Gutta cavat lapidem non vi sed saepe cadendo.

-滴は岩に、力によってではなく、何度も落ちることによって、穴をあける-
 

                                    阿羅本 景

 



「……ふぁ」
「そろそろお休みですか?」

 メイドの膝の上に座っている少年が、欠伸をした。
 ソファーに座っているのは短い髪に白いカチューシャを乗せた、小豆色のメ
イド服姿の少女。そしてその膝の上にズボンとシャツ姿の、黒髪の少年が乗せ
られていた。

 少年の顔つきは利発で、鋭敏そうな目をしていた。黒い瞳なのに、時折青い
光がその中に宿っているような気がするのが不思議であったが、それ以外はな
んの変わりもない小学校に通う子供そのものであった。
 ただ、美少年と言うことは確実に出来たであろう。そんなどこか頼りなさを
感じる柔和な顔つきに神秘的な深さのある瞳をしている。

 そんな少年を見つめるメイドの瞳は優しく暖かい。
 膝の上に抱きかかえられるように座っている少年は、口に軽く手を当てると――

「ん……かなぁ?あれだけ朝寝してもまだ眠いのが不思議だよ、翡翠」
「それでは寝室に参りましょうか?志貴さま」

 志貴と呼ばれた少年は、その言葉に頷こうとしてつと顎を止める。
 志貴――遠野志貴と少年の名前は言う。実のところ、彼は少年ではない。年
は十六なのに、数奇な運命で八歳の身体に戻っているという――半ば信じがた
い境遇にあるのであった。
 そしてその身の上には一言では語れない様々な事件が降りかかった。この身
体になってしまったのも、義理の兄との死闘の末、志貴の妹である秋葉を救う
ためであり――こうなってしまってからも波瀾万丈の人生であった。

 そんな悲喜交々の生活の末に、ようやく志貴は安寧の中に落ち着きを見いだ
していた。
 志貴は振り返ると、翡翠――メイドの顔を見つめる。美しい顔であったが、
どことなく生硬な感じが否めない彼女だが、志貴に接するときはうち解けた優
しい顔になる。

「いや……まだいいか」
「そうですよー、まだまだ宵の入りですからね。今日もいろいろ志貴さんで遊
ぼうと――」
「人の兄さんで今度は何をやる気なの?琥珀」

 志貴の向かいに座る、和装の少女と長い髪の乙女。
 和装の少女――琥珀の顔は、驚くほど翡翠に似ていた。それもその筈、二人
は双子であるのだから。ただ、翡翠が硬玉の美しさだとすると、琥珀は磨かれ
た軟玉のような柔らかい光が内にこもっているような印象が強い。今もにこに
こと笑み崩れている。

 そんな琥珀に牽制の言葉を投げかける、腰まであるストレートのロングヘア
の少女の美しさは定めし百花の王ともいうべきあでやかさであった。志貴を兄
だという彼女は遠野秋葉、志貴の義理の妹にして、結ばれた運命の人――

 だが、その秋葉は自分の兄が翡翠の膝の上にいるのを恨めしげに眺めている。
 片手にグラスが握られているが、入っているのはソフトドリンクであってア
ルコールではない。もし今秋葉がアルコールを握っていたら、兄を奪還する為
の行動に結びついていたことであろう。
 だが、そんな勢いもない秋葉はじーっと志貴を見つめ、志貴は居心地の悪さ
に身じろぎする。秋葉の自然と鋭くなる視線に、小さな志貴はびくびくと怯え
て囁く。

「あ、秋葉……その、どうかしたか?」
「いえ、兄さんではございません……翡翠?」

 秋葉の強くたしなめるような声に、志貴はびくつくが翡翠は静かに顔を上げ
る。そこにあるのは志貴に見せる微笑みではなく、命令を待つ機械のような顔
であった。

「秋葉さま、何でございましょうか?」
「……なぜあなたの膝に、兄さんを乗せてるの?」

 秋葉はとんとんと組んだ腕を指で気障りに叩きながら尋ねる。口調には非難
と疑いが含まれている。それに横からそれはその、と答えかけた志貴の顔を見
つめると、翡翠の言葉を顎を軽く向けながら待つ。

 はらはらする志貴を放さず、翡翠は落ち着きを払って答える。

「……それは、志貴さまのお世話をするのが私の役目だからです、秋葉さま」
「それは分かっているわよ。だけど、そこまでする必要がどこにあるかと言っ
ているの」

 秋葉の口調は自然と険しくなる。威圧することで翡翠の無条件降伏と謝罪を
求めようとする秋葉の姿勢を志貴は感じるが、逆に自分を膝に乗せた翡翠も容
易に退くことを知らないことが分かる。なので――
 急に翡翠の顔が自分に向き、志貴は驚きを隠せない。

「……志貴さま?私の膝の上がご不快ですか?」
「いや、そんなことはないけども、喧嘩は良くないから……うん」

 志貴はもじもじと答える。どうも、身体が少年に戻ってしまうとそれ相応に
心も縮んでしまうように、志貴は心細そうな声を出す。志貴のたおやかな美少
年の顔とこの素振りが逆にこの場にいる女性陣の母性本能を掻き立てることを
知ってか知らずか――

 志貴は翡翠の膝から床に居りようとする。翡翠の膝の上は確かに心地は良か
った。少年の身体で翡翠の膝と胸に抱き込まれる様に居るというのは絵も言わ
れぬ快感であり、そのまま長居したかったが――秋葉の視線に刺され続けるの
であればその身体も針の筵と化してしまう。

 それに、自分にとっての一番大事な人は秋葉なのだから……志貴はこの身体
になってから図らずも数々の女性と関係を持ってしまい、翡翠や琥珀もその中
の欠かすことの出来ない人であった。でも、秋葉とはその意味がちがう。

 立ち上がろうとする志貴を、翡翠は残念そうに手放す。
 そして志貴の小さな身体が立ち上がる。深いソファーに座る他の女性たちよ
り頭一個ほどしか高くならない少年の背。昔の志貴であれば見下ろしていたの
だが――

 そんな志貴の動きを見逃さずに、素早く行動を起こした者がいた。
 それは、機敏な動きでテーブルを回って駆け寄ってきた琥珀であった。

「さぁさぁ志貴さま?琥珀お姉ちゃんといっしょにお部屋でテレビみましょー
ねー?」
「お待ちなさい!」

 がっしり手を握られて動転する志貴毎浴びせかける、秋葉の声。
 翡翠で神経に障るところがあった秋葉は、すかさず抜け駆けをする琥珀に堪
忍袋の緒が切れかけていた。言葉はふるふると震え、志貴が振り返ると秋葉は
俯き加減に身体毎また震えていた。

「……はいー?なんでしょうか、秋葉さま」
「……あなたも何をやってるの?兄さんを琥珀、あなたの部屋に連れ込んで何
をする気?」
「それはもう、一緒にテレビを見て、ゲームをして、それで一緒のお布団で――」

 琥珀は嬉しそうに行動計画を口にする。
 ただ、その言葉があからさまな挑発であると志貴は知ってびくついている。
おまけに琥珀もそれが挑発以外の何者でもないことを自覚している……のが質
が悪い。

 秋葉は立ち上がるとぐわ、と怒気を噴出させるように――

「そんな、兄さんの教育上宜しからざるものは許せません!」
「あ、秋葉、落ち着いてその俺はまだ……」
「兄さんと一緒のお布団ですって?そんなことを私が許すと――」

 秋葉はわなわなと震えながら叫ぶ。
 だが、琥珀がするのは恭しく秋葉の怒りを静めるのではなく、ぎゅっと腰を
屈めて志貴を抱きしめるという行動だった。志貴は琥珀の腕に包まれ、その微
かな香と肌の薫りにどぎまぎしてしまい言葉がない。
 さらには琥珀は志貴に頬摺りまでして――

 志貴は柔らかい琥珀の頬と、迫った唇の感覚にどうして良いのか分からず、
ただ琥珀のなすがままに任せていた。琥珀も翡翠も、子供の姿の志貴には心理
的抵抗が少ないためか過剰なスキンシップを試みてくる。
 それは嬉しくもあるのだが、秋葉の前でやられるというのは……志貴は頬摺
りをされたまま青ざめるしかなかった。

 ぐ、と秋葉の拳が握られるのを見ると、志貴は声にならない悲鳴を漏らす。

「――兄さん!なにをにやけているんですか!」
「そんなこと無いって秋葉……いやただあの」
「兄さんは琥珀や翡翠とべたべたするのがお好みなんですか、ふぅん……」

 とうとう志貴に刃を向け始めた秋葉。志貴は琥珀をはねのける力もなく、か
といって琥珀に攫われるわけにもいかず、秋葉の怒りを宥めようと必死に考え
る。秋葉は冷たく志貴を窘めているようだけど、その実は拗ねていることも志
貴には分かる。

 琥珀や翡翠が世話を焼くのが、羨ましい――そういう秋葉の心。
 ただそれでも秋葉は不器用で、琥珀から志貴を奪い取るような真似が出来な
い。それだから殊更に怒ってみせる。いや、志貴に怒ることが彼女なりの愛情
表現の一端となっていると。

 誤解だ、とも言えず志貴は、秋葉に細く言うのが精一杯であった。

「秋葉……本当は秋葉とベタベタしたんだけど」
「え?」

 志貴の告白に、秋葉は驚く。
 身体にまとわせていた鬱屈したストレスと怒りの空気はすっと消え去り、秋
葉は素で志貴を見つめる。拳から力が抜けて体側に落ち、目を見開いている。
 まぁ、と琥珀も抱きしめた志貴を見つめて驚く。翡翠も遠巻きにして、そん
な志貴の言葉にわずかに眉を動かす。

「……ほ、本当ですか兄さん?」
「うん……だって、ほら、俺と秋葉はその……なんだし」

 恋人ともなんとも口にするのが恥ずかしく、志貴はもぞもぞとその語句を誤
魔化して口にする。それも二人きりならともかく、琥珀や翡翠の前になると―


 かぁぁ、と秋葉は口ごもって赤くなる。先ほどまで不機嫌に怒っていたが嘘
のように、みみまで真っ赤にしそうな勢いで紅潮していく秋葉。
 秋葉はやおらその場でおろおろと立ち竦む。威厳ある一家の女当主である風
格もどこに行ったのか、と思うほどの慌てようであった。

 志貴はそんな急変する秋葉の様子に安堵を覚えていた。とにかく秋葉が怒ら
ないことだけでもほっとする……ただ、志貴自身も余計な種を自分でまいたこ
とに気が付いても居たのだが。琥珀の抱きしめる腕の力が弱まったのを感じる
と、とことこと秋葉の方に近寄る。

 その後ろで残念そうに指を鳴らして唇を歪める琥珀と、そんな姉をどういう
風に窘めたらいいのかを悩む翡翠の存在を観じながら、志貴は秋葉の側に近づ
く。
 昔は秋葉を見下ろす背があったが、今では秋葉の胸の下あたりほどしかなく、
文字通り子供を大人が見上げる態だった。志貴は戸惑いの瞳で見つめる秋葉の
視線を感じながらも、腕を伸ばすと――

「秋葉……こんな風に」
「あっ!」

 志貴が秋葉に抱きついていた。
 秋葉は驚いたように腕を上げて動転していた。志貴は秋葉の真っ正面から抱
きつく――背の違いから文字通り大きな秋葉に抱きつく様子であった。秋葉の
薄い胸が顔に当たり、手はスレンダーなお尻の辺りに回る。
 そして顔をぎゅっと秋葉の身体に着けると、そこに秋葉の柔軟な身体を感じ
取って――

「に、兄さん、何をするんですか!」
「だから、秋葉とこんな風にべたべたしたいって……ごめん、秋葉が嫌いなら
止めるよ?」

 志貴は胸の下から顔を見上げる。
 きらきらと目を輝かせている少年の志貴の顔に、秋葉は胸の高鳴りを覚えて
いた。どきどきと心臓が早鐘を打ち、顔を寄せている志貴にも聞こえるのでは
ないのかと思えるほどの――それなのに腕をびっくりしたように上げたまま、
志貴に抱きつかれるままで。

 厭だったらやめる、と志貴は言う。
 だけど嫌なはずはない――こうして身体を寄せてくれるのが兄さんなのだか
ら。少年の身体になってしまったけども、間違いなく兄さんそのもので――兄
さんの身体の温かさが肌と服後しに伝わってくるようで。

 それなのに、それだからこそ秋葉は喉に言葉が詰まったように口ごもってい
た。
 今にもこの小さく愛らしい兄を抱きしめて、ソファーに押し倒して悪戯して
しまいたい。自分の結ばれるべき運命の人だというのに、秋葉の心の中にはそ
んな妄想すら渦巻いて――

「……秋葉?」

 志貴はつぶらな、小動物の様な瞳を見上げる。
 柔和で可愛らしくもある志貴がそんな瞳で秋葉を見つめるのは、まるで責め
苦のように秋葉の心を刺激して止まない。空中で秋葉の腕がわななく。
 志貴の身体が、柔らかく暖かい――

 秋葉の心は千々に乱れていた。このまま志貴を抱きしめてしまい理性を失う
か、それとも――

「……志貴さんは小さくなってから大胆ですねぇー」
「元々志貴さまは……いえ、なんでもありません」

 小声でぼそぼそと語り合う双子の声を秋葉は聞きつけていた。
 首を巡らせると、琥珀と翡翠は二人とも肩を寄せ合ってひそひそと内緒話を
していた。それも、志貴と秋葉を見つめながら。
 秋葉はその様子を睨むが、内緒話は止むことはない。それも聞かせるような
声の微妙な大きさで……

「翡翠ちゃんは昔から志貴さんが抱きつきセクハラ魔だったと?いやーん、志
貴さんが翡翠ちゃんを昔から汚していたのね……」
「そんなことはありません。でも、秋葉さまもなぜ志貴さまを抱きしめないの
でしょうか?」
「やはり照れて恥ずかしいからじゃないでしょうかね」
「……聞こえているわよ、二人とも」

 秋葉が低く唸ると、ぴたっと二人の声は止んで、すぐに並んで背筋をただし
て整列する。そんな悪びれない二人に秋葉はいつも通りに怒鳴りつけようとす
るが。

「……秋葉?」

 下からじっと、つぶらな志貴の瞳が注がれている。
 その純真な瞳を前に醜態を見せると、身体に縋り付いてくれる志貴が離れて
しまう――そうやって志貴に嫌われたくはなかった。秋葉は志貴の瞳に困惑し
て見つめ返すと、固くなった頬をゆっくりと緩めていく。

「……怒ってはいません、兄さん」
「そう……二人ともその、悪気はなかったと思うし……秋葉……」

 志貴はすりすりと秋葉の胸に頬をよせる。
 胸の下に、志貴がいとおしそうに抱き寄せてくるのを秋葉は感じる。それは
まるで不安を抱えた子供が母親に抱きつくような、そんな無垢で純粋な表現に
思えた

 秋葉はずっと空中にあった手をゆっくりと下ろすと、静かに志貴の頭を撫で
る。
 まるで何かの可愛らしい小動物を撫でるような……そんな柔らかい志貴の髪
を秋葉は掌に感じていた。撫でるだけではなく、そのままぎゅっと志貴の身体
を押しつけ、自分の身体に寄り深く感じたいと思う秋葉――

「……良かった。だから秋葉……これからはもっと……」
「そう、ですね…………」

 まるで姉が弟を、母が息子をあやすような、そんな慈愛の光景。
 しばし二人はそんな身長差のある抱擁に身を委ねている。べたべたする、と
いうよりももっと純粋で汚れない、腰まである髪の美少女と背の低い美少年の
姿があたかも一幅の絵画のような。

「…………なんか妬けちゃいますねー、翡翠ちゃん?」
「そうでしょうか……でも、本当は私たちが志貴さまを可愛がるよりは秋葉さ
まがされるのが筋というもので……それはさておき」

 こほん、と翡翠は咳払いをする。
 そしてじっと目を閉じて抱き合っている二人に声を掛けた。その様子は怖れ
ることもなく自分の職務を全うしようとする翡翠の生真面目さというか、無遠
慮さの為せる技か――

「秋葉さま、志貴さま?そろそろ消灯までのお時間が」
「そうだったわね。今日もいろいろあって……そうね、兄さん?」

 秋葉はふっと息を吐くと、志貴を見下ろす。
 なに?と首を傾げた志貴に秋葉は嬉しそうに何かを思いつき、笑いかける。

「……一緒にお風呂に入りましょう?」

 ――え?

 志貴はぽかんと口を開いて惚けていた。何を秋葉が言い出して、自分が何を
聞いていたのかが分からないような――ぱちぱちと二度三度と瞬きをするだけ
の志貴の頭を撫でながら、秋葉は自分の提案に満足したように頷いた。

「兄さんは私とべたべたしたいって仰いましたよね?」
「それは確かに……でも、あの」
「でしたら、一緒にお風呂に入るのが名案だわ――肌触れ合う方がより一層触
れ合い、睦み合えますわ――ええ、そう思いませんか?兄さん?」

 秋葉は自分の妙案にいかにも感心したかのように微笑む。
 ただ、秋葉の身体に寄り添っている志貴は、突然やる気に満ちあふれた秋葉
の変わりように追随できていなかった。それに、秋葉の控えめだった腕の力も
いまや抱きしめて逃さないようにしっかと込められていて――

 どうしすればいいのか?恥ずかしがるのかそれとも喜ぶのか?
 わからない――志貴が思い迷っている間にも、別方向からの反応が到来する。

「はいはい、それでは私たちもご一緒させて頂きます!」
「……………」

 それははしゃいで手を挙げる琥珀と、その横で恥ずかしそうに俯く翡翠。
 この様子からすると、この二人も志貴と一緒にお風呂に入る――それがわか
ると志貴も動転して素っ頓狂な声を上げる。

「こ、琥珀さんと翡翠も?」
「何を言ってるのあなた達、風呂場は四人入れるほど広くはないわよ」

 秋葉は水を差されたことに機嫌を損ねてふん、と鼻を鳴らす。
 確かに志貴の記憶にある二階の内風呂は、有馬家や乾家の風呂場よりは大き
いものの二人もいればいっぱいのサイズである。そこに四人もひしめき合うこ
とはあまりにも無理がある。

 だが、琥珀は余裕に満ちた不敵な笑みを浮かべ、おほほ、と殊更に袖元で口
を隠して怪しい素振りで振る舞う。

「こんなこともあろうかと、大浴場にすでにお湯を張ってあるんですねー!」
「……姉さんは何もしなかったじゃないですか……ともかく」

 『こんなこともあろうかと』というおきまりの台詞を口にする快感に拳を握
って打ち震える琥珀と、そんな止まらない勢いの姉に後ろから微かな愚痴を漏
らす翡翠。
 大浴場にお湯が張ってある――その台詞に呆気にとられて双子の使用人と腕
の中の志貴を交互に眺める。志貴はどうなるのか分からない不安に不安そうに
震えているが、それも秋葉にとっては保護欲を掻き立てずには居られない……

「それに翡翠ちゃんは志貴さんのお風呂を、私は秋葉さまをお手伝いしなけれ
ばいけませんのでー」
「……志貴さま、ふつつかではございますが姉共々……」

 まるで遠足前夜の子供のようにはしゃぐ琥珀と、その横でもじもじと頭を下
げる翡翠。

 秋葉は志貴をじっと見つめる。ぎゅっと腕に力が籠もり、秋葉は腕の中の志
貴を逃すまい、独占したいという思いが伝わってくる。だけども秋葉の瞳には
戸惑いがあって――
 あのあの、の志貴が言いづらそうに口を開く。

「秋葉……その、一緒じゃ駄目かな?」
「…………………」
「秋葉と一緒なのは嬉しいけど、せっかく琥珀さんも翡翠も準備してくれたん
だし……でも、ずっと秋葉の側にいるから……」

 そう、ほんの少し涙を浮かべて見上げてくる小動物のような志貴の瞳に――
 抵抗できる秋葉ではなかった。
 はぁ、と悩ましく吐息を漏らすとぽんぽんと志貴の頭を撫でる。そして秋葉
は口を開くと……


「兄さんがそこまで仰るのでしたら……でも、二人とも?」
「はい、秋葉さま」
「……兄さんの世話をするのはあくまで私ですので、その辺の勘違いは御免被
りますからね」


(To Be Continued....)