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00/


 望んで得た身体じゃない。
 ただ、気づいたらそうなっていた。
 

 例えば精神ならば、その後の成長の過程でどうにでもなる。
 深い傷だって、治すことは出来る。
 時間と努力、環境さえ整って居れば。
 だけどそれが肉体だったとしたら?
 生まれ持った欠損――いや、この場合は余分なものが一つ多いのか――の場
合は、どうしようもない。
 奇形で生まれてきた子供を、救う術は無い。現代の医学では。
 

 だから、あたしはこのままの姿で今も生きている。
 異形の自分を、抱えたまま。 




『Happy Go Lucky』    雨音






01/


 中学一年のとき、あたしは三つ上の高校生と付き合っていた。
 彼はバンドマンで、ヴォーカルをやっていた。
 歌がすごく上手くて、あたしの尊敬できる先輩だった。
 あたしがバンドに走ったのも、ほとんどが彼の影響といって良い。
 音楽はもっと小さい頃から好きだったけど、ロックを知ったのは彼のおかげ
なのだから。
 彼はとても優しかった。あたしは彼のことが大好きだった。
 付き合い始めて数ヶ月……彼はあたしの身体を求めた。
 高校生なのだから、仕方ないのかもしれない。
 あたしは迷った。大好きな人だったから、初めてを捧げても良いと思ってい
た。
 だけど……そんな事、あたしには出来るわけなかった。
 この醜い自分の身体を見られると思うと、怖くてたまらなかった。
 だからあたしは拒み続けた。
 そしたら……こっぴどくフラレた。
 まぁ予想していたことではあった。
 彼は他の「やらせて」くれる子の所へ行ってしまった。
 高校生なんだから……仕方なかったのだ。
 そう言い訳しても心が救われるわけじゃない。
 彼の不義理を責める気持ちなど欠片も――と言うのは言い過ぎかもしれない
が――なかった。


 好きだから抱きたい、抱かれたい。これは当たり前のことではないのだろう
か?
 他の動物やなんかは知らないけれど、人間にとってはごく当然な感情なはず
だ。
 だけど、あたしにはそれが赦されない。
 異形のあたしを触る指は無く、また、その姿をさらけ出す勇気も無い。
 求めれば求めるほど、離れるしかない。
 望んで得た身体じゃないのに。この肉体はあたしを苛み続けた。
 そして、次第にあたしは他人との距離を取るようになっていた。

 
 他人が怖かったのだ。
 目の前で笑っている友達が、あたしの本当の姿を知ったらどう思うのだろう
か?
 どんな事を言うのだろうか?
 やはり、離れていくのだろうか……。
 分からないから怖かった。
 妄想は閉じ込めれば閉じ込めるほど複雑になり、膨れ上がっていく。
 黒くてドロドロしたその感情は、中学生だったあたしを対人恐怖に追いこむ
のに、さほど時間を必要としなかった。


 一人で部屋に閉じこもる時間が増えた。
 閉じこもれば閉じこもるほど、大きな絶望に取りこまれていくという悪循環。
 だけどそれを打開できるだけの力も知識もあたしには無かった。
 親はそんなあたしをどんな風に思っていたのか……正直よく分からない。
 愛していてくれたのは間違い無い。それは自信を持って言える。
 こんな異形のあたしを産んで、それでも両親はあたしを抱きしめてくれた。
 だけど、それでも色々思うところはあるだろう。
 二人もあたし同様、暗い感情と戦って居たんだと思う。
 とはいえ、その頃のあたしに他人を思う余裕なんてあるわけなかった。
 あたしは、両親にすら恐怖を感じていた。 


 世界はあたしにとって、とても暗く、地獄のような感触だった。
 冷たくて、腐ってる。
 ドロドロした真っ黒い土のように、足を一歩踏み出せば飲み込まれそうだっ
た。
 飲み込まれてしまえば、もう後は死ぬまで落ち続けるだけ。
 暗い闇の中で、ひたすら沈んでいくだけ。
 だからあたしは、心を守ることに必死になった。
 茨のついた鎖で頑丈に施錠し、他人から、世界からの接触を頑なに拒んでい
った。


 性同一性障害……と言うやつとは違う。
 あたしは女である事になんの不満もなく、今までも、そしてこれからも女と
して生きていくつもりだった。
 それなのに、風呂やトイレのたびに見える「ソレ」があたしを女として生か
せてはくれない。
 性的なものに限らず、興奮すると血液が溜まり膨張する「ソレ」を感じるた
び、あたしは異質な存在なのだと思い知らされた。
 もちろん性器の切除を提案されたこともある。
 だけどあたしはそれを選べなかった。何故かは今でもよく分からない。
 身体に傷が残るんじゃないかという不安もあった。
 ただ、それとは別に。
 不必要だからといって切除できると程、その頃のあたしは自分の肉体に絶望
していなかったと言う事だ。
 あたしはまだ願っていた。奇跡のような、救いを。
 誰かがあたしのことを愛してくれる……そんな夢を。
 まるで、天使のような……その存在を。


「月姫蒼香ちゃん? わぁ〜! すっごく綺麗な名前だね♪」
 天使が――――居た。




                                      《つづく》