志貴、故郷に帰る4<―霧幻供宗


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1: D4 (2001/09/30 14:09:00)[nando at mud.biglobe.ne.jp]










4/夢幻
Deep Mist 




小脇に本を抱えたその男は―――化け物に襲われたとき、いなくなった静間さんだった。

ジーンズから少し血が滲み出ている以外は、異常は無い。




「静間さん!」

思わず声をかけたが、全く反応が無い。



「きさまが……侵入者か」

苦しそうに言う彼女を振り返り、また彼を見る。

彼はニヤリと笑った。

「どうやってここを見つけた?この結界に囲まれた空間を見つけることは……
 いえ――例え見つけたとしても、そう易々と突破される事など…………」

「この館まで来られたのはこういう訳ですよ」

パチリ、と指を鳴らす。

すると俺のズボンのポケットが急に膨らみ、中からカラスが飛び出す。

カラスは静間の手の上に止まると、先日彼から貰った名刺へと変貌した。



「………陰陽師」

背後から彼女が呟きが聞こえた。



「この名刺をマーカーにして、あなたの作り出した結界に惑わされず、ここまで来たのですよ」

そう言う彼の背後からノソリ、と見覚えのある化け物が崩れた壁から出てくる。

その口には先ほどの執事が咥えられていた。

化け物の口から、執事はシューシュー、という煙と共に消えてしまった。

霧の中、俺に襲いかかってきたのと同じタイプの化け蜥蜴は、彼に近よるとただの手に乗るほどの木像に変貌し、ポーチにしまわれる。



鈍い俺も、さすがに悟った。

あのとき、襲ってきた化け物は彼の手によるものだったのだ。



「どうして!!………あのとき、俺を襲った化け物は静間さん――あんたの仕業か。何故だ!?」

「――――時間稼ぎですよ………私はある物を探していましてね。ここに来たのも取材などではなく、それを探す為に来たんです
 ………それがある場所として、貴方のご実家にアタリをつけていたんですが、残念ながら其処には何も有りませんでした………
 仕方なく、貴方に合流しようとしていたら、ここに来てしまった、というわけですよ。七夜志貴君」

「!―――なんでその名前を?!」

「広いようでいて狭い業界です。退魔組織の陰陽師と個人的な付き合いがありまして
 ……八年前に滅ぼされた七夜一族の話は聞いています。

 もっとも、生き残りがいるとはつい先日まで知りませんでしたが…………」

「俺は、あんたの案内役を務めてたってわけか………」



――なんてこった。



「結果的に目的の物が手に入り、とても感謝しています」

そう言うと手にある本を、手を振って見せた。

「その本は!?」

その本を見て、沙耶が焦った声を出す。

「迷い家からは一つだけ品物を運び出す事を許されると聞きます。この本――貰っていきますよ」

瞬時に緊迫した空気が広がり――



――ズキリ



割れるような頭痛と早鐘を打つ心臓と共にそれはやって来た。



――コロセ



殺人衝動が………三文字の単語が脳内を埋め尽くそうとする。

目の前の男か、傍らの少女か。

どちらに反応しているのか分からないが、俺はそれを必死に抑え込もうとした。



「このまま、逃がすと思って―――?」



心の奥からの衝動を抑えようとしている俺には、まるで………現実が遠い世界のことに感じられるが
………周りの状況は、関係なく推移していく。



「何かしようと思っているのなら、止めておきなさい。屋敷が半壊した事で貴方の力は激減している。
 結界が消えたのが良い証拠だ。その状態で力を使おうとすれば――――」



「――黙りなさい」




彼女の顔が鬼気迫るものに変わった。

俺の前に出ると前方を凝視する。

前方の空気が凝縮されていく。

圧縮した空気をぶつけるつもりなのだろう。



だが。



「クッ――」



圧縮された空気は突風に変わり周囲へ四散していく。

彼女が倒れた。

静間の言う通りだった。

屋敷の精霊である彼女はすでに半分死んだような状態だったのだ。

もし、そんな状態で空想具現化のような力を使おうとすれば―――

「クソッ――」

割れるほどの頭痛と吹き荒れる突風の中、彼女の傍に駆け寄り、しゃがみ、抱き寄せて顔を見る。

人間と同じに考えていいのか分からないが―――どうやら気絶しているようだった。

彼女の無事を確認すると………………………………静間の声が聞こえた。



「………………志貴君。君とはこんな形では会いたくなかった………………あなたと私、似たような境遇でしたしね」

………静間はかぶりを振った。

「今更、何を言ったところであなたは許してくれないでしょうけど………私には私の事情があった。それだけは言っておきます」

何も答えられない。

もう頭痛もない。

頭が……脳が麻痺していた。

「ではこれで…………失礼させていただきます」

草を踏みしめる音が遠ざかっていく。



「―――待てよ」



静間の足音が止まる。



――彼女が傷付けられた。



理由はそれで十分だった。



――ならば………今、戦うのが俺の役目だ。



抱えていた彼女を地面に横たえ、立ち上がる。

「その本が何かなんてどうでもいい………あんたの事情も知らない。だけど―――」

言葉を切り、苦しそうな彼女の顔を見た。

眼鏡をとり、顔を上げる。


「――その本は返してもらう」

振り返った静間は俺の瞳を見つめていた。






常ならぬモノを見る眼を『魔眼』というならば、静間もまた『魔眼』を持っていた。

霊的手術によって眼に付加された効果は"大気中の気の流れを見る"というものだった。

"気を見る"ということは"生命の素を見る"ということに留まらない。

周囲の状態と感情、相手が次に取るだろう行動を見られることを意味する。

自然の調和を利用する陰陽師らしい眼といえた。

そして、静間の魔眼は振り返った先に異常を見つけた。



――何だ!?



草木が――いや、それだけではない。

大気、空間、大地、その他諸々の世界を構成する全ての自然が震えている。
恐怖に……。

異変の発生源を見やると――――――

そこに一人の少年がゆらり、と立っていた。



――ありえない……世界が―――たった一人の人間に恐怖するなど――――。



前に立つ存在と目が合った瞬間――顔には出さなかったものの――背筋が震え、凄まじい恐怖を覚えた。

彼の蒼き瞳――それは命を刈り取る死神の眼だった。







静間の手が振られた瞬間、俺は金縛りになった。

見ると、月光でできた俺の影に、小さい針が刺さっている。

彼の方を見やると、こちらが金縛りになるや否や、静間は森の方へと走り出していた。

足の怪我も、行動を阻害するほどのものではなかったようだ



身体を動かそうとすると―――カタツムリほどの速さだったが―――束縛されているにも拘らず手足が動いた。

火事場の馬鹿力か、七夜の血か―――想像以上の俺自身の力が、金縛りになっている筈の身体を少しずつ動かす。

全身から脂汗が出ている。




………やがて針を抜き自由を獲得した時、疲れのあまり膝をついてしまった。

呼吸を整え、静間を追おうとして―――



――静間の置き土産が残っている事を知った。






静間は半ば恐慌状態に陥っていた。

だから。

決して使わないつもりだったが、それでも念のために用意していた策(て)。

彼は最悪の罠を発動させていた。







盛り土の一つから白骨の手が出たとき、再び金縛りに遭ったかのように俺は動けなくなった。

言うまでも無く―――出てきたのは、かつて俺の家族だった者達だ。

全ての盛り土から、皆が出てきた後も動けなかった。


キレイなものはない。

上半身だけのモノ、片足がないモノ、頭蓋の半分を弾痕が占めているモノ。



それら全てが緩慢な動きでこちらにチカヅイテクル。



――そして



チチオヤの墓から出たクビナシと、ハハオヤの墓からでたバラバラがこちらに這い寄るのを見たシュンカン………。

衝動を抑えていた何かがプツンとタチキレタ………………。




「………あは、アハハハハハハハハハハハハハハハハハ――――――――――――――」



可笑しい。

可笑しい。

何かがオカシイ。

オレの頭ガオカシクナル。



「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハ―――――――――――――――」



俺の奥深いバショから何かが―――――――クル



――極死・七夜――



虚空に響いていた、俺の乾いた笑い声は消え―――――



俺は…………"俺"に代わった。







腕に握られたナイフが、数条の煌めきと共に周囲を駆け巡る。

すると死人たちは、己に操り糸が無いことを思い出したマリオネットの様にガクリ、と崩れ落ちた。

静間の消えた方向を見るが、もう姿はない。

彼が逃げ出してから約十分が経過している。



――その時間が致命的な遅れになるかどうか……微妙なところだろう………。



追跡を開始しようとした時、後ろから声がかけられた。

「待って……」

振り返ると、沙耶が意識を取り戻していた。

「追うのね、あいつを……」

「………ああ。俺にも責任があるようだからね」

彼女が、次にどんな言葉を俺にかけようとしたのかは分からない。

ただはっきりしている事は、俺の顔を見た瞬間―――その全てを諦めたという事だけだった。




「追う前に聞いておきたい。あの本は何なんだ?」

「四天真書――そう呼ばれているわ。『死』を研究した前の主人の研究成果が全て詰まった魔術書。

 不老不死の秘奥からあらゆる死亡手段まで載っている、その手の魔術師ならば喉から手が出るほど欲しがる代物よ」

「……なるほど」

どうしてそんな物を探り当てたのか気になるところだが、追究は後だ。




再び、走り始めようとしたとき―――

「………………目的地をイメージして………そこまで転送するわ」

という声がかけられ、立ち止まる。

「――そんな事ができるのか?」

「ええ。この近くなら、最後の力をふりしぼれば…………」

「そんな弱った状態じゃ、論外だ。それなら――」

走っていく、と続けようとしたのだが――。

「もうイメージを受け取った。ちょっと眩暈がするけど我慢してね」

と、きた。


言う間もなく、周囲がどんどんぼやけていく。



――いや、周りから見れば俺の方がぼやけていってるのか?



全てが消えてしまう寸前、

「馬鹿。俺が戻るまで死ぬな」

俺がそう叫んだとき――――彼女は笑顔で見送ってくれた。





ガサガサと茂みを掻き分ける音と草を踏みしめる音がちかづいてくる。

少し手前で、足音の主は立ち止まった。



――気付かれたか。



俺は黙って木陰から出た。

「――驚きました………どうやって先回りしたんです?いや、どうしてこの道を通ると分かりました?」

「………彼女の力だよ。屋敷の周りなら転送も可能だそうだ。ここで待っていたのは、この道が山を降りる最短経路だからだ。

 わざわざ遠回りすることも無いと思ったからね」

「此処まで送ってくるとは…………まだそれだけの力が残っていたんですか……」

「最後の力を振り絞ったんだ。それだけに…………その本は取り返さなきゃならない」




彼の手にある本を見つめる。

「その本を返せ。そうすれば黙って見逃す……」

「……悪いですけど、これは絶対に必要なんですよ。渡すわけにはいかない」

「………なんでそんなものを欲しがる。不老不死にでもなりたいのか?」

「まさか」

静間は一笑に付した。



「なら、何だ?………魔法使いになる手助けにでもするつもりか?」

「それもまさかです。これでも協会から最高位の称号をもらっている魔術師ですよ。
 それなりのプライドはあります。他の手助けを受けるつもりはありません」

「なら何故……」

「言ったところでどうなります。私はこれを返すわけには行かないし、君もこれを絶対に取り戻さなきゃならない
 ………………永遠に平行線だ」

その目にはどうしても引けないという覚悟があった。

「どうしても返せないのか」

「くどいですね」







交渉は決裂だ。

俺がナイフに手を伸ばし重心を低くすると………彼は背後に手をまわす。



いつ割れるか分からない――――まるで薄氷のような緊迫した空気が何分間も続き………それが崩れた瞬間、

俺は前に向かって駆け出した。




――――闘いは始まった。


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