注:このSSは 「復讐」を読まれた後にお読み下さいませ。



ふくしゅー

                         作:瑞香

「……!」

何かが叫んでいる。

「……志貴ー!」

誰かが呼んでいる。

「……起きろー!」

その声には聞き覚えがある。
脳天気であーぱーな俺のお姫様。
吸血鬼のクセに燦々と降り注ぐ陽光の下、堂々と出歩き、白がとても似合う――。
何でも知識はあるクセに本当の意味では何も知らない、無垢のお姫様。
白いサマーセーターと紺のスカートを身にまとう、どこか抜けている美女。
素直で自分にはまっすくで、我が儘で、ウソはつかないけど、よく逆ギレして、律儀なくせに人の話を聞かないで、えっとえーと……。

「全部聞こえているわよ、志貴」

 なんか前と同じ展開だなぁ……。
 そっと目を開ける。
 そこにはへちゃむくれがいた。
 なんていうかへちゃむくれ。
 目は爛々と輝き、こまい――なにか。
 なんというか――これ、アルクェイド?
 それはとても楽しそうに、両手をベット上にのせて、こちらを見ている。
 その目は細くねこのよう――。
 じゃなくて。
 ………………。
 …………。
 ……。
 もう朝か。
 窓からは雀の鳴き声と清々しい朝の光が射し込んできて、心地よい。
 一日の始まりだなぁ……。

「もー志貴ー」

無視されたそれはむーとしている。
 どうやら、見間違いじゃないようだ。
 あえて虫していたが、一応向き合うことにした。

「おはよう……アルクェイドだよ、な?」

 おそるおそる尋ねてみる。

「ふふふ」

それは返事もせず、笑うばかり。

「で、お前――だれ?」
「にゃー」

 まるでネコのようになく。いやネコなのか。

「にゃんと、わたしを知らにゃいのか……うう」

突然ベットでのの字を好き始めるのはやめて欲しい。

「これでも第三回投票ではどうどーの10位入賞した、猫アルクを知らにゅとは……」

 いや、知りません。
 思わずそう言って、切り捨てたくなったけど――。
 のの字を書く姿があまりにも不憫で。
 なんか、つい声をかけてしまう。

「……い、いや……そうではなくて――」

 いいのか、俺。ウソをついてまで……。
 でも、これでも一応アルクだぞ。
 いや、『一応』でも、どうみてもビックリ生物かなにかで、
秋葉のいうところの未確認生物――そうそうUMAというべきで。

 そんな俺に躊躇を無視して、

「にににやー」

にぱっと笑う。
――なんていうか、お前本当に未確認生物なのか? と言いたいぐらい、それはとても邪気たっぷりの怖い笑顔で――。
 声を掛けてしまったことに後悔した。

「今日はにゃー、志貴にふくしゅーしにきたのにゃ」

 ――そうかふくしゅーか……
 …………
 ……
 …
 えっと今なんておっしゃいました、このへちゃむくれ。
 ああああ、復習ね。ってお前なにか学んでいたのか……教えろ、というコーナーもあるぐらいだったじゃないか……いやいやなぜ俺はこんなことを知っている? あぁアルクェイドはそういうところを勉強中だったよ。
でもこのつぶれたあんぱんみたいのは……違う。うん違う。ということは、ふくしゅうって復讐のことで……えっと、俺なにかしたっけ? こいつに?

 目の前が少し暗くなる。
 すっと意識が途切れそうな、あの貧血に似た感覚――。
 顔が青ざめていくのだろう。

急いで逃げようと立ち上がる。

 ――が、おかしい。
 立ち上がっても、俺の視線はこのへちゃむくれと同じ高さで、むひひひ、と笑っている姿がはっきりとわかる。

 にゃー、といったなにやらたくらんでいる満面の笑顔。
 俺は危険を感じて、身をよじろうとした矢先。


 そいつは

 俺を

 押し倒した。


 その血のような瞳はすごく嬉しそうで。
 舌なめずりしているしなやかな猫科の猛獣を思わせた――っていうか、猫そのもの。猫まっしぐら。

「痛かったんだからにゃ」

 そいつはじいっとこちらを見ながら言葉を紡ぐ。
 たぶん、こいつがいっているのはアルクェイドが言っていることなんだろう。
とすると、俺がやったことって……17分割のことか!?
 そりゃ痛い……だろうと思う。
 17分割されたことのない身では、その痛みなどわからない。
 というか、それにわかった時には死んでいる。
 いや、今もしかして17分割される、とか――。

  ごくり

喉が鳴る。

「知識では痛いって知っていたけど、あんにゃに痛いにゃんて――」

それの言葉は続く。
その目は濡れて、猫じゃらしを前にした猫のよう。――っていうか、やっぱり猫。

「だからふくしゅーにゃー」

そういってそいつは顔を近づけてきて、じいっと見る。
その吐息が、まるで血に飢えたそれで――。

  何かヤバいことになる。

そう実感する。
 急いで、体をよじる。

 ニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロ

 俺の生存本能に火がつく。

 ニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロ

 でも、そいつはからだをがっちりと押さえ込む。
 なんでこんなヘンな生物なんかに――。

体ひねり、腕をまわし、関節をよじって、そいつから逃れようとする。
が逃げられない。どうして、どうして。
 わからない。
 わからない。
 わからない。

「ふふふふー。ニャンブシーロールなどの数々のワザをもつあちきから、そにょ程度で逃げられるにゃんて思わないでにゃー」

 体を外そうとよじり、ベットの上で組み合っていたが、うつぶせの格好でどうしようもなくなり、動けなくなった。
 こいつの姿が見えない。
 右手はねじ上げられて、関節が痛い。
 このまま、こんなちゃむくれにヤられていしまうのか、と思うとくやしい。
 ネロ・カオスも、ロアをも殺したこの俺が――。
 まさかこんなヤツにやられるなんて……。
 運命のめぐりというものは人間にはわからないものだ。

 しかし、それはとんでもないことをした。



 股の下から手を伸ばして、俺に触れたのだ。

「ふふふ、こんにゃにしちゃってー」

 ヤばい。この展開は!

 つい先日の夢思い出す。
 というか、ダメだ。
 こんなへちゃむくれと同衾するなんて、ダメだ。
男として、人間として――マズい。いやマズいというもんじゃない。
 とにかく、獣姦はマズい。

 俺はじたばたあばれる。
 でも、かなしいことに動かない。
 夢のはず。そうだというのに、動かないなんて――。
 でも俺は諦めるわけにはいかない。
 男として、人間として、諦めるわけにはいかない!

 しかし俺の分身はこすられていて、熱く滾ろうとしはじめていた。
 ダメだ。
 それはだけはダメだ。
 あせるが、いったんそちらに集中してしまうと、逆に感覚が鋭敏になってしまう。


「あちきも初めての時は痛かったんだから」

 ――っていうか、おまえは一生処女でいろ。

 いや、突っ込んでいる場合じゃなくて。

「あちきが教えてあげるから――」

なれた言葉遣いでいう。
 っていうか、なぜ慣れている。
 それより、誰か助けてくれ。

「ね、猫アルク、やっぱり俺は子供なのか……!」

すると、背後から、とても嬉しそうな声がする。


「志貴っちに初めて抱かれた時、あちきは本当痛かったんだから。
だから、初めてにゃらば、志貴っちも痛いだろうってにゃ――」

 まずい。
 まったく同じ展開だ。
 まったくもってまずい。

「それ間違っている」

俺は言葉を大にして言う。

「だからやめてくれ!」

つい言葉にしていってしまう。

「うん、知ってるにゃ」

 あくまでも冷ややかな声。
 なんて無情な――。

「知っているなら……」
「でも展開上、このままなのにゃ」
「頼む、展開でこういうのはナシだぁ」

しかし寝間着のスボンはズリ降ろされて、下着さえも――。

ゴクリと喉が鳴る。

 俺の生存本能が危険だと告げている。

 ニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロ

「じゃーいくにゃー」

そういって、何かが俺の臀部にふれた。
ひんやりとしたもので、それは俺の後ろのすぼまりの上をつついてくる。

「ば、バカ、やめろ!」

ジタバタしようとするが、やはり動かない。

「ふふふふ、初めては痛いのゃー」

その声はとてもとても嬉しそうで――。
あぁ神様。俺、何かしでかしましたっけ。

   ズブリ

何かが入ってくる。

 痛いイタイイタい痛いイタイイタい痛いイタイイタい痛いイタイイタい痛いイタイイタい痛いイタイイタい痛いイタイイタい痛いイタイイタい痛いイタイイタい痛いイタイイタい痛いイタイイタい痛いイタイイタい痛いイタイイタい痛いイタイイタい痛いイタイイタい痛いイタイイタい痛いイタイイタい痛いイタイイタい痛いイタイイタい痛いイタイイタい痛いイタイイタい痛いイタイイタい痛いイタイイタい痛いイタイイタい痛いイタイイタい痛いイタイイタい痛いイタイイタい

 その痛みに俺は気を失い、またその激痛に気を取り戻してしまう。
 何度も何度も腸をえぐられ、嬲られる苦しみに――
 早く夢が覚めてくれ、早く夜があけてくれ――。
 俺は神に祈った。この無限地獄の中、祈り続けた。









 そのころ、志貴の部屋では、翡翠が困り果てていた。
もう朝だというのに、志貴が起きないからだ。
 もう学校が始まる時刻である。というか1限目はどう考えても始まっている――朝8:55
 つついても、ゆすっても、耳元で大声を出しても――効果はいっさいなし。
秋葉はあきれてすでに学校へ行き、琥珀は寝たいだけ寝かしとけばいいんですよー、と言い切ってしまっていて。
 でもメイドの翡翠は職務として起こさなくてはならず、ゆさゆさとゆすって起こそうとする。
 でも志貴は、時折、『おしりが、おしりが』などと意味不明な寝言をつぶやくばかりで――。
 翡翠の眉はむーと、八の字によっていくのであった。

                         了

22nd. April. 2002 #020

















































ふふふふ、あちきは、どのSSにも現れるのにゃー。