月下から 破壊刄


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1: NO.99 (2001/10/20 00:32:05)[tarchan at mail2.netwave.or.jp]

「そう、で、駅のところまで来たところでこの町に用があったらしい朱鷺恵さんに出くわして」

 情け無いことに遠野の屋敷まで送ってもらったのだ
 もちろん朱鷺恵さんは時南医院まで連れていこうとしたが、俺はなぜかそれを拒否した
 たぶん、会いたくなかったのだ

 ―――――――――俺の過去を、知る人に


 朱鷺恵さんと共にタクシーに乗り込み、遠野の屋敷に着いたころだと思う、意識を保つのはそこで限界だった

「あの後目を覚ました記憶は無いから・・・・・・てことは、ひょっとして十時間以上寝てたのか」

 いや、眠っていたんじゃない、恐らく意識を失っていた
 いくら自分がねぼすけだからといっても限度がある
 こんな感覚はあの秋の事件以来だ
 なんだってこんな感覚をいまさら――――――


『君は結構頑固そうだな、そういうところは父親にそっくりだ
――――――――――と、これはもう一人の君に言うべきかな、本質的には君と彼―――もう一人の君―――は同じとはいえ、やはり何処か違うのだからね』


 あ――――――――


『では二度目の自己紹介といこうか』


 あの、男―――――――


『――――――――『破壊刄』、或いは『破戒魔』、と』


 なぜ、忘れていた
 あれを、あの存在を
 あのわけのわからない、恐らくは自分の引き金を引いたであろう、あの男のことを

「アルクェイドは、どうしたんだ?」

 知っているのだろうか、あの破壊的な刄を、あの破戒的な魔を

 敵? それとも、それ以外の何かだろうか

「は―――――あ」

 とりあえず思考を止め、ゆっくりと深呼吸する
 ふと時計を見るとそろそろ翡翠が起こしに来る時間だ(もっともこの時間に自分が起きたことなんて片手で数えられるぐらいだが)
 そういえば、レンも心配してくれたんだろうな
 いや、レンだけじゃない、翡翠も、琥珀さんも、秋葉も心配してくれたはずだ、ありがたい気持ちと、申し訳ない気持ちで胸がいっぱいになってきた
 遠野志貴がこんなに愛されているなんて、『あのひと』が知ったらなんと言ってくれるだろう

 そこまで考えていたところでちょうど、

 体の上で丸くなっていた彼女の耳がピクピクと動き、

 コンコン、と予想通りの遠慮がちなノックの音が聞こえてきた




 『破壊刄』




「失礼します、志貴様――――――」

 ぺこり、と会釈をしながら、翡翠が部屋へと入ってきた
 そして顔を上げて、上半身を起こしている俺を見ると一瞬動きを止め、

「志貴様!」

 と普段の彼女では考えられないほどの驚愕ぶりを顔に表し、すごい速度で自分のベッドのそばまで駆け寄った
 ちょうどそのとき、体の上で丸まっていた彼女も目を開け、俺の顔を見ると、素晴らしい速さで体を起こし、俺の体を確かめるかのように全身を体に擦り寄せてきた
 俺はといえば、彼女らのうろたえぶりを見て逆に冷静になれた、
 だから

「おはよう、翡翠、レン、今日もいい天気だよ」

 と、今の今まで眺めていた、すでに白から青に変わってきた空を一瞥して、自分が自覚できるほどの静かな声を二人にかけた
 その言葉を聞いて、翡翠は俺の顔を見つめ、

「志貴様、お体の方はよろしいのですか?」

 と、心配そうにたずねた

「うん、まあ、ちょっと体が重いくらい、まあそれは多分寝すぎただけだと思うから大丈夫
―――――――それとごめん、たぶん翡翠だけじゃなくて、秋葉や琥珀さんにも迷惑かけたろ、もちろんレンにも」

 そこで翡翠は、いいえ、と首を振り、

「志貴様、そのようなことをおっしゃらないでください、姉さんも私も秋葉様も、もちろんレン様も迷惑など思っていません」

 と、柔らかな笑みでそう言ってくれた
 そのとき、

 ―――――――――ああ、遠野志貴は本当に愛されているのだ

 という思いが胸一杯に満たされ、自身も柔らかい笑みを浮かべて

 ありがとう、と一言呟いた



「志貴様、学校の方はいかがなさいますか、もしお休みになるのでしたら連絡を入れておきますが――――――」
「あ、いや、大丈夫だよ、体の重さも取れてきたし、それに今日は昼までだから、
って、あ――――――」

 そういえば昨日、学校終わったら付き合ってやるってアルクェイドと約束してたんだった
 あのお姫様は、間違いなく門限ぎりぎりまで俺を付き合わせる
 まあ、自分としても昨日のことが気になっていたから、ついでにちょっと聞いてみよう

「志貴様、どうされました?」
「あ―――――
ごめん、今日ちょっと遅くなるかもしれない、昼ご飯もついでに食べるから」

 ん? 昼ご飯で何か忘れているような――――――
 ま、たいしたことじゃないだろ、昼ご飯ぐらいで何を困るというのか

「はい、わかりました」
「それと秋葉達にも目を覚ましたことと元気なことを伝えといて、俺は着替えてから下に降りるよ」
「はい、それと志貴様―――――――」

 うん? と翡翠に尋ねると
 翡翠は笑みを浮かべたまま、ぺこりと頭を下げて

「おはようございます、志貴様、どうかよい一日を」

 と、そう言葉を残し、では、と部屋を出て居間へと下りていった
 いくらか火照りの取れない頬を掻きながら、いまだ全身を摺り寄せているレンに呼びかけて一度身を離させ、俺もベッドから下り着替えをし始めた



「おはよう、秋葉、琥珀さん」

 居間に入って、二人に向けてそう声をかけた
 二人のうち、一人はいつもと同じ笑みを顔に浮かべ、もう一人は心配したような少し怒っているような複雑な顔をしていた

「おはようございます、志貴さん、お体は大丈夫そうですね」
「うん、ごめんね琥珀さん」
「いえいえ、謝る必要なんてありませんよー」

 と、琥珀さんは笑顔を浮かべ、そう言ってくれた
 うう、なごむなあ

「ほら、秋葉さま」
「わ、わかってます、
――――――兄さん、本当に大丈夫なんですか」
「うん、大丈夫だけど・・・・・・みんなどうした、こんなものただの貧血だぞ、そんな心配するほどのことじゃあ」

 ない、だろう?
 ――――――まあ、このところ貧血どころか健康そのもので、いきなり倒れるだなんて、ほんとに、めったに無くなった、けど

「ただの、貧血?」

 秋葉が表情を凍らせて俺を見る

 なんだ、そんな表情やめてくれよ、まさか俺が死んだとでも思ったのか

 なんて冗談をかけようとしたけど、その言葉は結局自分の心の中にとどまり、そして消えた
 なぜか口に出す直前、冗談に聞こえないだろうな、とわかっていた

「兄さん、それは―――――」

 と、秋葉は急に言葉を止め、首を振り

「え、ええ、なにせ兄さんは体が弱いですから、いきなり倒れてしまうなんてことも、ありますよ」
「あ、ああ、そうだろ」

 そうして二人して乾いた笑いを浮かべた

 ――――――なんて白々しい



 何処かぎこちない昼食を終わらせて、その後のお茶会で秋葉は、

「そういえば兄さん、今日は珍しく早起きですね、おかげでゆっくりお茶が楽しめます」

 いつもこうだといいんだけれど、と皮肉げに言った
 それを聞いて俺は

「ん、いや、多分寝すぎたのがよかったのかな、これからは秋葉の小言を聞かないためにももっと早く床に着いてみようかな」

 と、自分も皮肉げに返した
 そこで今度は可笑しげに二人して、先のような乾いたものではなく、いつもの俺たちの笑い方に戻っていた

「でも冗談は置いといて、本当に珍しいですね、兄さんがこんなに早起きするなんて
―――――――夢見でも悪かったんですか?」


「―――――――――――」

 意識せず、動きが止まった


「もしかして・・・・・・またあの吸血鬼に連れ回される夢でも見たんじゃないんですか、だからあの人外と付き合うのはやめてくださいといっているのに」
「秋葉さま、そんな自分のことを棚に上げて」


「―――――――――――」

 秋葉と、琥珀さんは気付いていない
 いや、俺も、か

 ―――――――――ポツン

 覗き込んでいたお茶の水面に波紋ができて、水に映った自分の顔がひどく、歪んだ


「琥珀、あなたが今、聞き捨てならない発言をしたような気がするんだけど」
「秋葉さま、できたら聞き捨ててくださるとわたしとしてはとても嬉しいのですが」
「ごめんなさい、琥珀、それはできないわ」
「あの、秋葉さま、微妙に髪が赤くなっているのは私の目の錯覚でしょうか」
「錯覚だとしたら幸せね、ねえ、兄さんもそう―――――――」


 ポツ、ポツ、ポツ
 と、水面に波紋が、立ちつづける
 なぜか、頬が、冷たい


「にい、さん」

 その場が、凍ったようだった

「どうして」

 そして自分も凍っていた

「どうして、泣いて、るんですか」


 はじめ、秋葉が何を言っているのかわからなかった
 わからなかったのだ
 だから、その言葉を把握するのに三、四度ほど、水面に波紋ができた時間を費やした
 自分で考える限り、そんなに遅くも早くもない時間だったはずだ
 気付くと自分の顔だけでなく視界すべてが歪んでいた
 『線』も歪んでいた
 そして目尻から顎へと涙が伝っていた
 俺はそれを拭いながら、夢を、思い出していた

「それに、その、瞳」

 蒼くなっているのだ、たぶん

 まずい、このままでは、

 脈絡なく、意味もなく、それこそ絶望を感じる暇も与えず、

 秋葉を、殺して、しまう

 そして其の時、オレは、俺であって、おれではないのだ

 それは、喜悦であり、憎悪であり、悲哀であり、恐怖であり、
と にかく俺の根源にある感情が一気に溢れ出し、

 怪物に、成り果てるかも、しれない


「――――――――っ、秋葉、琥珀さん、ごめん、そろそろ学校行って来る」

 居間から逃げ出し、自分の部屋に駆け込む
 そこでは翡翠がちょうど自分の鞄をもっていた

「志貴様! どうなされたのですか!?」
「翡翠、ごめん!」

 翡翠には悪いが一秒でも早く屋敷から出たかった
 なぜって、さっきから秋葉に対する感情が消えずに、しかも、ベッドの上で自分を訝しげに見ている彼女に対しても同じ感情を、持ってしまって、いる
 ほとんど奪うように翡翠から鞄を受け取り、一目散にロビーをぬけ、玄関を開けて、息が上がるのもかまわず、馬鹿でかい門から外へと駆けていった

 そして、その間中、眼鏡をかけているにもかかわらず、一度として、『線』が消えることはありえてはくれなかった



「はっ、はあ、はあ、っはあ・・・・・・!」

 坂道が終わるころ、ようやく一息ついた
 電柱にもたれかかり、呼吸を整えると同時に先の自分を思い返した

 ―――――――だがその途中、激しい嘔吐感に見舞われ、思考を遮断された
 しかも、先ほど食べた朝飯がまだ消化されていなかったようだ、いくつかの塊をそこいらにぶちまけてしまった

 そしてじぶんのつめたい意識は

 いくらなんでもこんな朝っぱらから吐いてしまうなんて、酔いつぶれた浮浪者じゃあるまいし、

 と、汚れてしまった口回りを拭いながらそう思った
 でも、今の自分は、ひどく醜く、矮小で、哀れなものに見えていると思う
 なぜかって、俺自身そう感じているのだから
 それでも、なぜそう感じたのか、その理由だけは、先ほどの自分と一緒で、わからないものだった


 学校の正門のところでようやく気分がよくなってきた
 正直なところ、わからない事だらけで何から考えていいか、それすらわからない
 混乱気味の頭を何とか整理させつつ、教室まで来ると、

 ―――――――誰も、いやしなかった

 最初自分は異世界にでも迷い込んだのかと思ったが、突然、

「わたし、異世界にでも迷い込んだのかしら、志貴君が教室に立ってる異世界なんてずいぶん庶民的な異世界だけど」

 と、後ろから聞きなれたクラスメートの声が聞こえた
 失礼な、と思いながらも『彼』の方に振り向き、自分が現実の中にいることを確認しようとした

「ええと、常盤君、だよね、本物の」
「志貴君こそ本物かしら、或いはよっぽど吉良坊の朝練のメニューがきつかったのね、幻覚を見せるほどしごかなくてもいいじゃない、
――――――ねえ、偽志貴君もそう思うでしょ」
「朝、練
―――――――ああ、そうか」
 
 それでわかった、やはりここは現実だ、どうやら遠野志貴はまだ完全に調子を取り戻していないらしい
 ただ、いつもより早起きして(十時間以上寝て)、
 いつもより早く朝ご飯を食べて(そのあと結局もどして)、
 いつもより早く家を出て(なかば逃げるように)、
 いつもより早く学校にきただけだった(自分は異世界に迷い込んだ、とくだらない妄想に身を浸して)
 恐らく常盤君の朝練というのは彼と彼の友達(吉良坊こと吉良義信)が勤めている柔道部のことだろう
 時計を見ると、確かに体育会系の朝練が始まっている時間である

「わたしは教室にタオルを取りに来たんだけど、そこにいる筈ない志貴君がいるじゃない、教室の入り口が異世界のワープポイントになっちゃったのかと思ったわよ」

 彼は自分の席まで行って、彼がいつも机の中にしまっているタオル(だがあれはどう見ても古ぼけた雑巾だ)を取り出しながらそう言った

「冗談は置いておくとしても珍しいわね、志貴君がこんな早い時間学校にいるなんて、別に乾君ほどの遅刻魔ってわけじゃないけど、それでもここ一ヶ月、毎日ギリギリに近い時間に来てるでしょ」
「あ、うん、今日はなんか早く目が覚めちゃって」
「ふうん、まあ私は吉良坊が待ちくたびれてるでしょうからそろそろ行くけど」
「そういえば大会近いんだったよね、じゃ、練習頑張って」

 ありがと、と一言言い残し、彼は柔道場へと戻っていった


 それにしてもなんという道化だろう、先ほどの自分の思考を思い出して、一人顔を赤らめた

「だってしょうがないじゃないか、朝はなんかいろいろ大変だったんだから」

 などと、一人でわけもわからず言い訳じみたことを呟いた
 そうこうしているうちにクラスメイトが集まって、そのほとんどが自分に向けて驚愕の視線を向けてきた
 特にクラスメートの『舞士間 祥子』にいたっては

「うわっ、何で遠野が私より先に来てんの!? 何か変なもんでも食ったんじゃない?」

 などと、トテツモナイ無礼な発言をかましてくれた

 ・・・・・・どうでもいいけど、そんなに早く来るのが珍しがられてるのか、俺は



 結局授業中にも、朝のこと、夢のこと、そして昨日のことが頭から離れてくれなかった
 そのためホームルームと一時間目を何かもやもやした気持ちでぼんやりと受けていると
 ふと、ある人物を思い浮かべた

 ――――――シエル先輩

 あの人なら今の自分のことを相談できると思った
 なにせこういうことにかけてあの人は知識の幅が広い
 将来は先生にでもなって、迷える子羊達に道筋のヒントでも与えて欲しいものだ
 むろんそのときには、傍らに小さい猫らしき先生が――――――
 と、話が逸れた

 とにかくシエル先輩に会って話だけでも聞いてもらおう
 一時間目の終了を告げるベルが鳴ると、席を立ちながら、そう決意した


「ごめんね、今日シエル来てないのよ、たぶん風邪か何かだと思うけど・・・・・・」

 たずねようと先輩の教室に訪れた途端、これである
 いいかげん、自分の愚鈍さと運の悪さには前々から愛想がつきかけてきていたが、でもこれはないだろう

「そう、ですか・・・・・・」

 落胆した顔と乾いた笑いがどうしても抑えられなかったらしい、その女性はいたたまれなくなったようで、
「じゃ、じゃあ、そういうことだから・・・・・・」
 と、そそくさと退散していった

「はあ―――――――」

 大きいため息をついて、自分もとぼとぼと重い足取りで自分の教室へと戻った


 有彦が来たのは、三時間目が始まる直前だった
 どこか暗い表情をした有彦に、どうした、と尋ねると
「ん――――、いや、別に」
 と、何処か触れないでくれという雰囲気をまとった有彦の言葉に、俺も

「なんかあったら言えよ」

 と言ったきり、授業がすべて終わるまで、何も聞かなかった



「遠野、今日からどうする?」

 授業が終わったとたん、悪友がいきなり訊いてきた

「ん、そうだな・・・・」

 そう、あすからは日曜や祝日などが重なって連休になるのだ
 だが、考えるまでも無い
 間違いなくいつもの休みの使い方になる
 すなわち
 わがままなお姫様と何処かに行ったり
 あれ以来毎日のように「メシアン」の虜にされてしまったカレー狂の先輩のレシピ習得に付き合ったり
 自宅で、まったりと四人+一匹でお茶会を楽しんだり
 妹の後輩やルームメイト(秋葉経由で知り合った)とアーネンエルベでいろんな話で盛り上がったり
 まあ、そのほかにも、etc,etc

 ・・・・・・なんか気のせいか俺の知り合いって女の子が多いような・・・

 と、とにかくいつもの休日になることだろう

今回はどうやらお姫様に付き合うことになりそうだ

「ま、いつもどうりだな」
「はあぁ」

 この台詞を言うとこいつはいつもため息を吐いているような気がするんだが

「そういうお前はどうするんだよ、そういえば以前変な拾い物をしたせいでめったに出歩かなくなったらしいけど」
「ん?あー、それがな・・・・」

 そこでこいつは窓のところまで歩き、窓を開け空を見上げたあと、そのままの姿勢で

「なあ、今日の天気ってどうだ?」
「は?転機?」

 そんな大事なことがあったのか?今日
 まあ、ひどくわけのわからないことなら腐るほどあったけど

「違う、今日はファインか、クラウドか、レインか、どれともスノウか、どうだ?」
「ああ」

 そっちのことか、なんだ

「貧血持ちの俺にはつらい天気だな、進行形で」

 ていうか空を見ながらいう台詞じゃないだろ、まさかとは思うが(俺みたいに)拾い食いでもして頭がいかれてしまったのだろうか

「だよな」

 そしてそいつがこちらに向き直り、その台詞を発した時自分は『眼』だけでなく耳まで壊れてしまったのかと思った


「姉貴が、倒れた」
「は――――――――?」

 姉貴っていうと、イチゴさん?
 あの、夜行性で、おかしな行動をする、でも自分のことを小さい時から見守ってきてくれた、あのイチゴさんが?
 倒れた? 何の冗談だ?

「もしかして、昨日――――」
「ああ、昼前ぐらいに病院に担ぎ込まれたらしい、原因不明で意識も不明、医者の話じゃ命に別状があるかどうかも判らんらしい」
「そん、な――――――」

 そんなことになってるなんて

 なんだろう、何が起きている?

 何かわけのわからないものが、自分の預かり知らぬところで、大切なものを滅茶苦茶に『壊して』いるような、そんな感覚

 それが、全身を支配している

 このままでは、いつか、俺すら壊されてしまう、ような――――――

「遠野、どうやらお前さん待ちの客人が来たみたいだぞ」
「へ?」

 言われて、外を見下ろすと

「アル、クェイド?」

 白い服を着た金髪の女性がこっちを見上げていた
 そして見上げているその表情から、俺は何かを察した

「有彦、悪いけど―――――」
「おう、気にすんな」

 お互い、何に謝り、何を許したのかは知らないが、とりあえず教室を出る寸前、有彦にイチゴさんの運び込まれたという病院を聞き、思いつめたような、苦しんでいるような表情をして待っているアルクェイドのところまで急いだ

 ああ、ついに始まってしまった
 あの男は『壊す』時、徹底的に壊し尽くす
 それこそ、修復不可能にするほど、粉々に
 だが、こちらはむざむざ壊されてなどやらない
 そっちが自分達を壊すつもりなら、こっちは――――――


「アルクェイド」
「志貴、緊急事態よ」
「――――――――」

 アルクェイドは苛立たしげに爪を噛み

「厄介な相手が来たわ、――――――――志貴も知ってるんじゃない?」

 そして、アルクェイドは、忌々しげにその『厄介な相手』の名前を告げた

「浅神 海刄」

 もしくは

「破壊刄よ」

 ――――――――僕は、破壊を、止めない

 どこかで、声が、聞こえた―――――


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