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鏡の国の秋葉

                   春日晶

 こんこんこん。

「誰?」

 お風呂上がりの肌のお手入れをしていた私は、不躾なノックの音に少しだけ
眉をしかめた。
 折角のいい気分の邪魔をして、どうしてやろうかしら。

「…………」

 私の声に不機嫌を感じ取ったのか、ノックの主は自らを名乗らなかった。
 琥珀なら遠慮なしに開くだろうし、翡翠ならすぐに返事をするハズ。
 消去法でいくと、ドアの向こうにはティッシュ箱と枕を抱えて前屈みで息を
荒くしている兄さんがいることしか考えられない。

「ごめんなさい兄さん、もう1分と50秒だけお待ちいただけます? 身も心
も準備が出来ていませんから……」

 待てと言ったのに、ドアノブがゆっくりと回されてゆく。

「もう、兄さんったら」

 いそいそと身支度を整える私は、開かれたドアを鏡越しに眺めていた。
 私の貞操を奪いに来たであろう兄さんに、一体どんな顔を見せればいいのか。
 期待に頬を染める私の考えは、予想もしない形で否定された。

「……琥珀、こんなブラコン色馬鹿が本当に遠野秋葉なの?」

「はい。紛れもなく遠野秋葉その人であります、サー」

 着覚えのある制服に身を包んだ見覚えのある娘は、聞き覚えのある声で身に
覚えのある名を口にした。

「ちょ、ちょっと……琥珀?」

 正直言って、生まれて初めて思考が停滞するのを感じた。
 私は鏡をまじまじと覗き込んだり振り向いたり、何度も何度もその声の主の
姿を確認する。

「あはー。驚かれてるみたいですね、秋葉様」

「そりゃ驚くわよ。兄さんをどこへ隠したの?」

「あちゃぁ、そう来ましたかー」

 律儀にも間抜けなポーズを取ってずるりとずっコケてから、琥珀は得意そう
に胸を張って言った。

「志貴さんは今頃、私のコスプレをした翡翠ちゃんとらぶらぶちゅーです」

「きぃぃ、私と言うものがありながら!」

「お願いですから話を聞いてください、秋葉様」

 危うく本気で我を失いかけたると、かつかつと歩み寄って来た琥珀が脳天に
鋭いチョップを見舞ってくれる。
 痛みと衝撃にうめきながら改めて顔を上げると、やっぱりまだ正気を失って
いるのではないかと自分で自分が信じられなかった。

「……誰、それ?」

「やっと本題ですね。こちらは遠野秋葉様ですよー」

「お初にお目にかかります……と言うのも変かしら。こんばんは」

 遠野秋葉と呼ばれた非常に私にクリソツな娘は、私も幼い頃から何度も繰り
返した覚えのある動作で頭を下げる。
 私も立ち上がり、完全に同じ動作でお辞儀をしてみせた。

「こんばんは。どちらの遠野秋葉かは存じませんが、兄さんをどこへ隠したの
かご存知ないですか?」

「……琥珀、やっぱこんな馬鹿は私じゃないわ。会うだけでも、と思ったのに
……時間の無駄だったようね」

「何ですって?」

 ぴくんと眉が引きつるのを感じながら足を進めようとすると、琥珀がその前
に立ちはだかった。
 半ば本気の紅恐嵐を目の当たりにして、何故琥珀は遠野秋葉を庇おうとする
のだろうか。

「おっとぉ、ストップですよ。折角作ったのに、秋葉様同士でコロシアイなど
されては水の泡ですよー」

「作った? その……溜め息が出る程に美しいけど、口の聞き方すら知らなさ
そうな生き物を?」

「ふん……どれだけ素敵な美貌を持っていても、そんな性格じゃ駄目ね。私の
オリジナルに値しないわ」

「秋葉様達、お互いに誉めているようで墓穴を掘り合っていることにお気付き
ですか?」

 鏡に向かって独り言を叫んでいるようで妙な気分になっていたが、琥珀の素
に限りなく近い声で意識が引き戻された。

「琥珀、説明しなさい。どうして遠野秋葉が2人もいることになってるわけ?」

「えーと、話せば長いのですが……」

 琥珀は袂から巻物を取り出すと、それを絨毯の上に広げて講釈を垂れ始めた。

「ここがこうなってですね、こっちに秋葉様から採取した細胞と志貴さんから
採取した細胞とを入れまして……」

「本気で長いんですか!」

 ばくんと鏡台の角を削り取ると、琥珀は冷や汗を浮かべて巻物をしまう。
 そして遠野秋葉の背後に隠れながら、私にぺろっと舌を出した。

「クーデターですよ……わがままな秋葉様はもう沢山です。今後は私の作った、
このクローン秋葉様が遠野家を掌握するのです」

「くっ、くろぉん!?」

「つまるところ、琥珀てくのろじーなのです」

 どうせ作るなら、兄さんのクローンも作ってくれればいいのに。
 日常生活はクローンに任せて、本物の私達は肉欲の毎日を……。
 とかそんなのん気なことを考えている事態ではなく、琥珀の作った遠野秋葉
……便宜上秋葉ダッシュと呼ぼう、彼女も私に合わせて檻髪を発動させる。

「そうよ、身体は勿論必要な記憶まで……明日から遠野秋葉として生きるのは、
この私」

 不敵に微笑む秋葉ダッシュ、実力は言葉通りに互角と見ていいだろう。
 そこに琥珀が怪しい注射器でも投げ付けてかく乱でもしたなら、よくて琥珀
を道連れにするくらいしか出来ない。

「じょっ……冗談じゃありません! まだ兄さんに抱いてもらってないのに!」

「元秋葉様、だから志貴さんは私の皮を被った翡翠ちゃんと……」

「ええい、元って言うな! 大体何よ、私はこんなに扁平胸じゃありません!」

「失礼な! 貴女の方こそえぐれてるんじゃなくって!?」

 びしっと秋葉ダッシュの胸を指して叫ぶと、彼女は同じように私の胸を指で
示す。
 数瞬の間睨み合いが続いたが、私達は同時に琥珀を檻髪で取り囲んだ。

「琥珀……貴女、私の胸を冗談みたいに薄く作ったわね?」

「どうなの、琥珀? この女の目が常識外れに悪いだけよね?」

「あ、あ……あはっ、あははー」

『どうなの?』

 期せずして見事に重なった私達の声に、琥珀は怯えたようにその場に崩れた。

「わーん、ぴったり同じサイズなんですよう! 違うとこは1ヶ所しか!」

「そんなハズはないわ!」

「ええ、同感よ……って、1ヶ所違う?」

 私は驚いて秋葉ダッシュを見つめた。
 秋葉ダッシュは少しだけたじろいだが、よく見るとスカートの前が不自然に
膨らんでいることに気付いた。

「……ちょっと、それは何? 秋葉ダッシュ」

「ダッシュって何よ! スペリオールくらい言いなさい!」

「それじゃ強そうじゃないの! それともニムラウトの方がいいのかしら!?」

 またお互いに我を忘れそうになりそうな展開だったが、私はずっと彼女の股
の膨らみに意識のほとんどを奪われていた。
 秋葉ダッシュはにやっと笑うと、檻髪を解いてゆっくりと私に近付いてきた。

「……興味深々なのね、ここ?」

「うっ……別に……」

 慌てて顔を逸らしても、秋葉ダッシュは私の本心を見抜いてしまっいていた。
 私は動揺で檻髪を維持することが出来ずに、広がった髪は徐々に黒く戻って
しまう。

「そうね……兄さんは私がもらうけど、処女のまま一生を終わらせるのは少し
気の毒よね。オリジナルなんだし、情けをあげようかしら」

「なっ、何を……言って……」

 思わず喉を鳴らして唾液を飲み込んだ私は、完全に秋葉ダッシュのペースに
はまり込んでしまっていた。
 秋葉ダッシュはにやにや笑いながら自分のスカートを持ち上げ、私の姿には
とても似つかわしくない男性器をあらわにする。

「これ……ここだけ兄さんのクローニングなんですって。ねぇ、琥珀?」

「はっ、はひ……太さ硬さから反り具合まで同じです……」

 私達の檻髪の相乗効果はかなり怖かったらしく、がちがちと歯の根を鳴らし
答える琥珀。
 助けを求める当てにはならない様子、私は自分が犯される予感を段々と実感
として感じ始めていた。

「だそうよ? せめて兄さんだと思って、幸せな妄想に浸っていることね」

 秋葉ダッシュは懐から小瓶を取り出し、中の液体を兄さん棒にたっぷりと。

「やっ、止めなさい……」

「いい声……さすがは私ね、ぞくぞくしちゃうくらいに可愛い」

 ぐちゃぐちゃと嫌な音を立てて兄さん棒をこすりながら近付いて来られ、私
は恐怖に足を取られて絨毯に転がってしまった。
 もう逃げることも出来ず……私は、見逃してくれないものかと一縷の望みを
かけて秋葉ダッシュを見上げた。

「もっ、もう貴女が遠野秋葉でいいからっ……お願い……止めて……」

「ふん……私は誰の指図も受けないわ。オリジナルだろうが、産みの親の琥珀
だろうが……ね」

 じりじりと這って逃げるだけの私は、すぐに秋葉ダッシュに追い付かれて。
 彼女は私のネグリジェを引き千切ると、その下にまとったぱんつに手を添え。

「ひうっ! にっ、兄さん……助け……」

「無駄よ……貴女は私に貫かれて、そのまま檻髪でこの世から消えるんだから」

「……そんな悪い子に育てた覚えはありまっせーん!」

 つぷぷっ。

「はうっ!?」

「こは……く?」

 琥珀の声が轟いたかと思うと、私にのしかかろうとしていた秋葉ダッシュの
身体から力が抜けていく。
 何が起きたかはわからないが、とりあえず当面の危機は脱したらしい。

「全く、元がヒネてるとここまでヒネるもんなんですねー」

「琥珀? 誰がヒネてるって?」

 秋葉ダッシュの身体の下から抜け出した私は、何時の間にか彼女の首に突き
刺さっていた注射器を忌々しく睨みながら言った。

「あ、秋葉様……犯し殺されるかと心配してましたよー!」

 ごすっ。

「悪いわね、私は元秋葉よ」

 秋葉ダッシュが自分の意のままに動かないと見るや、変な薬を打って動きを
封じたのだろう。
 ……と警戒しながら観察しているうちに、秋葉ダッシュの股間の兄さん棒が
みるみる小さくなっていく。

「……あら?」

 略奪して悶絶させてやろうと思っていたのに、ちょっとつまらない。

「くぅぅ、やっぱりあんなの生やすべきじゃなかったですねー」

 会心の踵を食らった琥珀は、心底痛そうに脳天を押さえながらうめく。

「あら、花を植えるみたいに簡単に言うのね」

「はい、こっちの薬で一発ですよ」

「そう。解毒剤と一緒に頂戴。色々と確かめたいことがあるから」

 私がにっこり微笑むと、今度こそ琥珀は腰が抜けたように崩れ落ちた。






「んっ、んっ……あっ、は……っ!?」

「お目覚めかしら、秋葉アポストロフィー?」

 苦痛に顔を歪めていた秋葉ダッシュは、辺りに響く音と自らの感覚から状況
を一瞬で理解した様子だった。

「らっ、乱暴にっ……しないでっ……ああっ!」

「貴女も私ならわかるでしょう? 聞き入れるとでも思っているの?」

「ひっ、はぁぁっ! あああっ、んうぅっ!」

「ああ、素敵……兄さんは私をこんな風に感じてくれるのね……」

 秋葉ダッシュは涙を零して暴れようとするが、鋼鉄製の拘束具は私の力では
破ることは出来ない。
 例え略奪しようとしても、私の目が光っている以上は無理な話だった。

「さすがは私……夢中になってしまいそう」

「あひっ、ひぐっ! 痛っ、ああっ……んんっ」

「そうそう、最初は痛いらしいわね……でも、これなら兄さんもきっと喜んで
くれるに違いないわ」

 私は自分自身を貪り、その予想以上の快楽の強さに満足していた。
 今まで自分でしたことはあっても、指先より鋭敏に内部の感触を知ることが
出来たのだから。

「駄目っ、駄目ぇ……もう……止め……」

「ふふ……私ももう、駄目。兄さんもこんなに気持ちよくなってくれるかしら
……」

 半ば狂ったように髪を振り乱す秋葉ダッシュを見下ろしながら、私は遠慮も
せずに深く腰を突き入れてやる。
 もう存分に私の身体は楽しんだ。次は兄さんに楽しんでもらう番……。

「そうだ、中で出すってどんな感じかしら? 気持ちよかったら、是非兄さん
にもさせてあげたいわ……っ」

 その言葉と同時に、ぶるぶるっと腰が震える。
 何か知らないものが自分の身体の末端から、しかも勝手に吐き出される感覚。

「あふっ、はぁっ……素敵……癖になりそう……」

 びゅるびゅると何かが全て出てしまうまで、私は恍惚の表情を浮かべながら
何度も腰を打ち付けていた。

「うぐっ、んっ……酷い……くぅんっ」

「ふぁ……よかったわ……もう用は済んだから、許してあげてもいいわよ?」

「ほ、本当に……もう……?」

 今どれだけの痛みが彼女を襲っているのか、秋葉ダッシュは泣き腫らした顔
で時折身体を痙攣させている。
 私は琥珀の薬で生やした兄さん棒を彼女から引き抜き、にっこりと微笑んで
言った。

「ええ。もう痛いことはしないから……私を信用してくれるわよね、同じ秋葉
ですものね?」

「あ、ありが……」

 秋葉ダッシュは、ほっと安堵した瞬間にその姿をこの世から消した。

「どういたしまして」

 誰もいなくなった空間に向かってそう言って、私は真っ赤な髪を指に絡めた。

「さて……ちょっと疲れちゃったけど、早速兄さんを悦ばせてあげたいわね」

 琥珀からもらった解毒剤を注射すると、少ししびれたような心地よい感覚が
消える。
 そして私は姿見の前に立って、自分の全身を……いつも通りの私であること
を確認した。

「うん……兄さんもいちころよね。痛いのは……きっと優しくしてくれるから、
大丈夫よね」

 そうだ、もう1度お風呂に入らないと。
 取っておきの下着も用意して、っと……。

「ああ、琥珀? 今夜のことは他言無用よ。それと、あの薬はいつもストック
しておきなさい」

 聞こえは悪いけど、どうやら琥珀の薬が病み付きになってしまいそう。
 部屋の片隅にいる琥珀は壊れた人形のように、笑顔を張り付かせたまま頭を
縦に何度か動かした。

「さぁ、早く準備して兄さんのところに行かなきゃ」

 私は琥珀に背を向け、高鳴る胸を押さえながら部屋を後にした。






<続きません>