VAMP〜〜志貴と愉快な仲間達〜〜


    

草木も眠る丑三つ時、
公園に不審な人影が2つあった。
「もう、遅いわよ。志貴」
金髪の女は少し拗ねた口調で言った。
「ごめん、ごめん。シエルさんと話していたらつい……」
「シエルって、修道院にいるあのシエル?」
女の口調が少し鋭くなる。
「そうだよ。ここら辺でシエルって言ったら、シスター・シエルしかいないじゃないか」
「ふ〜ん。仲が良いのね。こんな暗くなるまで話しているなんて……」
「そ、そんな事はどうでもいいだろっ! そういえばアイツは?」
「知らないわよ。あんな奴」
「おっと、ご機嫌斜めだな、アルクは……。もしかして俺とシエルさんの事、妬いてる?」
「馬鹿言わないでよ。こんな寒い夜中に2時間も待たされれば、誰だって機嫌が悪くなるわ」
「はは、そりゃごもっとも」
と志貴が言った瞬間、

「アルクゥゥゥ、好きだあぁぁぁぁぁぁ!!」

絶叫しながら、アルクェイドに抱きつこうとする男が現れた。
「いいかげんにしなさい!!」
どん、
アルクがその男を地面に叩きつけた。
こんな夜中に、こんな事をする奴は俺の知っている範囲では一人しかいない。
「よぉ、志貴」
男は地面に叩きつけられたまま、俺に挨拶した。
「やぁ……、ロア」
仕方なく挨拶を返す。
この男はロア。
俺とアルクの仕事仲間だ。
「ようやく、チーム「VAMP」のメンバーが全員揃ったわね。2時間も遅刻したけど……」
アルクが満足そうに呟いた。


    2


ここで簡単にチーム「VAMP」について説明しておいた方がいいだろう。
メンバーは俺、アルクェイド、そしてロアの3人。
なんと、驚くかもしれないがアルクとロアは吸血鬼だ。
といってもアルクは
「わたしはダイエットしているから」
と言って、血を吸わずにトマトジュースばかり飲んでいる。
本当に吸血鬼なのか怪しいものだ。

もう一人の吸血鬼であるロアは正真正銘の吸血鬼だ。
よく、俺の目の前で食事を摂る事がある。そして吸った後は死体の後片付けもしない、マナーの悪い吸血鬼だ。
アルクに猛烈なアプローチを毎回するが、ことごとく無視されている。

しかし、俺はいたってまともな人間だ。
チームの中で一番良識のある者の務めとして、リーダーをしている。
仕事内容は主に窃盗。平たく言えば泥棒だ。
「おい、今日は遠野家の「七夜のナイフ」を盗むぞ」
「え〜〜、せっかくみんなで集まったんだから、どこかへ遊びに行こうよ〜〜」
さっそく、アルクが文句を言い出した。
「そうだ、そうだ〜」
ロアまで調子に乗って文句を言ってくる。
「ばか、お前らの借金、いくらあると思ってんだ。遊ぶのは仕事が終ってからだ」
「「え〜〜」」
アルクとロアは渋々納得した。

そうなのだ。
こいつらには膨大な借金がある。
何百年か前に金を借りて、それを返さずに何百年の眠りについてしまった。
そのため、利子が雪だるま式に膨れ上がり、吸血鬼が一生働いても返せないぐらいの金額になってしまったのだ。
そんなわけで、「借りたものは返す」という言葉を知らない吸血鬼達に、借金があっという間に返せるように大金が手に入る仕事を一緒にしているというわけだ。

「じゃあ、「VAMP」秘密作戦会議をしよ〜」
「お〜」
アルクとロアは2人ではしゃいでいる。
このチームでの仕事成功率は100パーセントで、メンバーもいい奴ばかりなのだが、1つだけ不満がある。
それはチーム名だ。
「あのさ……、やっぱり「VAMP」っていうチーム名、変えない?」
「「だ〜め」」
2人の吸血鬼に猛反対されてしまった。
「……はぁ」
毎度のことながら、溜息が漏れる。
「VAMP」が吸血鬼の英語名、「ヴァンパイア」から取ったなんて恥ずかし過ぎて、誰にもいえない。

俺は夜空を見上げて深呼吸をした。
気持ちを切り替える。
今日は新月。
盗みには絶好の夜だ。
「よし、行くぞ!」
「「お〜〜!」」
こうして、俺達の長い夜が始まった。


    3

「ここが今夜の仕事場?」
「そうだ」
俺達は遠野邸までやってきた。
正門は監視カメラがあるので、裏口の方にいる。
「いいな、さっき言ったように裏口から侵入するぞ」
「え〜、正面から格好良く入ろうよ〜」
「ばか、泥棒をするのに正門から入る奴がいるか」
「いいじゃない、どうせ屋敷の人間に見つかっても私の「魔眼」でどうにかすればさ……」
アルクの特殊能力に「魅惑の魔眼」というものがある。
目の合った者を支配する事ができる能力だ。
正直言って、この能力がなければ、
俺はアルクを吸血鬼だと信じなかっただろう。
「いや、それは無理だ」
「どうして?」
「この屋敷にいる人間は特殊な家系でな。そういう能力が効きにくいんだ」
「へぇ〜、いつの間に調べたの?」
「お前らが寝ている間だ」
なるほど、と吸血鬼コンビは頷いた。
「……で、どうやって入るんだ? 見たところものすごく丈夫そうな壁しかないようだが……」
「ちょうどこの奥に裏口がある」
俺は壁を軽く叩いた。
「ここを壊して進む」
「じゃあ、がんばってね。志貴」
「そうだ。壁を壊すのならば、お前の能力が一番適している」
俺の能力、モノの壊れやすい急所「点」と「線」を視る能力。
「いや、ここはロアの能力でやってもらう」
「どうして? 志貴の「直死の魔眼」でスパッと壁を切断しちゃいなさいよ」
「そうだ、そうだ。自分だけ楽しようとしやがって……」
「そういう意味じゃない。俺の能力で壁を壊すと、壁の崩壊音で屋敷の連中に気付かれる恐れがある」
そして、俺はロアを見た。
「ロアの能力でこの壁を弱らせてくれ」
「ちょ、ちょっと待て。俺の能力は生物にしか効果がないんだぞ?」
「そうよ、ロアの能力は「生物の生命を視る」能力なんだから」
「大丈夫だ。眼に意識を集中させれば、視ることが可能だと思う。俺の例もあるしな」
俺の眼は通常、鉱物の「線」や「点」を視る事ができない。
しかし、視ようと思えば、視る事が可能なのだ。
普段の時よりも脳の負担は大きいが……。
「おい、志貴」
「何だ?」
「この屋敷には何人の人間がいるんだ?」
「あ、それ。わたしも聞きたかった」
「……3人だ」
「「へっ……、3人?」」
アルクとロアの声が見事にハモる。
「だったら強引に侵入して、その3人を殺しちまえばいいじゃないか」
「そうだよ。そっちの方が手っ取り早いよ」
アルクもロアの意見に賛成している。
「ばか、チームの掟を忘れたのか? 人殺しは駄目だ」
「じゃあ、気絶させればいいじゃない」
「それは無理だと思う。遠野家の当主もやばいが、ここの使用人2人が特に危険だ」
「えー、でもたかが人間でしょ?」
「そうだ、魔眼の能力が効かなくても、俺達がただの人間に負けるとは思えない」
「第七聖典と黒鍵を装備していてもか?」
「「えっ?」」
第七聖典と黒鍵は、吸血鬼などの異端狩りを専門とする組織の中でも最強クラスの武器だ。
いくら吸血鬼といっても、そんな武器の攻撃を受ければ完全消滅してしまう事がある。
「ちょっと待て。ここは埋葬機関とは無関係だろ? 何故そんな凶悪な武器を持っているんだ?」
「誰のせいだと思っている。お前のせいだ!!」
びしっとロアに向けて指をさす。
「えっ、俺が……?」
「そうだ、お前が最近この付近ばかりで血を吸うから、この街の人間のほとんどが警戒しているんだ」
「あ〜、あれって全部ロアだったんだ。新聞で見たよ。「吸血鬼殺人ついに65人突破」って」
「そうだ、そのせいで教会が動いたんだ」
「まっ、まさか。埋葬機関が動き出したのか!?」
「いや、この街の住人に教会が吸血鬼用グッズを大量に売り始めたんだ」
辺りを静寂が支配した。

「……セコいわね……」
「ああ……、セコいな……」
「ちなみにこれがグッズ表だ」
俺は1枚の紙を2人に見せた。

「…………」
「…………」
「何これ……」
「教会も財政が苦しいんだろう……」
2人の吸血鬼は愕然としている。
「ちなみに、とてもお得なお守りグッズが1番の売れ筋だそうだ」
「……はっきり言って……、私達には効かないわよ。これ」
「えっ、効かないのか?」
「ああ、せいぜい効くとしたら、ブラックバレル以上のものだな」
「そー、そー、吸血鬼の苦手なものなんて全部迷信よ」
「日光以外はな……」
「そ、そうだったのか……」
ぼとっ、
俺のポケットから例の物が落ちた。
「志貴、なんか落としたよ」
「そ、それは……!」
アルクがそれを拾い上げる。
「何だ? それは」
「えーとねぇ、「これであなたの夜の悩みも解消」って書いてある」
「わっ、わっ!!」
動揺しすぎて、言葉が出てこない。
「ほう、志貴も若いのに大変だな」
しみじみとロアが言う。
続きをアルクが読み上げる。
「……吸血鬼撃退 お守りセット……」
「…………」
「…………」
「…………」
ぴしっと辺りの空気が凍りついた。

俺達の夜はまだまだ長そうだ。


   4


「ふぅ、何とか屋敷の中に入れたな……」
「そうね」
「ああ」
結局、ロアの能力で壁の寿命を縮め、手で壁に穴を開けてそこから侵入した。
「さーて、後はお宝を探すだけだな」
「そうね」
「ああ」
……気のせいか、先程から2人の反応がとてもそっけない。
さっきの件について、まだ怒っているのだろうか。
「……なぁ、さっきの事まだ怒っているのか?」
べっつに〜、と2人は口を揃えて言った。
完全に怒っている。
「……分かったよ。さっきの事は全面的に俺が悪い。この仕事が終ったら何でも言う事を聞くから、機嫌を直してくれ」
それを聞いて、アルクがにっこりと笑う。
「いいわ……、許してあげるわよ。ロアも良いでしょ?」
「ふむ……」
ロアは軽く同意を示す。
「楽しみだなぁ〜、志貴に何してもらおう?」
どんな事を想像しているのか、アルクの眼は輝いている。
「あのな……、言っておくが人間として恥ずかしい行為はやらんぞ」
「え!? わたしが何を考えていると思ったの?」
「裸踊りとか……」
「そんなわけないでしょ!!」
びしっ、とアルクの鋭いツッコミが入る。
ナイスツッコミだ。
「おい、そんな所で遊んでいる場合じゃないぞ!」
ロアが叫ぶ。
その瞬間――
びゅん、
暗闇から何かが飛んできた。
それはきらりと光った。
……剣だ。
剣が凄いスピードで何本も飛んできている。
アルクとロアがそれを全て爪で薙ぎ落とす。
「何なのよ……、手荒な歓迎ね」
「これは埋葬機関の黒鍵……」
ロアが憎々しげに呟いた。
動きを停止した剣はそのまま燃えて無くなってしまった。

びゅん、

1つの白い光弾が俺とアルクの頭の間を通過した。
「「えっ!?」」
アルクと俺の声が重なる。
その弾は遠野家の長い廊下を一直線に飛んでいった。
そして、闇の中に消えた。
「いっ、今のは!?」
「あれもどうやら埋葬機関の武器のようね」
アルクが弾の飛んで来た方向を睨む。
「ああ、そうみたいだな」
ロアも廊下の奥の闇を凝視している。
俺は吸血鬼達のように夜目が効かないので何も見えない。
そして、暗闇から2人の人間がゆっくりと現れた。
「あははー、外しちゃいましたね〜」
「……姉さん、あんまり建物の中を壊すと……」
「大丈夫ですよ、翡翠ちゃん。この屋敷一帯はちゃんと秋葉さまの「檻髪」に守られていますから、いくら暴れても、結界の外部に被害はありませんよ」
「そうですか……」
「ちゃんと秋葉さまから大暴れしてもいい、という許可を頂いてますから遠慮なく暴れてもいいんですよ〜」
「血が騒ぎますね。姉さん」
カチャ、
翡翠と呼ばれた女の子の手に剣が何本か出現した。
それを見て、翡翠の方ではないリボンをつけた女の子が嬉しそうに笑った。
「まぁ、翡翠ちゃんたら……、やる気十分ね」


「志貴……、あれが屋敷にいる3人のうちの2人?」
アルクが尋ねる。


「ああ……、世界最凶の使用人、翡翠と琥珀だ」


俺はゆっくりと眼鏡を外した。


  5


数日前


翡翠、琥珀。
幼少の頃から遠野家に仕えていた双子。
それ以外の事は一切不明。
調査会社から送られてきた報告書にはそれだけが書かれていた。
遠野家の宝を盗むに当たって、遠野家について完全に調べ上げたのだが、この双子の事については完全に白紙だった。
どうやら前当主の遠野槙久が、2人についての情報を完全に消してしまったようだった。
遠野槙久が何故2人を家に迎えたのか、目的も不明だ。
ただ、情報屋の話によると2人は「かんのうしゃ」で、遠野家に侵入した人間は無事では済まない、という事だけだった。
ある人間は全治1年の大怪我を負い、ある者は用途不明の薬物の実験台にされたらしい。どれも表沙汰にはなっていない。
遠野家が全て握り潰しているからだ。
それに「かんのうしゃ」というのが、どういうものなのかさっぱり分からない。
「今回は……分が悪いかな……」
どさっ、と報告書を机に投げ捨てる。
今回の仕事の成功率は5分と5分。
今までやってきた仕事の中では格段に難しい。
その分、今回の標的である「七夜のナイフ」の価値はケタ違いに凄い。
恐らく、今までの仕事で得た金を遥かに陵駕する程の金額。
その6割が自分に、そして残りがアルクとロアに。
今回の仕事が成功すれば、アルクとロアの借金もかなり軽くなるだろう。
「多少のリスクを冒す価値はあるよなぁ……」
天井を見上げる。
そこにはボロアパートの薄汚れた天井が見えるだけだった。
「まぁ、それだけが目的じゃあないしな……」
視線を机に向ける。
そこには遠野家の現当主である遠野秋葉の写真が置かれていた。


   6


「あなた達ですね〜。秋葉さまの言っていた賊というのは」
「なっ……!」
「あなた達が手に入れた情報は全部遠野家に筒抜けです」
翡翠が感情の無い声で言った。
「そういう事です」
琥珀がにこにこしながらそれに応える。
がちゃん、
琥珀の右肩から、何かが吐き出された。
……巨大な金属の筒だ。
見ると琥珀の右肩から右腕にかけて、不気味な形状をした機械が装備されていた。
どうやらさっきの光弾もその機械から放出されたもののようだ。
「最後に1回だけ聞きます。降参するか、ここで死ぬか……、どっちにいたしましょう?」
翡翠がまるで朝食のメニューを聞くような口調で尋ねてきた。
その時だった。
「志貴!! 走って!!」
アルクの声を聞き終る前に俺は行動していた。
2人に向かって走り込む。
さすがにこれは予測していなかったのか、翡翠と琥珀の顔に動揺の色が走る。
がそれは一瞬の事で、翡翠は俺の足元を狙って剣――黒鍵――を投げつけた。
かっ、かっ、かっ、
剣が床に刺さる音。
俺は宙を跳んでいた。
「あは、死んじゃえ〜」
琥珀が空中にいる俺に対して先程の光弾を放つ。
「ちっ」
俺はその光弾の線を全てナイフで切り裂いた。
バラバラにされた光弾は勢いを失い、消え去ってしまった。
「えっ? そんな馬鹿な……」
琥珀が驚きの声を上げる 地面に着地したと同時に翡翠と琥珀の間を走り抜ける。
「アルク、ロア、ここは任せたぞ!」
「ちゃんとお宝を手に入れてなかったら、わたしがあなたを殺すからね〜」
アルクの冗談とも本気ともつかない言葉を聞きながら俺は走った。
目指すは遠野秋葉の部屋へ。



「ふぅ……、これで当初の目的は達成できそうね」
「あはは〜、随分と信頼しているようですね。ただの人間を」
がちゃん、
再び金属の筒を吐き出しながら、琥珀は笑った。
「そうかしら? 志貴はただの人間じゃないわ。そう、下手をすると私達よりも化物よ」
「へぇ……」
琥珀は目を細めて笑った。
「ぜひ、闘ってみたいですね。あなた達を殺した後で!!」
琥珀が砲身をアルク達に向けた。
「アルク、気をつけろ。あれは……、形状は多少違うが「第七聖典」だ」
「えっ!?」
「あはっ、消し飛んじゃえ〜〜」

びゅん、

遠野家の廊下は再び光に包まれた。