月下の蜃気楼(1-下)


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1: 嘉村 尚 (2003/02/17 00:51:00)


誤算だった。

コイツはこういう奴だったんだ。

自分の迂闊さを呪いつつ天を仰いだその時、不意にノックの音が響いた。

しまった!!まずい、騒ぎが階下にも聞こえていたのか、いつもより早い時間に
翡翠が来てしまったようだ。

反射的に自分とアルクェイドの口を両手で塞ぐ。

しかしあえて返事はしない。

遠野家は由緒ある洋館だけあって、その造りも見た目どおり重厚で音も部屋の前でも
ない限りそれほど外には漏れないはずだ。
それに一年前のこともあってか、翡翠は俺を起こしに来るのと同時に秋葉に言われて
俺の顔色や健康状態もチェックしてくれている節があるらしく、起きていると返事を
しても必ず中に入ってくる。

それを考えると今ここで返事をするのは得策ではない。

俺は努めて冷静を装いつつ、アルクエイドを小声で再びなだめにかかった。
「気持ちは嬉しいけど。翡翠はただ起こしに来るだけじゃなくて、俺の健康状態も
チェックしてくれているんだ、ほら俺、体弱いだろ…。あ、そうだ!それに今日は
俺もう起きている訳だから翡翠に寝顔なんか見られないだろ?なっ?な?」
とアルクェイドを一気にたたみかける。

「あっ…。そっか…。」
よしっ!!いいぞ!!アルクェイド扱い易い!!

「だから、今日のところはおとなしく家に帰ってくれ。たのむ!」
「えー。でも…」
渋るアルクェイドだが、この程度ならなんとかなると踏んだ俺は再度たたみかける。
「今度、この埋め合わせは必ずする。だから…なっ?」
半ば懇願に近い状態で続けた。

「そ・そうだ、それにアルクェイドも仕事に間に合わなくなるだろ!俺は前にも
言ったが自分の仕事に責任感の持てないヤツが嫌いなのはお前も知ってるだろ?」

「うん…知ってる…。」
もアルクェイドは殊勝に頷くと、ベッドを降りた。

話が逸れるが、アルクェイドが一年前の事件の後この三咲町に住むことになった
わけだが、それにあたって、定職についていたりする。
しかも信じられない話だが、学校で語学の講師として教鞭をとっていたりする。

余談ではあるが彼女の職場が決まるにあたって、かなりもめた事はいうまでもなく、
最初は、あろう事か俺の高校の教師になろうとしていた。
しかし俺と秋葉の強い反対でそれだけは回避できた。

それでも最初はシエル先輩だけズルイと駄々をこねていたが、俺の“日本では現職の
教師と在校中の生徒は絶対に結ばれない呪いがあって、これは如何なる概念武装を
以ってしても絶対に破れない呪いなんだ。”と一部の人々が聞いたら剃刀をダース単位
で送ってきそうな俺の戯言を本気にして断念してくれた。

だが、次にアルクェイドが選んだ学校は俺の高校と繁華街の中間に位置する大学で
別名“ナンパ大学”と呼ばれる大学だったりした。

これには俺のこれ以上ない反対と、このときは何故か秋葉も俺の味方になって一緒に
なって反対してくれた。

アルクェイドは最初こそ渋っていたが、琥珀さんがアルクェイドに一言耳打ちすると
何故かうれしそうに従ってくれた。

……琥珀さん。いったいどんな洗脳方法をつかったんだ……?

その時の俺は何で秋葉までが一緒になってアルクェイドのナンパ大学行きを反対してくれた
のか、よく分らなかったが、琥珀さん曰く“アルクェイドさんが志貴さんの学校の近くに
いるのが厭なんですよ”との事である。

ちなみに、アルクェイドに嫌悪を抱いている筈の秋葉が、アイツの就職の相談に口を
挟むのも同様の理由かららしく、要は定職も持たずプラプラしていると、俺の生活に
悪影響を及ぼすからだとか……。

結局アルクェイドは、秋葉の紹介により浅上女学院の中等部で英語及び第二外国語の
講師をする事になった。
ちなみに秋葉の通っている浅上女学院は隣の県にある折り紙付のお嬢様学校なので、
アルクェイドの足でも片道1時間はかかるらしい。

また折り紙付きのお嬢様学校である浅上女学院では中等部でも英語以外に語学を
選ばなくてはならないらしい。

俺といつも普通に日本語で話しているから時々忘れてしまうが、アルクェイドは故郷の
ルーマニア語は勿論、英語も堪能で歯切れの良いクィーンズ・イングリッシュは
どことなく音楽的な響きさえある。
また俺と映画を見に行く様になってからは流れる様なアメリカン・イングリッシュも
いつのまにか習得してしまっていた。
その他にもフランス語・ドイツ語・スペイン語・イタリア語、等のヨーロッパ圏の
言語は勿論、中国語(主に共通語の北京語だけらしいが)、アラビア語、そして勿論
日本語もしゃべれる。

他にも前に見た映画に出てきた小道具のラテン語文献のスペルミスを指摘したり博物館の
楔形文字を読みこなしていたときは正直、コイツの意外性に少なからず驚かされた。

その語学力及び博識ぶりに当初は浅上女学院の大学の方で講師をする話もあったらしいが、
それは遠野家の当主としての秋葉の圧力でそれは無くなったらしい。
まあ、この理由に関してはなんとなく想像はつく、一年半後には秋葉も大学生だしな。
アルクェイドに物を教わるのが我慢ならないんだろう。

しかし、社会の仕組の知識はあっても社会経験の無いアルクェイドのヤツは、
よりにもよってその初出勤の日にいきなり無断欠勤をしたのである。
そんなアルクェイドの無責任さに、半ば本気で腹を立てた俺はアルクェイドに
“自分の仕事に責任感を持てないヤツとは一緒にいたくない!”と告げて以来、
アルクェイドは、欠勤はもとより遅刻もしてないらしいから、これには正直かなり
驚きつつもあの我侭なアルクェイドが俺の言葉をしっかり守ってくれていることに
少なからず頬が緩んでしまう。

そんな回想を破るかのような、扉をノックする無機質な音が響き、翡翠の落ち着いた
声音が聞こえてきた。

「志貴さま、起きていらしゃるのですか?」

俺は声をひそめつつも、もう翡翠が戻ったのかと時計の方に視線を泳がせる。
長い間回想に耽っていた気がしたが、実際は1分も経ってなかったみたいだ。

施錠されて開かないドアのノブをゆっくりと回す無機質な音が何度か部屋に響いたが、
やがて静かになった。

翡翠のため息が聞こえた気がした。

諦めて、琥珀さんにマスターキーを借りに行ったのだろう。

これであと10分は稼げる。
まずは人安心だな…。
俺は安堵から、大きく一息つく。

しかし翡翠が戻る前にアルクェイドを帰さないと、さっきの白昼夢の生き地獄が現実のもの
となってしまう。
そんな最悪の事態を避けるべくアルクェイドを帰そうと思案していると廊下から話声
が聞こえた。
「あら、翡翠ちゃん、今日は志貴さんもう起こせたの?」
「……姉さん?」
え?琥珀さん?なんで、今日に限って琥珀さんが?いつもは食事の用意をしている
筈なのに。
「ん?翡翠ちゃん、困った顔をしちゃってどーしたの?……あらあら、志貴さんたら、
また鍵かけて寝ちゃったのね…。本当に夜に自室に鍵なんかかけちゃったりして、
いったい何やってるのかしらね?…って男の子ならしょうがないのかしら…。ねっ?
翡翠ちゃん?」

「…………」
「やだ翡翠ちゃん。赤くなっちゃって何考えてるのよ、もうっ」
琥珀さんの鈴のような笑い声が聞こえる。

う〜。琥珀さん、そういうあらぬ誤解を生む発言はしないでほしい……。

「やーねー翡翠ちゃん。そんなに睨まないでよー。はいはい、マスターキーだったわね。
ちょっとまってね。どこのポケットにしまったかしら?んしょ…。」

げ!?琥珀さん、なんでマスターキーなんか持ち歩いてるんだよ!
マスターキーは、琥珀さんが管理してはいるが、屋敷の鍵を統べる重要なもののため、
通常は親父が当主だったころの使用人控え室で厳重に保管されている筈だった。

焦ってアルクェイドのほうを振り返るとアルクェイドは既に身支度を済ませていた。

全身白でコーディネートされた、パンツスーツ姿である。
アクセントとして首元にはコバルトブルーを基調とした夏らしい色合いのシルクと
思しき素材のスカーフが巻かれている。

少し前までは、服には特に気をまわしていなかったアルクェイドだが、ようやくの思いで
秋葉から許可を得て始めたバイトの初月給で、アクセサリーをプレゼントしてからは、
アルクェイドも世間一般の女の子達の服飾品などに興味を持つようになった。
まぁ、最初こそは自身を飾るという無駄を楽しんでいるといった節があるようだったが、
それでも俺に服を褒められると嬉しいのか、最近は色々な服を着ていたりする。

といってもその殆どはファッション誌を見て天然素材をベースに空想具現化で創り出した
ものらしい。

尤も正確には空想具現化と固有結界を折衷したもので、自然物にしか影響を与えられない
空想具現化と自然を離れた人工物を含む全ての事象に影響を及ぼせるが、その形が決められず
制御が難しい固有結界の良いとこ取りらしく、これらの矛盾した性質を同時に取り入れるのは
理論上は不可能だとアルクェイドは言ってたけど、アルクェイドの体に密着している限りは、
その矛盾点が世界からの修正は受けなくても済むとか、済まないとか…。

まぁ、そんな小難しいことはともかく、身長こそはそれ程高くないものの、そのスーパーモデル
顔負けの均整のとれたプロポーションのアルクェイドは、実際何を着ても似合っていた。

「ん?どうしたの志貴?ぼーっとしちゃって。」

思わず自分の状況も考えずに見惚れてしまっていたらしい。

「ん…ああ、いやなんでもない。」

廊下から、再び琥珀さんの声が聞こえる。
「…んしょ、あれれ、あっ、あったあった。はい!翡翠ちゃん!マスターキー!
……なんだかドキドキするわねぇ……翡翠ちゃん。いま開けたら、志貴さんの
あられもない寝姿が見れちゃったりするかもしれないわよー」
琥珀さんは、そう言うと一人できゃーきゃー言って翡翠に振る。

「…ね、姉さん…」
翡翠の戸惑った声が聞こえる。
きっと耳まで真っ赤になって、硬直しているんだろうな…。

どんな、想像をされているかあんまり考えたくないけど…。

それはともかく大ピンチだ。

「ア、アルクェイド、そろそろ行かないと、ほ、本当に間に合わなくなるぞ!」
「もう、わかってるわよ!それじゃぁ、志貴。約束忘れないでよ!」
「や、約束って?」
いつ翡翠が入ってくるかと考えると落ち着かず答える

アルクェイドが、形の良い上唇を前に突き出しすねた顔をする。
「もう、埋め合わせの約束よ!」

「ああ、そのことか。大丈夫忘れてな…。」
言葉を最後まで言い終わる前にアルクェイドの柔らかい唇が俺の口を塞いでいた。
「な!?」
いきなりのことに、何が起こったのか脳が理解できずにいると…。

「そういえば、わたしまだ志貴に朝の挨拶してなかったよね。だから、おはようの
キス。それじゃね志貴、約束忘れないでよ!」

アルクェイドは、あっけらかんとした笑顔でそう言うと窓から風のように出て行った。

額に浮かんでいた汗を拭った俺が安堵の溜息をつきながら、ゆっくり後ろを振り返ると、
翡翠が無表情で窓辺にたたずむ俺を見つめていた。

横には、笑顔の琥珀さんもいる。

冷たい汗が背筋を走る。

アルクェイドが部屋にいたことがバレた!?

しかもキスされた瞬間を見られた!?

まさか、さっき幻視した最悪のシナリオ以上の展開があったなんて思いもよらなかった。


神様、夢ならどうか覚ましてください…。

おそるおそる、翡翠の方に顔を向けると、翡翠はいつもどおり慇懃にお辞儀をした。
「お早うございます。志貴さま。起きていらしたのですか?」
「あら、志貴さん起きていたんですか?残念ね〜翡翠ちゃん」
「ね・姉さん…」
翡翠が頬を赤く染める。

見られて…なかった……。

一日が始まって間もないに、既に何度目かわからなくなってしまった安堵の溜息を
大きく吐いていた俺は苦笑を浮かべながら目いっぱい脱力した。

「どうしたんですか?志貴さん、窓なんか眺めて何かいい物でも見えるんですか?」
琥珀さんはそう言いながら、俺の方に来ようとした。

まずい、今外を見られると防犯カメラの死角を通る為の遠回りをしてるアルクェイド
が見つかってしまう。

「わー。わー。なんでもないんだ琥珀さん。」
俺は両手を頭上で振りながら琥珀さんの視線を遮ろうと琥珀さんに歩み寄ろうとした俺は
床に落ちたままのブランケットに足をとられて琥珀さんのいる方に大きくバランスを崩す。
「きゃっ!」
なんとか琥珀さんにぶつからないように避けたものの、転倒は免れそうにない。
「志貴様!!」
そこにバランスを崩した俺を支えようと近くにいた翡翠が手を伸ばすが、支え切れずに
翡翠のバランスも崩れる。

俺は翡翠と一緒に転倒しつつも翡翠が怪我をしないように身体をひねり、翡翠をかばう。
背中を強打して一瞬息が詰まる。
背中からの内臓を突き抜けるような転倒の痛みに眉をしかめつつ目を開けると、自分の胸に
翡翠の頭があった。

「………………」
翡翠は顔を真っ赤にして硬直してしまっている。

「………………」
翡翠の恥じらいが伝染したのか、俺もそのまま動けなくなってしまう。
心臓の鼓動が早くなる。

俺は努めて冷静を装いつつ、かろうじて言葉を紡ぐ。

「ご、ゴメン、翡翠。だ、大丈夫か?」
「…は、はい、志貴さまが、身体をひねって助けてくださったので…」

そこに不意に琥珀さんの声がした。
「あらあら、志貴さん。朝から大胆ですねぇ。それに翡翠ちゃんも赤くなっちゃって
、可愛い〜」
その嬉しそうな声に、俺も翡翠も一瞬にして硬直が解けて飛びのき、お互いに明後日の
方を向いた。

なんとか冷静を装いつつ、再度翡翠に謝り、すぐに下に行くと秋葉に伝えるように
頼む。

「かしこまりました。志貴さま、その前に昨日着ていらしたお召し物を洗濯に出し
ますので、頂けますか?」

翡翠も口調こそ冷静に聞こえるが、その端整な顔にはまだ赤みが残っていた。

「あ、うん…。ありがとう翡翠」
アルクェイドがさっきまで着ていた俺のワイシャツがベッドに無造作に脱ぎ捨てられて
いたので、それを翡翠に渡す。

瞬間、翡翠の顔が一瞬だけ厳しいものになった。
そして、翡翠はおもむろに顔にワイシャツを近づけた。

「……女性の移り香がします。」

顔が引きつるのが自分でもわかった。
「志貴さま。昨夜は、お帰りが遅かったようですが……。遅くなられる場合は必ず
ご連絡をくださるように、何度もお願いしているはずですが……。」

さっきの赤くなっていた表情が嘘の様にいつもの無表情になる。しかし、その目にはいつもと
違い冷たい光がたたえられている。
口調も同じ筈なのに、その声はなんだか、いつもより硬質な感じがした。

俺がそんな翡翠の無言のプレッシャーに動けずにいると…。

「あらあら、翡翠ちゃんってば、いつもは志貴さんに“使用人は主の予定に従うのが
当然の義務です”とか言ってるのに……もしかして翡翠ちゃんヤキモチ焼いてるの?
翡翠ちゃんってば、可愛い〜!」

琥珀さんは顔を紅潮させ、目に星を浮かべながら両の掌をクリスチャンのように組んで
翡翠を見つめる。
「ね・姉さん…」
琥珀さんの言葉に再び顔を赤らめる翡翠。
でもこれで矛先がそれた。

ありがとう琥珀さん。
俺は目で琥珀さんにお礼を言う。
琥珀さんは、そんな俺のアイコンタクトの意味を分かってか俺に笑顔を返す。

「……でも、いけませんよ。志貴さん。学生さんが平日からそんな自堕落な事じゃ」

訂正、…全然分かってくれてなかった。

琥珀さんは、赤らんだ頬を手で押さえつつ、笑顔で鎮火しかけた炎にガソリンを注ぐような
事を言ってのけた。

「琥珀さん。俺は何もやましい事なんてして無いですよ」
「やましい事?私は別に学生さんが平日なのに遅くまで遊んでいるのは良くないですよー
って言っただけですけど……。それとも、何かヤマシイ事でも思い当たるんですか?」
と、しれっと笑顔で返してくる琥珀さん。

まずい、完全に琥珀さんのペースに乗せられてしまっている。

そこへ意外なところから助け舟が入った。


「兄さん!いつまでそんなところにいるのですか?いいかげんにしないと遅刻して
しまいますよ!そもそも兄さんは遠野家の長男としての自覚に欠けています!」

声のした方をに視線を向けると妹の秋葉がいた。

漆黒のまっすぐな黒髪、強い意志の宿った瞳に凛とした眉。
完璧なまでの良家のお嬢様。
いつもなら朝のこの時間は優雅に居間でブレックファースト・ティーを楽しんでいる
筈の秋葉が今朝は珍しく、こんなところにやって来た。

俺が、そんな秋葉を訝しんでいると…。

「昨晩は、兄さんの帰りが遅かったので夜のティータイムが退屈でした。ですから
今朝は私とのブレックファーストティに付き合っていただけますか?」

う…。疑問形だが有無を言わさぬ口調だ。

秋葉も遠まわしに俺の帰りが遅かった事を非難しているみたいだ…しかし、その程度
の事で機嫌が直るのなら安いものだ。

それに秋葉には今のところ、さっきの翡翠とのやり取りはバレてはいないみたいだし。

「秋葉さま。実は志貴さんったら……」
「わーわー。ご・ごめん秋葉すぐに下にいくよっ!!」
琥珀さんは何か恐ろしいことを秋葉に告げようとした。

「いきなりどうしたんですか。志貴さん?急に大声を出されたりして?」
琥珀さんは、楽しそうに笑っている。

この人絶対楽しんでるよ…。

「い、いや、な、なんでもない。なんでもない。じゃ、じゃぁ秋葉、俺もすぐに行く
から先に居間で待っててくれ」

秋葉は訝しげな表情で俺を見ていたが、俺の言葉に頷くと踵を返した。
「わかりました。では先に行ってお茶の用意をしておきます。琥珀、翡翠、行くわよ」

秋葉は二人を促しつつドアの方に向かう。

ドアのノブに手をかけた秋葉が、思い出したかのようにふと立ち止まると振り返り
ながら俺に微笑みかけてきた。

「そういえば先ほど居間の窓から、この屋敷にいる筈のない泥棒猫が兄さんの部屋の窓から
出て来る姿が見えたのですが、ティータイムでは勿論その件に関しての素敵な弁明をお聞かせ
頂けるのですよね?」

口元は笑っていたが、目が全然笑ってなかった。
気のせいか、秋葉の背後からゴ・ゴ・ゴゴゴゴといった感じの地響きの様な効果音まで
聞こえてきそうな雰囲気である。

そんなアナコンダに睨まれたアマガエルの様に、秋葉からの視線を外せずにいると、後ろの
そう、丁度翡翠のいるあたりからも、似て非なる無言のプレッシャーを背中に感じた。

秋葉の視線が燃え滾る(たぎる)マグマに喩えるのなら、翡翠のそれは、さながら静寂の中の
永久凍土だろう。

そんな対極に位置している2つの視線に射すくめられる俺…。

琥珀さんは、そんな俺たちの様子を、あらあら、まあまあと、それは楽しそうに
微笑みながら眺めている。

ま・まずい。

ある意味ネロやロアと対決したとき以上に生命の危険を感じていた。
冷汗が後から後から噴き出してきて、頬を伝い足元に染みを作っていく…。


それから秋葉が遅刻しないぎりぎりまでの数十分間、秋葉と2名のオブザーバーを
交えたティータイムとは名ばかりの尋問が熾烈を極めた事は言うまでもない。

                了


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