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「知りたい、瀬尾?」
「は、はひ……」

 すっかり涙目になって、晶はがくがくとうなずいた。

「そう。瀬尾がそう言うなら、教えてあげなくてはね」

 言い終えると、秋葉は晶の顎から手を放した。

 とうに力の抜けていた晶の両膝が、かくんと折れる。
 晶はドアに寄りかかったままずるずる滑り落ち、ぺたんと床に座り込んだ。
 秋葉は、床にへたり込んだまま怯えた目をして自分を見上げる晶をよそに、
おもむろに制服を脱ぎにかかった。

 スカーフを解き、しゅる、と音を立てて襟元から抜き取り、無造作に放る。
 両手を使って制服をじりじりと顎の下までたくし上げ、頭から抜き取る。

 秋葉は頭を軽く一振りして、肩にかかった長い髪を払いのけた。
 それから、制服を摘んだ右手を横に伸ばし、制服を床に落とす。


 白く、贅肉のない秋葉の上半身が晒される。
 細い腕。
 高く張り出した鎖骨。
 平らなお腹。
 薄い胸を覆う白いブラジャーが、どこか痛々しい。


 秋葉は片方ずつ足を持ち上げて、片方ずつ靴を脱ぎにかかる。

 脱いだ靴をきっちりと揃えてから、秋葉は改めて片方ずつ足を持ち上げて、
片方ずつ靴下を引き下ろして行く。


 無言で制服を脱いでいる秋葉を、晶は床にへたり込んだまま、半ば呆然と、
半ば怯えた様子で、みつめていた。
 この後秋葉に何をされるのか、未来視でなくとも大体見当は付く。
 そして、晶は未来視なのだ。
 この後秋葉に何をされるのか、わかってしまっていた。
 だが、それは――

 晶が未来視したイメージは、晶に自分の正気を疑わせる類の物だった。


 秋葉は脱いだ靴下を軽く丸めてから、片方の靴の中に差し込んだ。
 秋葉は身を起こすと頭を振り、肩にかかった長い髪を払いのける。

 秋葉が身体を捻り、両手を背後に回した。
 スカートのホックを外し、ファスナーを引き下ろす。
 秋葉が前に向き直り、ためらう様子もなくスカートから手を放した。

 ふぁさぁ、と軽い衣擦れの音を残し、制服のスカートが秋葉のほっそりした
脚に沿って滑り落ち、床に環になって広がった。

「………………!」

 晶の目が、限界まで見開かれた。
 同時に、晶の口がぽかんとOの字に開いた。

 晶の右手がのろのろと上がり、ゆっくりと人差し指だけが伸ばされる。
 そして、わなわなと震える指で――

 晶が、ランジェリー姿で立つ秋葉を指差した。
 晶が、ランジェリー姿で立つ秋葉の身体の、ある部分を、指差した。

「と、とと、ととと遠野せせせせ先輩?……ああああのっあのあのあのっ?」
「どうかしたのかしら、瀬尾?」
「そ、それっ、そそそそそれは、それは……っ!ややややっぱりぃぃぃっ!」
 晶が指差しているのは、秋葉の白いショーツに覆われたあたりだった。
 正確には、白いショーツの前をもっこり膨らませている、ある物だった。
 ある物というよりも、あり得べからざる物、と言う方が正確だが。
 それは。

 晶が未来視し、あり得ないと思って否定したそれは。

 それは――

「お、おちんちんですかっ!」

 素っ頓狂な声で叫んでしまってから、晶は真っ赤になって視線を逸らした。
「ええ」

 秋葉は至極あっさりとうなずいた。

「準備に手間取ったと言ったのは、これを生やすのに手間取ったということ」
「は、生やし、た……ん、です、か?」

 晶が目を点にして尋ねた。
 秋葉は眉ひとつ動かさずに答える。

「そう。生やしたの」
「そんな、馬鹿な。そんな、ことが、でで出来るわけ――」

 目を点にしたまま、泣いているとも笑っているとも付かない声で呟く晶に、
秋葉は鼻で笑って応じる。

「ふっ……遠野の血を甘く見てもらっては困るわね、瀬尾」
「………………」
「出来るのよ、このくらいのことは。……それなりに準備は必要だけれど」

 秋葉は、台詞の後半を、酷く苦い薬でも飲んだような表情で呟いた。
 琥珀の調合した――そのおぞましい材料を知った後では殊更に不味い薬を、
かなりの期間にわたり、しかも大量に服用し続ける必要があったのだ。


「喜びなさい、瀬尾」

 秋葉が身を沈めて床に片膝を突き、ドアにもたれる格好でへたり込んでいる
晶と目線の高さを合わせた。

「貴方と兄さんとの交際を許しましょう。ただし――」
「ただし……?」

 訊き返しながら、晶は秋葉のもっこりと膨らんでいるショーツの前を見て、
改めて戦慄した。

「う……」

 秋葉がすっと右手を伸ばし、人差し指と親指で晶の顎を持ち上げた。

「よく憶えておきなさい、瀬尾。
 交際を許すのは、兄さんのためであって、決して貴方のためではないわ。
 私は、兄さんを愛している。
 私は、兄さんだけを愛している。
 でも……いえ。だからこそ――
 兄さんが私ではなく貴方を選ぶというのなら、それを許すしかないのよ。
 口惜しいけれどね。
 貴方を引き裂いてやりたいと思うほど、口惜しいけれどね。
 でも、安心なさい、瀬尾。
 そういうことはしないわ。
 もちろん、兄さんを悲しませたり怒らせたりはしたくないからよ?」

 秋葉は言葉を切り、間近から晶の目を覗き込んだ。
 晶の顎を摘んでいる指に、ぐぐっと力がこもる。

「知っていたのよ、瀬尾。
 貴方が私に隠れて兄さんと付き合っていたことは。
 ……今後貴方と兄さんが付き合うことは、許しましょう。
 ただし。
 ここまでそれを私に隠そうとしたことは、許せない。
 だから――」

 突然、秋葉が顔を傾け、晶の唇に唇を圧し付けた。
 噛み付くように。

「……っ!」

 晶が短く悲鳴を上げた。
 わずかに唇を離し、秋葉が薄く笑う。

「ふふ」

 晶の唇に血の雫が浮き上がり、やがて、つっと筋を引いて流れ落ちた。
 キスした時、秋葉が軽く歯を立てたのだ。
 再び顔を寄せ、秋葉は舌先で晶の血を舐め取る。

「当然、もう兄さんからキスはしてもらったわね、瀬尾」

 そう言って、秋葉は軽いキスを繰り返す。
 触れるか触れないか、体温だけが伝わる距離で。
 ついばむように。

 晶は身体を強張らせたまま、応えようとはしない。
 秋葉から顔を背けようとさせするが、もちろん秋葉は許さない。

 晶の唇の端から頬へ。

 頬から耳へ。

 耳から髪の生え際に沿って首筋へ。

 首筋からうなじへ。
 それから、晶の瞼に。

 秋葉は丹念に唇を這わせて行く。

 あくまでも軽く。

 じっくりと。

 時間をかけて。

 焦らすように。

「……あぅ……く、くすぐったいです、先輩……」

 晶が身を捩りながら訴えた。
 秋葉は晶の耳の後ろに唇を当てたまま、そっと尋ねる。

「兄さんのキスの仕方はどうなのかしら?――答えなさい、瀬尾」

 質問の前半は優しく、後半には威嚇が篭もっていた。
 耳と首筋に吹きかかる吐息に背筋を震わせながら、晶が素直に答える。

「も、もっと……強い、です」
「そう」

 うなずくと、秋葉は改めて晶の唇を奪う。
 今度は一転して、音がするほどきつく吸う。

 そのまま、吸い続ける。

「ん…………」


 それから数十秒。

 見開かれていた晶の目が、いつの間にか閉じていた。


「ん……ぅ…………んん…………」

 さらに数十秒。

 晶が、ふーふーと大きな音を立てて鼻で息をし始めた。
 だんだん呼吸が荒くなる。

「ん…………む……ぅん…………ん……んぅ………っ」

 やがて。
 息が継げなくなったのか、晶が目を見開いた。

「ん――――っ!んんん――――――っ!」

 晶が声にならない声で悲鳴を上げ、掌で秋葉の肩を押しのけようとする。
 さらに十数秒の間唇を重ねておいて、秋葉はようやく晶の唇を放した。

「ぷは……っ!は――っ、は――っ、は――っ……」

 喘ぎながら深呼吸を繰り返している晶を、秋葉は面白そうに眺めている。
 とはいえ秋葉自身も苦しかったのだろう、普段より顔が赤い。

「強く、というのは、これくらいかしら?」

 秋葉がからかうように尋ねた。
 しかし返事を待たず、再び晶に顔を寄せる。

「ふえ……むぅっ!」

 空気を貪るために開いていた晶の口に秋葉の唇が、ぴったり密閉するように
重なった。
 秋葉は舌先で晶の歯の並びを探り、歯茎をくすぐる。

「んあっ!」

 晶がたまらず声を上げた。
 その隙に、秋葉の舌が晶の口内に滑り込み、晶の舌を絡め取る。

「はん……はぁっ……あぁぁ……んぅ……」

 秋葉が舌を蠢かすたびに、ぴちゃ、ぴちゃ、と湿った音が響く。
 息が苦しいのか、それとも恥ずかしいのか、晶が顔を離そうとした。
 その結果。
 わずかに開いた唇の隙間から、晶自身の喘ぎ声が漏れる。

「あ、あぁ……はぁ…っ!」

 自分の声に驚いたように、ぎく、と晶が動きを止めた。
 秋葉が右腕を晶の首に回し、がっちりと固定した。
 そして、再び深く唇を重ねる。





 何分、いや、もう何十分経っただろう。

 窓から差し込んでいた夕日は、既に消えている。
 窓の向こうの空が青みを増して行く間、秋葉は晶の唇を奪い続けていた。


                                      《つづく》