―――――柔らかい。

神経が感じる。
肌は吸い付くように、温度を上げる。
濡れているような体。
密着する意識。


”は――――ぁ”


声が聞こえる。
耳にではない、感情に、心の奥に、そして体の奥に、直に届く響き。

「………シロウ?」
「何だ?」


―――――美しい。


そばにある鼓動。
否応無しに伝わってくるリズムと熱。
吐息に乗せて問い掛け、また問いかけ返す。
触れる金髪の感触を確かめるように、それを梳く。


”んっ、んっぁ……あっ、ああああっ――――ふっ、むっ……んんっ”


目が合った。
美しい、碧眼。


―――――暖かい。


「私を……………食べて、ください」
「ぶっっっっ!!!!!?????」


”ま、またっ……あ、はあっ――――くぅ……、シ、ロウ……”


脳髄を直接握りつぶされたかと思った。
しかし、意外にも自分はそれ以上心拍があがる事もなく、落ち着きを即座に取
り戻す。

届く声は熱く。
声さえも媚薬になるのか、興奮は加速度を更に加速させて加速していく。
それ以外の全てを忘れさせる。

―――――熱い。


”ぁ―――は、んっ、や、むっ……んっ、ん、んんん―――――!!”


体は熱く。
熱は途切れる事は無い。
彼女を求め、犯し、貫き、愛する。


”シロウ、シロウ―――!! はあっ、ぁ……あんっ!”


―――――体が熱い。

心は熱く。
その肌も、胸も、秘部も、何もかも、全てを。
彼女は求め、受け入れ、淫らに、更に美しさを増す。


”ふあっ……! あ、あ、あっ……あんあっ、あああああ!!!!”


放つ。
彼女の膣奥に、何度も、何度も。


―――――欲しい。


彼女が欲しい。
あれだけ求めたというのに。
まだ足りない。

片手に抱きしめている感触。
今まで煌く金の髪を梳いていた指先。
彼女を蹂躙し、愛しく思い。
答えてくれるその肢体に全てを持って欲望をさらけ出した。


”シロウっ、のっ――――ぁま、ぁだあっ、お、っきい……んっ! はぁ”


しかし欲望は消えない。
互いの秘部は際限なく濡れていき、淫猥な音を響かせる。

肌を滑る手には力がこもり、互いの全てを弄り、嬲り、共有する。


―――――気持ちいい。


また欲しくなる。
ずっと繋がったままだといのに。
これには終わりがない。
まだ足りない。


”そ、そんな、にっ……強く、っ、ぁぁ、んっ、な、んて……ああっ!!”


だがそれにしても、刺激が強い。
彼女の膣内はもう別の世界の空間。
無限とも思える襞は全ての神経を快楽の沼へと引きずり込んでいく。

刺激が強い。
柔らかい彼女の双丘は視覚さえも快楽にさせる。
触れ、揉みしだき、反応し、声を聞き、先を弄ぶ。
更に硬さを増す先端は、存在を小さいながらも主張しているようにも見えた。

刺激が強すぎる。
……………いや、それ以上に都合が良すぎる。


”んんっ………はぁ、はぁ……っん…シロウ、のっ……あ、つい……です…”


そういえば先ほどまでずっとその体を求めていた。
望むまま、感じるまま、本能のまま。


―――――心地いい。


彼女の膣内を、俺が、俺で埋めていく。
何度貫いたか、何度その欲望を弾けさせたか、それはもう覚えていない。
俺を包んだままの花弁は欲望の坩堝。
愛液はとどまる事無く溢れ続け、俺を逃すまいと締め付けを強くしていく。

彼女が俺を包み、絡み合い、そして一つになる。
視覚も、聴覚も、全てが互いを興奮させていった。


”シロウ……いっぱ、い……きて、る……奥まで、シロウのが……”


俺が満足するまで、
彼女が満足するまで、
彼女を満足させるまで、
俺を満足させるまで。


―――――もっと、もっと。


限界などないかのように。
しかし、その意志も次第に力を失い、心地よい気だるさが二人を包む。

視界に靄がかかり、徐々に視認できる範囲は狭まっていく。
意識が遠のく………体の力が抜けて、闇へと落ちていく。
心が抱きしめられる………完全に意識が途切れ、記憶さえも薄れていく。


”だめ、抜いちゃ……っ、ああっん……ああ、イ、く……あああああっ!!”


―――――ああ。

そこでやっと気づいた。
これは夢だ。
セイバーがそんな事言うわけないし。
それにいくらか本物よりも少しだけ胸が大きかったような気がする。
何というか、その、俺の好みに合わせるように。
まぁ、大きいのが好きというわけではないのだが。


”シロウ、そんな、やっ―――胸、ばかり………”


―――――そうだ、これは夢だ。


”シロウ……もっと………シロウを、もっとたくさん………”


目を開ければいつもの通り、一人で、自分の部屋で目が覚めるのだ。
どうせ起きた時にはこのことも忘れているのだろう。
なら、もう少し………このままで……………





ほわいとらいん・れっどふらわ〜          末丸





瞼の上が白む………光が薄い皮膚を通過して、朝を眼球に告げてくる。
ぼんやりとした意識を少しずつ起こしていく。
耳には小さな音。
外で鳥でも泣いているのだろうか?
ま、とりあえず………

「い、ま……何、時だ……?」

ぼやける視界の中で、部屋の時計を探す。

……………………あ。

やってしまった。
これほどのは久しぶりだ。
なんてったって、9時。
もう完全に学校は遅刻。
それに………

「朝飯………作ってない………」

俺は馬鹿か?
と、自問しながら呟く。
衛宮家の朝。
確か桜は今日は来れませんって言ってて、
セイバーは今隣に寝てて、
藤ねえは今日は休みだからいいよぉって………

「あ、今日は日曜か」

と、当たり前のように納得した。
そうそう、そうだった。ゆっくりと昨日の会話を思い出す。
確か桜は慎二の様子を見にいくから今日の朝は来れない。
で、セイバーは隣に寝ている。
そして藤ねえはたまには遅起きするのだぁ、とか何とか。

「あ、なるほどなるほど、だから――――」

藤ねえも桜もいなくて、セイバーが隣に……………………………………………
……………………………………………………………………………………………
……………………………………………………………………………………………
…………………………………………………………………………………寝てる。

「―――――どして?」


数秒後――――


(えええええええええっっっっっっ!!!!?????)


体全体の機能が完全にこんがらがってしまっているかのような錯覚。
声を挙げなかったのは流石と言うべきかなんというか………

とにかく、必死に状況を整理してみる。

ええっ!?
つまり俺は、日曜の朝に気持ちよく目が覚めて、少し肌寒いかなとか思うわけ
で、時計を見たら結構な寝坊で、セイバーと二人裸で布団の中にいるわけで、
昨日の会話を思い出しているうちに今の状況に気付いて、
つまり、遠坂がいないということをいいことにセイバーと、その……………

「なんてこった………。……………んっ? 遠坂がいない?」

まだ動揺している所為か、記憶の整理が出来ていない。
つまり俺は夜セイバーと二人っきりで、
あ〜〜んなことや、こ〜〜んなことを………


”い、やっ―――はっ、あっ、あ………そ、こは……んんっ!!”


――――――だから違うって。
額に手を当てて、うなだれ、考える。
うむむむ、そういえば遠坂は………

”ちょっと2、3日家を空けるから………”

などと言っていたような気がする。
つまりこれは………

「証拠隠滅のチャンス………?」

おいおい。
と突っ込みが入りそうではあるが、遠坂にこの事がばれたら命をいくつ譲渡し
ても、あいつには「等価交換」と認められる事は無いだろう。
何しろ裏切ったのだ。
あいつと体を重ねておいて、あいつに惚れておいて、それなのにセイバーにま
で手を出してしまうなんて………俺は、俺ってやつはぁぁぁぁ!!!!!


しかし、ここで士郎は悪魔の囁きを耳にする。


(言わなきゃばれないって………大丈夫大丈夫………最悪セイバーと口裏合わ
せてさ………追求されても”覚えていません”の一点張りで…………)


「―――――はぁ、馬鹿か俺は……」


その囁きを何とか最終ラウンドで判定の元蹴散らす。
そんな事するわけにはいかないし、できる自信もない。
で、どうしようか考える事に―――――


「ぁ………んっ、……シ、ロウ……?」
「っっっっっっ!!!!!」


――――――しようと思ったのだが。

今の声で完全に冷静さが吹っ飛び、冷めていた熱が戻ってくる。

夢の中で………?


”はぁっ!――――んっ、ん、ぁ、っ………ぅん”


いや、夢じゃない………?

あまり思い出したくない……あ、いや、決して嫌なわけではないのだが、
なんともまずい光景が蘇ってくる。

ゆめ…………


”もっと! もっとっ……はっ、あぁっ!―――シ、ロウ……んんっ!!”


ゆめじゃ…………

完璧に記憶に残っている。
セイバーの声、瞳、肌、唇。

…………ない。


”んむっ……んっ、はむ………奥、に、ぁ、はっ、奥ま、でぇ……!!”


―――――――はっ!?

ああもぅっ!!
駄目だ、いつまでこんなことを考えているつもりだ衛宮士郎よ!!
そう、そんなことよりも、

「とにかくセイバーをどうにかしないと………」
「ぅ……もう、朝、なのですね………」

焦り最高潮の俺をよそに、欠伸をしながら隣で上半身を起こすセイバー。
張りのある肌。
少し小さめの胸。
半開きの寝ぼけ眼。
全てが今すぐ抱きしめたくなりそうに―――――

「―――――――っっっっ!!!」

それでも何とか理性を総動員して目を逸らす。
顔が熱い。
もう、こんなんじゃまともに顔なんて見れるわけが無い。

「っ、シロウ? どうかしたのですか、顔が赤いですが……」

いや、それはあなたのせいよ。
と。
視線だけで訴えかける。
それにセイバーも自分の格好に気づいたのか、

「…………っっっっ!!!」

ばっ、と布団で胸を隠すわけで。
その赤く染まった顔がまた可愛い。
冷めかけた俺の熱を増やしていくわけで。

「あ、ちょ、調子はど、どうだ、セイバー?」
「ぇ……ぁ、あ、と、とてもいいです………その、シロウの……おかげで」
「――――――!!!!」

俺の馬鹿っ!!逆効果だ逆効果!!
そう言われるって分かってたはずなのに………!!!

ちらっと、横顔を伺ってみると、
セイバーもセイバーで、今言ってしまった事を理解したのか。
「ぼっ」と音が出るくらい顔を赤くしている。

「………………」
「………………」

そして二人して無言になってしまう始末。
駄目だ、これじゃ普通に生活さえ出来やしない。
せめて……せめて普通に会話ぐらい出来るようにならないと………その………
………なんとも辛い。

「朝、だな……セイバー」
「朝、ですね……シロウ……」

会話になってない。
この状況はまずい。その……男の生理現象というか、何というか………。
やっぱりセイバーがその……すぐ隣に……いや、隣にいるだけならまだしも、
つまり、裸でいられると……いろいろまずい。


”あ――――はぁっ! シロウ――――”


だから!!
もうそれはいいの!!
とにかく、

「あ、せ、セイバー……?」
「は、はいっ!? な、なんでしょう、シロウ……?」
「その、朝だからさ……着替え、ないか?」
「………っ!? あ、は、はいっ!? そ、そうですね!」

何だこの会話は。
と、とにかくセイバーから離れて体勢を立て直そう。

「じゃ、じゃあ俺朝飯つくりに、い、行くから………」
「は、はいっ、シロウも頑張って……」

いまだ顔を赤くしているセイバーに、
おうっ、と返事をして、俺は部屋を出た。



「ふぅ……」

目の前にはフライパン。

じゅうじゅう。

「はぁ……」

焼かれているのは卵で、黄身は二つ。


”もっと……シロウ……”


じゅっじゅっ。

「ったく俺は……」

トーストを焼いて、簡単なサラダを作る。

――――シロウ?

「何考えてんだか」

全く修行が足りない。
料理を作っている時にも彼女の声が………

「シロウ?」
「っっ!! あ、せ、セイバー、起きたんだ?」
「はい。 いい匂いがしていましたから。急いで着替えてきました」

よし、なんとか普通の会話。
どうやらセイバーも、表面上は動揺を抑えているようだ。
なら、俺もそれ相応に振舞わないと。

「もうすぐ出来るからさ、座っててくれ」
「はい、楽しみにしています」

笑顔で頷くセイバーを見て、
胸の中の動揺も、それで喜びへと変わってくれた。



「ふむふむ」

いつも通りの朝食。
いつも通りのメニューなのだが、いつも通りセイバーはふむふむ頷きながら、
確かめるように遅めの朝食を口に運んでいる。
何度見てもそうだが、やはり自分の作ったものが喜ばれると嬉しいものだ。

それに、

「今日のサラダは一味違いますねシロウ」

たまに一手間加えると、それに敏感に反応してくれる。
ちなみに今回はサラダに一手間。
まぁ手間というか、野菜の種類を増やして、ソースにちょいっと隠し味を加え
ただけなのだが。

「よく分かったな、あんまり味には現れてないと思うんだけど」
「いえ。細かい変化でも、シロウの気遣いには心がこもっていますから」

と、またまた恥かしいセリフを頬を薄紅く染めながら言うセイバーたん。
となると、やっぱりこちらの頬も赤く染まってしまうわけで。

「あはは……」
「ふふっ」

ああ、よかった。
遠坂がいなくて。
こんな顔見られたら一生笑いのネタにされてしまう。

一人で勝手に安心しているうちに、
食後のお茶はもう温くなってしまっていた。


                ◆


「はあああっっ!!!」
「甘いっ!!」

ドゴッという、普通竹刀では聞こえるはずのない音が聞こえた後、脳天に鈍い
痛み。
しかし、何とか意識は失わないで済んだようだ。
朝の光景が蘇りそうにもなったが、今はそんな場合じゃない。

目の前に佇み、竹刀を構え直すセイバー。
こちらの剣は何度打ち込んでも結果は変わらない。
彼女が言うにはそろそろ一本取れるらしいのだが、そんな気配は一向に見えな
い。それに、彼女の打ち込みも段々容赦が無くなっているような気もする。

当のセイバーは相変わらず汗一つ掻いていないし、その目はいつもながら真剣
そのもの。透き通った碧眼はただ綺麗で、対峙している時でさえ、その美しさ
に引き込まれていきそう。

「はぁ……はぁ……」
「そこっ!!」

俺の息の乱れを感じ、セイバーが踏み込んでくる。

「くっ!!」

早い。
それに速い。そして………

「疾い――――!! っ!?」

左から胴を狙いにきた太刀を必死に払い落とす。
何とかこれで凌げるはず……!!

「っ――――!?」

やけに打ち込みが軽い。
何故だ、セイバーの太刀がこんなに軽いはず………ってことはまさかっ!!

それに理解した時にはもう遅い。そんな俺の様子に気づいたのか。
僅かに笑みを浮かべ、至近距離で上体をひねり、独楽のように反転するセイバー。
目線で追うのがやっとのその動きの後………

「そういう……ことですっ!!」

あそ〜〜れ、バシッとな。

俺の刀の勢いを加えて、見事なまでの右後頭部への一撃。
完全に泳がされ、無防備になった頭への逆側からの打撃。
特訓を重ね、何とか失神にはならないようになったが、いや、なっていたはず
だったのだが。見事に意識は刈り取られていった。



「………っ、いったぁ……くそっ。あれは囮か……」

視界と意識がが戻る頃、太刀筋を思い出して青痣をさする。
久しぶりの失神。
まだ頭の中身がぐらぐらしている。

「ふぅ……」

体を冷やすため、喉を潤すためにやかんに口をつける。
補われた水分は興奮していた精神をいくらか落ち着かせてくれた。

同時に、すっ……と横に寄り添う静かな空気。

「久しぶりですね、シロウが意識を失うのは」
「まあな。さっきはまんまと罠にはまっちまった」

道場の壁に背を預けて、肺にたまった熱を外に逃がす。
酸素を欲しがる体は、心地よい疲れを残していく。

「いえ。シロウの防御の速さは間違いなく上がっています。今はその成長によ
って、相手の太刀全てに反応してしまうだけ。経験と修行を積めば、防御すべ
き太刀とそうでないものの判別もつくようになるでしょう」

嬉しそうにそう言うセイバー。
その顔は晴れやかで、痛みを少しの間忘れさせてくれる。

まぁ、気絶してしまったが、褒められるのに悪い気はしない。
思わず視線を逸らし、またしばし無言になってしまう。

と。

くうううぅぅ〜〜

「ぁ………………(ぼっ)」
「そっか、もうそんな時間か。それじゃそろそろ………」

時計とセイバーの赤い顔を交互に見ながら、もう一口やかんから水を飲んだ。
で。

ピンポーン
なぁんて音と一緒に、

「お邪魔します」
「士郎〜〜いるぅ〜〜?」

玄関から響いてくる足音と一つの声と一つの轟き。

「………昼飯にするか」
「はい」

そう言って、まだ痛む体をゆっくりと立ち上がらせた。


               ◆


「これでよしっと……痣はあるけど前に比べれば小さい小さい」
「っ………ったく。叩くなって藤ねえ。小さくても痛いもんは痛いの」

肩を回して動きに支障が無いかを確かめる。
相変わらず体中には湿布が張ってある。

…………よし。これなら何とかなりそう。
日ごろの鍛練の成果なのか、やっぱり受けるダメージも日に日に減っているの
が分かる。
昨日より今日。今日より明日。
段々とアーチャーの剣技に近づいているのだろうか、セイバーはそっくりだと
言っていたが、自分では実感がわかない。
今でもあの剣響は残っている。腕に、記憶に、眼に。
いつかは追いつくのか…………いや違う、追い越すんだ。
そしてもし、もしいつかまた、あいつに会えるなら……その時は………

…………まぁ、今気にしてもしょうがないか。

「大丈夫ですか先輩?」

心配そうに声をかけながら、桜が大き目の器をお盆に載せている。
どうやら今日の昼飯は丼物。
うむ。いい匂い。これは――――

「わぁ。親子丼だぁ〜〜!桜ちゃんの親子丼は格別なのよねぉ〜〜」

で、わけの分からない語尾の発音ではしゃぐ大虎一匹。

「手ぇ洗えよ藤ねえ」
「はいは〜〜い」

桜によって手際良くテーブルに器が並べられていく。
立ち上る湯気は4つ。
その主になる親子丼は暖かく、そこにあるだけでおいしそうに見える。
それに、実際においしいわけだから文句なし。

「じゃ、いただきます」
「いただきまぁ〜〜す」
「はい。いただきます」
「いただきます」

それぞれ箸を取り、熱い器に手を伸ばした。



               ◆



昼食が終わって。縁側で一人、お茶。
穏やかな空気の中で、雲を見上げながらまったりする。

桜の親子丼はかなり美味く、藤ねえは3杯もお代わりをしていた。
まぁ、俺も同じぐらい食べてしまったので、文句は言えない。

かなりたくさん作ってあったらしいのだが、
俺・藤ねえ・桜にセイバー、この面子なら量はほとんど問題ではなくなる。
食べ終わる頃、大きな鍋は空になっていた。

食べすぎだろうか?
いや、そんなことはないよな――――――んっ?

小さな鳴き声を上げながら、透き通る空を鳥が飛んでいく。
青い空の上を、駆ける小さな影は三つ。
翼で切ってく風が目に見える様。

「いい天気だ……」

屋敷の造りのためか、この場所はとても心地いい。
切嗣も言っていたが、冬は暖かく、夏は熱気を遮ってくれる。
幸せ、とはこういうひとときを言うのかもしれない。
のほほんと。
不意にそう呟いていた。

「はぁ……俺はジジイか……?」
「はぁ、シロウはジジイなのですか」
「うん。どうやらそうらしい…………って」

顔を上げる。
そこには――――

「シロウ?」

不思議そうな顔のセイバーが一人。

「お、座るか?」
「はい」

笑顔で返してくれるセイバー。
何故かその顔に………


”あぁんっ!!……んっ、シ、ロウ……はぁっ!!”


またあの光景が浮かんできて………………はぁ。
やっぱり俺って節操無し……。
と、頭を垂れてうなだれる俺に、

「シロウ、どうかしましたか?」
「へっ、あ、いや。なんでもない」

そうですか。
と頷いて、静かに隣に腰掛けるセイバー。
近い。
少し肩をずらせば触れ合える距離。
前にもこんな事があったような気がする。
確か、遠坂と屋上で………

「凛がどうかしたのですか、シロウ?」
「っっ!!?? セイバー、俺の心が読めるのか!?」

自分がとんでもなく馬鹿なことを言っていると分かる。
そのためか、セイバーも驚いたような顔で。

「い、いえ……シロウが今自分で口にしていたので……」
「お、俺が?」

はい。と返ってくる返事を聞いた。
照れ隠しのつもりか、セイバーから視線を逸らし、傍らに置いてあった急須か
ら、湯呑みへと茶を継ぎ足す。まだ熱を保っている緑の液体は、湯気を立てな
がらその身を小さな器に投げ出していった。

「あ、セイバーも飲むか?」
「はい。でも、湯呑みが……」
「そっか………じゃあ居間に戻ろう、そこで飲めばいい」
「いえ。シロウはここで待っていてください。私が自分で持ってきますから」
「そうか? まぁセイバーがそう言うならいいけど」


すぐにセイバーは戻って来た。
大事そうに持っているのは、セイバー専用の湯呑み。
聖杯戦争の後、もうしばらく滞在することになって、それならセイバーちゃん
にも専用の湯呑みが必要よね、という藤ねえが買ってきた物。
側面には、筆で獅子が描かれている。

『もう少し丈夫そうなの買って来いよ』

とも言ったのだが、当のセイバーが、

『いえ、私はこれがとても好ましい』

とよく分からない日本語で言うので、それで決定したのだ。


先ほどと同じように、静かに隣に腰を下ろすセイバー。

「ま、こういうのも悪くないだろ?」

彼女の湯呑みに緑茶を注ぎながら問うてみる。

「はい、まったりですね」
「………………」
「ど、どうかしたのですか、シロウ?」
「いや、セイバーが”まったり”って言うと何か新鮮だなぁって思っただけ」
「?? そうでしょうか?」

しばらく不思議そうな顔をしていたセイバーだったが、
ふといつものきりっとした顔に戻ると、

「よかったですね、シロウ」
「へっ? よかったって、何が?」
「明日、凛が帰ってきますから」
「……………………」


――――――――――――――――――――――――あっ。


「シロウ?」

聞こえない。
セイバーの声も聞こえない。

そうだ、忘れていた。
遠坂がいない………いないということは帰ってくる。
帰ってくるということは………

(俺は二日後も生きていられるのだろうか………?)

等価交換なんてもんじゃない、
もはや命を賭けても遠坂の「等価」には及ばないだろう。
つまりそれは、俺の死を意味している。

「シロウ? 凛が帰ってくることが嬉しくないのですか?」
「あ、ああ………嬉しいと言えば嬉しいんだけど、嬉しくないと言えば限り無
く嬉しくないと言うか…………」

セイバーの問いにあいまいに答えながら、
必死に三日後の自分生存のための抜け道を探す。

諦めよう。

馬鹿か俺は、あの遠坂から隠し通せるわけが無い。
で、覚悟を決めた。

「あの、さ、セイバー?」
「はい。何ですかシロウ?」
「その……朝の、事、なんだけど………」
「ぇ―――――!?」

びくっ、と体を硬直させるセイバー。
横目では詳しくは分からないが、顔は赤いのは確か。
俺といえば、恥かしくて彼女の目も見れない状態。
なのに頭の中では、

”シロウのが……欲しい……シロウのを……下さい……”

”はぁっ……!! ぁ――――っ、……熱い……の、が……たくさん……”

などと、あの光景を思い返している自分がいる。
うわあ………どうしよう?

と、とにかく今は冷静に、冷静に………

「その……シロウ? それは、どういう………?」
「そのままの意味だ。俺は……セイバーを、その……抱いたんだよ、な?」
「――――――」

無言のまま、こくんと頷くセイバー。
決定的だ。
これであの声が俺の妄想ではないということは分かった。
妄想ならどんなに良かったか。

「あ、あのですね、シロウ………昨日のことは、その………」
「分かってる。皆まで言わなくてもいい」

はぁ……どうするか。
遠坂相手に言い訳なんて思いつくわけないし。
酒に酔ったわけでもない。つまり素面で………
駄目だ。酌量の余地無し。

―――――んっ? 

何故かセイバーまでも表情を暗くしている。
まあ当然と言えば当然か、セイバーも俺と遠坂のことを知らないわけじゃない
し。彼女なりに思うところがあるのかもしれない。

しかし、セイバーに迷惑をかけるわけにはいかない。
彼女にそんな顔をされるのは嫌だったし。
第一セイバーは俺が言うことなら断れそうに無いし………

「どうしたセイバー? 昨日のことならお前が心配すること無いぞ?」
「それは、本当ですか?」
「ああ、セイバーには何の責任も無い」
「では………何故シロウはそれほど気を落としているのですか?」
「いや、それは………」

決まってる。
罪悪感だ。
焦燥感だ。
恐怖感だ。
それぐらい分かるだろう。

「………シロウは、わたしの体が、気に入らなかったのではないのですか?」
「はぁい?」

…………分かってない。
というか、会話がやっぱり成り立ってない。

「確かに私の体は少女のものではありません。腕も凛に比べれば太くて、筋肉
がついて、可愛くありませんし……」

勝手に話が進んでいく。
拗ねたような顔でセイバーは有り得ないことをずっと言い続けている。
俺からすればどちらも変わらず、可愛いというのに。

「あの……もしもしセイバーさん?」
「そうです。私には可愛いなんて言葉は似合いませんし、シロウがそう思うの
も当然ですね………」

どうしよう。
止まらない、止められない。

「でも、私だって……………っ、シロウ?」
「――――――なわけないだろ?」

縁側に腰掛けているセイバーの正面にしゃがみ込み、
下から見上げるような体勢になる。
で、右手の人差し指で。

つん。

と、おでこを軽く突付いてやる。
それで、セイバーの暴走は止まってくれた。

「俺が沈んでるのはそんなことじゃないよ。それに、セイバーは遠坂に負けな
いぐらい可愛いし、それに………とっても綺麗だったし」

何か恥ずかしいことを口走ってしまったような気もするが、気にしない。
赤くなっているであろう顔を隠すために、彼女に背を向けて立ち上がる。
続いてう〜〜ん、と一伸び。

「え、シロウ………?」
「じ、じゃ、じゃあ俺夕飯の買出しに行って来るから。…………って、桜と藤
ねえは?」
「あ……大河と桜なら、居間で昼寝をしていると思いますが」
「そっか、じゃあゆっくり寝かせておいてやってくれ。一時間ぐらいで戻ると
思うから。セイバーは留守番頼む」
「あ、シロウ………!」

返事を聞くより先に、玄関へと走り出していた。



               ◆



「それにしても、どうするべきか………」

商店街からの帰り。
買い物袋を抱え、出るはずの無い答えを模索する。

う〜〜〜ん。
確か今日のメニューはビーフシチューで、そのための食材を今買い終わって。
えぇと、玉ねぎだろ、牛肉だろ、それに………

「ふ〜〜ん、今日はビーフシチューなんだ」
「まぁな」
「士郎が作るの?」

ああ、と頷いて思考を再会する。

うむむむむ。
それでセイバーが言うには、明日には遠坂が帰ってきて。

「え、ああそのこと? 予定が一日早まってね、さっき帰ってきたの」
「そっか」

ああもう!!
何も言い訳が思いつかない!!
どうすりゃいいんだ? あの遠坂を説き伏せることの出来る言葉なんてあるわ
け無いじゃないか!?

「え、何よ。私がどうかしたの? ってかアンタ、ちゃんと私の言った通りに
やったんでしょうね? まぁ、確認しなくても分かるけど………」
「ちゃんとやったって。今はそんなことよりも…………………って、ぉぃ」

――――確信した。
いや、知ってたけど再確認!!

俺は………

錆びたねじのように言うことを聞かない首を横へ。

………馬鹿だ。

「ちょっと………そんなことってどういうことよ!?」
「―――――――」

思考が追いつかない。
すぐ隣に、目の前に、こちらを睨みながら立っているのは……その………

「遠、坂………?」
「………何よ?」

赤い私服の黒髪。
俺が惚れて、一番大好きで、今一番会いたくないお方。

「ちょっと士郎!? 聞いてる?」
「―――――――」

切嗣、俺死んだかも。

天国のオヤジに祈りながら、心の中の葛藤を繰り返す。

「士郎、聞いてるのかって聞いてるの!!」
「さあ、今日はビーフシチューだぞぉ!!」

壊れた。
そうするしかない。
そう思わせるしか、この場を取り繕うことは出来ない!!
自分が今している行動に自信は持てない、そんな余裕はない!!
ないのだあああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!

「あ、逃げた。 士郎待ちなさい!!」
「ないのだあああああああああぁぁぁぁっぁぁぁぁぁ!!!!!」

走れ、走るのだ俺!!
夕日へ………つ〜〜か、赤いアクマから逃れるためにぃ!!
ダッシュ、ダァァァァ〜〜ッシュ!!

「ちょっと待ちなさいってっ!! 士郎ってばキャラ変わってるわよ!?」 
「ダァァァ〜〜〜ッシュ!!!」



               ◆



「大丈夫ですか先輩?」

で、いい匂いがする台所。
更に増えた傷と湿布を見て、心配そうに桜がこちらを見ている。
奇しくも昼食の時と同じような形。

「まぁ、飯を作るのには支障無いから」
「もう……何処で転んだらそんな怪我をするんですか?」
「いや、それは………」

思わず言いよどんでしまう。
それに、

「凛、シロウはどうしたのですか? 出て行ったときより怪我が増えているよ
 うに見えますが」
「知らないわよ。言葉通りどこかで転んだんじゃないの?」
「――――――」

まぁ、あの光景を桜に話すのには抵抗があったし、何より………

「ちょっと士郎!? まだ出来ないの!?」
「さっき始めたばかりだろうが、おとなしく座ってろよ……」

………あいつの攻撃可能域(テリトリー)内でこの話を出来るわけが無い。

何故なら――――



『いいかげんに止まりなさいっての!!』
『ぐはっ!?』

なっ、何か今、後頭部に強い衝撃が!!
そ、それにっ!! 魔力の波動を感じたぞ!? それにじゅ、銃撃音まで!!

『お、お前今ガンド撃ったろ!? 体調壊したらどうする!?』
『軽くだからぁ、だいじょぶだいじょぶ』

そ、その笑顔が恐い。
今ガンドのマグナムをぶっ放したとは思えないほど晴れやかで、美しく、

『かなり恐い』
『もしかして衛宮くん………………もう一発くらいたいの?』
『…………ごめんなさい』

反射的に謝ってしまった。
いや、謝らなければもう一発”ガンドマグナム――RIN・SP"をくらって
いただろう。

『遠坂……タメ無しでガンドぶっ放すのは止めた方がいい。そのうち誰か無関
係の人を怪我させるぞ?』
『そ、そんなの分かってるわよ……でも、今は誰も怪我してないじゃない』
『アホ。 それはお前が俺にしかガンドを撃たないからだ。………ったく』
『――――――』

お、何やらおかしな雰囲気。
家の近くの坂道、何かこちらをじ〜〜っと睨んでいる遠坂。
いかにも何か言いたげな表情は、少し赤く染まっているようにも見えた。

『………い……ね』
『んっ?』

小さな声で何かを呟いている遠坂。
首をかしげながら、その顔をのぞきこ―――――――――んでっ!?

『うるさいわねぇっっっっ!!』
『おわっ!!??』

キュゥ〜〜〜〜ン―――――!!
って、今こめかみを掠っていったのは…………あの、その、もしかして?

『冗談だろ、おい……遠坂?』

セット。
脳裏をよぎった未来に抗うため、両足は既にダッシュ寸前の体勢。
必死に体のギアをかみ合わせ、脳から筋肉へと指令を送る。

『あ〜〜ら衛宮くん? 私冗談なんかでフィンは撃たないわよぉ?』

笑ってる……めっちゃ笑ってる。
もはや余裕は残されてはいない。

というかあの方は人目は気にしないのだろうか?
もしかしてもう結界のようなものを張ってしまわれたのでしょうか?


オン・ユア・マーク………


体はもう沸騰寸前………いや、風前の灯か?
危機レベルはもちMAX!!


レディ―――――


その瞬間、俺はスタートの合図を聞いた。

『ご〜〜〜〜〜〜!!!!!!』
『あ、また逃げたぁっ!! 待ちなさいっっっ!!!』

 (ズキュン)      (ズキュン)

自分が獣になったような錯覚。
人間死が迫ると実力以上のものを発揮する。

家は近い。
遠坂の攻撃は直線、なんとか直線上に並ばないように気を配りながら、
脱兎の如く駆ける。
ああもうっ、あいつ本当に容赦ない!!

       (ズキュン)      (ズキュン)

『だからお前、タメっ、無し、っで………、撃つなって!!!』
『五月蝿いっ!! こうなったらあの時の続きよ!!』

(ドガガガガガガガガガ……………!!!!!)

『おいっ!! 効果音が、効果音がっ!!!』
『そんなの知るか!! いいかげんに観念なさいっ!!』

本気だ……あいつ本気で俺を吹っ飛ばすつもりだ。
このままじゃ家までたどり着けない………。

俺は―――――


1.観念する。
2.…………するか!!


――――って、するわけないだろうが!!
2だ!! 何が何でも2だ!!


『うわああああ!!!!』
『士郎――――!!!!』


(To Be Continued....)