志貴、故郷に帰る3<―霧幻機宗


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1: D4 (2001/09/30 14:08:00)[nando at mud.biglobe.ne.jp]










3/霧幻
Deep mist 




三日月が、空の天辺にかかっている。

鈴虫の羽音もコオロギの音も、何も無い異様なまでの静寂。

夏から秋へと変わりゆく風景の中。

オレは―――――黒い森を走っていた。




――大人たちは夜になったというのに外に出て僕と遊んでくれない。

広場へ走りながら思う。

――歳の離れた従兄妹とかはいるけど――結局、僕と遊んでくれるのはあの子だけだ。


"俺と同じ年代の子はあの子だけだった"



僕より少しだけ年上のあの女の子。

あの子と遊んでいるのはおとうさんにもおかあさんにも秘密だ。

なぜかはしらない。

あの子がひみつにしてくれって言ったからひみつにしている。

だれかに知られるともうあそべなくなるそうだ。



――そんなのはいやだ…ぜったいに。


"彼女はガキだった俺にとって貴重な遊び相手だった"




いやな想像をした。

頭をふって追い出す。

森を抜け広場に出る。

あの子がいた。

赤い服を着たあの女の子が……。















目が覚めた。

何も考えず、傍らにあった眼鏡をかける。

懐かしい夢を見ていた気がする。

寝ぼけ眼で辺りを見渡すと、にわかに目が覚めた。

その部屋は、遠野にある俺の部屋の二倍は広く…………今まで眠っていたベッドはなんと天蓋付という豪華ぶりだった。

混乱していると、部屋のドアがノックされ初老の男が入ってきた。



「お目覚めになられましたか………」

「――あのー、すみません。ここは……?」

「覚えておられませんか?………貴方は森の奥で倒れていたのです。それを散策中だったお嬢様が発見されて、ここに運ばれました。
 ちなみに、ここは来客用に用意された寝室です」

思い返すと、意識が途絶する寸前、霧に人影が映っていた気がする。

!!!

「すみません!俺が倒れていた場所の近くに男の人はいませんでしたか?一緒に来ていたはずなんですが――」

「申し訳ありません。ここに運ばれたのは貴方一人でした」

その言葉を反芻する間もなく、突然―――



″彼を私の所まで案内しなさい″


その″声″は鼓膜を震わせることなく、心に直接響いた

「今のは――?」

「……とりあえず、居間までご案内致します。私の口で説明されるより、その方が早く理解されるでしょう。後、これを―――」

俺のナイフが差し出される。

傍の草叢に落ちていた、とのことだった。

他には何も無かったらしい。

俺は黙って受け取った。



そのまま、『お嬢様』のいる居間まで案内される。

静間さんのことを考えたが……今はどうしようもない。

彼のことは、後回しにすることにした。



その部屋は遠野の屋敷以上に豪華な居間だった。

床にはホコリひとつ見当たらなく、中央に敷かれた高級そうな絨毯の上に、ソファがテーブルを挟んでいくつか置かれている。

照明は、天井に吊下げられた豪華なシャンデリアだった。

それには電気の光でもロウソクのものでもなく、不思議な光が灯っている。

ソファの一つに、昨日山で出会った少女が座って待っていた。

「はぁい、お元気?」

「……まだ少し傷口が痛むけど、もう十分よくなったよ」

「それはよかったわ。向かい側に座って。話がしたいの」

言われるままに向かいの高級そうなソファに座った。




「………………どうやら思い出したようね……私の事を……」

「………まあね。ついさっき、昔の夢を見たよ。君が今と全く変わらない姿で俺と遊んでいた………」

しかも、夢の彼女と較べ全く歳を取っていない。




「――何者なんだ、君は」




「名前は沙耶。簡単に言うなら、この館の精霊ね」


     ―――わたし?わたしは吸血鬼ってよばれてるけど。

                  あなたたち流に言えば人間の血を吸って生きてる怪物かな――――



以前にも似たような自己紹介を受けたこともあって………今回は大して驚かなかった。

前々から耐性は有ったが…………慣れというのは恐ろしいものだ。



「ふぅん。以前にも似たような事があったんだ」

ギョッ、と彼女を見つめる。


今のタイミング………そういえば山で会った時にもまるで心をよまれ―――

「そうよ。私には読心の能力――人の心を読むチカラがあるの。もっとも、記憶を探ることまでは出来ないけど」

……どうやら間違いなく俺の心を読んでいるようだ。



気を取り直す。

「………ここは?」

「わたしの家。迷い家と呼ばれてた事もあったかな。昔は北の方にあったんだけど、二百年程前にこちらに移り住んだの。
 あなた達がここに来るすこし前のことね」

「ご先祖は君に気付かなかったのか?」

「当時、ここより少し離れていた所に住んでいたし………………
 七夜の血を持つ者は魔の気配に敏感で殺人衝動を持つんだけど、この館を包む結界はそれらが外に流れ出るのを絶つ効果があるの。
 気付かなかったのも無理はないわ」

「ならどうして昔、俺は君と遊んでいたんだ?今の話を聞くと、接点がないように思えるんだけど?」

「そんな事まで忘れてしまったのね………」

彼女は嘆息した。


「何時だったか。いつものように山の中を散策していて、ばったりと貴方に出会ったのよ。
 一人で遠出して遊んでいるうちに七夜の森から随分離れてところまで来てしまった、てあのときの貴方は言っていたけど

 ………本当は迷子になってたんでしょうね」

「あはははは」

笑うしかない。

「だけど、よくそれで君と付き合えたね。七夜特有の殺人衝動は君には働かなかったのかな?」

「七夜の殺人衝動はあくまで『敵』にたいして向かれるものよ。ただ、あまりに強い魔の気配に対しては過剰反応を示すけどね」


なるほど。それがアルクェイドを殺してしまった訳か。

「どうぞ」

いつの間にか先ほどの執事が脇に立っていた。


テーブルに高級そうなカップが置かれ、紅茶が注がれる。

「覚えてないでしょうけど…………彼とも以前会った事があるのよ」

執事に目を向ける。


「はい。お嬢様がこの館にご招待なさって…………あの時は、久方ぶりに料理の腕を振るい、本当に楽しませて頂きました」

カップに注ぎながら、ニッコリと笑って答える。

「私は精霊だけど………彼は使い魔から悪魔になったの…………私が生まれるより前の話だけどね……」

それから、しばし俺も彼女も黙って紅茶を愉しんだ。



――そうだ。



驚きの連続で忘れていたが………余裕を取り戻し、思い出した。

彼女に聞かなければならないことがあったハズだ。

一旦カップを置く。

「沙耶。実は山を登っている途中化け物に襲われた」

「――化け物?」

ついさっき遭遇した化け物の事を話した。

「そのまま、一緒にいた人とバラバラになってしまったんだが、何かしらないか?」

彼女は首を捻ってる。

「…………おかしいわね。この山にそんなモノはいない筈…………………何処からか紛れ込んだのか、それとも…………」

彼女は執事に目で問うが、彼は首を振った

分からないという事だろう。

「……それとも?」

「その化け物が誰かの使い魔か…………まあ、いずれにせよ………その件は後で何とかしましょう……そういえば――」

俺に向き直ると言った。

「私も貴方に見せなければならないものがあるわ。ついてきて」

そう云うと彼女は席を立った。





外に出ると、濛々と白い霧が立ち込めていた。

一寸先とまでいわないが数メートル先は全く見えない。

「これは?」

「私の結界。ここに来た者を迷わせて外に送り返すチカラが有るんだけど……たまに何の偶然か、これを突破してしまう人がいるの。

 そういう人には引き出物を与えて出て行ってもらうんだけど―――ここに来てから、そういう事は無くなったわね」

――ああ、なるほど。つまり、それが迷い家の伝説の始まりだった、という訳か。

「そういうこと。――こっちよ」

彼女が先に立って案内する。

一度見失うと、二度と戻ることができない。

そんな気がして彼女から目を離さず付いていく。

時刻的には真夜中のはずだが、暗く感じない。

霧自体が白く光っているようだった。





どれだけ歩いただろうか。

「ここよ」

彼女の背から目を離す。

「これは……」

そこにはいくつもの盛り土が並んでいた。

周りは芝生や雑草で囲まれているが、そこら辺だけは綺麗に手入れされている。

きっとこれは墓なのだろう。

「そう、ここはあなたの家族のお墓よ。遠野槙久はあなたを連れ去った後、死体をそのままにして去った。
 それじゃ、あんまりだから私がここにお墓を立てなの」

一度黙ると、右端の盛り土を指差して言った。

「あの一番右端のお墓があなたのお父さんのお墓。その隣がお母さんの」

黙って墓の前にかがんだ。

二人のことは、経った年月のせいか、それとも遠野槙久の暗示のせいかよく覚えていない。

覚えているのは夢で見た最後の光景――血塗れで地に伏した父親と俺をかばってバラバラにされた母親の最後だけだ。

だが、記憶がない悲しみも、すべてを失わせた親父と呼んだ男に対する怒りもなく不思議と穏やかな気分だった。

両手を合わせ、言った。

「帰ってきたよ……父さん、母さん……みんな」



「一つ……聞いて言いかい?」

墓を見たまま、ここにくる途中思った疑問を口にしようとする。

「ここにまでにあった霧、父さん達が君を知らなかった理由……空想具現化でこの屋敷を隠してたんだろ?」

「ええ、そのとおりよ」

心を読んだのだろう。

その声はすでに、俺が何を聞きたいのか、わかっているようだった

「知り合い程じゃないけど君も凄い力を持っている。
 隠れ里が襲撃を受けたとき、君なら撃退とまで言わなくても、俺達を隠すことぐらいできたんじゃないか?」

見上げると彼女は遥か彼方を見ている。

その横顔はどこかつらそうだった。

胸がズキリと痛む。

もちろん、幻痛だったが。

逡巡と迷い、勇気と決心が彼女の横顔をはしる。

「質問に答えなくちゃならないわね。何故、あなた達を助ける事ができなかったか」

「………」

「わたしは、最初からこの姿でいたわけじゃない。随分と前の話になるけど、わたしは一種の幻獣だった。
 何が原因だったか覚えていないけど………死んで精霊になったわたしの霊にある種の処置を施して、肉体を持たせたのが館の前の主
 ――鬼種の魔術師。―――数百年前に研究が完成して、出て行ったけどね」

クルリ、と俺に向き直る。

「わたしには、主とその血を引くものには逆らえないのよ。行動を阻害する事さえできない」

「―――すると、遠野槙久は………遠野家は……」

「ええ、私のかつての主人の子孫………あの時――まさか、こんな形でまためぐり合えるとは思わなかったわ。
 何もできず、ただじっと見ているしかなく、とても苦しかった。運命の皮肉さえ感じた」



彼女に何か――慰めになる言葉をかけようとしたその時だった。



すさまじいばかりの轟音が俺の背後から――屋敷のほうから響き渡ってきた。

彼女が突然胸を押さえる。

駆け寄ると、胸を押さえた手から血が滲み出していた。

急速に霧が消え、晴れ渡る。

霧は晴れてしまったが、月光のおかげで不自由に感じない。



霧が晴れて分かった事だが、この場所は――俺の記憶では――七夜の屋敷から大して離れていなかった。



屋敷を見ると、約三分の一が瓦解している。

ここから見えない部分で崩壊が続いているのか――轟音が未だ鳴り響いている。

「一体、何が起こっているんだ?」

思わず呟いた言葉だったが――

「誰かが……ここに侵入した。私に気付かれずに――」

「一体、だれが?!」

「わからない。だけど、この空間で……わたしに気付かれずに屋敷へ入り込むなんて……只者じゃないわ」

苦しげに答える。

「もういい、喋るな。俺が様子を見てくる」

彼女をその場に残し、屋敷へ向かって走り出そうとしたそのときだった。

こちらに面した部分が二階から崩れ落ちる。

崩壊で起った突風と破片と埃がこちらに飛んできた。

彼女の前に出て、それらからかばう。

崩壊による土煙が収まったとき、目の前に一人……男が立っていた。


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