ある寒い日のこと(M:翡翠 傾:ほのぼの)


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1: SHU (2002/12/18 03:06:00)[shu_ss_since2002 at hotmail.com]

※これは以前書いた『ある晴れた日の夕べ』の設定を使っております。
 読まなくても差し支えありませんが、読んでいただくとより一層(多分)楽しめるかと思います。
 『ある晴れた日の夕べ』はSS掲示板の記事番号0190にあります。








 もうすっかり葉も落ちきったようで、最近では庭の掃き掃除もそれほど時間がかかりません。今年は例年より寒いようです。山も以前のような彩は失われ、空も暗澹たる色をした雲が垂れ込めています。こういう日は温かいお鍋に限ります。では、その材料を買いに出かけましょうか。









 繁華街のほうへやってきました。なぜだか今日はいつもと理非とが多いようです。私は正直に申しますと人込みはニガテです。なんだかこの中にいるだけでクラクラするような・・・

 どんっぐにっ

「あっ、す、すみません・・・」

 誰かにぶつかり、その上、足まで踏んでしまいました。

「あっ、いや、大丈夫・・・っ、翡翠!?」
「志貴さん!?どうしてこんなところに?」
「あっ、いや・・・」

 志貴さんは用事があるといって、朝から出かけていたはずです。出かけたのですから、ここで出会っても不自然ではないのですが・・・どうして口ごもる必要があるのでしょう?

「その、今日は12月24日だろ?」

 はて?それがどうしたのでしょうか?

「クリスマスだし・・・」

 あっ、なるほど。それでこんなにも人が多かったのですか。

「それでプレゼントとか考えてたんだけど、なかなか決められなくてね」

 プレゼントを買うために外出されたんですね。

「ところで聞くけど、翡翠は忘れてないよね?」
「・・・何をですか?」
「クリスマス」

 そんなこと・・・あれ?

「・・・すみません。つい・・・」
「いや、・・・あやまることじゃないって。そういえば翡翠は何でこおにいるんだ?」
「お夕飯のお買い物を・・・」
「そっか。じゃあ、手伝おうか?」
「いえ、そんな。志貴さんだってご用事が・・・」
「いいって。もう済んだし」
「しかし・・・」
「俺が翡翠を手伝いたいからそうする。これでいいだろ?」

 そう言うといつものあの笑顔で私を見ます。そんな顔されたら断れるわけないじゃないですか。

「わかりました。では、お願いしますね、志貴さん」





 そして、私たちは2人でデパートに入りました。
 志貴さんと2人でお買い物をするのは初めてではありませんが、今でも少し緊張します。日曜などは何度か手伝っていただいたことがあるんですが、今日は特に人目も多いですし、普段にも増して緊張してしまいます。他人から見たら私たちはどう見えるのでしょうか?兄妹?それとも・・・

 ・・・ぽっ

 いけません。こんなことで動揺していたらお買い物なんてできないじゃないですか。なるだけ平静を保つようにして・・・

「・・・翡翠」
「えっ、あっ、はい!」

 いろいろ考え事をしていたので驚いてしまいました。ちゃんとしないと・・・

「何でしょうか?」
「今日の夕飯は何にするつもりなのかな、って」
「お鍋にしようかと思っていたのですが」
「鍋か。鍋物もいいけど、やっぱりクリスマスらしい料理の方がいいなぁ」
「と、言いますと?」
「そうだな・・・」

 志貴さんはぱぱっと食材をかごの中に入れていきます。志貴さんは料理を始めてからその腕はどんどん上達しています。元々才能があったのでしょうか?特に包丁使いは姉さんより上手に見えます。
 そうこうしているうちに、レジに入りました。本当はいろいろ、お料理の話などをしながらゆっくりお買い物などもいいのですが、志貴さんは慣れると手際が良すぎます。ものの数十分で終わったじゃないですか。

「えっ、翡翠?何?」
「えっ、いえ、何も」

 思ったことが口に出てしまうんでしょうか。それとも志貴さんは私が考えていることがわかるんでしょうか。どちらにせよ、少し驚いてしまって声が上ずってしまいました。

「あとはケーキだな。翡翠、どんなケーキがいい?」
「そうですね・・・私は志貴さんが好きなものならばどんなものでも」
「そう言うと思ったんだけど、俺も迷っててね」

 志貴さんは鼻の頭を少し掻きます。志貴さんはたまに優柔不断になるきらいがあります。いざというときは頼りになるのですが、普段は・・・

「それじゃ、一緒に選べばいいか」
「はい」









 ケーキ屋さんにはさまざまなケーキが並んでいました。どれもきれいにデコレーションされていて、目移りしてします。

「これだけあると迷うなぁ」
「・・・そうですね」

 そう言いながら、視線を右のほうに移すと、小さなホールのショートケーキが目に入りました。
 上には『Merry X'mas』と書かれたチョコレートのプレートとサンタクロースとトナカイの砂糖細工。普通のケーキなのに、なぜか目が離れません。

「これがいいのか?」
「いえ、そういうわけでは・・・」
「翡翠、言いたいことは遠慮なく言ったほうがいいぞ」

 志貴さんは笑顔でそんなことを言います。

「はい・・・」

 私は頷くしかありません。

「じゃあ、すみません。これ下さい」

 店員の方が箱にケーキを入れます。中には他にロウソクが1本。

 そうして帰路に着きました。




 二人であの坂を上ります。以前は私と外界を隔てているように見えた屋敷に続く上り坂。今では私と外界を繋ぐ大事な接点です。
 志貴さんの手には食材の入った袋。私の手にはケーキの入った箱。荷物はほとんど志貴さんが持ってくれます。悪いのですが、志貴さんが言うには、
「荷物を持つのは男の仕事」
らしいのです。私としては大変助かるのですが・・・まぁ、そう言ってもらえるなら、甘えちゃおうと思います。

 歩きながらいろいろな話をします。私は話すのが苦手ですから、ほとんど聞いているだけですが、志貴さんは学校のこと、と主立ちのこと、これからのこと、などのいろいろな話をします。
 昔の私には考えられなかったこと。今も、8年前も志貴さんは私を良くも悪しくも変えていきます。結局、私は志貴さんに引かれ、影響されていたんだ、と改めて感じます。・・・なんだか気恥ずかしいです。





 屋敷に着く頃には、空は赤く染まり、夜の帳が下りようとしていました。ケーキ屋さんでケーキを買ったついでに紅茶を飲みながらゆっくり過ごしていたのがいけなかったのでしょうか。
 これから夕食の支度にかかります。主に料理をするのは志貴さん。私はその手伝いです。志貴さんの隣で野菜を洗ったり、お鍋が焦げ付かないようにおたまでかきまわしたり。やっぱり、まだ味付けと刃物はダメみたいです。


 日が暮れて星が瞬きだした頃、私たちはテーブルにお料理を並べて、二人だけの静かなクリスマスパーティーを始めました。
 前菜にはサラダ、そして、シチューにメインのフィレステーキ。かごにはスライスしたフランスパン。
 志貴さんはこのほんの1ヶ月ほどでバリエーションは少ないものの姉さんに負けないほどに腕が上達されました。今日も実はお料理の本を見ながらなされていたのが印象的でした。
 お料理はとてもおいしいので、つい私の話も弾みます。本当に他愛のない話ですが、溢れるように言葉が湧き出てきます。最近は私もお食事中におしゃべりをしても何もとがめません。逆に、私から志貴さんに話をすることもあります。こうしていると、昔の明るかった頃の自分を思い出すようで、自然と表情が緩むのが感じられます。

 そうしてお話をしながらケーキを食べようとしたそのとき、ふっ、と何かを思い出しました。

「私、・・・あの頃までサンタクロースを信じていたんです」
「あの頃?」
「8年前、志貴さんがお屋敷を出て行かれるまで。その後は、私はただの使用人になりましたので、クリスマスはお仕事をでしたから・・・このケーキを見たとき、あの頃の私が幸せだった頃を思い出したんでしょう」

 そう言って、ケーキを一口、口にします。ケーキの上にはサンタクロースの砂糖細工。口の中にはやわらかな甘みが広がり、私を包んでいきます。

「志貴さんが帰ってきてから、また、幸せが戻ってきたようで・・・」

 悲しいこともありましたが・・・

 そう付け足しながら、一口コーヒーを口にします。口の中にはコーヒーの苦味が広がっていきます。

「だから、これからずっと一緒にいてください」

 もう離れるのは辛いから


「もうどこにも行かない」

 そう言って、志貴さんはテーブルの上に箱をひとつ置きました。箱はラッピングされていて、一目見てプレゼントとわかります。


「あけてみて」

 私はゆっくりと手を伸ばし、箱をとり、リボンをほどき、丁寧に包み紙をはがしていきます。中からでてきたのは白い箱。そのふたに私は手をかけました。

「これは・・・」
「メリークリスマス。俺からのプレゼントだ。本当はもう少しものがいいものを買いたかったんだけど、高校生のアルバイトではそれが精一杯だ」

 最後に、ごめん、と小さく呟きました。

「・・・いえ、・・・っ、・・・わ、私、本当に、うれしい、・・・です・・・」

 うまく声が出ません。どうしてでしょうか?目元が熱いので箱を置き、左手を当てると涙が・・・そして、右手には箱から取り出した銀色のネックレス・・・

「翡翠・・・」

 志貴さんは私に近づいてきて、そっと手で涙を拭き取ってくれました。

「つけてみて」

 ネックレスを首に回し、ホックをつけようとしましたが、手が震えてうまくできません。そうすると、志貴さんが私の首に手を回すようにしてつけてくれました。

「これ・・・ダイヤモンドですか?」
「そう見えるだろ?でも、違うんだ。偽物なんだけど偏光率は高いからきれいだろ?」

 胸元に光る透明な石。光を反射し、七色に光っています。

「はい・・・志貴さん、本当にありがとうございます」

 私は顔を真っ赤にして、ただ頭を下げます。私はメイドです。使用人となってからプレゼントというものは一度ももらったことがありません。だから、私はプレゼントをもらっていい人間、志貴さんは私のことを想ってくれている、そう考えただけで、うれしくて、涙が止まりません。

 ふと、

  何をお返ししましょうか・・・

 そんなことが思い浮かびました。思えば今日がクリスマスだと気づいたのも志貴さんに言われてからで、そのために、プレゼントなど、クリスマスの準備などはしているはずもありません。

 ・・・本当に困りました。

 すると、

「ありがとう、喜んでくれて」
「いえ、志貴さんがお礼を言う必要はありません。もたったのは私なのですから」
「俺は翡翠の笑顔が見れたから、それだけで嬉しいよ」
「志貴さん・・・・・・」

 無償の愛というのでしょうか。そう言ってくれる志貴さんが本当に嬉しくて、座っている私の隣にいた志貴さんに、私は思わず抱きついてしまいました。あまりにも勢いよく抱きついてしまったので、志貴さんはバランスを崩して後ろに倒れてしまいました。

「あっ、すみませんっ!志貴さん、大丈夫ですか」
「いてて。大丈夫・・・」

 志貴さんが目を開くと、私と目が合いました。志貴さんは上を見て、私は下を見ています。志貴さんの上には私の体。私の下には志貴さんの体。体勢は抱き合った格好のまま。

「あっ、翡翠、ごめ・・・」
「志貴さん、もう少しこのままで、いいですか?」

 志貴さんの言葉をさえぎるように話しかけます。
 志貴さんは少し驚いた表情を見せてから、もう少しだけ私を抱く腕に力を込めます。

 私は、細いけれどひ弱ではない、引き締まった志貴さんの体に抱かれたまま、目を瞑ります。

 どくん、どくん、どくん

 志貴さんの体温、、脈、呼吸を感じます。その感じが私を優しく包み込み安心と安らぎを与えてくれるようです。

「・・・翡翠」
「志貴さん・・・」

 窓の外には白い粉雪。どうりで今日は寒いはずです。でも、屋敷の中、少なくともこの部屋だけはとても暖かいです。少なくとも私と志貴さんだけは・・・







あとがき
 どうもSHUです。もうすっかり寒くなってしまいました。本当に寒いです。
 この前、『ある晴れた日の夕暮れ』で続編がどうとか書きましたが、今のところ一話完結なので続編とは言えないかもしれませんね。
 お分かりの通り、この話は「クリスマスだから」というコンセプトで書かれたものです。
 とにかく、世の中はクリスマスであるので出来上がったのです。それだけなのですが・・・

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 また、私の書いた他のSSについても感想をいただけたら嬉しいです。


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