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君去りし後

作:しにを




「最近、蒼ちゃん元気ないよね」
「……そうかな」
「やっぱり秋葉ちゃんいないと寂しいよね」

 断定されるとちょっと否定したくもなるのだが。
 だいたいが皆で仲良しという集団行動より、一人で気ままな方を好む性質だ
から、誰であれ他に執着していると思われるのは心外だ。
 でも、あたしをまっすぐ見ている羽居と視線が合うと、つまらない嘘をつく
のも躊躇われ、ちょっとそっぽを向きつつ正直に答えてしまった。

「そうだな。遠野がいなくて、なんかいつもと感じが違うな」
「学校も休んでるものね」
「ああ。まあ、家から通ったり、転校してみたり、かと思ったらまた戻ってみ
たりと最近はまっとうに一緒にいた事の方が少ないけどな」
「今度は戻ってくるのかな」

 この質問は羽居を含め、いろんな奴から受けている。
 その度にあたしはこう答えている、いや他に答えようがない。

「どうかな」

 羽居はそっけない返事には慣れっこで構わず続ける。

「でも、戻って来ないって事は、お兄さんとうまくいったのかな」
「さてね」

 あの手紙が来てからの遠野は痛々しいを通り越して、寒気がするくらい壊れ
かけていた。
 だからあたしも羽居もあいつを家に戻らせようと、いろいろ言を尽くした訳
だが、いざいなくなるとやはり幾ばくかの寂寥感を覚える。
 特に休学届を出している訳でもないし、前の唐突に転校した時に比べれば、
軽度なのかもしれないが、不思議ともう戻ってこないという予感めいたものを
感じていた。
 同じ一室で暮らしている羽居もまた、そういう感覚があるのだろう。

 勢いと激情のままに行動する時の遠野は、冷静になりさえすれば理性的な行
動に戻る。
 しかし思いつめたものが結実し行動規範となった時は、人が変わったように
馬鹿になる。あるいは自分に対して素直になると言ってもいいかもしれない。

 前だってそうだ。唐突に転校した時は、かなりいろいろな憶測を呼んだ。
 よきにつけ悪しきにつけ注目されやすかったから、遠野は。
 まったく材料がなかっただけにかえってその「遠野さんのスキャンダル」の
背景は様々に考えられ、さして尾ひれがついていった。

 駆け落ちだの、遠野一族のお家騒動だの、恋人を追いかけて学校まで変えた
等々と、笑えるものから眉をひそめるようなものまで千差万別だった。
 なかでもリアリティをもって語られたのが、遠野が妊娠して体面を考えた学
院と親族が転校させ事の露見を防いだという話とそれを基にしたバリエーショ
ンの数々だった。
 やがて遠野が学院に戻り、前と変わらぬ姿を見せたので、それらは大体収ま
りはしたのだが。

 あたしは与太話を信じはしなかったが真偽ははっきりさせておきたくて、遠
野が戻りしばらくしてから、正直にこういう話があると前置きした上で訊ねた
事があった。
 遠野はさもありなんという表情で、顔を顰めて否定したので、その話はあた
し達の間ではそれっきりになっている。

 ただ、その時に遠野が小さく呟いた言葉と表情は忘れられない。
 痛みをこらえるような顔で「子供ね、本当にそんな事だったらどんなによか
ったか……」そんな事を言っていた。
 そしてあたしの聞き違いでなければ確かにこう呟いていた。

「兄さんの子……」と。

 ちょっと黙り込んだあたしをどう見たのだろうか。
 羽居はちょっと悪戯っぽく笑ってこんな事を言い出した。
 
「蒼ちゃん、慰めてあげようか」
「へっ?」

 ぼんやりと話し相手を置き去りにして沈思黙考に入っていたあたしは間抜け
な声を出した。
 羽居はそんなあたしを、間近に覗き込む様にしている。

「慰めるって……、ああ、そういう事か」

 あたしの意識が羽居に戻ったと見ると、羽居はにこにこしながら、つっと踵
を返してドアの鍵を閉めてカーテンを下ろし始める。
 誰も入って来られない様に。
 外からは、中の様子が窺い知れない様に。

「ねっ、蒼ちゃん?」
「そうだな、慰めて貰おうかな」
 
 嬉しそうに羽居がパジャマを脱ぐ。
 私もボタンを外す。
 もうお風呂も入ったんだけど……。
 まあ久々だし、いいかな。

 さっさと下着も脱いで、それをきちんと畳む。
 どうせまた着るのだが、こういう処が躾けと言うか年少からの刷り込みの深
さを感じさせて、ちょっと眩暈を覚える。
 羽居はと見るとまだ半裸。
 決してもたもたとしている様には見えないのだが、なんと言うかゆっくりだ。
 ある意味、あたしや遠野なんかよりお嬢様っぽいのかもしれない。

 しかし、なんだろう、この目の前にある不公平さは。
 同じモノを食していてなんでこうまで差が出るのだろう。
 遠野ほどでは無いがちんまりとした我が身を省みると溜息が洩れる。
 羽居は嫉妬まじりのあたしの視線等は気にせず、ぷるぷると胸を揺らしなが
ら身を屈めてショーツを脱いでいる。
 本当に遠野とあたしの吸い取ってるんじゃないのか。

「おまたせー」
「……」
「あ、また蒼ちゃんわたしの胸見て何か酷いこと考えてるー」
「うるさい」

 手を伸ばして、むにと胸を掴む。
 柔らかい。手に収まりきらないし、力を入れると指の隙間からこぼれそうだ。
 感触の良さにしばし胸をぐにぐにと弄ぶ。

 手を離して見つめながら呟く。
「なんかまた大きくなってないか」
「うん。前測ってから2センチくらい大きくなたみたい。おかげでお気に入り
のブラジャーがきつくなっちゃった」

 ……。
 持てる者の処に集まるのはお金だけじゃないんだなあ。
 しかし、2センチ、20ミリメートル……。

「これ以上大きくなると肩こりしそうだし、小さいほうがいいよ。秋葉ちゃん
までいっちゃうとちょっと寂しすぎるけど。蒼ちゃんの胸だって可愛いのに、
なんで気にするのかなあ。あっ、秋葉ちゃんには内緒だよ」

 小さいほうがいいだと?
 持てるものの驕りか。
 遠野、ちゃんと報告するから……。

「えへへー」

 あたしがベッドに移動すると飛びつくようにして羽居は抱きついてきた。
 体格の差があるから、当然受け止めきれずに二人して倒れそうになる。
 
「頭打つからそんな真似はやめろって」
 
 三人部屋の限られたスペースを有効活用するためのベッドであり、そう大き
なものではない。
 あたしが小柄だから羽居が横に並んでも、なんとか窮屈にならずにすむけれ
ど。
 その狭い空間を活かして二人で向き合う体勢になる。

「蒼ちゃん……」

 少しだけ羽居の目が真剣さを帯びて近づく。
 あたしは無言のまま拒むことなくそれを受け入れる。
 羽居の唇があたしの唇と重ねられる。
 ちゅっと柔らかい感触。
 二人呼吸を止めて互いの唇の感触を味わう。
 舌は使わないただ唇同士で触れあい、僅かな動きから生み出される感触をゆ
っくりと味わう口づけ。

 もぞもぞと羽居の左手が上からあたしの背に回される。
 あたしも右手を羽居の肌に滑らせる。
 口づけをしたまま、互いに相手の背をさする様に弄りあう。
 ぎゅっと押しつぶされる羽居の胸の感触が気持ち良い。
 砂糖菓子のような甘い体とか言うのだろうか、こういうのを。

「わたしが上になるね」

 息が詰まるくらい長い口づけをかわしてようやく離れると、上半身を起こし
て羽居があたしの顔を覗き込む。

「わかった、慰めてくれるんだろ?」
「うん」

 では、今夜はあたしが受け身という訳だ。
 羽居があたしの上に身を重ねる。
 上から顔を近づけ改めて唇を合わせる。
 さっきと違い軽くついばむ程度。

 すぐに羽居の唇と舌が首から胸へと滑っていく。
 あたしのささやかな胸の先端に向かう湿った感触。
 ちゅっと乳首が吸われる。
 痛いような気持ちいいような、なんとも不思議な感覚。
 
 自分で指で弄るのとはまるで違う感触。
 遠野にされるのともまた、感じが違う。
 遠野か……。
 あいつがいた時もこんな風に三人で戯れる事があったな。

 行き過ぎた戯れというか、遊びの延長というか、羽居と遠野と肌を重ねてキ
スをしたり互いの体に手をはわせたりといった行為を何度も繰り返していた。
 耽溺するほど熱を入れた訳ではないし、あくまでささやかな情交に過ぎなか
ったけれども。
 その程度ですんでいたのは羽居の存在が大きかったと思う。
 考えてみると、あたしと羽居、あるいは遠野と羽居という組合せは少ないけ
ど何度かあった。しかし、羽居と遠野の三人で情を交えた際に、遠野と抱き合
い赤面するような行為を行った事は何度もあるのに、羽居が不在の時にあいつ
とサシでそうした事をした事は一回もなかった。
 互いの指は、相手の体の事を自分のと同じくらい知っていたというのに。

 羽居という緩衝材が無いと深く深くのめり込みそうで怖かったんだと思う。
 タイプが似ている処もあったし、遠野とは。

 それにしてもいつこういう関係になったんだっけ。
 ・
 ・
 ・

 たしか部屋だかお風呂だかで。
 羽居の胸を見て。
 思わず二人で。
 確かそんな感じだったかな。

 脳裏にあの時の事が蘇る。


                                      《つづく》