晶同人物語


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1: クリア (2001/10/01 10:43:00)[sug00 at hotmail.com]


晶同人物語

一話 遭遇


2000年冬。
オタク最大のイベント『コミックマーケット』
あらゆるジャンルの同人誌・同人ゲーム・グッズなど様々な商品が乱れ飛ぶ年に2度の祭典。
通称『コミケ』
ここに一人の同人ゴロの物語を綴ろう。
少女の名は瀬尾 晶。
サークルの売り子として長蛇の列を捌いている気弱そうな少女がそうだ。
「おう、お前ら。バンバン売ってるか〜?ン?」
と、一人の太った男が現れた。
「あ。久賀峰さん。挨拶回りすんだんスか。どうでした、あっちの方は?」
晶の後ろに立つ同年代の少女が伺いを立てる。
「ああ、遠野さんの所にな。刀崎や軋間もまあまあッてトコだ」
と、久賀峰の目に晶がとまる。
「おい、そこの嬢ちゃん。知らん顔だな」
なれなれしく肩をまわしてくる。
晶は嫌悪感を抱きながらも、笑顔を浮かべた。
「瀬尾 晶といいます。はじめまして」
頭を下げ、一応の自己紹介。
「オーイオイ、大丈夫かい、キミ?金持ってトンズラしないだろうなァ」
品のない笑いと共に晶から離れる。
正直怒りよりも呆れが先行していた・・・が、晶は同人誌を買いに来る客に向かって再び売り子を再開した。
「同人誌出したの初めてなんですよ、こいつ。コピー誌ですけどね」
「んあ?」
久賀峰は自らの本の側に置いてあるホッチキス止めのコピー誌を手にし、
「おい、ひょっとしてここで委託しているコレか?」
「ああ、なんかこいつサークル抽選落ちちゃって売るスペース無いらしいんで委託させちゃったんですけど・・・まずかったですか?」
機嫌を伺うように少女。
晶は小声で「先輩〜・・・」と呻いていた。
一方の久賀峰は更に不機嫌さを増し
「オイオイオイオイ!ここにこんな貧乏クセェ本おいとくな!『A級』のサークルだぜ!?」
臭い匂いを撒き散らしながら笑う久賀峰。
「俺のサークルが貧しく見えるだろうが!ったく、早く前から降ろせ!」
「あ、じゃあその本は・・・」
「知るか。お前らみたいな素寒貧とはランクが違うんだよ!」
「・・・・・・」
あまりの言いぐさに晶の目が怒りを帯びる。
「なんだよその目は、気に入らねぇな。本当のことだろうが」
コピー本を取り、そこらの机の角に叩きつけ
「この本だってカスみてぇなもんだ。20P200円素人コピー本と部数4000のこの俺の本が同じ机に並べられるかよ」
尊大に言う。
ふんぞり返ったまま久賀峰は続けた。
「俺の本全部捌き終わったら考えてやらァ。それか俺とホテルでも行くってんならいいぜェ?」
「・・・!?」
と、先輩が晶の袖を引き、耳打ちをする。
(なんか嫌なことあったみたいね、久賀峰さん・・・八つ当たりだから流しちゃって)
(・・・はい、わかっています。大丈夫です)
久賀峰の言動を無視しながら、晶は未だ減ることのない客に対して売り子を再開した。
「いらっしゃいませ!そちら1500円です、あ、そちらの方はお釣りです!!」
永遠と思われるほどの人の波。
それを案外手際よく捌きながらも売り手の礼をする晶に、久賀峰の目が光った。
「おいおい、なんだよその売り方。なってネェよ」
「・・・はい?」
「そんなバカ丁寧にやるな。さばききれネェだろうが」
・・・!
晶の表情に満足したように久賀峰がにやける。
「相手はバカオタクなんだぞオイ!俺とはランクが違うんだよ!!テキトーにやれテキトーに!」
ギリ・・・!
奥歯を噛みしめる。
あまりの言いぐさ・・・晶の怒りに火がついた。
「いちいちありがとうございましたとか何円ですとかなんざ言わねぇでさっさと売れよ!!」
「・・・ッ!!」
「こいつらは俺がやっつけでやった鉛筆マンガでも買ってくバカどもだからな!俺の本が買えるだけで幸せってなモンだ!!」
ガハハハ、とくだらない笑い。
まさしく大物ぶっているやつだ。
「・・・それじゃ・・・あんまりにも失礼じゃないですか」
「失礼?失礼なんつーのはな、対等な人間同士で使う言葉だろうが。お前らみたいな素人の嬢ちゃんとかバカオタクとはランクが違うんだよ」
「・・・・・・!!!!」
あまりの暴言に晶の目が怒気を称える。
「なんだその目はァ?気にくわねェか、ん?」
バン!!
ついに耐えきれなくなった晶は机を叩き席を立った。
「帰らせてもらいますッ!」
「あ、晶・・・」
「ほっとけ、バーカ」
唾と一緒にそう吐き捨てる久賀峰を横目で冷ややかに見、
「確かに『人種』があなたと違います。あなたみたいなのをこういうんですよ」
一息吸う。
「この『豚』が」
怒りに乗せてはっきりと言い渡す。
それに激怒した久賀峰の言葉は、既に聞こえなかった。いや、聞いてなかった。


降りしきる雪の中、晶は大量に売れ残ったコピー誌を抱えて帰路についていた。
−−−大惨敗でした。
知らず手に力がこもる。
先程の久賀峰の言葉が晶の脳裏に蘇ってきた。
思い出したくもない、あの言葉。
(10年かけたって売れない量を一日で売ってんだ!)
私は、なにやっているんだろう・・・
(お前ら駄目オタクとは違うんだよ!)
−−−こんな所でこんな思いまでして・・・!!
悔しさに歯がみする。
そのとき。
「わっ・・・!」
足が滑った。
体勢を立て直す暇もなく晶は前のめりに転んでしまう。
拍子に手に持っていた自らの売れ残ったコピー誌をばらけてしまった。
「あ!」
慌てて本を集める。その頬は恥ずかしさで赤くなっていた。
「あわわわわ!」
必死に集めるも、あまりにも慌てているため作業がはかどらない。
と、晶は自分の本を集めている一人の男に気がついた。
自分より2つ3つは年上だろうか、顔を見た限りではそう思えた。
「あ・・・あの、すいません。ありがとうございました!」
ぺこり、と頭を下げる。
「自分で一生懸命作ったんだろ?しっかり持ってなきゃ駄目じゃないか、瀬尾 晶ちゃん」
集め終わった本を手渡す。
「・・・?あの、どこかで・・・どこかでお会いしたことありました・・・?」
いや、知らない。
こんなに顔立ちが良く、美形とも言って差し支えない人物は知らない。
男は晶の本の一部を開き、目を通す。
「4Pめ左コマ2コマ目、デッサンが甘い。5Pめもそうだ。トーンの切り残しがある。女の顔が左向きと右向きで違う。男のポーズもまだまだ。話に無理がある」
本を閉じる。
「わりと上手いが全体的に素人っぽすぎるな」
あまりの酷評。
「あ、あなた、なんなんですか!いきなりなにを・・・!?」
詰めかける晶の顎を、男が手を添えてあげる。
その行為に一瞬頭が真っ白になった。
(あ・・・キスされちゃう・・・?)
そんなことを考える余裕があるのかどうかはわからないが。
男は晶の目をじっと見ながら言葉を続ける。
「いい目だ。その目だ。野心と野望に満ちた目だ。表面的なものではなく同人誌を普遍的な『なにか』で判断する、そんな『ヤル気』に満ちた目だ」
顎から手を外し、それでも目を見たままで。
「本気で同人やろうって目だ。あの傲慢なデブを何とかしてやろう。そんなツラだ」
眼鏡を一旦外し、その青い目を見せる。
その深く吸い込まれそうな瞳に、晶は一瞬目を奪われた。
「だが今のままじゃあ無理だ。知識もノウハウもない。素人がピンでプロに勝てるほどコミケは甘くない」
蒼く光る瞳。眼鏡をかけていたときとは全く違う、どこまでも深い蒼。
「戦場で自分たった一人だけじゃ生き残れない。違うかい?」
(この人は・・・この目はッ・・・並みの目じゃない!)
一瞬どころか永遠に目を奪われてしまっている自分に、晶は気がついた。
「コミケででっかい魚釣りあげようってんだったら、一人じゃ逆に引きずり込まれちゃうぞ、アキラちゃん」
「あ・・・あの、あなたは・・・あなたは一体・・・?」
眼鏡をつけて、ニヤリと笑う。
「俺の名前は七夜 志貴。君と同人になる運命の男だ」



続く


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