぶつけてみる。

「今度は、こっちが聞く番だ。」

「いいぜ。どんな質問でも、親切丁寧にお断りします。」

「ちゃかすなよ。
あんた、なんで『復讐騎』って呼ばれている?」

無言になるエンハウンス。

しばらく、黙って

口を開く。

「文字通りさ。俺の目標は、吸血種どもを一匹のこらず、殲滅することだ。」

「……。そんなに憎いのか。」

「憎いな。……あいつらはな、俺の家族を奪ったんだ。」

「……。」

エンハウンスは、自分の過去について語る。

無感情。

「おれはな。

第一次世界大戦後のドイツのまっただなかにいた。

そのころの社会状況は、それは、凄惨を極めていた。

盗み・殺人は至極日常的なこと。

俺も生きるだけで精一杯の毎日だった。

だが、そんなヤクザな俺も、人並みに恋をし、人並みに結婚して、子供もできた。

慎ましくもそれなりに幸せだった。

そんな普通の日常はな、突然やぶれちまった。」

「ある夜、黒翼公の眷属、死者どもが一斉に故郷の村を襲った。
俺たちの村は山間の本当に狭い地域でな。そこに目をつけられた。
泣き叫ぶ子供の目の前で、頭を食われた母親。
生きながらにして腸を引きづりだされた男。
村にいた人間はことごとく陵辱され、殺された。
俺はそのとき、初めて理解した。
地獄絵図っていうのはこういうのをいうんだなってな。」

吐き気がする。

俺も思い出す。

ネロ・カオスに、ホテル中の人間が喰らい尽くされたときのことを。

「そしてついに、俺の住んでいた家に、死者どもはきた。
あっという間だったよ。
妻と子供は、俺の目の前で、あっけなく喰われた。」

エンハウンスの目は、揺るがない。

「妻を喰った奴は、得意げにこういった。
『おまえのワイフ、クソ袋が一番美味かったぜ……』。
そのとき、俺は、もう壊れた。」

「逃げたんだ。おれは、逃げた。
村の人間を見捨てて、あまつさえ家族すら見捨ててな。
そんな俺にはもう、残された道は、一つしかなかった。」

そう。

「『復讐』。この世のありとあらゆる吸血種どもを、一人残らずブチ殺す。
それが、俺の存在理由であり、唯一の生きる目的なんだ。」

そうか。

「エンハウンス、あんた矛盾しているよ。」

「なんだと?」

「なんで、アルクェイドを殺さなかった?」

「……。」

「アルクェイドは真祖だ。おまえの最も憎むべき敵のはずだろ?
あのとき、シエル先輩を押し切って、殺すことはできたんじゃないのか?」

俺がそういうと、

エンハウンスは、とても困った顔をして頭をかく。

「うーん。……。嫌いじゃねえからな……。」

「えっ?」

「……嫌いじゃねえんだよ。
あの満月みたいに笑うお姫様、嫌いじゃねえんだ。」

「はあ?」

「……。それだけで、十分殺さない理由になるだろ……。」

もう聞くのは止せ、といいたそうなくらい、恥ずかしがっているエンハウンス。

志貴は、込み上げてくる笑いを、抑えきれなかった。

「ははははははははは。あんた、本当に『復讐騎』なのかよ!!」

「うるせぇ!!俺はな、基本的に、吸血鬼は大っっっ嫌いなんだよ!!」

空には、蒼い月。

男2人は、わらっていた。

まるで、数十年来の知己のように。

このとき、俺は、隣に座っている男が死徒だということをすっかり忘れていた。

「……志貴、おまえさんに、謝んなきゃいけないことがある。」

不意に、笑いを止めるエンハウンス。

「なにが?」

「姫君を、殺戮人形だなんて言ったことさ。」

先の戦いで、志貴が激昂し、エンハウンスと戦うきっかけとなった言葉。

「……単なる、挑発だったんだろ?」

「違う。あれは本音だ。
おれが知っている真祖の姫君はな、魔王と死徒の処刑人だったんだ。
昔、姫君の戦闘を、一度だけみたことがある。
確実に急所を狙い、短時間で一気に仕留める正確な攻撃。
圧倒的な力のポテンシャル。
まさに、完璧な機械だった。
無駄なんて、一つも見当たらなかった。」

「……。」

「だけどな、こんな極東の国で真祖の姫君を見つけてみれば、
なんてことはない。
おまえが傷付くたびに、姫君は一喜一憂し、
おまえが殺されそうなときは、自らかばって立ちはだかる。
無駄の塊みたいな女になっていた……。」

「……。」

「それに、姫君は、よく笑うよな。」

「……。アルクェイドの笑顔、俺、すきだから。」

「……おれも、嫌いじゃない。
助けたいよな。
惚れた女がなんであろうと、今この時に、一人しかいないんだからな。」

「ああ。
俺は、アルクェイドを幸せにしたい。
その先が例え、どんな結末になろうとも、
俺は、アイツに対する責任を果たさなきゃいけないんだ。」

もう、迷わない。

遠野志貴は力強く、そう言った。

すると、エンハウンスは立ち上がり、志貴の前に立つ。

「『真祖の騎士』。
……いや、遠野志貴。
俺と、組まないか?」

「なんだって!?」

「志貴、この世にはな、俺らバケモノですら、想像できない未知の力が存在する。
『闇色の六王権』。
『タイプ・マーキュリー』。
『朱い月』。
『ガイア・アラヤの怪物』。
真祖の姫君はな、そんな超々越種の一端をになっている『白の姫君』だ。
この意味がわかるか?」

「……。」

「おまえの惚れた女はな、このアースの運命を、根底から覆しかねない女なんだよ。
本来は、運命に従うしか出来ない、この星の部品だったもの。
だが、お前はそれを変えてしまった。
おまえはな、巨大な機械の歯車に、石を投げてしまったんだ。」

「……。」

「おまえの投石は大きいぞ。
いままで人類が体験したことのない波紋となって、
おまえ自身、いや、周りも巻き込んで押し寄せてくる。
そんな時、おまえはどうする?」

「……。」

「簡単だ。押し返せばいい。
おまえは、その力をもっている。」

「……。」

「そして、押し寄せてくる波の一つに、
吸血鬼の頂点、死徒27祖がいる。
それが、俺たちの狙いだ。」

「……。」

「奴らは、この星の根源に関する、何らかの情報をもっている。
完治とまではいかないが、姫君の吸血衝動を抑える、手がかりは持っているはず。
おまえはそれを狙うんだ。」

「……。エンハウンス、アンタは?」

「決まっているだろ?俺は奴らをぶっ殺す。」

「でもそれじゃ……」

手がかりと一緒に消えてなくなる……。

エンハウンスは、そんな志貴の心を見透かしたようにこういった。

「甘いな。奴らは情報を簡単には渡さない。
情報の漏洩は、即、己の死に繋がるからな。
力づくで、奪うしかないんだよ。
ハラくくれ。遠野志貴。
俺に、賭けてみろ。」

「……。」

向かいあった人間と吸血鬼。

夜風が、通り過ぎる。

彼の答えは、

最初から決まっていた。

「……組もう。エンハウンス。

俺は、吸血鬼とはじめて戦った時点で、

この血みどろの世界の住人になっているんだ。

今さら、逃げることはできない。

アンタに、この命あずけるよ。」

志貴が手を差し出す。

エンハウンスはその手を、力強く握り返した。

「こちらこそだ。遠野志貴。
いまから俺たちはチームだ。
頼りにしているぜ。」

月下、

ここに、死徒と人間の共同戦線が誕生した。


記事一覧へ戻る(I)