刻一刻と  第四話


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1: 神人 (2002/08/04 13:01:00)[yakushijin at mx1.tiki.ne.jp]




「だからっ、さっきから何度も言ってるけど、どうしても帰れなくなったんだって」
「兄さん!!それは理由になりません。早く帰ってきて下さい」
「頼むよ、秋葉。一晩だけでいいから」
「・・っ・・・・・・・、わかりました・・・・・・けど・・・」
「秋葉?」
「せめて泊まる場所だけでも教えて下さい」
「秋葉・・・」
「兄さんが帰れない理由はもういいです。だから―――場所だけでいいですから教えて下さい」
「ごめん。・・・言うことはできない」
「なんでですか?どうしてっ何も教えてくれないんですか!!」
「ごめん・・・明日はちゃんと帰るから・・・」
「にいさっ」

 ガチャ

 秋葉が何か言っているようだったけど電話を切った。
 仕方のない事とはいえ、騙しているようで耐えれなかった。






 事の発端はシエル先輩の一言から始まった。

「遠野くん、今日は私の家に泊まって下さい」

 茶道室を後にしようとした時、先輩は言った。

「な―――」

 俺がたまらず声を発するのを先輩は手で静止する。

「見たところ、今はまだ外的に劇的な変化が行なわれて無いようですが・・・
 もしかしたら今の状況がこれ以上に進行する可能性があります。
 その結果は遠野くんが望むものでは無いでしょう」

 先輩は言い終わると近付いてきて、俺を抱きしめた。

「・・・今も、それは進んでいます」

 そう言って俺の髪の毛を撫でる。

「せっ先輩?」」
「結局、・・・私は遠野くんが心配なんですよ」

 先輩は俺から離れると振り向いて微笑んだ。

「だから、私の家に泊まっていって下さい。
「そ、そんなこと言われたら、断れないじゃないですか」

 つられて先輩と一緒に笑った。

「先輩は―――狡いですよ」
「なにがです?」
「わかっているくせに」
「ふふっ、私にはなんの事かわかりませんよ」

 そして、また一緒に笑った。


 茶道室を出た後、廊下を二人で歩いた。
 もう回りはすっかり暗く、月が蒼く廊下を照らしていた。

「これからの事なんですが、一応家に連絡を入れようと思います。
 俺の事、多分心配してると思いますから」
「ええ、かまいませんよ。ただ、私の事は黙ってくれませんか」
「・・・そうですね」

 秋葉の怒った姿を想像して苦笑する。

「有彦の家だけでも危ないのに、先輩の家に泊まるなんて言ったら、俺、絶対に殺されちゃいますよ」
「遠野くん、それはいくらなんでも言い過ぎだと思います・・・」

 そんな先輩に俺は立ち止まって指を指した。

「先輩は甘いです、甘すぎです。そんな事を言ってたら真っ先に死んでしまいますよ」
「へっ?確定ですか」
「はい、秋葉はそういう奴です」
「でも・・・、秋葉さんは遠野くんが心配してやっているんですよね」

 俺は改めて先輩を見た。

「なら大丈夫ですよ」

 その一瞬、先輩がとても綺麗に見えた。

「でも、怖いんですよぉ」
「しっかりして下さい。お兄さんなんですよ、遠野くんは」
「あっちは家主です〜」
「もう仕方がないですねぇ・・・」


 とか言っている間に、昇降口についた。

「秋葉さんが可哀想ですよ」
「じゃあ、先輩。俺の生活と変わります?」
「いいえ、遠慮します」
「・・・何でですかっ」

 昇降口をでると、俺達を歓迎するかのように月が煌々と輝いていた。

「言っても笑いませんか?」
「そりゃ当然ですよ」
「・・・・・・カレーが食べれそうにないからです」
「・・・・・・・・・」
「遠野くん?」
「・・・・・・・・・」
「何ですかその目は?」
「・・・・・・・・・くっ」

 我慢できずに俺はふきだしてしまった。

「ぷははははははははははっ」
「遠野くんっ」

 先輩が顔を真っ赤にして俺を捕まえようとする。
 が、それを全部避ける。

「笑わないって言ったじゃありませんかっ」
「ごめんごめん、先輩」
「それなら大人しく捕まって下さい」
「嫌です」
「なっ、なっ・・・」
「先輩っ、先に行っときますよ」
「・・・っ、待ちなさーい!!」

 俺が走りだすと、先輩はすぐに追いかけてきた。
 走る走る走る走る。
 先輩の家に向かって、走っていく。
 気がついたら、足音が無くなっていた。後ろを振り向いてみる。

「ふっふっふ、遠野くん。逃げ切れると思いますか?」

 突然、横から先輩の声。

「観念して下さいっ」

 喋る間もなく先輩に捕獲された。

「あっあの、先輩?」
「覚悟はできていますね・・・」
「はぅっ」

 俺を抱いているように捕まえている先輩の両腕に力が込められた。
 背中越しにボリュームたっぷりの胸の感触が伝わってくる。
 柔らかいと思うのもつかの間、それとは別に身体中が圧迫されていく。

「痛い痛い痛いーっ」
「報いですっ」

 これをさば折りと言う。

「そんな、ご無体なー」
「まだまだですよ」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ」

 その後、なんとか説得により先輩に許してもらった。
 笑顔が太陽のように輝いていた。とてもご満悦のようだった。
 ・・・・・・・・・・・・はぅ、ぐっすん。
 
 で――――――今に至る。


 先輩の家に着いたら、まず電話を借りる事にした。
 秋葉に連絡するためだ。
 案の定、秋葉じゃなくて琥珀さんが出てくれた。
 だけどやっぱり宿泊の事になると、さすがに秋葉の許可が最終的に必要になるらしく結果は上の通り。
 予想していたとはいえ胸が痛んだ。

「遠野くん、どうでしたか?」

 先輩が台所から顔を出す。

「ええ。大丈夫でした、先輩」
「そうですか、それを聞いて安心しました」

 先輩は心なし嬉しそうに戻っていった。
 居間に一人残され手持ち無沙汰になる。

「先輩、何か手伝えることありませんか?」

 このまま何もしないのも暇なので聞いてみた。

「そんな、いいですよ。遠野くんはお客様なんだから座っててください」

 先輩の言葉どおり待つ事にした。
 先輩は多分料理をしているんだろう。次第にいい匂いが部屋に立ち篭める。
 つられて少しお腹がなった。
 誰かが見ているというわけでは無いのだけど、なんとなく気恥ずかしくて、
 それを誤魔化すように居間を見回した。
 部屋は纏まりがあるというより、いささか殺風景な感じを受ける。
 と、鏡を見つけた。
 自分の姿を見たくなって、鏡を覗き込んみた。

「――――――ぁ」

 鏡には男の時の面影を残していた朝とは、比べ物にならないくらい変わった自分がいた。
 顔の線はさらに細くなっており、触るだけで壊れてしまいそう。
 桃色に染まった柔らかそうなほっぺた。薄紅色に彩られた可愛らしい唇。
 肩のあたりまで伸びた漆黒という言葉があうまでに艶やかな髪の毛
 自己主張を忘れていないように突き出ている胸。
 俗に美少女といわれるそれに変わっていた。
 鏡に映された顔は驚愕の表情を崩しておらず固まっている。

 回りの音が何も聞こえなくなっていた。
 誰かの声が聞こえた気もしたけど、そんなのどうでもよかった。

 いつの間に自分はここまで変わったのだろう。
 どうして今まで気付かなかったのだろう。
 何故、誰も気付かなかったのだろう。
 もしかして――――――。

「遠野くん?」

 後ろから先輩の声が聞こえた。
 肩を揺さぶられている。

「どうしたんです。気分が悪いんですか?」
「いいえ・・・」
「・・・まさか・・・・・・気付いたんですね・・・」

 先輩は俺の目を見て気付いたようだ。
 座布団の上に正座をして真剣な表情で俺を見ている。
 俺が喋るのを待っているようだった。

「・・・先輩は、どうして俺にまで暗示をかけてたんですか」

 自然に口から言葉がでた。
 さっきふとでた疑問。
 どうして先輩だけしか俺の変化に気付かなかったのか。
 実際に他の人が気付いてもいいと思うくらい、
 自分は既に元の遠野志貴の原形をほとんど留めていなかったはずだ。
 なのに自分を含め、誰一人として気付かなかった、それは何故か。
 誰かがそれを認識することを妨害していたからだろう。

「遠野くんが変異した事を隠すためです」
「俺にかける必要が無いと思いますけど?」

 先輩が目の前に片手をあげて俺を制する。

「遠野くんは自分が女性であることを知っていて通常通りに行動できますか?」
「わかりません」
「暗示というものはふとした事で破られます。それがどんなに些細な事でもその可能性があります」
「・・・・・・」
「もし、普段通りに行動できなかった場合どうなると思いますか?」
「・・・暗示が解ける?」
「その可能性があります」
「じゃあ、先輩は何でまた暗示をかけなおして、記憶を改竄しなかったんですか?」

 疑問が生じた時、それに対して真っ先にでた矛盾。
 先輩の言い分なら、こんなこと自体に俺は気づかないはずだ。

「それができれば良かったんですけどね・・・」
「え!?」
「他の人達には効いているんですが、遠野くんに暗示が全く効かなくなってきている、
 というよりもう効果がないんですよ」

 先輩は鏡を指差し続ける。

「先程、鏡を見て自分の姿を確認したんですよね」
「はい」
「その時、自分の姿が変わっていませんでしたか?」
「そうですが、それが?」
「それが私がかけた暗示の中で一番強い暗示なんですよ」
「・・・・・・・そういうことだったんですか」

 つまり俺に先輩の暗示は効かないという事。

「夕飯の後で話そうと思っていたんですけど逆になっちゃいましたね」
「先輩は俺が暗示を解く事がわかっていたんですか!?」

 その言葉に対して先輩が頬を膨らませていった。

「だって遠野くんたら私のかけた暗示をことごとく解いていたんですよ。
 私が聞きたいくらいです・・・・・・」
「先輩?」
「結構自信持ってたんですけどね・・・はぁ・・・。
 ・・・まあ、いいです。遅くなりましたが夕飯にしましょうか」
「え、あ・・・はい」

 と、先輩は立ち上がって台所から鍋を持ってきた。

「私特製のマカロニグラタンです。熱々ですから気を付けて下さいね」

 目の前に置かれグラタンを見るとまだ作りたてであることを自己主張しているように湯気を立てていた。
 美味しそうな匂いが鼻孔に拡がって、無意識に喉がゴクリと鳴る。

「いただきます、先輩」

 フォークで一口、食べた。
 それは遜色無しに美味しかった。
 続けて、二口、三口とどんどんフォークが動いていく。

「あの、・・・美味しいですか?」
「はい。舌が蕩けるぐらいに」
「ふふふ。先輩を揶揄うもんじゃないですよ、遠野くん」

 手を組み合わせるようにして、両手を組んで、先輩はほっとした様に息を吐いた。

「でも・・・良かった・・・」
「何がですか?」
「それは自分で考えて下さい。何でも聞くもんじゃありませんよ」
「うー、難しいですね」

 あっという間にグラタンが無くなっていた。
 話しながら食事をする事が久しぶりだったかもしれない。
 それとは別に先輩の料理が驚くほど美味しかったということもあるけど―――。
 琥珀さんが作るものとはまた別な感じの味つけで楽しかった。

「だから―――先輩、おかわりを下さい」
「だからって何ですか?」

 先輩が苦笑しながら言った。

「気にしないで下さい」
「なら、おかわりは取りやめです」
「あーっ。先輩、卑怯ですよ」
「白状しない遠野くんがいけないんです」

 先輩は勝ち誇ったように腕を組んで俺を見た。
 顔には人の悪い笑みを浮かべて。

「どうですか?言う気になりましたか」
「・・・おかわりするって事はそういうことです」

 少し恥ずかしかったから、耳元で囁くくらい小声で言った。

「・・・・・・・・・・えへへ〜、いい後輩ですねぇ」

 先輩の顔がこれでもかというぐらい、にやけた。
 そしてテーブルにグラタンが入っているであろう大きな鍋が置かれる。

「サービスです。ドンといっちゃってください」
「こ、これは・・・」

 中身を見るとまだ半分も減っていない。今食べている三倍くらいの質量。
 手が無意識にかたかたと震えた。

「・・・っ、あー・・・、あー・・・」
「全部食べて下さいね」
「――――――」

 ―――言われた。笑顔で、それも極上の、が、あまりにも残酷な言葉。
 自分が要求したのだからそれは食べないといけないのはわかる。
 しかし、殺人的なまでに多すぎるグラタンの量。

「・・・はい、全部食べさせて・・・頂きますっ!!!!」

 もう自棄だった。

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 フォークでグラタンを掻き込んでいく。
 口が一杯になった所で水で無理矢理流し込む。
 ごきゅごきゅ
 器に入っているグラタンがみるみる内に減っていく。
 が、それだけで限界だった。
 グラタンの香ばしい匂いと味を最後の記憶に、遠野志貴の意識はそこで途絶えた。




 後書き

 とても悩んだ話でした。これからどうしよう・・・。
 とりあえず次で一日目が終わりそう。


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