触れる。
いや融け合ったと言ったほうがいいほど、その重なりは深く、そして甘い。
そんな交わりの最中でも、心の奥にはまだ残っているもの、踏みとどまっているも
のがある。

こんな、小さな遠坂と。

何だそれは。
忘れたのか、そう、それは。
その感情は………その、つまり。

「ん〜〜、んん〜〜〜ぷはっ、こ、こら遠坂っ」
「ん〜んん〜〜っ、っ、ん゛〜〜〜〜〜!!」

途中でキスを止められたことがそんなに腹立たしいのか、こちらを下方約40°か
ら睨みつけてくる彼女。
いやまぁ、何度も繰り返すけどやっぱりその顔も怖さとは違う感情というか波動と
いうか、違った印象を与えてくるのだけれど。
その小さな頬をぷ〜と膨らませている顔に、自身の傾いた欲望を押しのけて問い掛
ける。

「あ、あのさ」
「ん゛〜〜!」
「と、遠坂?」
「ん〜ん゛〜〜〜!!!」

だ、だめだ。
頼むからそんな顔をしないでくれ。
―――――むん、なんのこれしき。
こんな障害、いくらちっちゃくなった遠坂が可愛いとはいっても、これはやはり聞
いておかなければいけないことだ。
というか、なぜに俺はこんなことをしているのか―――――――って、思い出した、
俺の所為だ俺のせい。
俺が自らの欲望に抗えなくて遠坂を抱きしめてしまったから、こんなことになって
るんだった。

…………反省。

はぁ、俺ってダメなやつ。
だが今はそんなことよりも。

「聞きたいことがあるんだけど………聞いてくれるか?」
「―――――」

ダメだ、可愛い唸り声も聞こえなくなってる。
唸り声に可愛いもくそもあるのかと問われれば……………あるに決まってるだろう
がっ!!
と、心で叫んでみたりもした。

「あのな遠坂、本当は最初に聞かなくちゃいけないことだったと思うんだけど、と
りあえず聞くぞ。―――なんでお前、ちっちゃくなってんだ?」

そんな俺の言葉に、ほえっと目を少しだけ見開く遠坂。
わずかな間の後に。

「――――――」

あ〜〜また黙り込んでしまった。
少し俯き気味で、親に叱られている子供を連想させるが、当然俺は怒るつもりも馬
鹿にするつもりも全く無い。

「な〜〜凛?」
「っ!?」

わざといつもと違う呼び方で呼んでみた。
呟くように耳元で。
別に誰かの真似をしようと思ったわけじゃない。
ただ自然に、視線を重ねてそう聞いた。

「何考えてるのか知らないけど、俺は心配してるんだぞ。突然そんな姿になって…
…そ、そりゃあ小さい遠坂も可愛いけどさ」
「―――――む」

―――――う。
ま、負けるな俺。

「と、とにかくっ、俺は元のお前が好きなのっ、お前に元に戻ってほしいのっ、分
かったかっ!?」
「―――――ぁ」

こう印籠を突き出して土下座させるような勢いで、言った。
今まで何度も何度も言ってきたはずなんだけど、こう当の遠坂がこんなことになっ
てると何か気恥ずかしい。
そんな俺を、呆けて見詰め上げている小さなお嬢様一人。
特等席は俺の腕の中? …………うわ寒っ!! 激寒っっ!!!
自分で鳥肌を立てながらも、彼女の反応を待ってみる。
と。


「――――――じゃあ、抱いて」


あ〜〜あ、やっぱそういうオチですか。
そうだよな、よく考えたらこんなこと起きるわけ無いよな。

今聞こえた言葉が、完全に目を覚まさせた。
そうか、これは――――

「やっぱゆめ――――」

「殺すわよ」

「―――――じゃないのかよ」

この至近距離で指先は俺の額に真っ直ぐ。
あ〜〜死刑宣告ですかこれは。
そう思わせるほど、だぼだぼの服から漏れる魔力は尋常ではない濃さを保っていた。

「だからっ、んな訳ないって言ってるでしょうがっっ!!!!」
「だ、だって、遠坂お前、それはいくらなんでも………」
「士郎は、嫌?」

―――――私じゃ、嫌?

んはぁ〜〜もうしつこいってほど理解したけど。

もう完全に分かり切ってますけど。
この顔は反則。
その目は規格外。
その声は生物兵器。
…………逆らえるわけが無い、無いのだけど。

「で、でも遠坂………もっと他の方法は無いのか? そりゃあお前が嘘言うなんて
ことは思ってないけど、やっぱそれは………」

口の中が乾いている。
いつの間にか自分でも気づかないうちに動揺を隠し切れなくなっていた。

「………お前を、そんな姿のお前を抱くなんて、俺には――――」
「――――――」
「―――――ぅ」
「ほ、本当にそれしかないのか? 他にもっと楽な方法とか………その、お前に負
担がかからない方法とかってのは無いのか?」

浮かび上がった動揺をそのままに、俺は何か他の手段が無いかと模索する。
しかし、やはりそこは素人魔術師。
自身で行った魔術のことならともかく、遠坂が行い、しかも失敗した魔術の解決策
なんて思いつくはずも無い。
困った顔の俺を見かねたのか、ようやく彼女は自分が今どういう状態かを話し始め
てくれた。

話を要約すると。

「…………つまり、魔力が足りないんだな」
「要約しすぎ」

怒られた。

「もぅ……まぁ間違ってないからいいわ。とにかく、今の私は魔術の副作用で魔術
回路が半分くらい眠ったままになっちゃってるの。だから、士郎が私に魔力を流し
込んでくれれば、眠ってる回路も目を覚まして、元に戻れるはずよ」
「で、でも、魔力の提供ならわざわざそんなことしなくても……」
「何、士郎はえっちする以外に私に魔力を提供する方法知ってるっていうの?」

あの〜やはりその姿でえっちなどという単語を吐くのは、反則ではないでしょうか。
ビバ・アンバランス?
ダメだ、また血がいろんな部位に上ってくる。

「―――――ぅ、あ………」
「でしょ? だったら仕方ないじゃない。ほら」
「ほらって……そう簡単に頷けるわけ無いだろう、お前今自分の体がどうなってる
か分かってんのか? そんな小さな体じゃ……」

いろいろと、負担を伴うんじゃないかと。
こう、真っ赤になりながら心配になるわけで。
そんな俺の考えに行きついたのか、

「―――――っ、だ、大丈夫よっ、別に処女に戻ったわけじゃないんだから………
……っ」

これまた真っ赤になって、目線をそらす遠坂。
その顔は、”ああ、私ってばまたなんかすごいこと言ってるっ!!”ってのが丸分
かりで、二人して黙りこくってしまう。

「――――――」
「――――――」

沈黙は長いようで短いようで。
熱い顔のせいか、思考もうまく働いてくれない。
周りから誰か見ていたら、さぞ変な光景だと思うだろう。

紅い絨毯の洋室で一人の少年が美少女を膝の上に抱えてお互いに無口なまま時だけ
が過ぎていく。

何だこれは。

「って、俺が聞きたいよ」
「――――? 士郎?」
「ぁ、いや……何でもない」

いや、何でも無くない。
どうにかしてこの状況を打破しなければ、って俺ずっと同じ事言ってる気がする。
と、混乱ボルテージが臨海振り切ってる状態の俺の頭を、小さな声が、

「――――士郎」

まるで悪しきものを律する聖言のごとく聡明さで、落ち着かせてくれた。

「とお、さか…」
「あのね……士郎が戸惑うのも分かるわ、だってそりゃいきなりこんなこと言われ
たら誰だってすぐに返事なんて出来ないだろうし。それに、士郎はやっぱり、私の
事……心配してそうやって考えてくれてるわけだし」
「――――――」

はぁ、馬鹿か俺は。

「でも、これが一番確実な方法なの。今の私は魔術の効果でこんな体になっちゃっ
てるわけだから、他の魔術なんて使ったらそれこそどうなるか分かんないし………
それに、私も………ぇっ!?」
「――――――もういい、もういいよ遠坂。お前の言いたい事は分かったから」

全く。
俺ってやつは彼女に何言わせてんだか。
顔真っ赤にさせて。
本当なら俺が言わないといけないような事を。

口を塞ぐ動作も含めて、彼女を包む。
鼓動を合わせて、そっと、彼女の匂いの中に入り込むように。

「……でも、本当に大丈夫、なのか?」

それでも不安はある。
彼女の体の事もそうだが、一番怖いのは。

「俺、また乱暴に…………んっ」

今度は逆に、口を塞がれた。
いつもとは違う、遠坂の小さな唇。
その感触に、今やっと気づいた。
小さくなっていても、その柔らかさ、熱、香り、何も変わってない。
そのはずなのに、重ねた部分はいつもよりも熱く、欲のたがを外そうと、俺を突き
動かそうとする。
でも、まだだ。
まだ流されるわけには行かない。

ここで自分の欲望を解き放ってしまえば、必ず彼女の体に負担をかける事になる。
でも、選択肢は他に無い。
ならば、俺が彼女に出来るだけ負担をかけないようにしなければ。

「大丈夫、だから……ね?」
「わかった。………じゃあ、脱がすけど、いい?」

ようやく行過ぎた欲望が収まってくれたのか、俺も落ち着いてきた。
そんな俺に、赤面した顔のまま遠坂も頷いてくれる。

吐息が熱い。

自分の熱なのに、自分が熱くなる。

「――――ぁ、」

ゆっくり、ゆっくり。
少しだけ父親になったかのような気分を味わいながら、そっと。
一枚一枚、丁寧に彼女を包む物を取り払っていった。

そして、腕の中に残ったのは純白の宝石。
それを見詰めているだけでどうにかなってしまいそうだ。
ほとんど犯罪に近いようなレベル。
この小ささ。
このアンバランスさ。
他の誰かが見たら間違いなく通報される。
でも、これは間違いなく彼女だ。
今でも俺に変わらぬ気持ちを抱いてくれている彼女であることに違いはない。
なら、俺のする事は決まってる。

「――――――」

視線で聞く。

「――――――ん」

彼女も、視線で答えてくれた。

柔らかい小さな体をそっと抱き上げて、ベッドへと運ぶ。
ふんわりとした感触にそっと背中を預けているその姿に、思わず息を呑んだ。

改めて思考を止められる。
止めるのではない、強制的に止められるのだ。
その白い裸体にはそれほどの威力があった。

こちらを見詰めて、小さな手を伸ばしてくる。
誘われるように、誘い込まれていく。
引き寄せられ、自ら近づいていく。

彼女の腕が俺の首にまわされ、俺も答えるように距離を埋めていく。

甘く、熱く――――――唇が触れた。

溶ける、融ける、とける。
触れて、重なって、交わって、一つに。

言葉は吐かずに、目は閉じて。
執拗に、でも優しく求める。

「ふ、ん、ゅ……ぁ、んむ」

ぴちゃぴちゃと水音、続くのは甘い吐息。
最初は彼女に任せる事にした。
初めから本気で求めてしまっては、華奢な体を壊してしまうかもしれない。
だからなすがまま。
彼女がして欲しいと言ってくれるまで、彼女が一人では満足できなくなるまで、包
み続ける事にした。

とくん、どくん、とくん、どくん………ゆっくりと重なっていく二つの鼓動。

「ちゅぷ、ん……はぁっ、ぁ、っん……ん」

唇から伝わる快楽を抑えきれないのか、もぞもぞと俺の腕の中で体を震わせる遠坂。
首に回っている腕に力がこめられていくのが分かる。

もっと、もっと近くに。

俺が抱きしめていたはずなのに、いつの間にか絡み合っている。
包み込んでいた彼女の四肢が、いつしか俺を包み始めている。
短い手足だ、俺を完全に掌握するとまではいかないものの、しがみ付くようにして
絡ませてくるその動きに、何故かふとそう思った。

「はぁ……ん、はぁ……む、ん、っ」

決して無理はさせない。
行為は恋人、気持ちは父親? それとも兄?
いろんな感情と背徳と。
それらを遥かに上回る愛おしさが、少しだけ力を込めさせる。

腕が震えている。
俺も、彼女も。
強い快楽の中、体が意識の外で動いているのが分かる。

まるで小さな遊具に這い上がるように、彼女は俺の体にその微かな重みを預けてく
る。
拒む事などしない、ただ優しく受け止める。
柔らかな肌を傷つけないように、そっと。
張り付くように背中を抱いた。

すぐに、息が続かなくなったのか、彼女から唇を離した。
火照る頬、早鐘を打つ心。
ぼんやりと見詰めあって、俺は彼女の潤んだ瞳、そこから零れ出した雫を拭ってや
った。
静かな吐息で反応が返ってくる。
その無垢な瞳が、

「ぇ――――?」

一瞬でその色を変えた。
次に見たその二つの輝きは、

「じっとしてなさい士郎。うふふ……」

さながら雄を惑わす誘蛾のようで。
思わず呼吸を忘れさせられた。
その隙をついて、服の裾から這い上がってくる二本の腕と十本の指。
俺の服の中を、まるで虫のように動き回って。

「ぅ、ぁ―――」
「士郎のも、脱がせてあげるから」

その反応を愉しむように、優しく唇を歪めて、そのまま裾を捲り上げてくる。
何もされていない、そのはずなのに。
なのに体は動くことを拒否し、魔眼に拘束されたように、小さな動きの虜になる。

「腕、上げて?」

そして、上半身を裸にされて、小さな手が触れてくる。
ぺた、という擬音表現がぴったりなほど、その感触は―――――違った。

いつもとは全く違うその瑞々しさ。
吸い付くというより、もうそれは取り付いているかのよう。
腹筋の辺りから、胸、そして首へと、再び蛇のように上がってくる。

「ん……ん〜〜」

もう完全に嵌ってしまった。
抜けられないところまで落ちてしまったような気がする。
力ではない。
遠坂のやつ、知らぬ間に誘惑の魔眼でも仕込んでいたんじゃあるまいな。
そうでも思わないと説明がつかないほどの、この……この………あ〜〜もう分から
ん。

「ん、にゅむ、ゃ………ん、む、ん、ちゅっ」

視界はもう虚ろ。
そんな中で彼女の姿だけは鮮明。
名を呼ばれた気がしたけれど、いまいち意識がはっきりしない。
飲み込まれていると、この時点でようやく実感できた。

あ〜〜でもちょっと遅かったかな。
気持ち良過ぎて、というかあまりにも現実離れした状況につかり続けていたからだ
ろう、もうこのまま闇へと落ちていけそう。
うむ、よきかなよきかな。
これぞ至福、これぞ至上。
その証拠に首の辺りに結構大きな痛みがこうぎりぎりと振動を伴って脳に直接響い
てきて――――――――はっ?

「いた、み? ――――――っっっっ!!!!」 
「ん゛〜〜〜〜〜〜!!!!!」
「い、っつっ!? いた、痛い、いて、いつ、痛い、痛いいたいイタイ、痛いって
遠坂っ!!」
「う゛〜〜〜〜〜〜!!!!!」

はい、怒ってますねこれは。
何故だか知らないけどかなりご立腹のようです、はい。
あ〜〜それにしても痛い。
まさかいきなり噛まれるとは思ってなかった。
きっと吸血鬼に血を吸われるとこんな感じなんだろうなぁ、と馬鹿な事を考えみた
りする、と。

「寝ちゃダメ」
「ぇ――? ――――あ」

(To Be Continued....)