[an error occurred while processing this directive]
 

 りとりーとみー、そーすいーと

                       阿羅本 景


 太陽の下で真っ白な吸血鬼がはしゃいでいる。
 それも、足下一杯鳩を集めながら。

「ほーらほら、まだまだたくさんあるよー、あは……」

 アルクェイドの奴は、手に持ったポップコーンをぽろぽろと地面に蒔いてい
る。地面に蒔かれたポップコーンに灰色や白の鳩が群がり、忙しない鳥類独特
の動きで啄んでいた。
 都会の鳩は警戒心がないし、こういう風に蒸れればその傾向はさらに強くな
る。だけども、アルクェイドはまったく鳩たちを警戒させずに足下にみっしり
と集めていた。

 鳩のコロニーの真ん中に立つ、いつもの白いセーターと長いスカートのアルクェイド。

「あー、ほらー、そんなに急がないでー」

 ぱたぱたと二三羽の鳩が羽ばたいてアルクェイドの腕に飛び乗り、手づから
ポップコーンを啄む。流石に警戒心がないと言ってもここまで出来るのは珍し
いだろう。
 でも、こいつは吸血鬼なんだよな――と思うと何とも言えないおかしさを憶
える。暗闇と血に彩られるべき存在なのに、太陽の下でこうやって白い鳩を腕
に乗せている方が似合うんだから……

 わからない。

「あはははー、志貴、楽しいねぇ」

 屈託のないアルクェイドが笑って俺の方を振り返ってくる。ベンチに腰を掛
けて老人のようにぼーっとアルクェイドを見つめていた俺は、首を上げて振り向く。
 鳩たちの中にいるアルクェイドは、楽しそうに笑っている。

「……楽しそうだな、お前」
「志貴もやってみるといいよー」

 アルクェイドはそう言ういなや、俺に向かってぽーんと。
 封を切ったポップコーンの袋を放り投げてくる。白い粒をこぼしながら袋は
綺麗に放物線を描くと俺の方に……

「うわっ、何を一体、アルクェイド!」
「ナイスキャッチ、志貴!」

 俺は中身を蒔きながら飛んでくる袋を慌てて空中でキャッチする。
 アルクェイドの奴はぱちぱち手を叩いて俺の方を見ているが、こいつのこう
いう顔を見ると怒る気力もなくなって来るというか……何より楽しそうだし。

「アルクェイド……渡すんだったら手渡しにしろ。こーゆーふうにこぼすのは
勿体ない」
「えー、どうせ鳩に上げるんだからー」
「というか、今日は良いけども俺の家とかでやるなよ。秋葉とかが見たら卒倒
しそうに怒り出すから」

 鳩たちは蒔き散ったポップコーンの後を辿って俺の方にやってきていた。こ
いつらの食欲は旺盛であり、餌をくれるとおぼしき輩に対しては問答無用で群
がる。というか、鳩を捕って喰うやつがいないからだろうな、ニッポンには。
 俺は袋に手を突っ込むと、ばらばらとそぞろにばらまく。

「はぁい……あ、ほら、志貴の所にもー」

 俺が二三ポップコーンを蒔くと、今度は俺をご主人様とばかりに鳩たちが寄
ってくる。そして俺の足下に群がり立つ鳩のコロニー。気が付くとベンチの前
に立つ俺の足下は鳩たちでみっしり占領されていた。
 恐るべし、鳩……というか、何故鳩に退路を断たれることを気にしてるんだ?俺。

 俺は片手に掴んだコップコーンを撒いて鳩を集める。アルクェイドは足下か
ら鳩を俺の方に追い立てるが、最後に腕に止まった鳩を空に羽ばたかせると、
何が楽しいのかそのばでくるりと一回りする。

 俺はそんなアルクェイドについ見とれてしまう。
 スカートの裾が遠心力でふわっと持ち上がると、アルクェイドはぽすんとそ
れを上から押さえつける。そして、前屈みになってえへへへー、と俺に向かっ
てまるで子供がするみたいな笑顔を向けてくる。

「ねー、志貴ー」

 俺はポップコーンの袋の中に入れた手を止めてあいつの顔に見入った。
 ああ、なんだ?といつものように俺が堪えると、アルクェイドは前屈みの格
好のまま、俺をじーっと見つめている。俺に、何かを問いかけているみたいだった。
 でも、生憎俺はアルクェイドの先が読めるほど機敏なわけではないので、し
ばらく二人は鳩に取り囲まれれ黙ってしまう。

 くるぽっぽ、という鳩の長閑な鳴き声、羽根音が流れる。

「いや、そこで黙られてもわかんないんだって、お前」
「えー、志貴は気がつかないのー?」

 アルクェイドは前屈みの、まるで挑発するようなポーズのままだった。そし
て小首まで傾げてみせるが、そんなに魅惑的なポーズを取られると……足下の
鳩のバリケードがなかったら、あいつを抱きしめている事だろう。

「ねー、気がつかない?」
「え?何か変わったの?お前が?」

 俺がそう尋ね直すと、こくりとアルクェイドは頷く。
 だが、そういうことであったとしても……俺の目からはアルクェイドのどこ
が変わったかは皆目見当が付かない。服装もいつものことの服だし、ナチュラ
ルメイクのアルクェイドは化粧をしている様にも見えないけど……

「リップの色を変えたとか」
「あー、それ今度してみるといいかもね。でも残念」

 アルクェイドは頭を振る。でも、こいつは何にもしていなくてもあんなに唇
が赤々としているのかと思うと……絶世の美女というんだろうな、やはり。
 こうやって、俺と一緒に日向ぼっこをしているのが場違いなぐらいの。

 ――わからない

 俺は当てずっぽうで答えを言っていく。

「香水を変えたとか?」
「んー、そういうの詳しくないけど、志貴が好きだったら今度から着けるよー」
「じゃ、違うと言うことだな……靴も服も同じだしな」

 俺はポップコーンの袋を掴んだままで腕を組む。

「……もしかして、俺が眼鏡を外さなきゃ分からないような、お前の何かが変
わっているとか」
「あははは、物騒ね、志貴……でも、そういう事じゃないから。分からないかなぁ?」

 そういいながらアルクェイドはもう一度くるり、とダンサーのようなターン
をする。そしてまた同じ様にぽふっとスカートを押さえ込む。 
 これが何かのヒントなんだろうけども、一体何が違うというのか……わからない。

 俺は渋々頭を振り、アルクェイドに降参する。

「わかんない。教えてくれ、アルクェイド」
「えー、わからなかったの、志貴なら分かると思ったんだけどなー」

 残念そうにアルクェイドがしょぼんとする様を見ると、俺は悪いことをした
ような気に襲われる。だが、こんなヒントの少なすぎるクイズをしてくるアル
クェイドの方が悪いんだし、俺はむしろ巻き込まれて迷惑したわけで。

 というか、なんでアルクェイドの奴は俺なら分かるとそんなに胸を張るんだか。

「いや、全然。降参降参」
「じゃぁねぇ、志貴、教えて上げるねー!」

 ぽん、とスカートを払うとアルクェイドは嬉しそうに高々と――


「今、私ね、パンツ履いていないのー!」


 ――その瞬間をなんと言えばいいのだろうか?

 運命の一瞬というのかも知れないし、天使が通ったと言うのかも知れない。
 俺は動きを失ってアルクェイドを凝視し、「パンツ履いてないのー」の声は
木霊して公園の中を響き渡る、ように思えた。

 そしてその後に沈黙が、耳にいたいほどキーンと堪える。

 俺の凍り付いた淡彩の視界の中で、鳩だけがくるぽっぽと動いてポップコー
ンを啄んでいる。まるで天地開闢から世界の破滅まで森羅万象に構わずそうし
続けるかのように。

 鳩たちは、この言葉を聞いて理解できるのだろうか?
 もし理解できたら、俺はこの鳩を皆殺しにしなくてはいけなく……なんて訳
の分からないことを考えている場合じゃなくって、その、一体何が?

 アルクェイドはパンツをはいてない?
 なぜ?
 ――わからない

「……なんだって?」
「だーかーら、パンツ履いてないの、今の私」

 アルクェイドは、ぱんつ、の言葉を強調する。

 だが、アルクェイドがぱんつぱんつと言う度に、公園の中の視線が俺達の方
に集中してくるような気がする。夜の公園じゃないから親子連れとか老人とか
カップルとかがいるわけであって、その中でも一際人目を引く容姿のアルクェ
イドが大声でそんなことを言うモノだから……

「…………」
「…………」

 ひそひそと俺達の方を見て誰かが喋っている様な気がする。向こうの方の親
子は子供の手を引いて俺達から遠ざかろうとするし、あそこのカップルは俺達
の方を指さしてわらってるような……あああああ!

 お、俺の顔にかぁぁっと血が上るのが分かる。
 でも、アルクェイドの奴はにこにことしたままで……恥ずかしくないのか?

「アルクェイドぉぉ!!」
「なにー……って、きゃぁぁぁ!」

 俺の足下から鳩が蹴立てられて、ぶわさっと飛び立つ。
 俺は鳩を蹴散らし、ポップコーンの袋を投げ捨て、アルクェイドの白い手首
を掴むとそのまま――

「いたーっ、志貴、一体どうしたの!」
「アルクェイド、お、お、おまえ、ぱんつ履いてないって!」
「そうだよー」

 アルクェイドは別にそれがたいしたことでもない様に喋っているけども……
 アルクェイドがノーパン?そういうことは、スカートの下はすっぽんぽんな
わけで、そうなると……思わずくらっと目眩がする様な感覚に襲われる。

 だが、昼日中に言う内容にしてはあまりにも刺激が強すぎる……というか、
その、まだ公園の中で周囲に奇異の目に曝されている、俺とアルクェイド。

「こう、パンツ履いてないとどーなるかと……」
「うわぁぁぁ!それ以上言うな!」
「いたたたた!」

 俺はぱんつという語句を口にしてますます周囲の注目を集めるアルクェイド
をこれ以上野放しにしておく訳には行かなかった。腕を掴むや、またポップコー
ンほしさにまた群がってきた鳩を蹴散らして突き進む。

「ど、どーしちゃったの、志貴?」
「アルクェイド!お願いだからお前、口を開くなっ」
「えー、どーして……って、そっちは茂みで道じゃないよ……」

 ガサガサと大きな音を立てながら、俺はアルクェイドを引っ張って公園の茂
みの中に突き進む。背中に視線と嗤い声が刺さっているような気がする――あ
あ、まったく、なんで俺がこんな恥ずかしい思いをしなきゃいけないんだか。

「志貴、ねぇ?志貴ー!」

 シキシキと俺の背中に向かって連呼するアルクェイドに振り返らず、ぐいぐ
いと腕を引きながら向かったのは……

                                      《つづく》