の恩返し


むかしむかし、
あるところに耕一という名の、心の優しい青年が住んでいました。
ある日、耕一は山へ山菜をとりに行くと、
そこには罠にかかっていて、動く事のできないとても美しい鶴がいました。
「かわいそうに……。いま助けてあげるからね」
と心の優しい耕一は、鶴を罠から助け、また飛べるように怪我を手当てしてあげました。
鶴は嬉しそうに飛び立っていきました。
そして、その晩。
「はぁ……。今日は何も取れなかったな……」
今日はなぜか、山菜がひとつも見つからなかったのです。
朝から何も食べていない耕一は、餓死寸前です。
「はぁ……。もう寝よう……」
と耕一が床に就こうとすると、
とんとん、
戸を叩く音がします。
「ごめんくださ〜い」
と女性の声が聞こえてきます。
耕一が戸を開けると、そこには今まで見た事がないような美しい女性がいました。
「すいません、旅の途中に足を怪我してしまって……。一晩だけ泊めて下さい」
千鶴と名乗ったその女性を、耕一は泊めてあげる事にしました。
「どうぞ、どうぞ、何もない所ですが」
「ありがとうございます」
千鶴は床にある耕一の枕に目を走らせると、
「もう、ご就寝ですか?」
と尋ねました。
そうです、と耕一が答えると、千鶴は少し考え込んだ様子で、
「……じゃあ、お食事と夜伽だったら夜伽の方がいいですね……」
顔を赤らめながらそう言って、着物の帯を緩め始めました。
これには耕一もびっくりです。
慌てて千鶴のその行動を止めると、こう言いました。
「千鶴さん、実は朝から何も食べていないんだ。だから食事の方にしてください」
「そんなに私と伽をするのが嫌ですか……」
千鶴はものすごく悲しそうな顔をして言いました。
「本当にお腹がすいているんです」
「嘘を吐かないでください! 嫌だったら嫌ってはっきり言ってください……」
千鶴は今にも泣き出さんばかりの口調で耕一に言いました。
ぐ〜〜〜〜〜〜、
その時、耕一のお腹が空腹のため、大きな音をたてました。
千鶴はこの音を聞いて、クスッと笑うと、
「やっぱりお食事の方がいいですね」
とさっきまでの表情が嘘のように変わって耕一に語りかけました。
「でも千鶴さん、この家には食料が全くないんだ」
それを聞くと、千鶴はにっこり笑って、
「大丈夫です。材料なら私の荷物の中にたくさんあります」
そう言って、荷物の風呂敷から材料をいくつか取り出しました。
千鶴が料理を作っている間、耕一は千鶴の話を聞いていました。
「都の方に昔、料理屋を出していたんです。「雨月屋」っていうんですけど」
「じゃあ、料理の味は期待できるなぁ」
「はい、期待してください」
料理が出来上がり、耕一の前に並べられると、耕一はびっくりしました。
「おお、これはすごい」
キノコのおかゆ(千鶴さんが言うには「りぞっと」というものらしい)
キノコ汁、
キノコの丸焼き、などのたくさんの料理が並べられたからです。
「どうぞ、召し上がれ」
「いただきます」
耕一は一番おいしそうな匂いをしている「りぞっと」を食べる事にしました。
パクッ、
一口食べると、耕一の全身がだんだん痺れてきました。
「あれっ?」
耕一は自分の身体を支えきれなくなって、床に倒れこみました。
「千鶴さん……、これは……?」
「すいませんっ、間違えて毒キノコを入れちゃったみたいです」
ペロッと舌を出しながら千鶴は言いました。
「そ……んな……、じゃあ料理人というのは……」
「ごめんなさい、あの話全部ウソです」
「えっ……?」
「実は私の正体は、あなたに助けていただいた鶴なのです」
耕一は驚きと痺れのため、声も出せません。
「そろそろ、変身が解ける時間……。それでは確かに恩返しをさせていただきました」
そう言うと千鶴は鶴の姿になって、飛んで行ってしまいました。
「まっ……、まっ……て」
耕一はキノコの毒が完全にまわって、意識を完全に失おうとしていました。
うすれゆく意識の中、耕一はこう思った。
「食事よりも……、夜伽をしてもらった方がよかったなぁ」
こうして、心優しい耕一は大きな未練を残したまま、この世を去ってしまったとさ。
めでたし、めでたし?

注・「夜伽」は「よとぎ」と読みます。意味は……辞書を引いてね(笑)