意識が,亡とする。
 私は言われるままに,ぼんやりと自分の体を見下ろす。
 ぴちゃ,と,指先には熱く湿った感触。
 いつのまにか,私の手は私の秘芯に延びていた。



 ソファーの上から,秋葉様が私を見下ろしながら言う。

「もしかして,翡翠。今から自分で自分を慰める,なんて事をするの?」
「ち,が……」
「そうよね。さっきも,私が止めた時に淋しそうな顔をしていたものね」
「ちが……」
「私に触られて,感じていたものね」
「違う……!」
「何が,違うのかしら?」
「それ……は…………」

 上を,秋葉様を見る事が出来ない。
 混濁する意識の中,うつむいて,私は赤い絨毯を見つめる。

「私が……自分で,自分を慰める事……です」
「ふぅん。そうなの? それじゃあ,その手はどうしたの? もしかして,勝
手に動いてそんなはしたない場所を触っているの?」

 私の心の中を完全に読み切って,それなのに悪意たっぷりに秋葉様は言ってくる。

「は,い……」
「それじゃあ……そんな悪い手は動かないようにしておかないとね」
「え………?」

 どういう,事。
 私が秋葉様の言葉の意味を把握するよりも速く‘ソレ’は動いていた。
 宙をうねるように飛び、朱い蛇が私の手に喰らいつく。
 これ,は……。

「ほら,これでその悪い手はもう動けない」

 微笑を浮かべながら言って,秋葉様はソファーの上で足を組んだままグラス
を傾ける。
 その長髪は,既に紅に染まっていた。
 私の両手を禁じたその朱い髪は緩慢に,けれども抗う事の出来ない力でゆっ
くりと,私の手を絡め取ったまま宙に浮かぶ。そして,私がちょうどつま先立
ちになるぐらいまで浮かび上がると音も無く静止した。

「さて,翡翠。いい加減に,答えは出たかしら?」
「それ……は………」

 ズキン,と,私の痛みが再発する。
 私の奥に在る,痛み。
 鎮める直前までいきながら鎮められなかった為に,より一層大きさを増した痛み。
 言いよどむ私を,秋葉様は冷ややかな目で見つめる。

「……流石に,こんなに間をあけられると…ね。正直興醒めだわ」

 飲み干され,氷だけになったグラスの中でくるくると人差し指を回し,秋葉
様は空間をかき混ぜる。

「今から五つ,数えるわ。五つ数えても,貴方が何も言わないのなら,仕方な
い。もう,この事はお開きにする。それで良いわね?」

「そん……!」

 私が抗議の声を上げる前に,秋葉様はカウントを開始した。

「いち」

 ……なぜ,私は抗議の声を上げようとしたの?

「にい」

 黙っていれば,開放されるのに……なぜ?

「さん」

 それは……私がこの先の事を望んでいるから
 そして,その事実が示す事は。

「しい」

 ……ああ,そうか。
 なんとなく,私は悟った。
 私が痛みだと思っていたモノは結局の所,痛みじゃなくて――

「ご………」
「待って,下さい……」

 最後の数字が終わる直前。私は言って,そこで言葉を切る。
 この先は,言ってはいけない言葉。
 けど,私はそれを口にする。
 なぜなら,そうしないと、

「待って、下さい。…して……下さい。あきは、様……」

 ズキン,と熱い痛みが走る。
 そうしないと,この痛みにも似た疼きは止まらないから――






「そう? ……いやらしい子ね。普通の女の子としては失格よ?」

 クスクスと笑いながら,秋は様が悠然と私のほうに歩み寄る。

「けど……メイドとしては合格,ね」

 うなだれていた私の顎を軽く持ち上げる。されるがままに顔を上げると,ご
く間近に秋葉様の顔があった。

「んむっ…………!」

 ゆっくりと,秋葉様に口付けられる。それと共に,秋葉様の舌が私の口内に
侵入してくる。
 舌,歯,歯茎……私の口内を,秋葉様は余す所なく蹂躙する。私の唾液と秋
葉様のそれが混ざり合う,卑猥な音。それによって,味覚ばかりか聴覚までも
が犯される。
 たっぷり数分かけてから,秋葉様はゆっくりと顔を話した。幽かに残る銀糸
を手で拭って,私の体を軽く一瞥する。途端,ひやっとした冷たい感覚に襲わ
れた。
 その冷たさに疑問を感じるより早く,秋葉様は私の服に手をかけた。

「え……?」

 まったく,なんの抵抗も無く,まるで霞の様に服が裂けた。いや,裂けたと
言うよりは‘崩れた’と言った方がいいかもしれない。まるで急速に風化が行
われているかのように、千切れた服の生地は虚空へ消えた。

「‘力’をこんな事に使うのもなんだけど……やっぱり,持っているものは有
効活用しないとね」

 そう呟いて,秋葉様は右手を私の陰部に添えた。そして,そのままゆっくり
と中指を進入させてくる。
 初めて感じる,異物感。しかし,それは今までとは違った快楽が同居した淫
らなカンカク。そのカンカクに,私は泥酔させられる。
 入り口を暫く撫でまわした後ゆっくりと私の奥まで入ってきて……秋葉様の
指は,そこで止まった。

「………わかってはいたことだけど,やっぱり貴方,処女よね?」
「………………はい………」
「なら一つ聞くけど。……処女を捧げたい相手。翡翠にはいるのかしら?」
「それは………………」
「いるのね?」

 思わず目を逸らす。
 けれども、何処までも秋葉様は追及してくる。
 ……そして,今の私に拒否権などない。

「……………………はい」
「それは…………兄さん?」
「……………………!」

 思わず息を呑む。私の仕草でそれを確信したのか,秋葉様はやれやれと軽く
首を振った。

「当てずっぽうに言ってみたんだけど……やっぱりそうだったみたいね。まっ
たく,兄さんは何処まで好かれているのかしら……」

 飽きれたように秋葉様は呟く。

「でもね、翡翠」

 やわやわと陰部の入り口で蠢く指の存在を感じながら,半ば他人事のように
ぽつりとその言葉は聞こえた。

「貴方は駄目。ここで散らしなさい」
「痛っ…………!」

 秋葉様のセリフを理解するより早く,その指が動いた。
 それと共に,まるで切り裂かれるかのような鈍い痛みが体中を走る。
 指が,私の中に完全に突き立っていた。

「痛…い……っ!」
「これで,貴方が兄さんに捧げるものは無くなっちゃったわね」

 昏い笑みのままそう言って,破瓜の血にまみれた指を秋葉様はゆっくりと引
き抜いた。そしてそのまま,躊躇することなく口に含む。
 ぴちゃ,と言う水音の後,秋葉様の喉がそれをゆっくりと嚥下する。
 うっとりとしたように,秋葉様のその目が細められた。

「美味しい………。翡翠の処女,確かに貰ったわよ」

 そして,私の首にゆっくりと冷たい両腕が回される。

「さあ………愉しみましょう,翡翠。夜は……これからよ……」



 もう、引き返せない。
 一度,受け入れてしまったから。
 だから…………。



 後はただ、堕ちるだけ。



                                (終)