「志貴ー。早く行こうよ」
「はいはい、分かったからもうちょっとゆっくり行こうぜ」
「いいから、ほら、こっちこっち!」

 目を真ん丸にして次の屋台へと急かすアルクェイド。
 見るもの全てが物珍しくて一時たりともじっとしていられない様子だ。

 ここは県境のちょっとさびれた温泉街。
 ちょうど行事に重なったようで、いつもならもっと寒々しいと思われる商店
街の前も、所々に露天や屋台が店を広げてほのかな夜を飾っている。

 アルクェイドは何と浴衣に下駄といった出で立ち。
 袖口から覗く白い手に引っ張られて、俺は露天を練り歩いていく。
 どうしてこんなことになったのだろう。
 そう、やはりこれはあの日の午後から始まったに違いない。
 校門で待ちかまえていたアルクェイドと出かけたときから―――。

「ふたり」
walking in the sun
                         TAZO

 特に予定のない俺たちは、特に予定もなく店に入る。
 店自体が作り物めいたアンティークショップ。路地裏に隠れた喫茶店。縦と
無く横と無く積み重ねられた古書店。色とりどりの果物が並んだ青果店。その
他その他etc……。
 主に世間離れしたアルクェイドの好奇心を満たすためだけれど、自分では普
段入らないところにものこのこ入っていくので、俺自身結構楽しい。
 その日は特に奇をてらうこともなく、ビルのワンフロアすべてCDというC
D屋に入った。

 テレビもない遠野の屋敷にはCDを聴くためのコンポやらアンプやらの機器
はなかったけれど、秋葉がとんでもないオーディオセットを揃えてしまった。
 バイオリンの練習用にMMO(ミュージック・マイナス・ワン)を掛けるため、と
いうことだが、細かい段取りは琥珀さんがすべて手がけた。
 たかがクラシックのカラオケ(というと秋葉は怒る)を掛けるためではあま
りに勿体ないという俺の意見を反映して、空き部屋を改造したオーディオルー
ムは屋敷のみんなに解放されている。

 以前気に入っていたバンドから2年ぶりにアルバムが出ているのを見つける。
 レジへ渡したら、新しいスタンプと一緒に福引き券がついてきた。
 エンヤの新譜を買ったアルクェイドの分を足すと4回分ある。

「……うーん、年末でもないのに珍しいな」
「ねー志貴、何これ?」

 耳が出そうな表情で首を傾げるアルクェイド。
 窓から入ってくるので猫に揶揄される彼女だけれど、ちょっと見には猫と言
うよりも柴犬の子犬のような気がしないでもない。

「福引き券だよ。商店街がスポンサーになって景品を出し合い、買って貰った
商品のオマケとしてこれを付けることで商店街全体の販促を図ろうという涙ぐ
ましい努力の……悪かった。まぁ、ぶっちゃけていえばくじだな」
「ふぅん、これで何か当たるかも知れないって訳ね。それならそうと言ってく
れればいいのに」
「そう。これ2枚で二回ガラガラが回せる」
「? ガラガラ?」

 言葉に詰まる。残念なことに遠野志貴はガラガラ回してポトンと玉の出るア
レの正式名称を知らない。

「……実物を見に行った方が早いか。アルクェイド、行くぞ」
「何だか分からないけど、とりあえず行きましょうか」



 店を出て道なりに進むと、アーケードの出口に紅白の幕で飾られた仮設会場
があった。
 舞台前に設置された例のガラガラの前は時期はずれにもかかわらず結構盛況だ。
 仮設会場へ向かう俺達に道行く人の視線が集まる。


 アルクェイドを連れて歩くと否応なく人目に晒される。
 誰も彼もこいつの容姿に目を奪われての事だ。
 ただし、その隣を歩く俺へも視線は注がれる。
 ……アルクェイドのそれと少々質を異にするが。

 アルクェイドは……俺の照れやひいき目をさっ引いても、正直すごい美人だ
と思う。
 コンビニに並んでるファッション雑誌の表紙やTVの有名女優等(最近はT
Vも琥珀さんの部屋で見るきりだが)を見てもこいつの横に並んだら間違いな
く霞んでしまうだろう。
 はっきり言って街中を歩いていて見かけていいレベルじゃない。
 背丈も俺よりちょっと低いくらいで女性としては十分高いし、白皙の顔に冠
する金髪は言うまでもなく日本じゃ目立ちすぎるくらい目立つ。
 そんな彼女と――まぁ、仲良くしているように見える――のがどこにでもい
そうな高校生の俺だ。
 他人と違うのはちょっと珍しい眼を持っている位で、そんなのは傍目から分
かる筈もない。

 どうしてあんなのとあんな美人が一緒に歩いているんだろう―――。

 そう考えるのはごく自然なことだ。
 死角から感じる興味津々の視線と好奇心はまだしも、あからさまに敵意をむ
き出しにして睨み付けてくるヤツもいる。
 そこまでいくと流石にどうかと思うが、程度の差はあれ体中をつつく視線に
は困らない。
 アルクェイドと街中を歩くならば、覚悟とまでいかないまでも何かしら心構
えが必要だ。
 ―――けれど。

「何やってるのよ志貴。ほら、行かないの?」

 ぼーっとしてる俺をせっつくアルクェイド。
 ちょっと眉を寄せて俺を睨んでいる。
 黒みが掛かって透き通ったガーネットより深い瞳。
 今は普通に赤いままだけれど、俺はこの瞳が金色に輝くことを知っている。
 闇夜の中、金色に浮かぶ一対の瞳。
 あの瞳と対峙したことがあるなら通常の人間に幾ら睨まれたところでどうっ
てことはない。
 無論、アルクェイドの視線に耐えられたなら、というマクラが付くけれど。

 ―――だけど。

「もーっ! 早くしないと置いてっちゃうんだから!」
「悪い、今行く」

 こうやってぷんすか怒っているこいつの顔を見ていると、他人の視線とか自
分のちっぽけなやせ我慢とか、そう言った些細なことはどうでも良くなってくる。
 だって、俺はこうしてアルクェイドと一緒にいたいんだから―――。




 その日は、何か予感があったのかも知れない。
 虫の知らせとか、風の便りとか、そんな、根拠のない曖昧な予感。
 なぜか俺はとある一句を思い出した。

 “走ってくるチャンスの神様を捕まえるには前髪を掴まなくっちゃ駄目さ。
何故って後ろ頭はつるっぱげ”

 だから、アルクェイドが3回目にガラガラから金色の玉を引っ張り出したと
き、俺はどこか当然のようにそれを見つめていた。。
 今にして思えばそちらの方がよほど不思議だったのだろうけど、とりあえず
アルクェイドは残り少ない神様の前髪を捕まえることに成功したらしい。
 もちろん金色の玉は文句なしの一等賞だった。
 耳元で散々に鳴らされたハンドベルに顔をしかめていたアルクェイドも、副
賞が二泊三日の温泉旅行と聞いて目を丸くした。

「オンセン……ってあの温泉?」
「そーです!! お嬢さんはまだ温泉に行ったことは?」
「知識では知ってるけど……ふーん、こうやって入るんだ」

 デカイ声でアルクェイドに話しかける恰幅の良いおっさん。多分この商店街
の会長か何かだろう。
 1等を引かれてしまってもあんまり気にしてないようだ。
 まぁいずれは出てしまう物だし、商店街の催しとしてはそれなりに盛り上が
る客に取られたいというのが人情というものだ。その点アルクェイドは見栄え
的に申し分ない。
 当のアルクェイドは旅行会社のクーポン券と一緒に渡されたパンフレットを
まじまじと見つめている。
 旅行が当たったことに関しては、よく分かっていないのか大したリアクショ
ンがないようだ。
 商店街の人はそんな当人をそっちのけで「1等 アルクェイド・ブリュンス
タッドさん」と後ろの当選者欄にでかでかと書き殴っている。
 当人達のやる気が対照的で妙に可笑しい。
 ふと他の当選者を見ると何か見覚えのある名前があった。

 「5等 乾有彦さん」

 ……さすが地域密着型下町系不良。
 副賞の『卓上たこ焼き器』がまた泣かせる。

 仮設会場は一等当選の報を聞いて集まってきた人でごった返してきた。

 「……それでは、アルクェイドさんはどなたとご旅行に行かれるつもりです
かー?」

 さっきのおっさんに代わってちょっと可愛い目のお姉さんがマイクを持って
お決まりの質問をしていた。
 大体こういう時は「母と行きます〜」とか全然説得力のない答えでお茶を濁
すのがセオリーってもんなんだが。
 そんな俺の気も知らずアルクェイドは一歩下がっていた俺の腕をひっつかん
でマイクの前へと連れ出した。

「うーんと、そだね、志貴とかな」

 おおおお〜!! 
 どよめく会場。

「こっ、こらっ! おまえこんなとこで」

 しまった。
 こいつにそこら辺の機微を期待する方が間違ってた。

「あら〜うらやましい! こちらが志貴さんですか? こんなお綺麗な方と温
泉旅行ですよ。よっ、この三国一の幸せものっ!」

「よっ」は良いが三国一ってアンタ一体いつの生まれだ。
 マイクのお姉さんの後ろで、さっきの当選者欄の横に「&志貴さん」と書き
足すおっさん。
 マズイ。同級生も通る天下の往来でそれはマズイだろう。
「い、いや、今のは何かの間違いでほんとは別の女友達かなんかと」
 とりあえずこの場を何とかしないとどこで秋葉やシエル先輩の耳に入るか判っ
たもんじゃない。

「なーに言ってんですか。今どき温泉旅行くらい隠す程の事じゃないですって」
「そりゃそーかもしれませんが、他じゃともかくうちじゃばれると生死に関わ
るんですよ。後生ですからそこの『志貴さん』って奴だけでも消して」

 俺の袖をアルクェイドがつんつんと引っ張った。

「何だアルクェイド、お前からも何とか言え」
「……志貴、一緒に行ってくれないの?」

 不安げな上目遣いとちょっと尖らせた唇。

「あ、いや、その……そうじゃなくてお前」

 普段滅多に見られない表情に遠野志貴は不覚にもドキリとしてしまった。
 俺の内心を知ってか知らずか、とどめとばかりにそっとすり寄るアルクェイド。
 はっと気がついて辺りを見回すと、無言の周囲からはにやにや笑い。
 そしていつにも増してきつい視線の雨。


 ―――ああ、もう絶体絶命。


(To Be Continued....)