可愛いあくま


大崎瑞香


 士郎は硬直する。
 不意打ちだった。あまりにも素直な言葉。赤いあくまとは思えないストレートな言葉に、士郎は眩暈にも似たなにかを覚えた。
 目の前には真っ赤になって、俯いて、でもこちらを上目遣いで見ている遠坂凛がいる。
 憧れていた同級生。猫のような気品あふれる澄まし顔。でもそれは猫っかぶり。近づいたら、その鋭い爪でハートを引っかかれてしまった。それどころか本性は猫なんて可愛いしろものではなく、本性はあくま。
 けどそのあくまは可愛いかった。
 牙もあるし、爪も生えている。尻尾も、蝙蝠の翼も当然生えている。くすくすと笑い、自分をからかって楽しむあくま。
 だけど、そんなあくまにコテンパンなまでにやられてしまったのだから仕方がない。ノックアウト、KO負け。イカれるまでやられてしまった。
 そこまで惚れた相手に、欲しいだなんて言われた。言われてしまった。ガツンと一発、きついのをもらってしまった。
 ――――ああ、まいった。士郎はもう両手をあげて降伏するしかなかった。

「ああ――」

 発した士郎自身がびっくりするような穏やかな声。

「――ああ、俺も遠坂が欲しい」

 とたん凛は真っ赤になる。もう耳まで真っ赤。服も合わせると赤すぎてなんだかわからなくなるぐらい、真っ赤だった。
 近づこうとして、手で遮られる。

「ダ、ダメよ」
「――?」

 わからない。士郎はなにがダメなのかわからなかった。

 凛は士郎の、遠坂が欲しい、というその一言に急所を刺された。
 自分のものである士郎の言葉。その一撃に凛はやられた。いや自分でも言ったけど、でもやられた。
 でも足りない。絶対的に足りない。そんなことぐらいでは士郎を許せなかった。ただの照れ隠しをマジメに受け取るような鈍い男にはお仕置きが必要だった。ちょっとだけイジワルで、そして甘いお仕置き。それが必要。
 凛は真っ赤になったまま、ぼそぼそと言い出す。

「……ちゃんと呼んで」
「呼んでって…………?」
「ちゃんと、凛、と名前で呼んで」

 少し拗ねたような、ちょっとだけ照れたような目つきと声で凛はぼそりと言う。その姿に士郎はまたくらりときた。士郎の脳が、感情が大きく揺さぶられる。

「……と、遠坂……」
「ダぁメ」

 凛は首を振る。ゆっくりと言葉をひとつひとつ区切って、はっきりと発音する。

「り、ん」

 涼やかな声。命じることに慣れた風格を帯びた女王の声で、士郎に命じる。
 それに対して士郎は何の防御も出来ない。

「ちゃんと呼びなさい、士郎」

 士郎の胸はバクバクいっていた。破裂しそうなほど。顔が熱い。たぶん火が出ているに違いない。でもたしかに遠坂が言っていることも正しい。だって俺たちは恋人同士なんだから……
 目の前にいる恋人を喜ばせたい。いやなことをしたくないから今まで手を出さなかったんだから。でもそうではないと判り、またそうして欲しいと云ってくれている。そう、惚れている女の子にねだられているのだ。
 そう考えるだけで、士郎の体はまた熱くなってしまう。

 期待に満ちた目。その黒い瞳はキラキラとまるで宝石のよう。煌めき、瞬きながら士郎を見つめていた。
 その瞳に士郎は答えようとするが――。

「………………」

 出なかった。簡単な一言なのに、喉は乾き、口の中はねばつき、声が出ない。声帯が震えていいはずなのに、口から漏れるのはただの息。掠れるような空気の音。たった一言なんだからすぐに言えるはずなのに、なぜかそれが出てこない。出てきてくれない。

 それでも凛は少し意地悪そうな、でも可愛い笑みを浮かべ士郎を見つめていた。ふふん、と鼻で笑いだしそうな、けど少し照れたようなはにかんだ笑顔。そしてそのまま一歩近寄ってくる。
 なんだか追い詰められていく気分になる。応えたいと思っているのに、応えられないもどかしさ。ちりちりとした焦燥感が胸を焦がす。
 惚れている女の子の名前を呼ぶ、たったそれだけのことでこんなにも狼狽えるだなんて、と気合いを入れるが空回りするばかり。

「…………あ゛ー」

 なんとか声がでる。でも出ない。出てこない。口はひらいてパクパクとまるで魚のようだな、と頭の片隅で士郎はそんなヘンなことを考えていた。

 凛はただ待つ。
 少し焦れているようなこの雰囲気がとても楽しかった。士郎が、あのにぶちんで鈍感で省みることがない士郎が、自分の名を呼ぼうとして、慌てて、顔を真っ赤にしながら、四苦八苦している。それを見て、楽しいだなんてなんて意地が悪いと自分でも思う。けど、でもそんな士郎がなんだか可愛らしい。ほら早く、と急かしたくなるようなもどかしさ。
 ドキドキしている。ドキドキしちゃう。抑えることが出来ない胸の動悸がこんなにも愛おしい。楽しくて、おもしろくて、そして嬉しくて堪らない。
 早く言いなさい、と言葉ではなく、その瞳で急かされる。その漆黒の瞳は期待と愉悦に煌めいていた。

「…………」

 目の前の士郎は口をパクパクさせる。恥ずかしいのか照れているのか、それらが入り交じった顔をしている。その髪よりもな顔を赤く染めて、ジタバタしている。
 あっちを見たり、こっちを見たり、すぐに視線を逸らしたり。
 また唇が動く。
 り、だけ発音した。けどまだ言い切ってない。最後の言葉は口の中で消えてしまった。

 ――ほら早く。

 士郎は大きく息を呑む。ここまでうろたえるものなの? と思ってしまうぐらい狼狽していた。それでも男なの、しっかりしなさいよ、と叱ってもいいかもしれないと凛は思う。けれどしない。どうでもいいヤツならすっぱりとあっさりと言ってさよならする。でも気になっている相手にはきちんと気配り。それが遠坂凛という女の子だから。士郎はお気に入り。だから言わない。口をつぐんで待ち続けた。

 士郎の口が動く。ゆっくりと、大きく、スローモーに。

 り、ん

 掠れるような小さい声で、そう呼んだとき、凛の胸はきゅんと高鳴った。

 士郎はなんとか、凛、と呼んでみた。口の中でモゴモゴというのが精一杯。声になったのかどうかも怪しい。遠坂は遠坂で構わないと思うけど、でも名前で呼ばれたいという彼女の気持ちもわかる。だから呼んであげればいいと考えていた。でもそれは浅はかだった。
 ただ名前を呼ぶ、という行為でも面と向かってあんな風に言われるだなんて――ひどく辛かった。ただ、凛、と呼ぶのにこんなにも時間をかけてしまうだなんて、俺ってマダマダだな、なんて考えている時に。
 凛が士郎の胸に飛び込んできた。

 ぎゅっと抱きつかれる。温かく柔らかい女の肢体。ふわりと香る薔薇の香り。美しい黒髪と白い肌。そして悪戯っ子めいたイジワルな煌めきを秘めた綺麗な瞳。士郎は自分の魂が吸い込まれてしまう気がした。

「――士郎」

 と呼びかけたとたん、凛は士郎の唇を奪った。


 まず最初は軽い口づけ。唇と唇が触れる程度。
 最初は薔薇の香りが鼻につく。でも次は凛の香り。肌の匂いがやさしく香る。
 凛の香りだと思うと士郎はかぁっとのぼせたように熱くなる。
 塞いで唇から洩れる甘い吐息。それが口の中でもつれて、消えていく。
 すっと凛は離れる。上目遣いで茶目っ気たっぷりの照れ顔。その顔がやさしく微笑む。

「――できたわね」

 まるで先生か教師のような言葉使い。ああ――と士郎は納得した。そうだ、遠坂いや凛は自分の師匠なのだから。
 師匠にして、戦友にして、愛しい恋人。
 そして今は恋人の時間。だから――。
 だから、ぎゅっと抱きしめた。
 痛いのかくすぐったいのかわからないが、凛は体を捩らせる。そうして楽しそうにクスクスと笑いながら、また口づけをしてくる。

 強く甘く抱きしめ、そして口づけもさらに強く、さらに甘く。
 甘い吐息が頬をくすぐる。士郎は温かい肢体を意識してしまう。
 あんなに元気に飛び回っているのに、凛はこんなにも柔らかい。そんな温かくしなやかで柔らかい躰を抱きしめながら、唇を貪る。
 息もできないぐらい貪り、そしてさらに求める。
 フレンチ・キス。恋人同士の儀式のようなもの。でもそれ以上のもの。
 愛撫。性的行為の一環。こうして遠坂凛と、あの憧れの女の子とキスをしていると思うだけで士郎は眩暈さえ覚える。
 唇を離すと、今度は口づけは大人のものにしようと考えていた。ディープ・キス。怒られるかな、と思いながらも、士郎はそっと舌を入れてみた。
 凛はちょっとびっくりしたような顔をするけれども、くすりと笑い、黙って受け入れてくれた。
 口の中に入れた舌をどうしていいのかわからない。ただ動かしてみる。触れた先を舐め、撫で、そして擦る。
 凛もわからないのかたどたどしく舌を絡めてくる。
 やさしい口づけ。でも激しいキス。なのに甘い接吻。
 ぬるぬるとした舌がやさしく絡みついてくる。その舌を擦ってやる。
 それだけで凛の体はわなないた。
 その反応がよくて、さらに擦ってやる。ザラザラした表面で舌の上を、その裏の血管も、なにもかも擦り、そして舐め回す。
 凛の吐息がさらに荒く、熱くなっていく。
 荒々しく、たどたどしく舐める。舌で凛の口内を蹂躙していく。頬の裏の粘膜をくすぐる。そうして口の中をやさしく、強く、さらにやさしく。ただ甘く。ただただ甘く舐め回す。

 凛は口の中の愉悦にわななく。士郎の舌が擦れるたびにじぃんと痺れる。前したキスは軽く、こんなことはしなかった。ちょっとくやしい。もしかして士郎が浮気して誰かと練習したのではないか、と思ってしまう。
 けどその拙い動きがくすぐったく、そして気持ちいい。士郎が慌てて動かす舌にそっと絡めてやる。ざらりとしてた表面にくすぐられて気持ちいい。
 ちょっとクセになりそう、だと思った。この士郎との甘い甘いとろけるような口づけ。
 舌を絡め、互いの息をも貪るようなキス。
 唾液を飲み干し合うようなキス。
 まるで獣のようなキス。
 キス。キス。キス。さらにキス。
 体の中が士郎だけになっていく感じ。
 全身を擽られているような感じ。でも時折、爪がたてられて吃驚し、そしてやさしく撫でられる。
 士郎の顔が間近に見える。真剣な顔。戸惑ったようなはにかんだような、でもただ一生懸命な顔。それは凛が大好きな士郎の顔だった。

 凛が甘くわななき、体を捩らせる。それを抑えるかのように抱きしめる。強く、強く、ただ強く――。
 そうして唇を奪う。舌で舐める。まるでそれしか知らないかのように、愛撫する。
 唇を舌先でなぞり、ちゅっとついばんでやる。洩れる吐息が甘くてもったいなくて、さらに覆い被さってしまう。
 隙間はいらなかった。ただ抱きしめていたかった。このまま体がとろけてしまえばいいと思う。だからさらに唇を押しつける。隙間ひとつあけないように、凛の吐息ひとつ、声ひとつ漏らさないように。
 凛の心臓の音が聞こえる。それとも自分の物なのか? 士郎はわからない。こうして抱きしめてキスをしてもわからない。
 ただ激しい鼓動が体だけではなく、心まで揺さぶる。
 凛の頭に手を回す。艶やかな髪は冷たくサラサラとしていた。その髪を撫でながら、またキスをする。

 凛は感じきって、惚けた瞳のまま、士郎を見つめていた。
 感じていて、陶酔したような目。
 いつも見せるイジワル好きな赤いあくまでも、魔術師の理性的な顔でもない。見えるのは、深く悶えるオンナの悦びに満ちた、濡れきった輝き。惚れた女の子のいやらしいオンナの貌。その瞳が濡れそぼり、揺れていた。愉悦に、淫蕩に、酩酊するかのように、ただとろんとした瞳で士郎を見つめていた。
 士郎はその瞳に溺れたかった。
 もっと見たかった。
 もっと感じたかった。
 もっと嗅ぎたかった。
 もっと触れたかった。
 もっと味わいかった。
 もっともっと――。
 だから、もっとキスを。愛しさと切なさと狂おしさをこめて。

 胸にあたる凛の胸の弾力が心地よい。
 首に絡みついてくる腕が気持ちいい。
 爪立てられる指先に酔う。
 温かくしなやかで柔らかい凛の肢体。
 甘く香る薔薇と、それよりもなお香る凛の匂い。

 唇を離す。唾液が零れ、その赤い唇からしたたり落ちた。目は蕩け、頬は染まり、艶めかしい。

「……凛」
「……ん、士郎ぅ」

 何の抵抗もなく士郎は彼女の名を呼べぶことができた。そんな彼女の首筋に口づけする。その肌をやさしく舐める。

「……ん……やぁ……」

 凛はむずかるように嫌がる。けど強く吸いたい。その白い肌に跡を残したかった。この少女が、遠坂凛が自分のものだと徴をつけたかった。

 その静脈が浮き出た白い首筋に口づけする。そのまま舐める。もし吸ったらどうなるだろう、と士郎は思った。跡が残ったら凛は怒るだろうか? 
 怒るに決まっている。そう思っていても、分かりきっていても士郎はつけたかった。

「……なぁ……凛」
「……なに、士郎?」
「……そのぅ……やっぱり跡はマズい?」

 凛はぎゅっと抱きしめてくる。顔を近づけてきて、耳元で囁く。耳元をくすぐる熱い吐息。熱く湿った吐息にくすぐられて、ゾクゾクした。

「士郎はつけたいの?」

 少しからかうような声。士郎に見えるのは黒い髪だけ。それからも香る甘い薔薇の香り。それにウソはつけなかった。だからあっさりと白状する。

「――――うん」
「いいわよ」
「……いいの?」

 断られるとばかり思っていたので、士郎は逆に吃驚した。
 凛は顔をつきつけてきた。赤いあくまの顔でも、魔術師の顔でもなく、女の子の顔で。

「つけたいんでしょう?」
「あ――――うん」
「もしみんなにバレたら、庇ってくれるんでしょう?」
「――ああ」
「もしみんなにバレたら、士郎とわたしがつき合っているって公言してくれるのでしょう?」
「ああ」
「なら――」

 はにかんだ赤いあくまの顔。照れたようなイジワルするような顔でそっと囁き返してくる。

「――なら、いいわよ」

 そういってまた口づけしてくる。

 ……じゅ……ぢぢゅう……ん……くぅ……ちゅぢゆゅ……

 激しいキス。先ほどとは違う口づけ。今度は凛が積極的に舌を入れてきた。
 口の中をまさぐられるのがこんなに気持ちいいとは士郎は思ってもみなかった。
 温かく湿った舌が口の中をいろいろとくすぐっていく。粘膜を擦り、舌にからみ、歯茎を撫で上げる。
 ぬちゃりと唾液が音をたて、頭の芯が甘く痺れる。
 口の中に広がる凛の味に酔いしれてしまう。
 凛の匂い、凛の味、凛の肌触り。それがこんなにも士郎を絡め取っていく。
 凛の舌を吸う。唇で挟んでしごいてやる。唇がじぃんと痺れ、その快感に浸ってしまう。凛もそれが気持ちいいのかぼうっとしている。
 舌先をチロチロと舐めあい、そして口の中いっぱいに啜ってやる。
 音をたてて、激しく、強く、吸い上げると、凛の顔がふるふると震えた。
 ただその緋桜色の唇はしっとりとしていて。
 濡れていて。
 誘っていて。
 士郎の体の中を何かが這いまわっている。何かがうねうねと這いずりまわって、脳をぐにゃぐにゃにしていく。
 思考できない。考えることなんてできやしない。ただうっとりとする。してしまう。
 士郎の視界に入るのは――その可憐な赤い唇だけ。可愛いあくまだけ。
 胸が高鳴る。こんなにも狂おしいほどの衝動を感じる。
 愛おしく、狂おしく、恋しい。ただ欲しい。凛が欲しかった。
 この狂おしいまでの衝動が、頭の芯までとろとろに蕩けさせていく。
 また士郎が凛の口の中に舌を差し込む。そしておどおどとしている舌を強くねぶり、舌先でくすぐってやる。
 凛の躰はふるふると震えていた。
 香る凛の匂いが士郎をさらに駆り立てる。
 息が出来なかった。口を塞ぎ、舌を激しく動かし、ただ貪る。息なんてできるわけはない。それに息なんて必要なかった。
 とろけるような甘い唇。
 柔らかい唇と、それよりも少し硬い舌。
 温かい唾液。
 そして薔薇の芳醇な香り。
 しなやかで柔らかい肢体。
 汗ばんで吸い付くような肌ざわり。
 この遠坂凛という女の子。それだけに、ただそれだけになってしまう。
 はしたない音をたてて、唇を貪る。凛はむずかるようにイヤイヤしている。それでも、士郎は唇をついばみ続けた。
 舌を強く吸い立てる。
 くちゅ、という淫らな音。
 ちゅうっ……というやらしい音。
 じゅぶじゅぶと涎が音を立てる。立ってしまう。ただ荒々しく、ただ思いのままに、この遠坂凛という少女を貪りたくて。
 ただ淫らに、ただいやらしく、ただ卑しく。
 凛の体は熱く、士郎の体も熱かった。
 せき止められていた何かが溢れていた。渦巻いていたなにかが解き放たれていた。ずっと触っていなかった。触りたかった。こうしたかったんだとわかった。
 凛をこうしたかったんだと士郎ははっきりと自覚した。凛がイヤだといったからやめていたけど、本当はこうして凛を抱きしてたかったんだ。
 その思いに胸が震える。あそこが勃ってしまう。興奮してしまう。
 恋人同士といっても、どちらかというと戦友か師弟関係が強かった。それでも不満はなかった。と思っていた。でもそれはウソだった。
 こんなにも凛が甘くて。
 こんなにも唇がおいしくて。
 こんなに唾液がとろとろとしていて。
 士郎はようやく唇を離した。唾液がとろりと連なり、そして切れ落ちる。口元が唾液で濡れ、頬を紅潮させ、瞳を潤ませた凛はとても艶めかしく、あでやかだった。凛は目には霞がかかり、恍惚めいた表情のまま、士郎を見ていた。

 士郎はそっと喉元に口づけする。
 強く、弱く、つよく、よわく、ツヨク、ヨワク。
 キスの雨を優しく、激しく降らせる。吸いつくたびに凛の喉元がかすかに震える。
 その白い首筋に徴をつける。それだけで士郎はゾクゾクとする快感に酔いしれる。
 凛が俺のものなんだという徴。憧れていた同級生と恋人同士になったといっても、実感がもてなかった。照れ合うけど学校では秘密で、私生活でも師弟関係だったから。でも赤くついたキスマークが、凛が恋人なのだと示していた。
 さらに首筋に唇を這わせ、舌で舐め上げる。そのたびに凛はビクンと震える。
 何かをもてあましているかのように、士郎の首に巻き付いている腕はうごき、指先が何かを捜すかのように蠢く。
 胸が押しつけられるかのような動き。躰を押しつけて、士郎に抱きついていないと崩れてしまうそうな雰囲気。淋しくて切なくていてもたってもいられず、かといって何も出来ずに、凛はただ震えるばかり。
 胸にそっと触る。服ごしだけれども柔らかかった。

 凛はぎゅっとなる。胸を触られている。それだけで熱くなる。
 何かがこみ上げてくる。いやらしくてたまらない『何か』。それはどんどん溢れてくるようで、凛の体はもっと熱く、もっとぐにゃぐにゃになっていく。
 いやらしく、たまらなく、とろけていく。
 どろどろになっていく。
 それから逃れたいのか、それとももっと味わいたいのか、凛にはわからなかった。ただ切なくて、苦しくて、狂おしくて、気持ちよかった。

 凛は耐えきなくて、後ろにのけ反る。
 士郎は離れたくないのか、覆い被さるように、抱きついた。
 首筋を舐めながら、胸を揉む。そのたびに歓喜に満ちた吐息が凛の唇から漏れる。そっと揉んでも、強く弄っても、ぐもった喘ぎ声が洩れた。
 身悶えするような快感が士郎の体を走っていく。
 澄まし顔で、おっかなくて、赤いあくまで、自信満々な魔術師としての顔ばかり見せている凛が、こんなにも求めてくる。オンナとしてオトコを求めてくれている。
 そう思うだけで、士郎の体も心も震える。
 いつもの凛からは考えられない甘い吐息がかかる。
 その胸を弄るたびに、愛撫するたびに、漏れるオンナの声。
 淫らな音と淫らな吐息が重なり合う。

 首筋から顔を離す。白い喉に鬱血の跡。この淫欲に呆けて震えている女が士郎のものだという赤い徴に、ゾクリとるほどの興奮を覚えた。それを確認すると、唇をまた重ねる。
 凛は貪るように、ついばんでくる。唇を吸われ、舌でチロチロと舐めてくる。お返しにと、士郎も舌でチロチロと舐め返す。
 お互い唇を離し、舌でチロチロと舐めあう。いやらしく絡め合い、互いの舌をねぶりあう。
 唾液が滴り、服を汚すのもかまわず、ただ愛し合う。

 ……くちゅ……ちゅうぅぅ……ぅふん……ああ。

 湿った淫音。ぐもった吐息。
 淫音は粘ついた吐息と絡み合って、空気さえもどろりとしたものに変えていく。
 とろけるような疼きが、唇をジンジンと痺れさせていく。疼きはやがて、皮膚の下をはいずる甘い痺れとなって、体をよじらせてしまうほどに、高まる。
 唇が痛くほど吸われる、でもそれは心地よくて。
 そして舌が滑り込んでくる。でもそれは甘くて。
 そのまま口の中だけでなく、頭の中にまで入ってきて、脳まで舐め回され、すすられているよう。
 どろどろになった胎内を舌で舐め回させているかのよう。
 ぐちゅぐちゅと泡立つまで、掻き回されている。
 脳さえも、心さえも、魂さえも、その甘い舌でかき乱されていく。
 とろとろになるまで。
 ドロドロになるまで。
 犯されていく。
 犯している。
 犯しているのか、犯されているのか、わからなくなる。
 ただひたすらに舐めあう。犯しあう。気持ちいいから。
 口の中を。
 頭の中を。
 心の中を。
 魂の中を。
 こんなにも、犯しあう。
 とけあうような、粘つく淫悦。
 じりじりと焦げるような焦燥感を、舌先で擽るだけでこんなにもじぃんとしてしまう。
 凛は恥じらいを捨てて、こんなにも荒々しく士郎を犯していた。
 だから士郎もお返しにすすり上げる。犯すように、なぶってやる。
 薔薇の香りとともに匂い立つ凛のやらしい匂い。汗の匂いもまじった雌の香りが強くなっていく。いやらしいオンナの匂い。たまらない牝の臭いに士郎は、ああ、と呻いた。
 汗ばんだ肌がしっとりと濡れて、妖艶だった。白い肌はいよいよ朱くなり、色っぽくぬめぬめとしている。
 そして、ずゅぷっと唇が離れる。唇から唾液が糸を引き、つながったまま。
 いやらしい音と、いやらしい糸が唇どうしの間を繋いでいた。うっすらと濡れた口紅は剥げ、擦れて落ちていたが、それさえも色っぽい。
 凛は湯気がたちそうなほどの熱い息を吐くと、うっとりとした目つきで見つめてくる。
 士郎は妖艶な痴態に、震えてしまう。それだけで達してしまいそうな色っぽい悩ましげな光景。たまらなかった。

「ねぇ――」

 甘えるような凛の声。猫なで声にも聞こえるそれは蕩けきったオンナそのものの声だった。

「――士郎、しよ」

 それは甘いあくまの誘惑だった。

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