トマトジュース。


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1: 夏葵 (2001/09/12 23:41:00)[tegteg at anet.ne.jp]

志貴は静かに扉を開けた。
シンとした空気が志貴を包む。
慎重に両手に持っていたものを床に下ろす。
----ガチャ。
その静けさに志貴は恐怖を覚えた。
---いないのか?あいつは・・・。
志貴は居間の方に向かう。
そこに彼女はいるはずだった。
---間に合わなかったのか?
どす黒い不安感が背中を駆け上る。
そのとき、志貴は視界の隅にそれを見つけた。
テーブルの向こうにその美しい肢体が倒れている。
「---アルクェイド・・・」
志貴の呼びかけに彼女は答えない。
ゆっくりと彼女に近づく。
眠っているのだろうか。
白かった肌は朱に染まり全身が弛緩している。
時折、苦しそうな息をもらすが呼吸は安定しているようだ。
志貴は己の迂闊さを呪った。
あのつまらない一言でアルクェイドをこんな目に遭わせてしまった。
---ぎりっ。
志貴は奥歯を噛み締めた。
「---アルクェイド、すまない」
その言葉すら届いてはいないだろう。
志貴は、ソファーに崩れるように倒れ込んでいたアルクェイドを抱え上げてベッドに寝かせる。
それでも彼女は目を覚まさない。
彼女の意識は何処を漂っているのだろうか。
これではまるで・・・・。

志貴は、あのとき眼の前で展開された出来事を、悔恨の表情を浮かべて受け入れることにした。






     -----トマトジュース。
                                  夏葵






--学校の帰り道。
相変わらず、アルクェイドはあのガードレールに腰掛けて志貴を待っていた。
志貴の学校ではすでに交差点の美女として有名になってしまっている。
志貴にとってみればいい迷惑ではあった。
が、惚れた弱みか小言を言えるはずもなく、恥ずかしさを押し隠して彼女の好きにさせている。
そんなことを知ってか知らずか、廻りのことを露ほどにも気にしない彼女は、いつものように志貴を見つける
と大声を上げて、手を振った。
もちろん、満面の笑みを浮かべて。


志貴が学校の帰りにアルクェイドの部屋に寄るのはもはや日課と言って良い。
特に何をするでもなく話しこむだけで終わることは珍しくない。

--恋人同士ってもうちょっとこう色気がある雰囲気にならないのかな?

そう考える志貴を笑える男は少ないだろう。
誰でも恋人が出来れば一度は考えることだろうから・・・。
まあ、志貴にしてみれば最近必要以上に門限に厳しくなった現当主に怒られるのが日課になるのは
勘弁してくれと言った所だろう。


「ねえ、志貴。志貴って食べ物で好き嫌いってあるの?」
唐突な話題の変換はアルクェイドの得意技だった。
さっきまでは、公園で出会った足の短い犬のことや高層ビルのクレーンがどうのといったことを話していた。
「いや、何でも食べる。-----人が食べるものなら」
志貴は、彼の住む屋敷で働く双子の片割れのことを思い浮かべて、余計なことを付け加えた。
「・・・アルクェイドには有るのか?」
志貴も興味をそそられたらしい。
「私は、元々食べる必要がないから分からないなあ」
「・・・・食べてみないとわからないってことか」
志貴は一人で納得する。

吸血鬼であるアルクェイドにとって、志貴とともに食べる食事は付き合い以外の何物でもない。
アルクェイドは必要とするエネルギーを自然界から直接もらっている。
あるいその二つ名の通りに血を吸うことで補うこともできるだろう。
まあ、アルクェイドは血を吸うことを極端に嫌がるから、これが好き嫌いの内になるのだろうか。

ふと、志貴は子供の頃に見た漫画のことを思い出した。
唐突さはアルクェイドに似てきているようだ。
「なあ、アルクェイド。トマトジュースって飲んだこと有るか?」
「えっ、トマト? トマトなら食べたこと有るよ」
「いや、トマトじゃない。トマトジュースだ」
「?」
アルクェイドは首を傾げた。志貴の言っている違いが分からないのだろう。
「俺、昔見たことが有るんだ。血の代わりにトマトジュースを飲む吸血鬼を」
「ええ!!」
志貴の予想以上にアルクェイドは驚いた。
「志貴!! そいつどこでみたの!?」
真正面から志貴の目をのぞきこんでアルクェイドは詰め寄る。
背後にはなにやら靄のようなものが出来つつある。
「え--えっ、と」
アルクェイドの迫力に押されて志貴は口が回らない。
頭の片隅からはアラームも鳴り始めた。

--まさかここで漫画のキャラクターだって言ったら・・・・・・怒るよな。

ここに来て冗談が通用するはずも無い。
「この私に見つからないで潜伏するだなんて・・・・」
一人で盛り上がるアルクェイドをそらした視線の片隅において、志貴は何とか言い訳を考える。
「・・・・志貴!!」
「----はっ、はい。--えっと・・・・ああ・・そっ、そうだそいつは俺が倒したんだよ」
嘘に嘘を重ねて真実は出来るのだろうか。
志貴は、冷や汗をたらしながらアルクェイドを落ち着かせようとする。
「ああ、もうサクッと・・・・。ま、まあ・・アルクェイドに会う前のコトだから・・・。あははは・・」
「・・・・・・・・・」
赤い瞳は射抜くような視線を志貴に向ける。
アルクェイドが何を考えているのか・・・。志貴には想像も出来ない。
針の筵に座らされたような感覚を抑えて顔だけはにこやかに笑ってみせる。
・・・やがてアルクェイドは雰囲気を柔らかくした。
「もう・・・ビックリさせないでよね」
「あ--ああ、ごめん」
アルクェイドに気づかれないように志貴はため息をついた。



「それで、トマトジュースっておいしいの?」
興味津々な様子でアルクェイドは話題を戻した。
「は?」
志貴は、流石について行けずに間抜けな返事を返してしまう。
「トマトジュースよ」
--さすがにこれも嘘と言えないよな・・・。
更なる嘘をつくことに志貴の良心がチクリと痛んだがもうすでにひき返せなくなっている。
志貴は覚悟を決める。
--まあ、トマトジュースを飲んだからと言って何が起こることも無いだろう。
--美味しくないとか怒られるのぐらいは我慢するとしようか。
「飲んでみるか?」
志貴の言葉にアルクェイドは無垢な笑みを浮かべた。
「もちろん!!」

二人は連れ立って近くのコンビニに向かっていた。
アルクェイドに右手をしっかりと握られて、志貴はこそばゆそうな顔をする。
「ほんとは自分で作ったほうが美味しいんだろうけどな」
気恥ずかしさからそんなことを言う。
「そうなの?」
「やっぱり違うんじゃないか?気に入ったら作ってみればいい」
「うん、そうするー」
なんだかスキップまで始めそうなアルクェイドに志貴の頬は緩んだ。
いつのまにか天空にある月はその半分を雲に覆われていた。
これから起こる惨劇は、志貴にどんな贖罪をもたらすのか・・・・。





プシュ---。
プルタブを開け、中身をグラスに移し替える。
ふんわりと漂う、その強烈な青臭さを嗅げば、とても血だといっても子供ですら騙せない。
「当たり前だけど赤いねー」
アルクェイドはテーブルに肘をついた格好でそれをジッと観察する。
やがて志貴は注ぎ終わったグラスをアルクェイドの目の前に置いた。
アルクェイドはだらしなかった格好を改めグラスを手にした。
そのままグラスを口許に近づけ、一口まるでテイスティングをするように口に含んだ。
「・・・どう?」

---これでうまいっとか言ったら、まさに漫画だな。

先程の反省も忘れて志貴は呟く。
アルクェイドは目を閉じて神経を集中している。
「------」
先程から微動だにしていない。
「------」
「------」
「?」
味わっているにしては様子がおかしい。
「アルクェ・・・・・」
志貴が口を開いたと同じにアルクェイドも動いた。
グラスに並々と注いであったトマトジュースを一気に呷る。
真紅の唇に注がれる紅い液体。
その光景は美しいと言うより艶かしさを醸し出している。
ゴクリ。
志貴は自分が唾を飲む音を聞いた。



---トン。
グラスはテーブルに戻された。
どうやら気に入ったらしい、と志貴はあたりをつけてもう一本買っておいたトマトジュースをアルクェイドに渡そうとした。
パシッ・・・。
瞬間、アルクェイドは志貴の手から新しいトマトジュースの缶をひったくる。
そのままごくごくと飲み干した。
「ふぅぅぅぅ・・・」
大きく息を吐くアルクェイド。
志貴は、呆気に取られたままそれを見つめた。
「-------」
「・・・・・・志貴」
今、名前を呼んだのは誰だろう。志貴はまたしても自分がとんでもない過ちを繰り返した気分になった。
「・・・・志貴」
「---!?」
やっと、志貴は自分を呼んでいるのがアルクェイドだと認識した。
ただ、その声があまりにもいつものアルクェイドとかけ離れていることに違和感を覚える。

----マズイ、マズイ-----

そう心に響く声を聞きながら志貴は動けずにいる。
それは蛇に睨まれた蛙という言葉通りの光景だろうか。
「・・・・・志貴。うふふふ、これおいしい」
その声はいつものアルクェイドとまったく違った。
まさに濡れた声。
魅了の魔眼すら勝てそうに無いほどの艶を含んでいる。
「・・・・しぃきぃ。・・・・・・これぇ・・・・もっとぉ・・・・ねぇぇ」
志貴は危険を感じてアルクェイドから視線をそらす。恐らく今のアルクェイドの目を見たら完全に虜になる。
「・・・・なにかな、アルクェイド?」
「・・・・これぇ・・・・おいしぃよぉ・・・もっと・・・ほしぃよぅ」
甘えるようなその声は、志貴には恐怖しか与えない。
「ねぇ・・・・ねぇ・・・・・しぃきぃぃ・・・・」
「わっ、わかった。買ってくる。買ってくるから待ってろ----!」
志貴は逃げ出した----。



志貴はコンビニまで走りながら今まで見ていた光景を信じられない思いでいた。
あんなアルクェイドははじめてだった。
完全に理性を無くしていた。

----なんだ、なんなんだ。・・・・・でも・・・どっかであんなやつを見たことが---------------。

そのとき志貴の脳裏をよぎったのは、いつだったか覚えていないが遠野家の四人で飲んだ酒席のことだった。
あの時、完全に酔っ払って絡む奴がいた。
さっきのアルクェイドのように・・・・。
「まさか!? トマトジュースで酔っ払い-----?」
志貴は戦慄した。
アルクェイドは人間ではないから酒では酔わない。酒でも何でも飲んだそばから分解してしまうからだ。
つまり、志貴にしてみればアルクェイドが酔っ払うと言う事態を見たことが無い。
というか、そんなことがあることすら思ったことが無かった。
「どうしよう・・・・」
志貴は途方にくれた。

---あの冗談が、こんなことになるなんて・・・・・。

後悔は先に立たない。
とりあえず、志貴はコンビニにあったトマトジュースを買い占め、アルクェイドの元に戻ることにした。
志貴に出来ることはもう無い。
直死の魔眼など役に立たない。
ただ、アルクェイドという暴風が過ぎるのを膝を抱えて待つのだ。
両手に持ちきれないほどのビニール袋。中身は真祖の姫を惑わす魅惑の液体。
志貴は登る。
アルクェイドの部屋への階段を。
その先に待つのが何か知りながら・・・・。




----月はすでに雲に覆われ、その姿を見せない。






-------------------Fin。



















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こんにちは、夏葵です。
今回はアルクェイドです。(もしかしたら志貴?)
もとネタは例の漫画ですね。酔っ払いはしませんけど。
トマトジュース、いいですね。

ここまで読んでいただきましてありがとうございます。
感想なんか頂けると嬉しいです。
孤独なもので・・・・・。
文章なんかもおかしいところがあれば指摘してください。
では、また。


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