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二人羽織

             西九条きたらふ



「────姉さん、この惨状のいきさつを説明してくれる?」
「あははー、翡翠ちゃん。おはよう!今日も可愛いわよ〜!?」
「・・・琥珀さん。挨拶はいいから、上から降りてください・・」

 翡翠は頭の中を整理した。

 一月一日元旦。晴れ。早朝。
 現場は遠野家屋敷の正面玄関。
 芝生上に生まれたままの姿で絡み合う姉・琥珀と主人・志貴様。というか知
恵の輪のようにもつれ合っている。
志貴様が姉さんを愛しそうに抱きかか・・・志貴様の上に姉さんが載っている。
 なぜか、全長2・3mはありそうな白黒の縞模様の模造紙が、二人を無造作
にラッピングしている。二人の傍には芝生の朝露で湿った脱ぎっぱなしの衣服
が散乱している。

 自分の足元には、遠野家当主であり容姿端麗・成績優秀、完全無欠の完璧な
お嬢様・秋葉様が、引きつった表情で卒倒している。多分この庭の二人を見て、
驚愕・困惑・理解・憤怒・大憤怒した挙句、臨界点を超えてしまったのだろう。

 とりあえず秋葉様を抱き起こし、頭の後ろに手をやり、抱き起こすようにし
て声を掛ける。
 意識はあるみたいだ。頭を打っていないようなのでとりあえず安心。さて。

「きゃー!志貴さん、そんなトコ触っちゃ感じちゃいます♪」
 ギュン!!!
 一瞬、翡翠の視線が弾丸のように志貴の背筋を打ち抜く!!
「っっっ!!!・・・うっ・・・・あぁ・・・」
 志貴はその威圧感に呼吸が止まった。翡翠の表情は眉一つ動いていないとい
うのに、翡翠の無言の圧力が志貴の喉を締め上げる。

「───姉さん、遊んでないで早く志貴様が降りてください」
 微妙にずれ始める日本語。
 翡翠の開口と共に呼吸ができるようになった志貴。
「そ、そうだよ琥珀さん!!ヘンなこと言うから秋葉がぶっ倒れて、翡翠まで
誤解(ここ強調)して白い目で見てるじゃないか!!」
「あらー、でも志貴さんの左手が私の胸から離れないんじゃ、説得力が無いで
すよ〜?」
「こ、ここここれは・・・・」
 志貴の左手にはちょうど乳頭を覆い隠すように、琥珀の生乳がしっかりと掴
まれていた。まるで自分のものである事を顕示するかのように。

 がしっ!!
 翡翠の右手が志貴の左手を掴む。握る。爪が食い込む。
「痛い。翡翠、とても痛い」
 動物の本能として何か危険を察知した志貴は、翡翠に目を合わせられないま
ま訴える事は訴えた。

 翡翠が無表情のまま白魚のような華奢な手の桜貝のようなピンク色の可愛ら
しい爪をぐいぐいと志貴の手首に食い込ませながら力いっぱい琥珀の胸から引
き剥がそうとするが、琥珀の乳房が志貴の手のひらに吸い付くようにぽゆんぽ
ゆと変形するだけで、決して離れないのだった。

(う、痛いけど翡翠が引っ張るたびに・・・)
 琥珀さんの手のひらにやや余るちょうどよい収まりの乳房が、志貴の手のひ
らの中ではねるたびにふよふよよんとやーらかい質感を感じさせるのが心地よ
い。
 はぁあぁあぁあぁあああ・・・・・やーらかひ・・・・

「いや〜ん、翡翠ちゃんだ・い・た・ん!!志貴さんの手を使ってお姉ちゃん
の体をもてあそんじゃうだなんて・・」
「────姉さん。何か接着剤のようなもので志貴様の手のひらをくっつけま
したね?」
 琥珀さんは煽りに乗ってこない翡翠にちえーっと可愛らしく舌打ちしてから
言った。

「あら、接着剤は私じゃないわよ?翡翠ちゃん。朝起きたらお屋敷におっきな
お習字が張ってあって、けしから〜ん!!なので引っ張って剥がそうとしたら
紙の束がどどどーっって降って来て。」
「そ、そうなんだ!助けようとしたら俺まで巻き込まれて、もがいているうち
になんか糊か接着剤が渇いてなくて服にくっついてきて」
「で、こうなったわけね。」
 素っ裸で知恵の輪の若い男女。
 白黒の縞模様は、墨で書いた毛筆だったのだ。

「姉さん、習字は誰の仕業なの?」
 琥珀は肩をすくめながら言った。
「ん〜、有間さんちの都古ちゃんみたいね。「みやこはしきおにいちゃんがだ
いすきです」なんて、お正月のかくし芸大会ぐらいでしか見ないおっきな毛筆
で力いっぱい書初めちゃってたし」
「有間様にきつく注意申し立てをしないといけませんね・・・」

「翡翠。とりあえず、引き剥がしてくれると助かる」
「かしこまりました」
 事の顛末を聞いて、翡翠はいつもの調子で大仰に頭を下げた。
 が、次に頭を上げ、模造紙を改めて凝視した時。翡翠は硬直した。
「翡翠ちゃんー、どうしたの?」
「翡翠?」

 都古ちゃんもお習字はまだまだといったところで。「しき」の「し」の字が
「く」に見えてしまうぐらいだし。
 絡み合う二人を包む模造紙の習字は、上手い具合に「こは く だいすき」
と読めるのでした・・・。


〜〜〜〜〜


「志貴さんはい、あーーーん!」
「あ、あーーーーん」
 琥珀さんの差し出す匙を凝視し、覚悟を決めて一息に口に含む。
 ぱくり。
 げふがふぐふ。苦しい。デンジャー。デンジャー。袋入りの和菓子によく入
っている乾燥剤の裏に印刷された文字
「たべられません」
 が、3D眼鏡をつけているわけでもないのに影つきで立体的に飛び出してく
る。視界の端には
「誤って食べた場合、吐き出して大量の水を飲み、医師にご相談下さい」
が脳裏に浮かぶ。

 俺の舌よ、食道よ、胃よ、君たちは正しい。君たちの生命維持機能、危険物
を検知・排除する機能は正常さ。この調子で今年も頼む。しかし今日は休め。
ゆっくり。正月ぐらい。
 吐くかどうかは俺が決めるから。えづくな。だってここで吐いたらヤバイ。
先ほどから無表情の中にもやや殺意を灯した翡翠の瞳は、じっと僕らを凝視し
ているからだ。一向に剥がれない接着剤によって卍固めみたいにくっついてる
俺と琥珀さんを。

 室内とはいえ、寒い正月からこのまま裸でいるわけにもいかないので、僕ら
はとりあえず琥珀さんの割烹着に二人が入るような格好になり、更に大き目の
ちゃんちゃんこを羽織ったりしている。

────まるっきり二人羽織だ。

 着物の下は基本的に裸の二人が密着している状態だ。今は食卓で席について
いるが、俺が普通に座って琥珀さんがその上に座るような格好である。俺は両
手が琥珀さんに張り付いてしまって手が自由に使えないが、逆に琥珀さんは脚
が使えない、ちょっとした騎馬戦スタイルである。

 この状態では満足に料理が出来ない琥珀さんに代わって、台所に立つのはも
ちろん翡翠だ。今日のメニューは紫色と緑色のマーブル模様のシチュー。ちら
りと覗くきれいな玉虫色の丸いのは何でしょう。
 ・・・聞かない方が良いのかもしれない。赤色のほかに紫と緑まで嫌いにな
っちゃうかもしれないが。

 作ってくれた翡翠を前にして、リバース(その際は「しばらくお待ち下さい」
の文字と共に鮭が産卵する為に生まれた川を逆流しているハイビジョン映像)
するわけにはいかない。

 秋葉は早々に「朝から誰かさんのために気分が悪くて、食欲がありません」
と上手い理由を見つけてジャイアンシチューを丁重にお断り申し上げ候してい
るので、オーガニックチャイのハーブティーを嗜みながら高みの見物だ。お嬢
様の麗しい笑みがとっても加虐的。・・・秋葉、あとでお話があります。

「さーあ志貴さん?せっっっかく翡翠ちゃんが腕によりをかけて作ってくれた
んですから、残さずに食べましょうね?」
 ニコニコと笑いながら蓮華いっぱいに次の一撃をよそう琥珀さん。明らかに
状況を楽しんでいる。てか、いつの間に匙が蓮華になっているんだ。容量4倍
ぐらいになってるし。

「ふー、ふー」
 琥珀さんが可愛らしい唇をすぼめ、冷ましてくれる。顔が近いのでくちびる
の潤いが印象的だ。小指の腹で淡い紅を差したくちびるに、おもわず唇を重ね
そうになるほどの吸引力を感じる。

 こんなに近くで琥珀さんを見たのは、初めてかもしれない。

 背中ごしという突飛な体勢だからか、そう思ってしまうほど新鮮な感覚だっ
た。自分の胸板に当たる琥珀さんの背中が妙に小さく細く、暖かい。
 ウサギかリスか、なにか小動物を抱きしめているような錯覚をじんわりと楽
しんでいた。

 コブラツイスト状に固定されて辛いが、琥珀さんの肩にあごを乗せると楽な
のでそうしている。華奢な琥珀さんの生肩の体温が心地よい。なんだかいい匂
いがする。ひなたの匂い。洗濯しているとはいえ、いつも着ている割烹着にも
琥珀さんの香りが染み付いているのか。
 このままほっぺでほっぺにすりすりしたいところだが、さすがにそれは看守
の監視が無いところにしておいたほうが無難である。

「はあい、志貴さん♪」
 琥珀さんは満面の笑みのまま、硬く閉じられた俺の口をこじ開けるようにコー
クスクリュー気味に蓮華をねじ込む。もう片手を結構無理な角度に曲げ、器用
に俺の鼻をつまんだ。そこまでして食べさせる気か。

 俺が手塚先生にステーキをご馳走された満賀道雄のようにその一口に四苦八
苦している時、股間の上にゾクっとする感覚が通り過ぎた!!
 肌に肌が長時間くっついていると、少々汗ばんでくる。むず痒い琥珀さんが
時々脚を組みかえる度に、俺の股間の上を琥珀さんの生尻がシルクのように滑
らかな肌触りで行き来するのだ。

 やばいっ・・・・気持ちよかったりする・・・!!
 巳年でもないのにムクムクと鎌首をもたげるレッドスネークが、あろう事か
琥珀さんの無防備な小股の間に触れる!!!!

 きゅっ
「うあっ・・・・」

 琥珀さんは内股に触れる俺の陰茎を、太ももと股間のデルタ地帯で優しく締
め付けた。

「ん、どうしました、志貴さん?ささ、召し上がれー!」
 爽やかな言葉とは裏腹に、ゆっっっっっくりと陰茎をさすりあげる太もも。
「ふォォォォ!?」

 下は天国、上は地獄。
 今年も琥珀さんには翻弄されっぱなしのようである。

 一粒の飴と強烈な鞭を同時に受けるような体験で、精神と肉体が悲鳴を上げ
た。

 あ、倒れる。
 気絶慣れしているので前兆がすぐわかるのだ。体のほうが限界を感じて自動
的に気絶する。
 薄ら笑いを浮かべつつ、ぐったりと青ざめて倒れそうになる俺を見て、さす
がに慌てる翡翠と秋葉が見える。心配して呼びかけたり何か喋っているようだ
が、声がくぐもっていてよく聞こえない。

 俺は遠のく意識の中で確かに見た。好機とばかりに割烹着の袖で秋葉と翡翠
の死角を作り、自分の分を俺の皿にどぼどぼと移し変えている琥珀さんの手元
を─────。


〜〜〜〜〜


 目を覚ますと、重かった。
 仰向けに寝ている自分のちょうど体の上に琥珀が乗っているので、お腹がや
や息苦しい。ちょっと体を傾ける。
「うう・・・ん・・・・・」
 あ、やべ。寝てたのか!起こしそう。起きるな、起きるな。
 ・・・・
 ふう、なんとか起こさずに済んだらしい。

 少し体重移動しただけだが、それでも随分楽になった。後ろから琥珀を抱き
しめる格好には変わりが無いが。
 周りを見回すと自分の部屋に寝ているらしいことがわかった。翡翠と秋葉は
意外にも室内にいないようだった。ま、確かにこの体勢から動けないのであれ
ば、けしからん行為に発展する事も無かろう、との判断だろう。しかし甘い。
琥珀はしっかり、太ももすりすりなどという必殺技を開発していた。

 ホントにへこたれない人だ。どんな状況でも楽しんじゃうんだから。

 琥珀の髪から漂う石鹸の香りが鼻をくすぐる。安らかな寝息を聞いていると、
なんだか自分に全てを預けてくれてくれているみたいな気がして、守ってあげ
たくなった。もう彼女を傷つける者はいないというのに。

 首筋に軽くキスをする。

「・・・ん・・・・・・志貴・・・・さ・・ん・・・」
「あ、ごめん。起こしちゃった?」
「ううん、いいんですよ。あらー、私まで寝ちゃいましたか。ご気分はいかが
ですか?」
「うん、いつものこと。・・・・てゆーか琥珀、ひどすぎ。翡翠の料理を無理
やり食べさせたりするから。それに・・・」
 いい機会だから、とまくし立てる事は出来なかった。なぜなら・・・

「うふふふふ。」
「うああっ!!ちょ、ちょっと琥珀・・・!!」
 ま、またしても太ももで新年のご挨拶を!!

「うふふふ、これもお気に召さなかったですか?」
「な・・・・」

「あらー、それならしょうがないですねー。やめておきましょうか」
 ぴたりと新年のご挨拶が止まる。

「いや・・あの・・・・お気に・・召しました」
「はい?何かおっしゃいました?」
 この至近距離で聞こえていないわけが無い。

「ううう、いじわる。わざと言わそうとしてますね。」
 あははー、と屈託のない笑顔で微笑む琥珀。
 いいのか、志貴。やられっぱなしで。このままでは今年もいいようにされち
ゃうぞ?

「よぅし、琥珀がその気なら、こっちにも考えがあるぞ?」
「えー、なんです・・・きゃ!?」
 志貴の舌が琥珀の首筋をつたう。
「ちょ、ちょっと駄目ですよ・・・」

 まるで吸血鬼のように。白い女性の首筋にがじがじと甘く歯を立てる。同時
に左手で優しく乳房を揉みしだく。
「だっ・・・・いけませんっ・・・・」

 これ以上無い至近距離から、耳元で囁く。
「着物から覗く琥珀さんの首筋、なんかえっちですよね」
 再び、首筋をさらりと舐め上げる。

「うっ・・・・後ろから・・・ずるいです」
「いつもずるいのは琥珀のほうだよ?今日はお返しってわけ」
 今度は音を立てて首筋にしゃぶりつく。
「やん・・・・・・」
 くすぐった気持ち良さそうに、身をくねらせる琥珀。しかし二人は一心同体。
逃げ場は無い。

 応えるように琥珀の手が志貴の股間をまさぐる。が、握るには微妙に手が届
かない。指の爪でかりっかりっともどかしげに亀頭を刺激する。
「うぁ・・・・・」
 逆にそのもどかしさ、琥珀の爪の微妙な硬さにくすぐるられる亀頭へじんわ
りと血液が流れ込み、突出してきた。

 琥珀と志貴の口数が次第に減り、お互いがお互いを高めあい始めた。

 先ほどお預けを喰らった為か、今度は遠慮なく頬と頬を密着させる。琥珀の
頬が驚くほどに滑らかだ。そのまま志貴と琥珀は舌を突き出し、絡めあった。
ぬちゃぬちゃといやらしい音を立ててお互いの舌の味を確かめあう。

 もどかしい。前から抱きしめて普通に愛し合えたらもっと楽なのに。
 でも、こんな状況でも、二人はお互いを求め合うことをやめなかった。
 もどかしさが逆にスパイスのように、二人の気持ちを高ぶらせた。

 琥珀がゆっくり膝を曲げ、片足を屈伸する。足先が、二人の股間に近づく。
「んっ・・・!!」
 声を上げたのは志貴だった。完全なる不意打ち。届かない手の替わりに志貴
の陰茎を、琥珀の踵と足裏がもてあそび始めたのだ。琥珀の卓越したお口です
るテクニックにはない、稚拙でもどかしいいぢり具合が、逆に志貴の性感をよ
り燃え上がらせる。
 同時に敏感な足の裏を亀頭にくすぐられる琥珀。逆襲のつもりが自分までく
すぐったし気持ちよしで諸刃の剣だった。

 志貴の舌は琥珀の口に滑り込み、琥珀は口中で迎え撃った。ずちゃずちゃず
るずると激しい音をたて、きっちり合わせられない口と口の間から、激しい舌
と舌の愛撫の応酬で押し出された唾液が大量に滴り落ちる。

 発熱量が高く汗も掻きやすい足裏の熱を、琥珀の桜色に染まる太ももの体温
を、弄ばれる志貴自身の陰茎で感じ取っていた。密着する志貴の胸と腹、琥珀
の背中とお尻が熱を持つ。熱く発汗していた。呼吸も荒ぶる。

「琥珀・・・・もぅ・・・・・・」
「私も・・・・志貴さん・・・・いっぱい出してください・・」
 琥珀の右手が、志貴の右手をぎゅっと掴んだ!!

 琥珀は不安からか無意識に掴んだところに最愛の人のぬくもりがあった事に
悦びを感じ、
 志貴は最愛の人から頼られた事に深い深い悦びを感じた。

「うっ・・・・っっっ!!」
「はぁあぁぁぁ・・・・・!!!」

 二人は繋がったまま──────果てた。


〜〜〜〜〜


「いいですか志貴さん!!ぜっっっっっっっったいに音を聞かないで下さいよ!?」
 顔を真っ赤にして厳重注意をする琥珀の顔を見ても、本当にわからない。
「ああ、わかってるって。」
 志貴は生返事気味に答えながら、珍しく感情を露にした琥珀の顔をまじまじ
と見つめた。
「うっうっ・・・・ううう・・・・・」
 琥珀は恥ずかしそうに着物の前をはだけ、二人は同時に便座へしゃがみこん
だ。

 さっきあれだけえっちな行為に及んだのに、どうして女の子はおしっこの音
を聞かれるのがイヤなんだろう。

「志貴さん。」いつに無く健やかな顔で言う琥珀。
「はい、なんですか琥珀さん」いつもどおり請け応える志貴。
「一月一日っていう歌はご存知です?」
「えと・・年の始めの例とて・・でしょ?」
「大声で歌ってください」
「今このトイレでですか?」
「う・た・っ・て・く・だ・さ・い」一服盛ることに成功した時のような笑顔。
「は、はい・・・」
 妙な迫力に押されて、志貴は歌いだした。

「と〜しの〜は〜じめ〜の〜た〜め〜し〜〜とて〜〜・・」
 ちょろっ・・・・
 志貴は自分の物干し竿に生暖かさを感じていた。

「お〜わり〜な〜きよ〜の〜め〜で〜た〜〜さを〜〜・・・」
 ちょろろろっ
 生暖かい雫が、志貴の竿を伝う。

「ま〜つ〜た〜け〜た〜〜て〜て〜か〜ど〜ご〜〜とに〜〜〜」
 ちょろろろろろろろろっちょろろろっ
 志貴はまたちょっと気持ちよくなっていた。

「い〜お〜う〜きょ〜〜うこ〜そ〜た〜の〜し〜〜けれ〜〜〜」
 ちょろろろろ・・・
「あの、二番は知らないんですけど・・・」
 ぴたり。
 琥珀は慌てて放尿を止めた。

「も、もっかい一番です!!」
「と〜しの〜は〜じめ〜の〜た〜め〜し〜〜とて〜〜・・」
 ちょ・・・ちょろろろろろ・・・・


〜〜〜〜〜


 秋葉が有間家に電話をしたが、留守なのか誰も出なかった。
 有間家は年末から温泉旅行へ出かけていた。始めは「おにーちゃんと一緒に」
とむずがっていた都古ちゃんも一緒である。
 当然、正月の朝から遠野家に忍び込み、でかでかと書かれたお習字を貼り付
けることなど出来ない。つまり────

 しかしそれに翡翠が気付き、報告された秋葉がダージリンティーを思わず噴
出し、逆上して志貴の部屋に乗り込むのは、お正月三が日が終わる深夜ゼロ時
の事でした・・・