空と月の死期〜漆章・月の処刑人〜


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1: 舞姫ますたー (2003/01/14 00:37:00)

空と月の死期〜漆章・月の処刑人〜



「ちっ…体が思うように動かん」

何本か骨が逝ってるか…

しかしまた、厄介な奴が来たもんだ。

魔術師はそう思った。

彼女にとって大抵の者は障害足り得ない。

それが例い人外であろうと、彼女は退ける自信があった。

それだけの実力を持ち合わせていたし、周囲の者達もそれを封印指定という解り易い形で表している。

つまりはそう、彼女にとって、たった一人を除いて敵とは常に『自分より劣るモノ』だった。

あの孤高の破戒僧でさえ、自身の結界内という限定条件が無ければ彼女を打倒しえなかっただろう。

現に、さして実力の変わらない近代魔術の父と呼ばれた者の末裔を彼女は歯牙にもかけなかった。

だから彼女にとって、純粋に固体として厄介と感じる相手は二人目だった。

それもそのはず、彼女が襲撃を受けた相手はそんなレベルを超越していた。

人外という一括りで人でないものを別離させるなら、ソレは間違いなくその中でも頂点に位置するものだ。

見れば死ぬ。

死にたくなければ見るな。

まるで古代ケルトの暗黒神を前にしたような、一見過度すぎるその警告は、されど確然たる事実だった。

アルクェイド=ブリュンスタッド。

その者に対して過度という単語は存在に意味を持たない。

それほどまでに彼女は純粋に恐ろしく、強く、絶望的なのだ。

そしてまた彼女は今現在、魔術師が戦うべき相手でもある。









純白。

そういう表現が正しいだろう。

雪景色の中、一人の女性が佇んでいた。

「あの程度の人形では足止めにすらならんだろうな…」

女性は一言、恨み言の様に呟いた。

いや実際恨み言なのだろう。

彼女は顔をしかめ、俯いている。

容姿に相応しい長い腕は左のわき腹を押さえていた。

目立った外傷は無いが、どうやら内部に損傷があるようだ。

滅多に見せない苦悶の表情がそれを物語っている。

「…ええ、もちろん」

と、唐突に林の一角から声がした。

女性、青崎橙子は声に反応し、音源のほうを向く。

凛と真っ直ぐに伸びたその体。

景色と同じ色をした服。

嘘みたいに綺麗な金色の髪。

あらゆる名画さえ色褪せる美しい容姿。

そして

血のように

深紅で

獣のように

鋭利な

二つの瞳。

間違いなく、予想の通り、死神が其処に在った。

「足止め? ふん、私を足止めしたいなら最低でも神器ぐらい用意しなさい。

こんなもの、私にとってはただの玩具よ」

どさ、と音がして、真っ白な雪の上に何か真っ黒な物が落とされた。

よく見ると、それはまるで天使の様な人形だった。

真っ黒い天使は打ち捨てられ数年もたったかの如く、その身は所々壊されていた。

「それは割と自信作だったんだが……やはり真祖に束縛は無意味か」

「ナウシズ…だったかしら。必要、苦難、束縛のルーン。

並みの相手ならともかく、文字を刻みもせずに私にルーン魔術が効くと思ってたの?」

「いや微塵にも思ってなかったよ。

第一、携帯していて走りながら使える人形ではそれが一番強力だったんだ。

他に手だては無かったさ」

「わかっているの? 貴女は今、自分で死刑宣告をしているようなものよ」

「…言ったろう、走りながら使える中ではと。

時間稼ぎはできた。

出ろ」

絶対的な主の命令によって、青崎橙子の傍らに在ったアタッシュケースのような物から、

漆黒のナニカが飛び出した。

ソレは猫のようで、猫でない。

確かに姿は猫だ、しかしソレに双眸という、おおよそ生物に必要とされる器官が無かった。

代わりに頭頂にはなにか、現代の文字には見られない奇妙な文様が彫られていた。

それに何処に存在するというのだろう?

平面の生物が。

「ふうん、やっとましなもんを出してきたじゃない。

…エーテル体の使い魔か」

「言っとくがソレに物理的な攻撃は通用せんぞ。

かといって攻撃ができないわけじゃない。

どうする? 形勢はこっちに」

ヒュンと、橙子は風きり音を耳にした。

刹那の後、音もせず平面の猫のようなナニカは空気中に霧散した。

「なっ!? …馬鹿な! ……貴様何を…」

「六つのルーンを六芒星に配し、相互に作用させ本体からエーテル体のみを抽出。

さらには空気中に安定させるためにヴェーダの晻を刻み、その身を成している。

攻撃法は恐らく、エーテル体やアストラル体の咀嚼、肉体を無視して直接霊的物質を喰らう。

弱点としては本体は無防備である事と、その繊細さ故に一つでも術式が崩れれば維持できない事。

…こんなものかしら?」

「………」

言葉が出ない…

出ようはずが無い。

あいつが語ったことは総て、寸分の狂い無く事実だ。

真祖の姫は戦闘の為に創られた兵器だと聞いてはいたが……ここまでとは……

正体が看破されれば妥当は容易いというわけではないが、何の事は無い。

奴にとって距離は無意味。

その射程は、いや瞬間攻撃可能範囲は自分の回り半径約―――――100メートル。

何処かで聞いたことのある嘘のような………ホントの話。

理解はしていた、過小評価もしていない。

ではなんだったのだろう、この有様は?

簡単だ。

奴は私の手に負える相手じゃない。

それだけだ。

「ふぅ……殺せ」

魔術師はそれだけを呟いた。

「なにか、言い残すことは?」

処刑人も簡潔に問う。

「ないさ、特には……」

「そう、じゃあ死になさい」

そう言って、死神の鎌は振るわれた。

ああ、そうだ、一つだけ言い残したことが有ったか。

「すまんな遠野、どうやら眼は何とかしてやれんらしい……」

最後の言葉が発せられたのとそれとはどっちが速かっただろう?

死神の鎌たる腕は、彼女の首を鮮血に染めた。

特に音もせず、彼女の体には体内から出たばかりの真っ赤な血が













――――――――――――――――僅か数滴、附着していた。

その手は、橙子の薄皮一枚斬ったところで停止していた。

「……どうした、殺すんじゃなかったのか」

「あなた今なんて?」

「…? 遠野にすまん、眼はどうにかしてやれんと」

「あなた志貴の眼を知ってるの? じゃあなんで直ぐに使役しなかった?

あの眼ならあるいは私を殺せたのに」

「…はぁ?」

思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。

こいつの言ってることはどういうことだろう?

理解するのに私の頭をフル回転しても、訳が解らなかった。

こういうときにアトラスの錬金術師達を羨ましく思う。

とりあえず解っている範囲で返答するか。

「なぜ…私が依頼人を使役せねばならないんだ?」

「……えっ?!」

今度は奴が解らないといった様子でこちらを見ている。

そのうち視線は私の瞳に集中されていった。

素直に、女性の私が見ても美しいと感じるその顔は、人形にする気すらうせる造形美だった。

「むー……嘘はついてないわね……ってことはやっぱり」

少々の思案の後、こいつはとんでもないことを口走りやがった。

「あははー、ごめんねー……わたしのカン違いだった」

その瞬間、確実に時が止まったような気がした。

















月の姫の誤解はとけた。

あとは空の弓だけが、いまだ空を射掛けていた。

ああ確かに、それは必要だったのかもしれない。

この後に控えるアイツにとって。




















【アトガキ】
はい、どーも皆サン、新年明けましたのでおめでとうでやんす。
いやー早いッスねぇ時が経つのは。
自分、一ヶ月きりましたよ。
え? 何がって? ……まあいろいろ人生の分岐点まで。
とにかくどうでしたか新作。
楽しめましたか?
このごろ文章を書くたび巧い人との距離を感じますがとにかくがんばろうと思います。
あ、ちなみにこの文章の中に出てくる橙子さんの使い魔の解釈はオリジナルです。
自分はこっち系はそんなに詳しくないのでここらで精一杯でした。
では、またー
感想くれると嬉しーなー
アンニョンヒ カセヨ!







【なんとなくBGM】
Cocco 水鏡


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