[an error occurred while processing this directive]

「∀」
古守 久万 


 シオンは悩んでいた。
 どうしたら志貴を誘惑できるのだろうか、と。

 別に今の状況に不満があるわけではなかった。志貴はちゃんと皆を大事にし
てくれて、それは自分にも確かに与えられていると実感できた。
 志貴に触れて、自分も年相応の女の子になってるなと思った。言葉遣いも意
識して少しだけ柔らかくして、志貴に気に入って貰えるよう努力した。
 しかし、自分には皆と違って何かが足りないのでは、と思うようになった。
一体何が……? それは幸せ故の不安、とでも言うべきものだろうと本人も自
覚する。
 それを探る為に、志貴にエーテライトを刺してみると……志貴の嗜好の一端
を知る事が出来た。
 それは服装である。

 メイド服を着た真祖の姫君は可愛かっただとか、逆に真祖の服を着た翡翠も
可愛かっただとか、代行者の体操着姿はこれはこれでだとか、琥珀のチャイナ
服から覗く太股がたまらなかっただとか……あまつさえ喫茶店の制服などにも
目を光らせているようだった。
 正直それを知ったときはどうかと思ったが、相談をした秋葉からも
「今年の夏は海で白水着を着て行ったら、兄さんにいっぱい可愛がって貰えた
わ。岩陰やシャワー室であんな事やこんな事……」
などと顔を赤く染めて言われ、シオンは確信したのだった。
 ああ、志貴はそう言うのが好きなのか、と。

 改めて自分の普段の姿を見つめると、これはこれで気を引けていないものか、
と思った。
 ミニスカートにニーソックス。
 これでもスカートの丈は少し短くして、階段の下からだと下着が覗く寸前、
足の付け根まで見えるように考えてあったのに、志貴はその誘惑に気付いてい
ないようだった。
 自分のファッションセンスは志貴に何にも興味を持たれていないのだろうか、
そう思うとちょっと残念だった。

 しかし、世の男性――特に志貴がどんな興味を持っているかなんて正直分か
らない。街中で無作為にエーテライトを刺し傾向を探る手はあるが、それはあ
くまで平均値であり、何より時間がかかる。
 一足飛びに解を得ようとする為に、シオンは志貴に特化した嗜好を、遠野家
の中でも一番その辺りに詳しいであろう人間に尋ねていた。

「あはー、志貴さんの服装の好みですか?」
 琥珀は少しだけ考えて、いくつかの本を持ってきた。
「そうですねー、志貴さんはフェチですからねえ。この間なんかわたしにコブ
巻きなんて強要してきて……」
 琥珀はワケの分からぬ事を言いながらその本をシオンに示した。
 そこには……なんだか特殊な服を着た女性があれやこれやとされていた。
「志貴さん、この中からいくつか皆様にして貰ってるんですよー。例えばこの
白水着……」
 秋葉と話が繋がった。

「お気に入りのものがありましたら、ご用意いたしますよ〜」
 と、その中の一つを借りて、あてがわれている部屋に戻ってきた。
 ぱらぱらと改めて本をめくると……その複雑な内容に首を傾げながらも、所々
にある服装に目を凝らしていた。
 志貴の好きそうなもの……そう考えると、志貴の嗜好を改めて思い出す。
 どうやら志貴の好みは……そして
「これ、かな?」
いやに華美な色遣いな服の中、意外な程シンプルなそれを見ながら、シオンは
決めていたのだった。



「あぢ〜〜〜〜〜〜〜」
 志貴は正直参っていた。
 いくら何でも暑い。
 今年の夏は異常だ。夏休みも終わりに近付いているというのに、まだ最高気
温が右肩上がりだった。その上この屋敷にはまともな空調がない。右手団扇も
吹いてくるのは体温以上のなま暖かい風で、このままばったり倒れてしまいそ
うだった。
 居間で琥珀さんに冷たい麦茶をついで貰いながら、今にも溶けそうな表情で
志貴はソファーにへばりついている。
「志貴はだらしがないですね」
 志貴とテーブルを挟んで座ったシオンは、そんな中でもきちっとした姿だっ
た。
「そりゃ、シオンは慣れてるだろうけどさぁ……」
「わたしだって正直暑いです。こうも多湿なのは向こうでは考えられない気候
なので。志貴には辛抱が足りないと思われます」
「ふぃぃ……そう言われても」
 弱音の一つも吐きたくなる、こんな毎日が続けば。また海に行きたいな……
なんて思っても、盆を過ぎた海ではクラゲが大量発生で、とても泳げたもんじ
ゃなかった。

「志貴さん、そんなに暑いならプールでも行ったら如何ですか?」
 と、そんな志貴の心を察したような琥珀の提案に、志貴は手を振る。
「うんにゃ。タタリの所為で人の来ない町営プールは早じまいしちゃったんで
すよ」
 がっかりと言った表情で志貴がため息をついた。
 本来なら水が冷たいのと目の保養の為にも足繁く通いたいところだったが、
この夏は噂の所為で開店休業。お陰で運営する側もコストの無駄とすっぱり店
じまい、というわけだった。
 が、琥珀はその答えを前もって予想しているようで、驚かず話を続ける。
「そうではなくて、志貴さんの学校ですよ」
 そう言われて、志貴はあ――と手を打った。
「成る程、琥珀さん頭いい」
「ふふ、ありがとうございます」

 学校のプールなら、確かに入れそうだ。別に必死に泳ぐわけでもないから、
水にさえ浸かれれば……そう思うと、決断は早かった。
「よーし、行くか」
 志貴が麦茶を飲み干して立ち上がろうとしたとき、向かいに座っていたシオ
ンが
「志貴……私も行って良いかな?」
 少し恥ずかしげに見つめていた。
「ん……? 何だ、シオンも暑いんじゃないか」
 志貴がにやりとすると
「そ……そう言う事にしておいてください」
 と、なんだか怒ったようだった。プイと顔を赤らめてそっぽを向く。
「まぁ、一人でぷかぷか浮かんでもつまらないしな、お供してくれるなら大歓
迎だぜ。じゃ、準備できたらもう一度ここに来るということで」
 志貴はそう言うと自分の部屋に戻った。
「琥珀……ありがとう」
「いえいえ、とんでもございません。頑張ってくださいな」
 残された二人の謎の会話なぞ知るよしもなく。



「んー、こうなると太陽の光も気持ちいいな」
 志貴はプールサイドで軽くのびをしながら開放感に満足していた。
 案の定学校に生徒は誰もいなかったが、職員室からプールの鍵を借りるのに
は成功した。
 シオンは部外者だけど、特に問題は無かろう。その場には居合わせなかった
し、もし何か言われたら従姉妹だとか言えばいい。
 それにしても……肝心のシオンがまだ来なかった。
「ま、女の子の着替えは得てして時間がかかるものか」
 自分は脱ぐものとりあえず、更に家から水着を着て来たんだし……と軽く納
得してしまう。
 そんなシオンを待つ間に、志貴はシオンがどんな水着を着てくるのかと言う
事に興味が湧いてきた。
「そういえば……」
 ワンピース、ビキニ、やっぱりスクール水着……?
 ふとシオンの水着姿を想像して、鼻血が出そうになった。慌てて堪えると、
心臓に手を当てる。
「やばい……」
 無駄に早鐘を打つ心臓、このまま見ずに飛び込んだらそれこそ心臓発作でも
起こしかねないから、興奮を抑える為に普段しないくせに準備運動など始めて
しまっていた。

 もう充分体がほぐれてしまった、と言う頃、ようやくシオンが後ろから声を
掛けてきた。
「すみません。これは初めて着るものだからどっちが前か分からなくて……」
「おっ、ようやく来たか……」
 志貴は振り返る前に『どんなのが来ても俺は驚かないからな……』と小さく
呟いた。
 が……

「な、なああああっ!?」
 予想を遙かに上回るシオンの水着姿に、振り返った志貴は叫び声を上げてし
まっていた。



「そんな大声を出さないでください……恥ずかしいから」
 少し頬を染めて俯いているシオンは、睨め付けるように志貴を見ていた。
「そ、それ……」
 志貴の言葉はそこで止まっていた。
「はい、志貴が気に入ってくれると思って用意しました。どう、ですか……?」
 珍しく可愛い口調でシオンは尋ねた。

 水着。そして学校と言えばスクール水着。そこまでは本で得た知識から普通
に考えていた。
 そこにシオンなりに志貴の好みを想像した結果がこれだった。
 スクール水着はスクール水着でも、白。
 通称、白スク水。
 志貴は白いのが好き。真祖の姫君は白が似合い、体操服も白が基調であって
こそブルマが映えるもの、そして秋葉が誘惑した水着も白だったから……この
格好を選んだのだった。

「し、白いスクール水着……」
 志貴は頭のてっぺんまで血が上るのを感じていた。
 かわいい、似合いすぎる。これが萌えというものなのか?
「あ、ああ……似合う、よ……」
 ばっと、志貴はまたシオンに背中を向けると心臓に手を当てた。
 さっきとは比べものにならないくらいドキドキ言ってて、そのまま前のめり
に倒れそうだ。
 いや、既にムスコが反応して前のめりなんだけど。
 胸に手書きのマジックで「しおん」なんて書いてあるゼッケンは反則だ。恥
ずかしがっていて胸前に手を揃え上目遣いで、さらにシオンは意外に幼児体型
だから……と、条件としては完璧だった。
「と、とにかく……先入るぜ」
 と、志貴はそのままゆでだこになりそうな自分を静めようとプールに飛び込
んだ。太陽の日に暖められて丁度良い温度の水が全身を包み込む。そしてその
まま志貴は意味もなくバシャバシャと泳ぎ回っていた。

「ふー、気持ちいいぜ……」
 治まった自分にほっと一息をつくと、シオンがまだプールサイドに座ってい
るのに気付いた。
「シオン、入らないのか?」
 不思議に思った志貴がプールサイドに近付いた。
「いいえ……私はゆっくり入りますから志貴は好きにしてください」
 と、何だかいつもと違って弱々しかった。
 正直シオンの白スク水が視線に入るのは目に毒だった。更に手持ちぶさたに
水面をぱしゃぱしゃ手や足で叩く姿はかわいすぎる。水に浸かってくれさえす
れば、その水着をまじまじと見る事もないと思ってただけに、出来れば早く入
って欲しかった。
「ほら、おいで」
 とシオンの手を引っ張ったら、一瞬突っ張ったが座った状態からでは力が入
らなかったらしい。
「うわわ、あっ!」
 どぼーんと、シオンは志貴もろとも水に飛び込んでいた。

「きゃっ!」
「うわ!」
 飛び込んだ瞬間、シオンは志貴に抱きついていた。
「お、おい、離せよ……」
 志貴は驚くが、シオンは志貴の首にぎゅーっと抱きついたまま決して離れよ
うとはしなかった。
「いや、いや……」
 目を瞑って怖がっているシオン、その為に志貴は
「……なるほどね」
と、その理由を理解していた。
「ほら、シオン」
 と、志貴はプールサイドまでシオンを連れてくと、そこに座らせた。
「あ……」
 ようやく目を開けると、シオンは真っ赤になって俯く。
「泳げないんだろ?」
 察したように優しく志貴が言うと、シオンは瞳を反らし、こくんと頷いた。
「すみません……向こうではそんな習慣は上流階級にしかないので……」
 正直に告白するシオンに、志貴は納得したようだった。
「そうだよな。ほら、それなら今日は俺が教えてやるぜ。別に上手くも何とも
ないけどさ、泳げるようにはしてやるよ」
 志貴がそう提案すると、シオンの顔がぱっとほころんだ。
「うん……ありがとう」
 素直な反応も可愛いな、と志貴は思いながら
「じゃまず、水に慣れる事から。顔を浸けるところからだ……」
そうやって、楽しい水泳の授業は始まっていた。



「やっぱ凄いなシオンは。もう泳げるようになったからな」
「そんな事……志貴の教え方が上手だったからです」
 ひとしきり泳いだプールサイド。二人は座りながら心地よい風に吹かれてい
た。
 シオンはすぐに水に慣れると、持ち前の身体能力と学習能力ですぐに泳げる
ようになった。始めはビート板を使ったバタ足の練習から、最後はプールの半
分までクロールで泳げるまでになっていた。
「でも、隠し事は良くないな。言ってくれれば良かったのに」
「すみません……これからはそうします」
「そうしてくれると……ありがたいよ」
 志貴はシオンの方をちらちらと見ながら、言葉に詰まっていた。

 シオンの水着は、濡れると透ける白だった。
 本人にその自覚があるのか分からないけど、志貴はプールサイドに上がった
ときに初めてそれに気付いて、心臓を射抜かれてしまうかと思った程だった。
 今もこうして体育座りをしているけど、その脇の下から覗く胸の、可愛い先
端の色が透けて浮き出ていた。それを見ないように、と思っているのだが……
悲しいかな男の性、どうしても視線がそこに向けられがちだった。
 そして、その軽く開かれた膝の間はどうなっているのか……知りたいと思う
欲望と抑えなくてはと思う良心がせめぎ合っていた。

「でもどうして? 泳げないのにプールなんて……」
 志貴は極力それを忘れようと、他愛のない話に話題を向けたつもりだった。
が、それは志貴にとって誤算であった。
「だって……これを着れば志貴が興奮してくれるかな、と思って……」
 シオンが自分の白スク水を触り、ぽつりと呟いた。
「え?」
 唐突の発言に、志貴は間抜けな顔を浮かべていた。
「私がこんなに志貴を誘っているのに、志貴は気付いてくれないから……」
 指はゆっくりと自身の水着をたどり、それからゆっくりとあぐらをかいてい
た志貴の股間をなぞっていた。
「志貴……」
「うっ……シオン!?」
 ゆっくりと前をさすられ、たまらず志貴が呻いた。
「あ……本当はやっぱり私の姿で興奮してくれていたんだ……嬉しいです」
 そこにある固さを確かめると、シオンはその存在感に嬉しさを覚えて触れ続
けた。
 志貴は、いやそれは疲れてるから……などと生理現象を説明するまでもなく、
そのシオンの優しい手の動きに翻弄されていた。
 確かにシオンの姿に欲情していたのは確かだった。
 化繊越しの特殊な感触。気持ちよさは夏の暑さ以上に志貴をのぼせさせてい
った。

「シオン……」
「あっ……」
 やられてばかりはいられない、と志貴がシオンを抱き締め、唇を奪う。
「あ、ふう……」
 待っていたとばかりに舌を絡めると、シオンが嬉しそうに志貴の首に抱きつ
いて唾液を貪った。
 ちゅる……ちゅ
 二人だけのプールサイドで、プールとは違った水温が響き渡る。
 二人とも疲れているからか、少し気怠い雰囲気が余計シオンの可愛さを際だ
たせて志貴を欲情させる。こんなに積極的なのは今の開放感からなのか、そん
な邪推も、シオンの嬉しそうに瞳を閉じて志貴の唇を吸い続ける姿に、簡単に
頭から消え去った。
「あ……」
 シオンの体からゆっくりと力が抜けて、志貴にもたれ掛かる。それでもまだ
唇を向けて、志貴と口づけを交わし続ける。我慢していた分もっと触れていた
いという気持ちで、少しでも志貴の体温を確かめたかった。
 腕の中で潤んだ瞳を向けてくるシオンに、志貴の心は沸騰を覚えだした。
 かわいい。このまま抱いてしまいたい。
 たとえ嫌だと言われても、もう押しとどめる事は出来なかった。
 志貴は唾液に濡れる舌をちろちろと絡めながら、はやる気持ちを抑えてゆっ
くりとシオンを横たえようとした。しかし……
「熱っ……」
「! ……大丈夫か?」
 焼けたプールサイドは寝転がるにはとても無理で、火傷しそうな程だった。
志貴は慌ててシオンの体を抱き起こすと背中をさすってあげた。
「それに……誰かが見てるかも知れないから、恥ずかしいです……」
 シオンが顔を赤らめて志貴を見る。志貴はそんな事はタタリのアレである訳
無いとは思ったが、シオンの嫌がる事はしたくなかった。
「うん、じゃぁ……」



                                      《つづく》