[an error occurred while processing this directive]


 第二夜
                      A・クローリー

「―――――」
 意識が覚醒する。
 眠りは浅く、常に緊張を伴ったものだった。休息を約束してくれる平穏なも
のとは程遠い、かすかな物音で容易に醒める類のもの。
 もっとも、平素から些細なことに気づいて目を覚ませなければこの仕事は務
まらない。それは隣に待機している妹にも言えることだ。
「―――姉さん」
 同じように覚醒したのか、若干の眠気が混じった声がする。
「ええ、お帰りになられたみたいね。……とりあえず、大事無かったようだけ
れど」
 それに応え、今まで身体を預けていたソファから立ち上がる。浅い眠りを断
ったのは、たしかに正面扉が開閉する音だった。今は、それに続いて三人分の
足音が聞こえる。
(三人……)
 主人の帰りに備えて仮眠をとっていたためわずかに乱れた服を直しながら、
琥珀はやや複雑な表情で首を傾げた。一つは、規則正しくも威厳を感じさせる
足音。もう一つは、ごく普通のようでありながら油断すると聞き逃してしまい
そうな静かな足音。どちらも聞き慣れたものだ。
 そして最後の一つ、怪我でもしているのかやや引き摺るような足音。聞き慣
れてはいないが、それが誰のものであるかは予想できる。
「琥珀、いる?」
 やや疲れた秋葉の声がする。
 どうやら一騒ぎあったようだが、声の様子からして秋葉にも彼女の兄にも特
に大きな怪我は無いようだ。ひとまず安心する。
「はい、お待ちしておりました。秋葉様も志貴さんもご無事ですか?」
「ええ、まったく無傷というわけではないけど、私も兄さんも大丈夫。あと、
例の事件も解決したわ。とりあえずお風呂に入って、軽く何か食べてから休む
から準備して」
「かしこまりました」
 応えつつ、ロビーの電気をつける。
 それで、ようやく帰ってきた主人の姿を認めた。
 やはり荒事になったらしく、秋葉はところどころに擦り傷や打ち身を作って
いる。服の破れを忌々しそうに見ている辺り、心配は無いだろう。
 志貴はそれよりも重傷で、擦り傷と打ち身に加えて刃物で切り裂いたような
傷や何かの鉤爪で裂かれたような傷、さらにどういうわけか火傷に似た傷を負
っている。
 あの火傷に似た傷。たしか、秋葉の略奪≠ノよってつけられるものだった
はずだが……
 だが、それ以上に気がかりなことがあった。それに目を留め、さてどういう
リアクションをしようかと思案したとき、
「志貴様、秋葉様、ご無事で―――」
 背後。待機していた居間から翡翠が出てきた。あからさまにほっとした様子
の彼女だったが、ロビーで満身創痍の有様になっている三人を見た途端に凍り
ついた。
「あ、琥珀さんも翡翠も待っててくれたのか。えっと……とりあえず手を貸し
てくれると嬉しいんだけど」
 それなりに重傷なくせに相変わらずな呑気さを発揮する志貴。それは良い。
 少しも良くないのは、
「志貴、さっきまでの坂ならともかく、この屋敷の中なら私でも一人で歩けま
す。彼女たちの手を煩わせるまでも無い」
 その志貴の首に片腕を回し、肩を貸される格好で思い切り密着している女性
だった。………昨日初めて会ったときにも気になったのだが、志貴を呼び捨て
にして妙に打ち解けているように見える。
「無理するなって、シオン。さっきまでは俺が抱えてなくちゃいけなかったん
だから」
 抱えた? つまり、この昨日いきなり秋葉と志貴が連れてきた女性―――シ
オンという名前だそうだ―――は志貴に抱きかかえられたということか。
 …………背後で殺気が膨れ上がっているような気がするが、たぶん気のせい
なので無視しておく。
「あ、あれは仕方なく……。だ、大体ですね! あのときは志貴の方が温存し
ている体力が私より多かったからですが、あのあとタタリと戦った今の貴方は
私以上に消耗しているはずです! そう言ったのに貴方は―――」
「はいはい。シオンが素直に言うこと聞かないことはよく解ったよ」
 見ているこちらが恥ずかしくなるような赤面振りでシオンがまくしたてる。
志貴はやれやれ顔でそれを聞いていたが、最後まで言わせずにいきなりシオン
を抱え上げた。
「な―――!」
 ビキ、という非常に物騒な音が背後から聞こえたが、気のせいに違いないの
で無視する。ついでに言えば、琥珀自身あまり穏やかとは言い難い心理状態で
あったりした。
 意外だったのは、烈火の如く怒り狂うはずの秋葉が存外に大人しかったこと
だ。こめかみに青筋が浮かんでいるものの、アルクェイドやシエルを相手にし
ているときの鬼神のような凶暴さは無い。
「………琥珀、今、物凄く失礼なこと思わなかった?」
「いいえー。まさかこの私が、心の中であろうと秋葉様に対して失礼なことを
思うなんてそんな」
「…………とりあえず不問にして上げるからさっさと準備しなさい。それから、
シオンについてあとで説明することがあるわ」
 何か、しまった大失態だったかもしれない、とでも言いたげな表情で秋葉が
言う。その視線の先には、真っ赤になって抗議するシオンとそれを抱えて居間
へ歩いていく志貴の姿があった。
 もう一つ殺気の篭った視線があるような気がしたが、やっぱり気のせいに違
いないので無視する。



「はあ、それはまた………大変だったんですね」
「私の方はお互い本気じゃなかったから、それほどでもなかったのだけれど…
…。兄さんとシオンの方はかなり大変だったようね」
「いえ、私はほとんど加勢できませんでしたから……。志貴一人に押しつけて
しまったようなものですね。申し訳ない」
「そんなことないぞシオン。俺一人じゃどうにもならなかったし、シオンがい
てくれて本当に助か―――いてっ! ……琥珀さん、なんか凄く沁みるんです
けど」
「良薬口に苦し、です。志貴さん傷だらけですから、どんどんいきますよー」
 うわあ、という志貴の声を無視して容赦なく傷口に薬を擦り込む。民間療法
と称して塩か唐辛子でも塗ろうかと一瞬思ったが、流石にそれはやめておいた。
 翡翠が風呂を沸かしている間に三人の傷を診てみたが、やはり志貴が一番重
傷だった。シオンは体力の消耗が激しいようだが、治ったばかりのような傷痕
があるだけで特に手当ての必要は無さそうだ。
 とりあえず、例によって嫌がる志貴の服を引き剥がして上半身裸にし、濡れ
タオルで汚れを拭ってから傷口を消毒して絆創膏を貼り包帯を巻く。………赤
くなりながらも秋葉がその様子を見ているのはもはやお約束として、シオンま
で同様なのはやはりそういうことか。
「はあ…」
 思わず溜息が出る。どうしてこう、あまり普通でない女性とばかり縁がある
のだろうか彼は。
「………まあ、そういうわけよ。今回の事件はシオンのお陰もあって一件落着
ね。それでシオンは行くところも無いそうだし、しばらく客人として遠野家に
迎えることになったの」
「―――――」
 今、かなり意外な台詞を聞いた。志貴を巡ってアルクェイドやシエルに対し
ては露骨に敵意を見せる秋葉が、一体どういう風の吹き回しなのか。
 秋葉の顔を窺ってみるが、どうも冗談を言っているようには見えない。つい
でに、昨日から薄々感づいてはいたが、妙にシオンとは仲が良さそうに見える。
「…………」
 にわかには信じ難いが、つまりはそういうことか。要するに―――秋葉とシ
オンは昨夜と今夜の二晩の間に友人という関係になったらしい。話を聞く限り
では、シオンは明らかにアルクェイドやシエルと同じ世界に属する人物だ。秋
葉はそういった人種を嫌っているものと思っていたが、シオンに関しては例外
のようだ。
 口喧しくて説教が好きそうで理屈っぽくて素直でない、という同類同士、気
が合うのかもしれない。
「…………琥珀、今、また物凄く失礼なこと思わなかった?」
「いいえー。そんな頻繁に忠義を疑われると私は悲しいです、秋葉様」
 笑って受け流し、ぐりぐりと志貴の傷口に薬を塗りこむ。次の機会までに唐
辛子入りの傷薬を用意することにしよう。
「それでは、お二人がお風呂に入っている間に、翡翠ちゃんに頼んで客間を長
期滞在用に整えておきますね。昨日ご利用になった部屋でよろしいですか? 
シオン様」
 唐突に話題を振られ、ぼうっとして志貴を見ていたシオンがびくりと反応し
た。
「え? ―――ああ、そうですね…。昨日使わせていただいた客間で結構です。
上等の部屋でしたし、広さも申し分ない」
「かしこまりました。―――はい、終わりましたよ志貴さん。この状態だとお
風呂は無理なので、あとでお湯とタオルを用意しておきますね」
 ほう、と安心したように志貴が息をつく。いそいそと服を羽織るのを、秋葉
とシオンが残念そうに眺めていた。下半身の手当ても強行したら面白かったか
もしれない。
 


 ともあれ入浴とあいなった。
 髪の長さから見てシオンの方が時間がかかるのは明白だったので先に秋葉が
身体を流し、その後に浴場の説明を兼ねて客人であるシオンにゆっくり使わせ
るということでまとまった。
 秋葉ほどの髪でも入浴には軽く一時間以上を要するので、それを上回る長髪
のシオンが加わる今後はさらに浴場の使用時間が延びるだろう。
 広い浴場なのだから秋葉とシオンが同時に使っても良いような気もしたが、
シオンの胸と秋葉の胸を見比べた結果その案が却下になるのは確定事項だと思
い直した。アルクェイドやシエルほどに絶望的な差ではないのが救いだろうか。
どうせ超えられないのなら差の大小は問題ではないと思うが。
「…………琥珀、今、非常に不穏なことを思いませんでしたか?」
 居心地悪そうに琥珀に髪を任せているシオンが訊く。他人に身体を洗っても
らうことに慣れていないのか、心なし裸身を隠すように縮こまっている。
「いいえー。ただ、秋葉様がご自分から外部の方をお招きになるのは珍しいな、
とは思いましたが」
 喋りながらも、梳くようにシオンの髪を洗う手の動きは淀みない。これだけ
長いと手入れも大変だが、思った以上にシオンの髪は痛みが少なかった。やは
り女性なのだろう。
「そうなのですか……。たしかに、秋葉はあまり軽々しく他人を家に入れるよ
うな人物には見えません」
「ええ。ですから昨日、シオン様を客人として迎える、と聞いたときは驚きま
したよ。さきほどはそれ以上に。よほど気が合ったんでしょうね。アルクェイ
ドさんやシエルさんだと、訪ねてくるだけで物凄いお怒りようですから」
「む………」
 何か思うところがあるのかシオンは考え深げに黙りこむ。邪魔をするのも悪
いので、琥珀もシオンの髪に集中することにした。
 ややあって、ようやくシオンの髪を洗い終わった。毛先まで丁寧にリンスを
行き渡らせ、念入りにぬるま湯で流す。あとは、身体を洗う際に邪魔にならな
いようタオルでまとめるだけだ。
 安心したようにシオンが息を吐く。
「あ……その、任せてしまってすみません、琥珀。あとは自分で―――」
「はい。それでは、次はお背中をお流ししますねー」
 あとは自分で洗うからと追い出すつもりだったのだろうが、そうはいかない。
手早く髪をまとめ上げ、ボディソープを泡立てると、有無を言わさずシオンの
背中を擦り始める。
「あ、琥珀……。いえ、自分の身体ぐらいは自分で洗え―――」
「いえいえ。主人の客人にはこのくらいするのが当たり前ですよー。志貴さん
にだって毎晩こうしてるんですから、シオン様にもこうして差し上げないと駄
目じゃないですか」
「な―――」
 びくり、とシオンの背中が震える。思ったとおり、志貴に関する言葉に反応
してきた。
「………琥珀、志貴にもこうしている、ということはその……」
「ええ。私、志貴さんとも一緒にお風呂に入ってるんですよ。使用人としては
当然でしょう?」
「な、な、なななななななな」
 あからさまな動揺が背中から伝わってくる。それだけでなく、背後からも見
える耳が露骨に赤くなっている。
「な、なんと…。そ、そう言えば、志貴の私生活に関するデータはあまり重要
視せずに読み取っていなかったがまさかこんな―――」
 わけの解らない独り言をブツブツはじめる辺り、相当に動揺が激しい。予想
以上に予想通りな反応だ。………まあ、あんな嘘にこうもあっさり引っかかる
とは思っていなかったが。
「どうしたんですか、シオン様。そんなに志貴さんのことが気になるんですか?」
「っ―――! い、いえそういうわけでは……。な、なななな何故そんなこと
を訊くのです?」
 貴方の挙動を見ているとバレバレだからです、とは無論言わない。
「さあ? 特に根拠は無いのですけど、どうもさっきからのシオン様を見てい
ると志貴さんのことを気にしているような……」
「ば、馬鹿なことを…! 私は別に、志貴のことを気にしてなどいません!」
「あら、シオン様は志貴さんに全く興味が無いんですか?」
「う―――」
 シオンが言葉に詰まる。もじもじと椅子の上で裸の尻が動くが、正直に白状
する様子は無い。
 たっぷりとシオンの背中に泡を塗りつけ終わったスポンジを置く。そこから
さらに泡を搾り、今度は素の両手でシオンを背中を撫でさする。
「こ、琥珀……?」
「良いんですよ、別にお隠しにならなくても」
 くすぐるようにシオンの耳元で囁き、背中に泡を塗りたくっていた手を前に
滑らせる。
「っ―――!?」
 言葉と肉体的な刺激。その両方に反応してシオンの身体が跳ねる。琥珀の両
手は大量の泡をまとってシオンの腹に優しく触れ、焦らすようにゆっくりと泡
を広げていく。
「ぁ…ん……。い、いえ私は何も隠してなど……」
「そうですか? さっきは志貴さんに抱き上げられて、とても嬉しそうでした
けれど」
「あ、あれは志貴が急に―――ひゃ!?」
 唐突に腹から胸へ上がってきた琥珀の手が、言い訳じみたシオンの言葉を中
断させた。直接肌と肌を触れ合わせるようなことはせず、ただひたすら柔らか
な泡を塗りつけるようにシオンの胸を包み込む。
 愛撫どころか大した刺激にさえならない行為だが、言葉の効果も相まってか
シオンの息が一瞬乱れた。
「志貴さんはああいうことを無自覚になさりますからねー。志貴さんにとって
はごく自然なことなんですよ、あれは」
「し、志貴のそういうところは知っています……。こ、琥珀、背中はともかく
他は自分で洗えますからそんな……」
「あらいけません。ちゃんと隅々まで洗って差し上げますから、シオン様はど
うか楽なさっててくださいな」
「な、琥珀―――」
 無視して肩と首筋へ指を這わせた。胸から離れたことでシオンが安堵の息を
つくのが解る。
 汚れのつきやすい首周りを丹念に洗い、肩から指の先まで丁寧に撫でさすっ
ていく。マッサージのような琥珀の指遣いに、シオンが思わず気の抜けた吐息
を漏らした。
「どうです? シオン様はお客さんなんですから、肩の力を抜いてこれくらい
のもてなしは受けてください。それに秋葉様と志貴さんが無事に帰ってこられ
たのはシオン様のお陰ですし、私個人としてもお礼をさせて頂きたいんですよ」
「……………」
 そう言われると流石に反論し辛いのかシオンは抵抗しなくなった。まだ他人
に身体を任せることに不慣れゆえの緊張はあるが、それでも琥珀の手に逆らう
動きがほとんど無くなったのでかなりやり易い。
「それで、志貴さんとはどういった出会いだったんですか? 志貴さん、アル
クェイドさんとはかなり凄い馴れ初めをされたようで、今ではすっかり恋人同
士ですけど。シオン様もそんな凄い出会いだったとか」
「! い、いえ!! わ、私と志貴の出会いはそう大したものでは………。夜
の街を巡回していた志貴と戦闘になってそのあと神経にエーテライトを―――
ではなくて、その、偶然志貴と出会って互いの目的が一致したため協力しあう
ことになった、……ということにしてもらえると助かります」
「ははあ、それはまた刺激的な感じですね。夜の街で偶然出会うなんて運命的
じゃないですか」
 なんとなく不穏な匂いがしたが無視し、シオンの鎖骨に指を這わせながら相
槌を打つ。温いとはいえそれなりに刺激になる行為だが、シオンはそちらより
も琥珀の言葉に上擦った応えを返してきた。
「う、運命的……でしょうか」
「はい。誰も歩いていないはずの夜の街で出会った、なんて普通の関係じゃあ
りませんよ。それにお二人で共に戦った、というのもポイント高いですねー」
「む……。た、たしかに…。―――いや、私は何を考えている」
 ぶるぶるとシオンが頭を振る。どうも秋葉以上に素直でない。
 琥珀は呆れたような溜息をつき、
「はあ…。シオン様、そんなだとこれから苦労しますよ」
「な、何がで―――」
 シオンに皆まで言わせず再びその胸へ指を滑らせた。
「っ―――!」
 今度はさきほどのような泡を塗りつけるだけの動作ではなく、肌を擦って汚
れを落とすための力が入った動きだ。肩や腕を洗っていたときと同じ、身体を
揉みほぐすマッサージのような手つき。
 手慣れた琥珀のそれに反応して、じわりとシオンの身体が熱くなってくる。
「志貴さんは、こと女性関係には物凄く鈍いお方ですからねー。アルクェイド
さんくらい大っぴらに好意を示さないと気づいてくれないんですよ。秋葉様な
んか、未だに妹としてしか見てもらえてませんし」
「ん、あ……っ!」
「志貴さんが翡翠ちゃんを意識するように私も色々やってるんですけど、どう
にも反応が鈍いんですよね…。シオン様、志貴さんに対して受け身というのは
敗北宣言に等しいんですよ?」
 言いつつ、存分にシオンに胸を弄った琥珀の手がさらに下へと伸びる。荒い
息で力が抜けた身体を支えているシオンには、それを制止する余裕が無い。
「こは、く…。私は別に、志貴に対して特別な感情な、ど―――!?」
 びくんと一際大きくシオンの身体が反応した。その原因はシオンの下腹部に
這わされ、緊張をほぐすように微妙な力加減でそこを撫でている琥珀の指だ。
あと少し下へ動けば、琥珀の指はシオンの身体で今もっとも熱くなりつつある
部分へと到達する。
「―――――」
 下手に動いたり抵抗したりしようものなら、琥珀によって本格的に発情させ
られてしまう。それを理解したシオンは身体を強張らせる。
 兎にも角にも理不尽な状況には違いなく、打開する方法は皆目解らない。シ
オンにできることと言えば、今までの言葉を繰り返すことだけだ。
「こ、琥珀。私と志貴は協力者であって、そんな特別な感情は生じ得ない。そ
れに何より、志貴の相手はアルクェイド・ブリュンスタ―――」
「うーん。本当に素直じゃありませんねー。じゃあ、正直な身体の方に訊いて
みます。シオン様、さっきから志貴さんのことを言うたびに熱くなっておられ
ますよ?」
 そして、そんなもので琥珀が止まる道理は無い。
「……っ!?」
 シオンが、耳元で笑い混じりに囁かれた琥珀の言葉を理解したときには遅か
った。身体を洗うのと同じ、否、それ以上に手慣れた仕草で指が這い降りてく
る。
「うふふ、シオン様、ここは特に綺麗にしなければいけませんよね?」
 含み笑いを漏らしながら、潤みかけている秘裂を琥珀の指が撫でていく。そ
の動きはたしかに身体を洗い清めるためのものでありながら、同時に燻ってい
る情欲の熾火にゆっくりと油を注ぐような淫靡なものだった。
「く―――っ!」
 強張ったままのシオンが身じろぎする。その気になれば、琥珀の手を振り払
って逃げ出すことなど造作も無いはずだ。多少この後に控えている遠野家での
生活が気まずくなるかもしれないが、このままでは取り返しのつかない言葉を
吐かせられそうな今、それはそう大きな問題ではない―――
「ああ、そうそう。―――シオン様、逃げる、というのはお勧めしませんね。
志貴さんは秋葉様とシオン様の両方がちゃんとお休みになるまではご安心でき
ないでしょう。たぶん、まだ居間かどこかで起きておられますよ。このままお
逃げになると、志貴さんに全部見られちゃうかもしれませんねー。念のために
言っておきますと、脱衣場へお逃げになったぐらいでは無駄ですから」
「!」
 逃亡に備えていた力が抜ける。それを感じ取り、片手でシオンの秘所を探り
もう片方の手を内股へ滑らせながら琥珀が笑った。
「因みに、この浴場は防音性が高いんですよ。ですから、この中でなら少しば
かり無茶をしても外には解りません。私に関しては、もうやりたい放題、って
わけです。でもシオン様はそうはいきませんから、ちゃっちゃと観念してくだ
さいねー」
 楽しげなその声を合図に、一気に琥珀の動きが活発になる。
「んぅ…!」
 泡を纏わりつかせた指が秘裂に埋没し、同時に耳たぶを甘噛みされてシオン
は堪らず仰け反った。それを押さえ込むように背後から琥珀が身体を密着させ、
シオンの背中全体へも刺激を与える。
 まだ潤みきってはいないシオンの秘所だが、念入りに塗りたくられた泡が潤
滑剤となり、琥珀の指の動きは比較的スムーズだ。加えて、密着されている背
中やくすぐるような刺激を受けている内股にもそれがたっぷりと塗られており、
そのぬるぬるとした感触が余計にシオンの呼吸と鼓動をおかしくさせる。
「………シオン様、一応ストレートに訊きますけど、志貴さんのことをどう思
っておられますか?」
 わずかに挿れた指先を、焦らすようなゆっくりとした動きで上下させながら
琥珀が問う。今はまだ入り口だけだが、さらに奥まで琥珀の指が侵入してくる
のは時間の問題だ。
 しばらく荒い息遣いだけが浴場に響き、ややあって何かを振り切るようにシ
オンが口を開く。
「………私と志貴は、目的が一致しただけの協力者同士です。そのような特別
な感情はお互い存在しませんし、あっても邪魔なだけです」
 その、本人でさえ気づいていない苦しげな言葉をどう受け取ったのか。
「そうですか…。―――では、正直になっていただきますね」
 ひどく優しげな呟きを漏らし、琥珀は指先に力を込めた。ず、という音とと
もに侵入してきた琥珀の指をシオンの秘裂が咥え込む。
「っ!」
 今までそこに異物を受け入れたことのないシオンが、わずかな怯えと戸惑い
を含んだ声を上げる。そこがそういった機能を持つという知識はあるが、実際
に体験するとその感覚はまったくの未知だ。
「あら、もしかしてとは思いますけど…。シオン様、こういった経験は初めて
ですか?」
 くすりと琥珀は笑った。そういった相手なら、陥落させるのは容易い。早々
に自分の気持ちを自覚してもらうことにしよう。
 楽器を爪弾くように、琥珀の両手が軽やかにシオンの身体の上と内部を滑る。
 



 ―――結局、シオンが屈服するのに大して時間はかからなかった。




「……………琥珀、一応尋ねますが、何故このようなことを?」
 湯上りという状況を差し引いても赤くなりすぎた、居心地の悪そうな仏頂面
のシオンが服を着込みつつ問う。正確には、仏頂面に見せかけている羞恥の顔
だ。
 そちらの技術に関しては百戦錬磨の琥珀によって散々に全身を嬲られ、洗い
ざらい白状させられたのだから当然と言えよう。ついでに、シオンの真意を聞
き出すことが目的だったはずの琥珀が途中から本気になってしまい、その結果
二人して何度も達してしまったというオマケつきだ。
「そうですねー。まあ、シオン様も正直に白状してくれたことですし、私の方
の思惑もお教えしちゃいましょう。と言うか、こちらが本題ですが」
「? ―――と」
 首を傾げたシオンの、腰から下がふにゃりと脱力しかけた。実を言うと琥珀
も似たような状態にある。シオンほどふらふらになっていないのは、偏に経験
の差からくるものだ。
「―――まあ、シオン様も仰ったとおり、今の志貴さんのお相手はアルクェイ
ドさんです。はっきり言っちゃいますと、家族としてしか認識してもらえない
私たちは現状、完敗と言っても過言ではありません」
「はあ…」
 どうも釈然としない表情を浮かべるシオン。
 それはそうだろう。そんな劣勢というのも馬鹿らしい状況で、さらに競争相
手を増やしてどうするのか。シオンの反応も当然だ。
 琥珀もそれは解っている。ここからが本題だ。
「それで、現在のシオン様の立場はどのようなものだとお考えですか? つま
り、志貴さんにどう認識されているか、ということですが」
「…………一時的に目的が一致した元協力者、現在は妹である秋葉が招いた客、
と言ったところでしょうね……。―――――絶望的ではないですか」
 口に出してみて自分の敗色濃厚な現実を実感したのか、シオンはがっくりと
肩を落とす。ついさっき、はっきりと志貴に対する恋慕を認めたばかりという
今の状況ではなおさらだろう。
 それに対し、琥珀は我が意を得たりとばかりに頷き、
「そうですよね。―――そこで提案ですが、私たちと共同戦線を張りませんか?」
 
「………は?」
「ですから、共同戦線です。今のところ、まずやるべきは志貴さんの気持ちを
この遠野家に向けることでしょう? それなら一人一人が別々に動くのではな
く、まとまって動いた方が効率が良いはずです」
 つまり、劣勢な面々同士、一時的に手を組もうと言うことだ。当然、目的が
果たされた後はお互い敵同士となるはずだが……
「……琥珀。私はアルクェイド・ブリュンスタッドの協力を得るために志貴に
接触したのです。彼女に挑戦するような真似をしては、私の目的が……」
「つまり、シオン様はご自分の目的に比べれば志貴さんのことはどうでも良い、
と。あらー、そんな軽いお気持ちだったんですかー?」
「う……」
 琥珀の言葉にシオンが詰まる。なにか、さきほどと同じような会話。
「まあ、それはそれで構いませんよ。―――でも、私たちが成功した暁になっ
て後悔されても知りませんからねー。何と言われようと、志貴さんは分けて差
し上げません」
「わ、分ける……」
 想像でもしたのか、眩暈を起こしているような表情でシオンが頬を赤くする。
………どうも、やや思考が暴走気味な傾向があるようだ。
「それにですね、別に私は志貴さんとアルクェイドさんの仲を裂こうなんて考
えてはいませんよ?」
「? それはどういう……」
「アルクェイドさんから志貴さんを横取りするなんて無理ですからねー。悔し
いですけど、家族ではなく女性として見てもらえるようになれば万々歳、とい
うところでしょうか」
「なるほど……」
 要は、志貴に二股ならぬ五股をさせてしまおうということだ。いや、志貴の
本命はあくまでアルクェイドなのだから、本妻と妾のようなものか。
 秋葉は納得しないだろうが、これが琥珀の考え得る最善である。遠野家の面々
から見ればアルクェイドの方こそ唐突に現れて志貴を掻っ攫った闖入者だが、
今さらそれを言っても始まるまい。
「それに、アルクェイドさんは志貴さんと仲の良い人には甘い傾向があります
からね。志貴さんと仲良くなるのは、別にシオン様の目的とは矛盾しないと思
います」
「―――む」
 落ちた。
 感情に訴える言葉で揺さぶっておき、その後に論理的な口実を与える。琥珀
の見たところ、シオンは理性や論理的な思考が邪魔をして自分の気持ちに素直
になれないタイプだ。自身の抱えている感情を自覚させ、それを実行に移す理
由を与えてやればあとは容易い。
 素直になれない理由も感情に起因する秋葉に比べれば楽な相手だろう。
「……解りました。ですが―――」
「ええ、志貴さんとアルクェイドさんを悲しませるようなことは、決して」
「ならば問題は無い。その話、乗りましょう。………しかし、本当に琥珀は志
貴のことが好きなのですね」
「え……」
 いきなりしみじみと言われ、笑顔のまま琥珀が固まる。たしかに志貴のこと
は好きだが、面と向かって言われたのは初めてだ。
 一瞬の間の後、ぼ、と琥珀の頬が赤くなった。
「ふむ……」
 その様子を興味深そうに眺め、シオンは腕組み。
「どうやら、貴女にとっても志貴は弱点のようですね」
「あう……」
 真っ赤になって俯いてしまった琥珀をやや溜飲の下がった顔つきで見ていた
シオンだったが、一つ頷くと右手を差し出した。
「―――琥珀、これから色々と世話になると思います。どうぞよろしく」
「……はい。こちらこそ、シオン様」
 まだ赤い頬のまま、琥珀がその手を握り返す。
 ここに、琥珀を事実上の首魁とする遠野志貴奪還―――とは少し違うが――
―のための同盟が完成した。―――その結果がどうなろうと、一番苦労する羽
目になるのは志貴本人なのだが。









あとがき:
 以前、阿羅本 さんがBBSでこう仰いました、

「ほのぼのSSはオチをつけるのが難しい」

と。
 たしかにそのとおりなのですが、自分の場合はそれ以前の問題だったようで
す(汗)。要は修行が足らないだけなのですが、書いているうちにどうしても
話がキツイ方向へ行ってしまいます。
 これの前に書いた二本は途中からとんでも無いことになってしまい、結局合
計38KBをお蔵入りさせました。なんとか書いたこれも十八禁シーンを書い
ていたら琥珀さんによる錬金調教伝が始まってしまい、とてもほのぼのSSと
言えない代物になりかけたのでその部分は削りました。すみません。


 余談。
 自分は高校時代、シオンとほぼ同じ長さの三つ編みをした女性を何度か見ま
したが、現実に遭遇するとかなり圧巻です。あれだけ髪を長く伸ばしてる女性
はなかなかいませんから。
 今回は髪が長いと入浴時間が長い云々という話がありますが、実際髪の長い
女性は洗うのが大変だそうです。(当たり前)
 自分の知人の女性が一時期、ちょうど秋葉と同じくらい長く伸ばしていたの
ですが、

「お風呂に物凄く手間と時間がかかって大変なのよー」

 とぼやいていました。入浴時間が余裕で一時間超えるとか。こういう話はS
S書くときに役に立つので有難いですね。
 因みに、少し前実家に帰った折に久しぶりに会ってみたら、思い切りバッサ
リと短くなっていました。似合っていたのですが、やはり色々と面倒だったそ
うです。