つーか、それ妹キャラかよ!?

                         阿羅本 景


「なぁなぁ遠野、今まで黙ってたなんて水くさいじゃぁないかー」
「水くさくてもなんでもいいがな、なんで俺とお前が帰り道で同じ方向にいる
んだよ」

 志貴が背中から追いすがる有彦をじろりと振り返る。志貴は背筋を丸めて如
何にも機嫌が乗りません、という素振りを見せていた。一方の有彦は満面これ
笑顔で、つれない顔の志貴とは対照的であった。まるで踊るようなステップを
踏んでいる有彦を、志貴は陰鬱な瞳で見つめる。

「ひどいじゃぁないか遠野、俺とお前の仲なのに……いや、これからは敢えて
お前のことを義兄さんと呼ばせて貰おう!」
「誰がお前の義理の兄だ……あーあーあーあー、全くお前は嬉しそうだよな、
こっちは胃痛がするんだよ、今回のことで」
「ふははははっ、胃痛にでも何でもなるがいいわ遠野、世の中の幸せと不幸せ
は反比例する以上、お前が不幸せになればなるほど俺は幸せになるんだよ!あ
あ、まさに天の定めってやつだねぇ〜!」
「抜かせ」

 志貴は後ろで妖しい踊りを踊る有彦に振り返らずにすたすたと歩いて行く。
暮色の空の下、志貴は遠野屋敷の長坂の前で振り返ると……まだ後ろに有彦は
いた。
 家とは全然違う方向にも関わらず、有彦はにへらにへら笑いながら志貴に付
いてくる。志貴が足を止めると、有彦も足を止める。

 志貴は、嫌々振り返ると……

「なぁ、だからお前の家はあっちだろ、あっち」

 志貴は指を上げ、有彦の家の方向を指さす。もちろん坂の上の遠野屋敷とは
別の方向だ。
 有彦は肩をすくめ、これ見よがしにアメリカンな「やれやれ」の仕草をする
と志貴に向かって口を尖らせる。

「そんなことは百も承知ナリよ遠野!」
「わかってんのならさっさと口を綴じて回れ右しろ」
「ふっ……そう言って聞く俺だと思ったか!」

 胸を張ってえっへんと威張ってみせる。開き直った有彦に対して、志貴は打
つ手無しという風情で憮然と構えるしかなかった。
 空をのーてんきにカァカァと鴉の鳴き声が響き、長い蔭を従えた有彦がまる
で永遠のチャンピオンのようにふんぞり返っているのを見て――志貴が折れた。

 志貴は肺腑が空になるほど長い溜息を吐き、吐いた溜息の量で身体がしぼん
だのではないのかと思うほど背を曲げ、頭を下げてがっくりと項垂れる。そし
て、すくりと頭を上げると

「で、何が聞きたいんだ、オマエ」
「すーなおになってくれて嬉しいぜ遠野!俺が聞くのはただ一つ!遠野秋葉ちゅ
わーんの事以外あり得ぬではないかお義兄さん!」

 つまり、そういうことであった。
 志貴が弓塚に関わっている間に、妹の秋葉が恐るべき行動力で志貴の学校に
転校してきてしまったのであった。志貴には胃に差込が起きるほどの青天の霹
靂の事態であったが、有彦にしてみれば――折り紙付きのお嬢様とお近づきに
なれる絶好の好機であった。

 もちろん、それを前に逡巡する有彦ではない。将を射るにはまず馬からと秋
葉の兄である志貴を搦め手から攻め、攻められている志貴が思いっきり辟易し
ているのであった。

「なんだよ、前はシエル先輩ー!とか言っていた癖に」
「はっはっは、先輩は先輩!秋葉ちゃんは秋葉ちゃん!遠野、俺は人情無しの
鉄面皮のオマエと違って博愛主義者なのだよ!」
「……一言で言うと、心の中に棚が多い奴なんだなオマエ。で、何が聞きたい
んだ?」

 これ以上つっつくと鬱になるぞ、とも言いたげな顔の志貴に有彦はにやにや
と笑いながら近づき、似非アメリカ人の様に親しげに志貴の方に手を回し、ぽ
んぽんと叩く。
 あからさまに嫌な顔をしている志貴に、有彦は妙な迫力と凄みのある顔で尋
ね始めた。

「ふふふ、お前の妹の秋葉ちゃんだがな、趣味が何だとかそういう色々なこと
を教えてくれれば他の奴らに俺は一歩リードできるんだよ」
「……直接秋葉に聞けばいいじゃないか」
「クワーッ!遠野!お前は分かってない!お前の心臓の中に埋め込まれている
のは血の通わぬポンコツかっ、くぅー!」

 またしてもばたばたと身体を叩かれ、その勢いにせき込む志貴。そして、そ
れに全くお構いなしに志貴の裏襟を取って体を起こさせる有彦。夕暮れの道路
のど真ん中で、余人が見れば何をやっているのか謎な男同士の絡みが繰り広げ
られている。

「流石に秋葉ちゃんはガードが高いからな、俺としてはらしくもない迂回攻撃
をしかけているわけよ。で、可愛い義弟にそう言う国防機密並の重要情報を教
えてもらえんかね!」

 それが人に物を頼む態度か?と志貴は愚痴垂れたかったが、すでに有彦のペー
スに飲み込まれており、その台詞を口に出せずに顔色を濁らせて見せるしかな
かった。もっとも、志貴としても有彦の問いに対して隠し立てしているわけで
はなく……

「知らん」
「ほへ?」
「だから、俺と秋葉は八年ぶりに再会したわけだから、あいつのことは全然俺
だって知らないんだよ……はーぁー」

 志貴は実際のところを口にすると、肩を落としてぐったりとする。秋葉と志
貴は再会して日は浅いのだった。そして、その間にも志貴は弓塚のことに奔走
していたのである。
 意気上がらぬ志貴の言葉に思わず鼻白んでしまう有彦であったが、すかさず
テンションを下げぬように叫ぶ!

「かなしぃーことをいうもんじゃないー!遠野ー!」
「うっるさいわい!これで満足したか乾!」
「いや、まだまだだよ遠野クン、君が喩え秋葉ちゃんのことを知らなくても、
利用価値は些かも減じないからね、うふほほほほ」

 一言事に妖しく口調が変わる有彦に、芸が細かい奴……と志貴は呆れていた。
 有彦は一歩志貴から離れると、これ見よがしに顎に手を当て、斜に志貴を眺
める。そして、にやりと笑いを張り付かせたままの口を開くと……

「ふふふ……そうだな、遠野。お前は秋葉ちゃんをどー見ている」
「どう……といわれてもなぁ」

 どういうつもりか、いやに切り込んでくる質問に志貴は困ったような表情を
して顔を逸らす。実際、あまりにも長い時間の末に再会した妹の秋葉は変わり
すぎていたのであった。それも妹と言うよりは女性として――

「ンでだな、遠野。お前には秋葉ちゃんをどう見てる?まぁトーヘンボクのお
前だから言葉に表すには難しかろうな」
「ほっとけ」

 したり顔で頷く有彦に、志貴は顔を顰めて毒づく。

「そうだな、アニメやゲームのキャラに喩えてもいいぞ。『志貴おにいたま』
とか『志貴兄くん』とかそういうのでもな、クカカカカカカカ!」

 何だよそのネタは……と志貴は呆れるが、目の前の有彦はまたしても腰を
蝦や蝦蛄のようにくねらせる怪しい踊りを踊り出し、答えぬ事にはこの場を
解放しないつもりらしい。もちろん、こんな有彦を連れたまま屋敷の鴨居を
潜れたものではない志貴である。

 志貴は、有彦の出した条件から己の知っているあまり多くない知識を探っ
て、秋葉に当てはまる例を探し――ふと思い当たるものがあり、得心したよ
うに頷いた。
 有彦は志貴の素振りに気が付き、カクカクと舞い踊りながら志貴の顔を覗
き込む。

「ほう、答える気になったな遠野」
「ああ……ぴったりなのがあった。機動戦士ガンダム、それも初代だ」

 志貴の子供時代の再放送を繰り替えし見たタイトルを口にする。もちろんそ
れは、同い年の有彦も良く知っている。有彦は志貴の答えを聞き、ほぉうとば
かりに興味深そうに頷く。
 ガンダムで妹キャラ、それも秋葉に似ているとなると……有彦の中で適合す
るのは――

「ほう、セイラさんか、渋いねぇ遠野……確かにセイラさんにはそっくりだ、
高潔で毅然としてお嬢様でなんいっても『キャスバルにいさん』だもんなぁ、
くそー、おまへはシャア気取りか、憎いねぇ!」

「いや、違う」

 確信を込めてつっこみまでして見せた有彦は、意外な答えをする志貴には目
をぱちくりさせた。絶対なまでの回答への自信があったが、志貴はNOと答えた。
 有彦は混乱して、口をぽかんと開けて志貴に尋ね返す。

「セイラさんじゃないって……嘘だろ?」
「いや、そっちの方じゃない妹がいるだろ」

 志貴はうんうんと頷きながらそう言うが、有彦には心当たりがない。
 顔面これ疑問、という表情の有彦に志貴は手品の種明かし、とばかりに答える。

「じゃぁ、誰」


「キシリア・ザビ少将閣下」


 ――確かに妹だしお嬢様だが、それって妹キャラ?
 ――つうことはチミはギレン・ザビ総統?


 と、有彦が答える暇もなく、風の中を声が怨めしく流れる。


「――兄上も、意外と甘いようで……」


 ズガシッ!

 キシリアの科白と共に拳が飛び、志貴が――吹っ飛んでいった。
 渾身の力を込めて打ち抜いたストレートの恰好でその場に現れた、秋葉の姿。

「兄さん!言うに事欠いて私のことをキシリア閣下呼ばわりですか!いくら兄
さんでもあんまりです!」

 秋葉は空中を舞う志貴に追いつき、地面に落ちてきた志貴の上に馬乗りにな
るとそのままぽかぽかと叩き始める。呆気にとられる有彦であるが、目の前に
現れた秋葉は千載一遇の好機であることに気が付く。
 有彦はすかさず秋葉の元に滑り込むようにして膝を突く。

 今が告白のチャンスであった――

 有彦は恭しげに秋葉に向き直ると、秋葉は手を止めて有彦を見つめる。

「貴方は確か、兄さんの友人の……」
「乾 有彦といいます、秋葉さん……これからは私のことをあなたのマ・クベ
と呼んで下さい!」
「…………………………」

 一瞬、沈黙が流れる。

 秋葉はぐ、と握った拳を固め、下段に目一杯振りかぶると……


 ガスッ!


「う、ウラガン!あの壺をキシリア様に届けてくれ!
 あ、あれは……いいものだぁぁ!」


 ――だから、壺ってなんだよ壺って

 そんなことを思う暇もなく有彦の身体はアッパーカットで飛び、宙(そら)に散華した――

                                                                   《おしまい》

【後書き】

 どうも、阿羅本です。

 ……ガンダムネタですいません……(笑)。いや、志貴がガンダムみているか?とか
考えたのですが有彦と一緒ならみていそうだ、でもZやZZは見てないだろうな、とか色々
考えるのですが、なんというかその、お笑いと言うことで……

 秋葉=キシリア様、という思いつきの一発ネタですいません……有彦も「あなたの
ジョニー・ライデンと呼んで下さい!」ぐらい言えれば……(笑)

 このSSですが、西紀貫之さんの同人誌『裏秋葉祭後夜祭』に初出がなりますが、
西紀さんの許可を頂いてこちらで再録させていただきました。どうも有り難うございます。

 でわでわ!!