いつものこと



 うるさい。
 マスターの部屋。
 いつも静か。
 下がうるさい。
 いつものこと。

 窓。
 カタカタ鳴る。
 風の音。
 寒い音。
 淋しい音。
 昏い空。
 蒼い月。
 夜。
 星。
 またたく。
 闇。
 静か。
 平穏。
 静寂。
 なのに――うるさい。
 とてもうるさい。
 いつものこと。

 白いシーツの上。
 背伸び。
 ジンとする。
 降りる。
 扉を開ける。
 冷たい廊下。
 すえた匂い。
 絨毯がポスポスいう。
 いつものこと。

 階段。
 降りる。
 とん。
 音。
 とん。とん。
 とん、ととん。
 とととん、ととん、とん。
 小気味よい。
 いつもの音。

 居間。
 明るい。
 白くひかって見えないほど。
 いる。
 みんないる。
 騒がしい。
 ガヤガヤ。
 全員いる。
 ワイワイ。
 いろんな匂い。
 うるさい。
 いつものこと。

 違うもの。
 変わったもの。
 見たことないもの。
 わからない植物。
 外で見かけた。
 黄色。
 橙。
 青。
 金。
 緑。
 白。
 ピカピカ。

 わからない。
 髭がぶるるんるん。

 ドタバタ。
 わからない。
 書いている。
 隠すように。
   咒?
   呪?
   壽?
 見せ合い。
 奪い合い。

 ドタバタ。
 カン高い音。
 イヤな音。
 ワレる音。
 悲鳴。
 阿鼻叫喚。
 とびかうお皿。
 お肉。
 ……おいしそう。

 わたわたと逃げ出す双子。
 取り持とうとするマスター。
 暴れる三人。
 破壊。
 絶叫。
 轟音。
 爆音。
 怪光。
 粉砕。
 業火。
 撃破。
 炸裂。
 閃光。
 黒くピカピカな剣。
 飛び交う。
 歪む。
 唸る。
 掴む。
 蹴る。
 殴る。
 叩く。
 壊す。
 跳ねる。
 溶ける。
 凍える。
 焦げる。
 折れる。
 燃える。
 曲がる。
 割れる。

 怖い光景。
 毛がそそり立つ。
 前の仮マスター、よける。
 わたわたマスター。
 バキバキ。
 ドカドカ。
 バンバン。
 ドッギャンドッギャン。
 メチメチ。
 シッチャカメッチャカ。
 ――これもやっぱり、いつものこと。

 扉の影から覗き込む双子。
 ひとりは楽しそう。
 ひとりは心配そう。
 きゃーきゃーと悲鳴。
 くすくすと笑い声。
 ……わからない。
 その横で覗き込む。
 耳をパタパタ。
 ちょっとドキドキ。
 お部屋はメチャクチャ。
 みんなはバラバラ。
 真っ黒。
 瓦解。
 崩壊。
 木っ端微塵。
 粉砕。
 なにもかも。
 これも、いつものこと。

 マスター。
 穏和な人。
 でも怒る。
 三人を叱る。
 うなだれて、次に罵りあい。
 怒鳴るマスター。
 びっくり。
 尻尾たつ。
 うなだれる三人。
 やっぱり、いつものこと。

 とことことこ。
 テラス。
 お気に入り。
 ひんやり。
 丸まって寝ている黒い獣。
 ゴワゴワの獣毛。
 混沌の獣。
 クールトー。
 ポスンとたたく。
 こちらをみる。
 気にしない。
 その上にのぼる。
 硬い毛。
 その上で丸まる。
 温かい。
 ひんやり。
 心地よい。
 目が合う。
 黄色く輝く大きな目。
 何か言いたそう。
 気にしない。
 目を閉じる。
 心地よい。
 温かい。
 暖かい。
 あたたかい。
 いつものこと。

 温かいミルク。
 おいしそう。
 でも夢。
 よくわかる。
 食事してない。
 マスターのが欲しい。
 夢見る。
 夢見せる。
 そう。
 今晩。
 これも、いつものこと。

 呼びかけられる。
 月明かり。
 仄かな燐光。
 蒼白い。
 綺麗。
 とことことこ。
 マスターのもと。
 今さっきのお札。
 ペン。
 ?
 命令。
 人型に。
 マスターわらう。
 気持ちいい。
 ただ気持ちいい。

 ん?  文字?
 書く?
 願い?
 星に願い?
 トゥインクル・スター?
 わからない。
 いつもと違うこと。

 短冊?
 ?
 天之川?
 ミルキーウェイ?
 わからない。
 いつもと違うこと。

 望み?
 わからない。
 でも命令。
 考える。

 わからない。
 呪文ではなく。
 言葉ではなく。
 文字ではなく。
 記号ではなく。
 願い。

 わからない。
 ちょこんと座る。
 考える。
 視線を感じる。
 優しい視線。
 マスターの視線。
 命令。
 それ以上?
 それ以下?
 わからない。
 でも大事なこと。
 考える。

 願い。
 錆びた黄金色。
 掌。
 なでなで。
 温かい。
 膝の上。
 暖かい。
 テラスの下。
 心地よい感情。
 おいしいもの。
 気持ちよいもの。
 ゆったりとした感情。
 静かな思い。
 たゆんだ情。

 じいっとマスターをみる。
 にこにこしてる。

 願い。
 望むこと。
 望むもの。
 欲するもの。
 わからない。
 わからなくても、欲しいもの。

 したためる。
 わかるように。
 簡潔に。
 ただ一言。


 いつものこと。


 マスターわらう。
 にこにこ。
 楽しそう。
 うなづいている。
 猫に戻る。
   そしてマスターの膝の上。
 柔らかい。
 温かい。
 暖かい。
 心地よい。
 心穏やか。
 まわりは静か。

 撫でられる。
 気持ちいい。
 快感。
 耳パタパタ。

 鼓動が聞こえる。
 やさしい音。
 誰も邪魔しない。
 丸くなる。
 やさしい掌の感触。
   撫でられる感触。
 くすぐったい。
 喉が鳴る。

 やさしい。
 まったり。
 ゴロゴロ。
 ふにゃん。
 ぽっかぽか。
 色々混じった情。
 すべて――気持ちよい。
 目を細める。
 喉をゴロゴロ。
 見えるはマスター。
 いつものマスター。
 やさしいマスター。
 愛しいマスター。
 わたしのマスター。
 わたしだけのマスター。

 これも、いつものこと。
 そしてすべて、いつものこと。
 みんなみんな、いつものこと。

≪おしまい≫


あとがき

 

 いちおう七夕SSです(爆)
 前しにをさんの書かれた「こねる猫」(西奏亭掲載)のぶつ切りの文がとても気に入りまして。その文体で書いてもよろしいでしょうか? と尋ねたところ快く許諾していただいたまま、はや数ヶ月(笑)
 レンのSSに使おうとおもっていたのですが、なかなか機会がなく、今回の七夕SSに使わせていただきました。
 ヘタに描写できないからついつい誰かを書き加えたくなりますが、そこはじっと我慢の子(笑) ということで非常に短く中身もありませんが、猫っぽいレンをただ書きたかっただけなのだと、生暖かい視線でおゆるしください。

 それでは、また別のSSでお会いしましょうね。

6th. July. 2003 #112

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