偽りの器
                      阿羅本 景

 指は、あり得ぬくらいに複雑だった。
 構造を解析し、素材を探索し、その設計図というものを容易に思い浮かべる
ことが出来る俺の頭。魔術的な特性というより、癖、というものだろう。その
能力の根元を考えると今でも自分の身体が自分ではない何かであるような、体
の中がどんどん深く深くと堕ちていき、暗い洞穴の向こうに俺の背中がぽつん
と立っているのを見るような、頼りのない気分になる。

 いや、そんな俺でも指というものはあまりにも奇異に見えることがある。

 握り、ひねり、つまみ、剔り、掴み、引っかけ、締め、解き、紬ぎ、そして
断つ。

 それを成し遂げる指はあまりにも身近に在りすぎるので、常日頃違和感を感
じることがない。だが、魔術師としての俺は時折その構造の、機能の、造物理
念の異質さを感じてしまう。かつて化学と魔術と美術が大いなる一つの学問で
あった頃から、その道の天才と言われる人間はその構造に魅せられていた。そ
う、それは取りも直さず大いなる一へ辿り着くのは誰の手でもなく、己の指し
かないのだから、その唯一無二の武器を知ろうと欲するのはひどく当然だ――。

「はぁ――あ……ちゅ……」

 視界の真ん中に、そんな神秘の指がある。

 それは、紅い唇にくわえられていた。差し伸べられた手に縋り付き、跪く。
 唇は潤い、捲れた粘膜はあくまで柔らかそうだった。唇の形は引き締まって
いて美しく、それが気取り無く何かをくわえているのをみると、不意にぞくっ
とした快感に襲われる事もある。そんなエロスを感じてしまう唇が、指を舐め
ていた。

 指は蜜に濡れていた。
 唇が舐めて、濡らしたのではない。それはもともと滴るほどに蜜に濡れてい
て、それを唇が舐め取っているのだ。ちゅぱ、ちゅぱと音を立て、指を一本一
本丹念に舐めていく。手首を掴み、その手に、指に掌に舌を這わせるのはあま
りにも、扇情的な光景だった。

 まだ、それだけなのに頭がどうにかなりそうだった。
 そう、指を舐めているだけ。俺が舐めさせているわけでも、俺が舐めている
訳でもない。それを傍らで見ているのは、堪らなく辛い。
 体温が上がる。俺の回りの空気は俺の汗に熱せられるけども、この玄室の温
度を一度も上げることは出来ない。氷の中で茹だり死ぬ、そんな滑稽で不条理
なイメージ。

 この二人が、見知らぬ赤の他人だったとしてもそんなものを見せられると、
堪らない。
 それなのに、なんでこの二人を俺は知っていて、その二人はただそこにいる
だけで俺の頭の中をぐちゃぐちゃにしてしまうほどに美しく、愛らしく、可憐
で、魅惑的で、それでなんと見事に調和が取れて完成されていることか。

 目をこする。でもそれはこの玄室が見せる願望ゆえの幻ではなかった。
 
「はぁ……どう、セイバー……」
「はい……凛……ん……ちゅ……ん……」

 遠坂凛と、セイバー。
 俺の回りにいて、つき合ってくれて、同居したりするのが本当に今でも信じ
られない二人の少女。黒髪をツーテールに結んだ遠坂と、金の髪を器用に結い
上げたセイバー。跪くのはセイバー、まるで女王の様に立ち、濡れた手を差し
伸べるのが凛。

 玄室の壁は、冷たく立ち、石組みの天井と石畳に閉ざされて息苦しい。
 灯りはただ、四隅に立つ蝋燭のみ。電灯の強い明かりに慣れているので、星
明かりよりも心許なく感じる。でも、そんな茜と朱の染められた光の中で、二
人の姿を捉えている。

 纏うのは白い長衣。今ここにいる俺も、このシーツに襞を寄せて回し付けた
ような長衣姿だった。セイバーの金髪と白い布が、遠坂の黒く長い髪が陰影を
深く印した布の上に生える。灯りは赤く柔らかく、それに映るこの光景は――
まるで古代のエレシウスの秘儀のようで。
 いや、太陽神の託宣を受ける巫女と、その手を受ける女戦士か。それは美し
く、そして跪き傅かれる姿は背徳的なモノを感じてしまう。ちゅという水音が
この玄室の中に大きく響き、俺の官能を惑わしている。

 セイバーの舌が、舐めている。アレは今は遠坂の指であって、次には俺の指
であって欲しいと思う。彼女の長い睫は伏せられ、翡翠色の瞳は見えない。で
も、目を閉じてただひたすらに遠坂の指を舐めるセイバーの肢体は、匂い立つ
ようなしなやかな艶があった。

「う……ああ……」

 裸足で俺は立っていた。ひんやりとした石畳。
 足の下の石には何かが彫り込まれている。蝋燭の明かりに慣れた瞳はこの模
様が意味と力のある陣と象であると理解する。そう、この陣の中心にあるあれ
を満たすための意味が込められているのだと。
 つまりは平面の図形であるが、これの理念はポンプである。螺旋を描き水を
くみ上げるポンプという原理を図示し、抽象化し、その抽象だけで具象を成す、
秘図学の成果――魔法陣。

 目を、足下から遠坂に向ける。そして、その横に目線をずらす。

 遠坂の傍ら、魔法陣の中心にある――杯。

 足の長い高杯で、この玄室に持ち込まれた小さな卓の上にブロンズの鈍い輝
きを放っている。その中に遠坂は手を浸す。遠坂の真剣な瞳が俺を向いた。

「士郎――あなたの番よ」
「ん、ああ……あ、ああ」

 分かった、と言いたい。でも、顎の肉が硬く強張ってしまって、言葉が出な
い。
 これは効いていたとおり、いや何度もしたやり方に従っていることだった。
だけど、何度やってもなんど思い出してもそれは、緊張を俺に強いるものだっ
た。
 女祭司のような遠坂の姿。長衣から肩が剥き出しで、その肌が蝋燭に映える
のを見ると俺の喉が物欲しげに呻く……でも、今はその時ではない。

 セイバーの横に並ぶと、跪く。
 セイバーが俺を脇目で見る。まだ遠坂の指を口に含んだセイバーの唇から、
一滴の蜜がしたたり落ちていた。その気はないのだろうけど、甘く熱い流し目
にみえてぞくっとする。

 アゴを指を伸ばして拭ってやりたかったけど、今は我慢だった。そう、遠坂
が器から手を上げたから。

「さぁ――士郎、あなたもこれを舐めて」

 目の前に差し出される、遠坂の濡れそぼった手。それはべっとりと親指の根
まで透明な蜜に浸されていた。粘液が高く、俺の目の前で細く糸を引くそれを
――

 口を開け、舌を伸ばした。はぁ、と吐く息は白い湯気になりそうだ。
 手首を恭しく受けると、俺は舐めた。造形の不可思議を集めたような、美し
くしなやかな指。爪は綺麗に揃って長く、ともすると舌と口腔内を傷つけそう
だった。でも、舌で遠坂の爪の美しさを感じるのは、震えが走るほど嬉しいこ
とだった。

 こんな美しい手を舐めているのは、如何なる恩寵の報いなのか、と。

「あ……ああ……ん……」

 思わず声を上げる。人差し指をなめ、中指を唇を窄めてちゅるり、と抜く。
 遠坂の手が俺の舌にくすぐられているからか、小さく震えている。無理もな
い、敏感な指先を舐められればそれはつい手を引っ込めたくなるほどに過大な
刺激がある。
 
 それを蜜に濡らして、舐められるままに遠坂が、居る。
 その指に口づけするために跪くのであれば、跪くことをただ喜ぼう。そして
俺の舌に広がる遠坂の指と、蜜の味。その粘った舌触り。

 それは甘い――甘いのか、それとも本当は味がないのか、ひどく曖昧な味だ
った。ただ確実なのは、台所のどんな調味料を混ぜてもこんな不思議な味は作
れないと言うことだ。

 図式と杯、そしてそれに満ちるのは偽りの蜜。それはかすかに遠坂の味が、
する。

「ん……んっ、あ……は……」

 遠坂が上げる微かな声を聞きながら、目を閉じて親指を、薬指を、小指を舐
める。
 そして指の股から甲に残った最後の一滴まで舌でぬぐい取った。蜜は舌の上
を滑り、喉に流れ込む。喉を下るぬるりとした蜜が暖まり、そして胃の腑にし
たたり落ちる。

 空っぽの胃の中に、蜜は染みこんでいく。

 そして掌に残った最後の蜜を飲み、遠坂の手を唾液に塗り尽くす。
 右手はセイバーが、左手は俺が舐めていた。遠坂は俺たちの前に立ち、両手
を取られていて――二人にその手を舐められる遠坂は、顎を上げる。

 ふるっとその背中が震えた――ように、戴いた腕から伝わった様に思えて。

「ああ――凛。私の中に………はぁ……ああ」

 唇の立てる音の中に、セイバーの呟きが混じっている。
 この蜜は、身体の中にはいると舌に感じたかすかな甘さは無くなっていた。
いやむしろ飲んだのは唐辛子か何かが入ったスープのようで、かっかと内側か
ら熱く広がっていく。
 セイバーもこの熱さを感じているのだろうか。そして、この蜜を俺ももっと
飲みたいと思う。それも遠坂の手づから、垂れた蜜を舐め取って。

 俺は上目遣いに遠坂を伺う。指をくわえ、跪き、そして見下ろされる。
 それは屈辱的でもあり、また遠坂が立ち、尊大に手を差し伸べるのは何とも
言えない歪んだ快感を感じる。このまま口づけするのは指ではなく、もし遠坂
の足の指であったらその快はさらに、跳ね上がるのではないかと――

「ふふふ、二人とも……可愛いわよ」

 遠坂がうっすらと微笑んでそう言ってくる。可愛いわよ、と言われるのはな
んとも――こそばゆい。まるでこの長衣の中に手を入れて、背中をなで上げら
れるようだった。横のセイバーも頬を染めて、軽く俯いている。

「そうね、士郎も準備は出来た?」
「あ……ああ、慣れてきた。これなら、いけそうだ」

 これはいつもの俺がしている魔術と違うけども、何度も行ってきたのでその
コツは分かってきていた。精神を集中させ、魔術回路を起動し、それに力を通
して魔術を為す。ただそのメソッドを転用しているだけだ。

 胃の中に広がった蜜は、どんどん身体に染みこまれていくのが分かる。
 そんなに飲み物の吸収が良いわけはないのだけど、この蜜の力は違った。足
下の魔法陣が石に印した単なるサインではなく、厳然と今この時も脈々と力を
くみ上げるポンプであることが、身体で理解できた。肌が、こぉんこぉんと動
くポンプの脈動を感じているために。

 汲み上げられた力はどこに行くのか。
 ――それは、あの青銅の器の中に。そして器に満ちた蜜の内に。
 そしてその蜜を飲んだ俺は、今ここに集まる力を頭でなく、魔術回路でもな
く、身体で感じていた。どこかで鳴り響くこの遠い脈動は、遠坂にも、セイバー
にも聞こえるんだろうか。

「セイバー……あなたがそんなに美味しそうに私の……ん……手を舐めてくれ
ると、ぞくぞくしちゃって……ずっと私の手元に置いておいて、四六時中可愛
がって上げたいほど……」
「り、凛、そのようなことを言われても……」

 凛の声はからかっているよりも、酔っぱらっているみたいな響きがあった。
その中にある女性の何とも言えない、ねちっこい愛撫の薫りを感じる。それを
直接向けられると真面目な彼女が戸惑うのも、分かる。

 そして遠坂の視線が俺に向く。蝋燭の決して強くない明かりに照らされ、笑
う彼女はあたかも魔術を支配する古の女王のように、気高く、力強く、そして
淫らだ。
 見られるだけで、この身体と蜜は沸き立つ。遠坂の力で汲み出された以上、
この力を受けた俺は支配されていた。

「士郎も一緒に飼ってあげて……ふふ、良いわね、士郎とセイバーの番いをね、
可愛がって上げるわ……素敵だと思わない?士郎」

 ああ、いい。と頷きそのまま忠誠の口づけを熱く印しそうになる。
 セイバーと共に、遠坂に仕える。美しいセイバーと可憐な凛に共に奴隷にな
るので在れば、それは飢えて乾いたなんの実りのない自由よりは悦ばしいので
はないのかと。そんなあり得ない妄想が俺の中を染めていくのは、この蜜の力
故か。

 遠坂の足を舐めながら、首輪で繋がれた俺とセイバーが裸で絡み合って……

「…………いや」

 いや、でもこれに飲まれてはいけない。これを正しく享けなければ、こんな
儀式をする意味はないんだから。だから軽く遠坂の甲に口づけすると、顔を上
げる。
 俺の瞳に気が付いたのか、遠坂は軽く唇を吊って笑った。それは遠坂らしい、
自信に満ちた笑いだった。これの方が良い、うん。

「あら、冗談よ。でもセイバーも士郎も満更じゃないみたい」
「雰囲気出すのは確かに良いかも知れないけど、飲まれるとミスるぞ……まあ、
遠坂はその詰めが甘いからここに俺がいるわけだし」
「む、そこで雰囲気壊すこと言わないでよ、士郎も……」
 
 遠坂と話していると、なんとなく心構えがいつもの学校や家で喋っているよ
うな気楽なものに鳴ってしまう。だけど、これではいけないし、セイバーが置
き去りだった。
 跪いたセイバーは、もぞもぞと居心地悪そうに身体を動かしている。俺の身
体は熱く暖まる、酔いのない酒のように感じるこの蜜だったが、セイバーには
持つ効果は違う。

 図らずも、俺も遠坂をセイバーを見つめていた。長衣の下になった膝を擦り
合わせる様に、もじもじといじらしいセイバーの姿を。頬は紅いままで、その
翡翠の瞳は落ち着きが無く潤み、息は不規則で俺に読まれるほどに。

「は……あ……ぁぁ……あ……」

 途端に俺と遠坂の間にあった緩い空気は消え去り、この蝋燭のある力の玄室
の重く暗い、それなのに言い様のない疼き似にた悦びに変わる。
 俺は遠坂の手を、そっと離した。惜しい気もするが、何時までもこの指を舐
めていたら本来の目的に近づけない。

「………でも、セイバーにはそう聞こえなかったみたい」

 遠坂がつ、とセイバーの唇から指を離す。そしてたっぷり濡れた手でセイバー
の顎を摘む。床にしゃがんだセイバーの顎を持ち上げると、まるでそれは雌奴
隷を検分する女主人のような、被虐と加虐の薫りのする光景になる。
 顎を掴まれて顔を持ち上げられたセイバーは、屈辱を感じているというより
も……

「あぁ……凛……お願いです……そんな目で私を……」

 むしろ、自らの姿を見られる事を恥じているような、そんな感じがする。
 そんなセイバーの姿を見て興奮するなと言う方が無理だった。もし俺が遠坂
みたいに立ってセイバーを見下ろし、顎を摘んでその見事な顔を賞味する……
そんなことをしてセイバーを辱めたく無いという理性と、そんなセイバーを恣
にしたいという欲望。
 蜜の力がその天秤を怪しく揺り動かす。そんな空想の話なのに、頭から振り
払うことが出来ない。

「……ほら、士郎も見てるわよ。士郎も同じものを飲んだのに、セイバーだけ
こんなに感じちゃってるのはえっちな女の子なんだ、って……」

 凛が手首を動かし、セイバーの顔を俺に向けさせる。
 あ――と、心の天秤が欲望に堕ちる。セイバーの瞳が、縋り付くように俺に
向けられたから。それが言っているのシロウ、お願いです、こんな私をどうか
凛と一緒に辱めて、満たしてください――

 それは妄想か。いや、妄想が俺を蜜で蝕んで耳の奥に囁きかけてきたのだと
信じたい。
 でも、それは何と甘美に聞こえるのか。魂が歪みそうに喜ぶ、ああ……

「遠坂。そろそろ……いいんじゃないかな」

 まだ心の片隅に引っかかった理性を最大限に動かして、そう短く言う。
 俺は立ち上がり、遠坂の傍らに並ぶ。遠坂はうん、と無言で頷く。これから
することは……いや、何度思い浮かべても、何度見ても狂おしいほどに興奮す
る。

「――  ―― ――」

 遠坂が呟く魔術の言葉。俺には理解できない、彼女の詠唱。
 それを耳にしながら俺は遠坂の背中に回る。白い長衣は肩で結ばれていて、
背中の染み一つない肌と細く上がった首筋、そして遠坂の項が目に入る。これ
だけでもすごく目の毒なのに、これからすることと言ったら……

 すぅ、と息を吸う。
 ここで遠坂の集中を乱してはいけない。その肌に触り、口づけしたくなる欲
求を押し殺す。そう、今我慢さえすればいいんだから……

 指を、遠坂の肩の結び目に掛ける。
 それを解き、襞の多い長い布地を下ろしていく。布は滑り落ち、俺の前に露
わになるのは遠坂の裸身――

「………――………」

 床に落ちた布は気にならなかった。
 遠坂の裸。そして肩胛骨と首筋は露わになり背中の描くなだらかな曲線はそ
のままくびれた腰に、そしてきゅっと引き締まった綺麗な遠坂のお尻に繋がっ
ていた。柔らかそうで、それでいて筋肉のしなやかさを感じる、調和の取れた
肉体。

 今、すぐにも抱きしめたい。

 遠坂は、俺に振り返ることなく手を伸ばす。取るのは青銅の杯。
 重い器のようで、中に液体が満ちているので持ち上げる姿はどことなく頼り
ない。後ろから見えるその器の中は、重そうな液体が微かに波打ち、そして燐
光に輝いている。

「セイバー、杯の縁を持つ者よ。主である私を器として、この力を受けなさい
……」

 そういって、遠坂の掲げた杯が傾く。
 どろりとした蜜が、垂れる。どろっとその縁からこぼれ落ち、ゆっくりと…
…ゆっくりと遠坂の肌に垂れ堕ちてくる。それの遅さがもどかしい、いや、俺
の見ている時間が引き延ばしされているのかどちらか分からないけども。

「あ……ああ……凛……」

 セイバーが動くのが分かった。床に膝を突いていたセイバーは遠坂の姿が挟
まっているのできちんと見えないけど、遠坂のこの裸身に抱きついているのは
間違いなかった。裸の遠坂に縋る、セイバー。耽美な、心の中が歪んで戻らな
くなるほどの姿だろう。

「ん……ああ……う……」

 肌に垂れ落ちた蜜の感触に、遠坂は声を上げる。
 蜜はべたったりと遠坂の肌を伝っていく。このまま背中を見続けているのも
どかしいので、少しづつ足を動かして横から見ようとする。遠坂の背中を見て
いるの悪くないけども、前から見た方が……ああ、でも、首を回してみるだけ
でも。

「ん……ん……」

 視界が変わる。セイバーの縋り付く姿がはっきり見てる。腰に腕を回し、膝
を立ててお腹に顔を当ててセイバーが舐めようとしているのは――

「あ」

 遠坂のつんと突き出した形の良い胸。
 そこを透明に伝う、ねばねばとした蜜の粘液の質感。
 遠坂の、液体に犯される肌。
 喘ぐような、遠坂の口元と閉じた瞳。
 そして垂れていく蜜の先には、快感と渇きに飢えたようなセイバーが融けた
瞳で舌をのばし、その蜜を舐め取っていた。

 蜜は遠坂の胸の谷間を伝い、一筋に垂れ進む。

 赤い舌が、遠坂のおへそを舐めていた。いや、舐めているのはその肌を伝う
蜜だったのだけど、それよりも窪んだ遠坂のおへそを舐めるセイバーというの
は、まるで遠坂の女陰の窪みを舐めているみたいで、そんなセイバーがあんま
りにも嬉しそうな顔で――

 あのセイバーが、そんな融けた瞳でただ、犬のように舐めている。
 なにか、俺の中の気高いイメージを汚されたような、そして汚すことでより
強い快感を得るような、そんな心の中の怪しい脈動。

 ぴちゃり、ちゅぱり、と舌が音を立てる。
 それはこの玄室の中を湿らせる響きを帯びていた。器が取り上げられ、あの
ポンプの遠い響きは消えていた。だからこそ、このぴゅぱちゃぷというセイバー
が舐める音だけが耳に聞こえてきて、それを聞くことが堪らないから、むしろ
心臓がどうにかなって耳鳴りが俺の耳を潰してくれたらどんなに良いことかと
思わずにいられない。

 遠坂が杯を下げ、小卓に戻す。どれだけの蜜が遠坂の肌に広げられたのか、
俺は遠坂の肌を伝い、セイバーの舌に広がるこの蜜に嫉妬さえ覚えた。俺もど
ろどろに溶けてあの器の中に充ち満ちて、遠坂の指にまみれ、肌を犯し、へそ
に貯まり、そしてセイバーの唇と舌に味合われるのであれば、今この場で骨を
抜かれて潰されてもいいと思えるほどに。

 頭はどうにかしそうで、いや、もうどうにでもなっていた。
 ただ、こうして見ているだけなのが唇を噛み破りそうにもどかしい。

「……は、ああ」

 心臓が胸の中で硬く鼓動する。蜜を混ぜた血液が、身体を行き渡る。だが循
環するはずの俺の血液はひどく偏って流れ、それが堰き止めらられていた……
そう、股間に。
 血液が集まり、長衣の襞を押し上げるほどに硬い、俺の陰部。

 俺は遠坂の背中に戻った。すべき事は、こうだと。
 その羨望すら覚えた蜜を使って、遠坂を、セイバーを恣にする。そう、その
為に、それのために俺はここにいるんだから。そうでもないと、この玄室の闇
に身を投げて消えたくなる。

「……遠坂、いくぞ」

 一歩歩を詰める。そして、俺もこの長衣をかなぐり捨てた。遠坂の肌が間近
にあるのに、俺がこんなまだるっこしい布地で遮ることはない。一枚の布きれ
が在ることも我慢がならない余剰に感じるのは、そこまで興奮している証拠だ
った。

 こくんと遠坂の頭が頷くのを見ると――

「はぁっ……、ああ……」


(To Be Continued....)