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華雅魅(餓)

                         大崎 瑞香

「兄さん」

わたしは紅茶を飲みながら、話しかけた。
時間は朝。あわただしい一時。
いつも遅刻寸前で起きる兄さんに会わせて出かけるわたしも遅刻寸前。
だというのに、落ち着いていた。

「なんだい、秋葉」

その優しい言葉がわたしの心臓を締め上げる。

「どうして規律正しく生活できないのですか」

 つい棘のある言葉を放ってしまう。
 すると本当に申し訳なそうな顔をこの人はする。
 その顔にどきりとする。
 その怯えた顔は、瀬尾を思い出させる。
 瀬尾もわたしをなぜか苦手と思っているらしく、人懐っこい表情とともに遠慮するような怯えた顔を見せる。

「努力しているんだが……」

 兄さんは済まなさそうに言う。
 その兄さんの顔に、貌に、どきりとしてしまう。
 わたしは壊れている。
 わかっていた。
 わからないことがあると、苛立ち気短になってしまう。
 でも――
 わかっていても、こんなに気短になってしまうだなんて。

「志貴さん、朝ご飯の用意できましたよ」

琥珀の声がして、逃げ出すかのように急いで立ち上がる。

「兄さん」

そう静かにいうと、すごすごとソファに座り込む。
 逃がしませんとも。
 このときだけが、わたしの物なんですから。
 愛しくて、恋しくてたまらない兄さんを独り占めにできる瞬間。
 一人の女としてではなく、妹として、遠野家当主として、保護者としてでしか、独り占めできない。
 でも、これはたしかに独り占めしている瞬間。
 この時だけがわたしだけの『遠野志貴』。

「あー秋葉……もぅ時間が……」
「……兄さん」

 わたしは――壊れている。
 壊れてしまっている。
 そうわかっているというのに――止められない。
 だから、そっと囁く。
 言葉を発しようとすると、躯の奥が震え、甘く疼く。
 兄さんはただここちらを視ているだけだというのに。
 躰に震えがきてしまう。
 なんて――いやらしいんでしょう。
 熱い昂ぶりが、わたしに熱く粘ついた吐息を吐かせる。
 顔が真っ赤になっているのがわかる。
 つい――視線をずらしてしまう。
 髪の毛をいじって、この空気に抵抗しようとする。
 兄さん――わたしは

「兄さん、知っていますか」
「なんだい、秋葉?」

 生唾をのみ、少しかすれた鼻にかかった声で囁いた。

「――わたし、今、下に何もつけていないんですよ」
「……」

 あの驚いた顔。その顔、期待してしまう。
 その顔が、
 その瞳が、
 その眼差しが、
 妹ではなく、一人のオンナとして、わたしをみてくれることに。

「ショーツ……兄さんにはパンティの方がわかりやすいですか?」

 なんて浅はかな挑発。
 なんて愚かな挑発。
 なんて淫らな挑発。
 でもその刹那。
 その、刹那という永遠において、
 兄さんは、遠野志貴は、完全にわたしだけの、オンナとしてのわたしだけの物になってくれる。

「……あ、あき……は」

 兄さんはようやく声を出す。
 わたしはすくっと立ち、兄さんに笑いかける。
 妹ではなく、女の貌で――。

「もう時間ですから――お先に」

 なんて愛しくて、狂うほど恋しくて、そして酷い兄さんを残して、玄関へと向かう。
 カバンを受け取り、黒塗りの乗用車に乗り込む。
 乳首がブラジャーにこすれて痛いほど尖っている。

   なんて――不潔なことをいってしまったのだろう

と反省するわたしと、

   それでいいのよ

と唆し、嗤うわたしがいる。

それを振り払うつもりで、深く長く、魂をも吐き出してしまいそうないやらしい吐息を吐く。
 とたん、ぶるんと躰が震え
 何も着用していない、わたしの股間が
 少し
 濡れた。



 わたしは壊れている。
 こんなにも。
 淫らに
 女として、
 壊れきってしまっているというのに。
 止められない。
 この思いに理性はどろどろに溶けていってしまう。
 どんなに理性がわめきたてても、
 わたしは流されてしまう。
 その性に、
 その情に、
 そのオンナに。
 飢えているわたしがいる。
 兄さんに飢えて渇ききって、求めているわたしがいる。

 だからわたしも今日も兄さんに話しかける。
 兄さんを独り占めするために。
 わたしのオンナの貌を少しだけ見せて――。


                          25th. May. 2002
                                #31