月姫異録  金の獣(前)


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1: into (2001/10/20 23:15:00)[terag at pop06.odn.ne.jp]


 静かに。ただ、静かに。
 真夏の夏の日差しは強く、世界を照らしていた。
 蝉時雨が聞こえる。しかしそれも、夏の静かさを強調するものでしかない。
 平和なものだ、と呟いた。
 玄関から裏庭に書けて掃除をする。
 と言っても、落ち葉らしい物もなく、かと言って目立つゴミも見当たらないから、
これは無駄な事なのだ。
 無駄な事=平和。
 無理矢理な方程式だ。
 だが、ある意味では、そいつは真実なのだろう。
 無駄な事は心に余裕がなければ出来ないから。
 手をかざして、中天を仰ぐ。夏の太陽が、もう頭の上まで昇ってきている。
 もう、十二時頃だろうか。
 御飯の用意をしなければいけない。

 と、そこで。

 何か、おかしな事に気付いた。

 もし今が昼なのであれば。
 何故、屋敷の中から、こんなにも音が聞こえないのだろう。
 静かに、ただ静かに。
 耳を澄ましてみても、何の音もない。
 取り敢えず、中に入ってみる事にしよう。窓に手をかけた。

 そして、一歩踏み込んだ。

 そこが、終着駅だった。
 何も聞こえなかった。何も感じなかった。その、はずである。
 命が、消えた。




   月姫異録

        金の獣   

                           御明司士



 一気に、頭と体を二つに千切った。
 頭はそのまま開けた窓から外に飛んでいった。
 方向的には問題ない。あちらはまだ、裏庭の方だから。
 眼下には、首だけの死体がある。
 さっきまで生きていた体。
 今、自分がそれと死を千切ってしまった体がそこにある。
 彼は目を背けた。
 苦痛ではなく、次の獲物を見つけるために。
 獣の時間は続く。
 
 暗殺ではなく、それは虐殺である。
 まず、時間帯が間違っている。何処の世界に昼間に暗殺をする馬鹿がいるのか。
 二つ目に、暗殺とは標的のみを狙う物だ。無駄な殺生は暗殺の美学にはない。
 最後に、殺し方。
 獲物だ。
 駆ける。音もなく、ただ、静かに。
 そして。
 首筋に噛み付く。
 不思議な事に、音は鳴らず、ただ、首だけを体と頭から切り離す。
 暗殺とは、可能な限り、死んでいるとはわからないように殺すモノだ。次の標的を
警戒させないために。
 なのに、彼は全く気にしない。
 全て殺す気でいる。警戒なんて出来ない間に。他の死体なんて見えない間に。自分
の命が消えかかっている事すら判らない間に。
 それは、平和な死と呼べるモノだ。
 気付かず、苦しまず、ただ、その死を終わるのだから。
 口の中の血を飲んだ。
 彼は、吐き気がした。
 獣は、歓喜した。

 
 御明という家系がある。
 遙か古より続く、獣の家系である。
 御明は常に、その魂に獣が棲む。例外はない。
 ただし、その獣が起きるのは極希である。一つの魂に、二つのイキモノは入らない
からだ。
 しかし。
 しかし、である。
 獣が起きる事がある。
 資質、血の濃さ、才能、強さなどは全く関係ない。
 ある覚悟をした時のみ、獣は起きる。
 獣が起きた御明は、いつか食われる。
 逃れる術は一つだけ。
 御明ふざいに、獣の名を貰う事のみ。
 二つ目の心に、名を貰い、獣を押さえ込むのだ。
 それですら、応急処置にすぎない。
 獣に堕ちた御明はふざいに消される。
 それが、御明の宿命。
 
 ここに、御明の名を継ぐ者がいた。
 御明司士。
 獅子の名を持つ、陽家の長。
 金の獣。


 音も無く、男の頭が砕け散った。
 血溜まりが広がる。
 獅子は舌を近づけて舐めた。
 甘いと思った。どこまでも甘い。体の体温が上昇するのがわかる。
 熱い。熱い。
 階段を上る。誰もいない。
 静かに。そこにある平穏を壊さぬように。
 気配を感じて、音もなく、忍び、殺す。
 司士は吐き気がするのを我慢しなければいけなかった。 
 窓から見える空は蒼かった。
 屋敷の真上に太陽がある。
 時刻は昼。
 もうそろそろ粗方片付けただろうか。
 と、下に、気配が一つ。
 そこから外に出たら、先程殺した人の首が転がっている。
 獣は吠えた。音にもならず、ただ静かに。
 飛び降りる。見られてはいけない。
 壁に手を突き刺した。勢いを殺す。
 初めて。
 音が鳴った。
 そのまま、飛び込んで、首の骨を折る。
 気付かれなかっただろうか。
 大丈夫だ。獅子はそう思う事にした。
 獣は歩く。
 気配はもう、標的達のモノしかない。
 だから。
 ゆっくり行っても大丈夫だろう。
 獣は歩く。
 焦る事はない。
 獣の時間は終わらないのだから。





金の獣は後編に続きます。
 司士が忍び込んだ屋敷は何処か?標的とは?
 次回、こうご期待!!(汗)
 意見・感想待ってます。


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