クールトー君の追跡


 とことことこ。
 現在、クールトー君は追跡中です。
 今は夜。
 就寝時刻が過ぎ、真っ暗になった遠野屋敷。
 その中を動くあやしい人影。
 番狼であるクールトー君の出番です。
 いきなり吠えません。
 それでは芸がありません。
 もっとすごいことをして、お褒美してもらうのがクールトー君の狙いなのです。
 確かに生ハムはおいしいです。
 でも。
 最近、クールトー君はこの群れの中で生きていくことに、なんか喜びを感じていたのです。
 笑うご主人様と無口な妹。
 そしてリーダーと短気な妹。
 そして子猫。
 この変わった群れの中、みんなを守るという使命があります。
 そう使命。
 クールトー君はこれでも、もとは群れのリーダー。
 伝説の初代総長というやつです。
 こういう時どうすればいいのか、経験則で知っています。
 頑張るのです。
 頑張って、頑張って、さらに頑張るのです。
 するとみんなが慕ってくれます。ついてきてくれるのです。
 カリスマはありませんが、人望なるぬ、犬望ならぬ、狼望がつくのです。
 そうです。
 クールトー君が頑張るのは、みんなと仲良しになるため。
 最近のみんなはようやくクールトー君に慣れてきたのか触れてくれます。
 あのご主人様の無口な妹もおずおずとですが、触れてくれるようになりました。
 ご主人様はわしゃわしゃと少し乱暴に、リーダーはなでなで、そし短気な妹は少し恐る恐る、そして子猫は無関心。
 みんな触り方が違って。
 とっても楽しいんです。
 ごろごろとまるで猫のように喉がなるほど、とっても。
 尻尾もゆぱたぱたと元気にふっちゃうぐらい。
 また、居間でみんながくつろいでいるときに、そこにいることも最近許されるようになりました。
 みんなが何をしゃべっているか、クールトー君にはわかりません。
 でもそれでいいんです。
 和気藹々の雰囲気がクールトー君を和ませてくれるのです。
 時々白いのと黒いのが乱入してきてドタバタしますけど。
 でも。
 みんな仲良し。
 クールトー君もその輪にようやく入れたと思っています。
 だからこそ。
 クールトー君は頑張るのです。
 階級的には最下層なのかも? と思うけど、まぁ、それはそれ。
 心に棚を作って頑張ることにしました。
 郷には入れば郷に従え、を地でいくクールトー君なのです。
 その影はそっと滑るように、屋敷の中を歩いています。

 むむむ?

 クールトー君は悩みます。
 実はこの影の匂いには嗅ぎ覚えがあったからです。
 そういう意味ではお知り合いなのです。

 むむむ?

 どうしようかな? と悩みますけど、ともかくついていくことにします。
 追跡です。
 尾行です。
 かっくいーです。
 つい自分に酔いしれるクールトー君。
 狼の誇りも同時に心の棚に置き去りにしてしまった気もしますけど。
 そして台所へいきます。

 !!

 わかりました。
 この影は生ハムを盗みにきたのです。
 あのおいしい生ハムを盗みにきたのに違いありません。
 有罪確定です。ギルティーです。絶対にそうです。
 そうとなればクールトー君、俄然ファイトがわいてきます。
 生ハムを守る使命にメラメラと燃えます。
 星飛雄馬状態です。瞳に焔がメラメラと燃えちゃいます。
 ついでに背中にも炎を背負ってみたり。
 力の入れっぷりがすごいぐらい。
 そして飛びかかろうと体に力をいれます。
 くぐっと曲げて、影から不意を打つために。
 狼の得意戦法です。
 跳躍力とその体重をもちいて、まず押し倒すのです。
 そして慌てふためく相手の喉をガブリ。
 もうそれでおしまい。ぴくりともしません。
 できなければ、手足のどこか。
 それだけで相手の戦意は失われます。

    完・全・勝・利

 の4文字だけが、まるで黄金の日本Jr.のように脳裏にうかんじゃうのです。
 全身がぎゅっと縮こまり、力を蓄えたバネのよう。
 そして。

「あはー、こんなところに居ましたね、洗脳探偵ちゃん」

 突然の声にびっくり。
 目をぱちくりさせてみてみると、そこにヘンな人がいました。
 どうみてもご主人様です。
 でもその姿は――着物の上からフード付きのマントをかぶり、顔を隠しています。その奥からひかるふたつの目。その手には箒が握られています。
 臭いからすればどうみてもご主人様です。
 でも雰囲気が違いました。
 なんていうか、ヘン。
 つっこみどころが多すぎてクールトー君でさえためらってしまうほど。
 そして何時の間に!
 クールトー君、ビックリです。
 追跡しているつもりはずなのに気づかれずにいるなんて!
 番犬 番狼の自信がぐらついちゃうぐらい。
 そんなクールトー君をほっぽって、話は進む。
 ご主人様の言葉に侵入者は立ち上がり、右手の人差し指で指さすのです。

「あなたをマジカルアンバー!」

 やっぱり。
 クールトー君が追跡していのは、ご主人様の無口な妹でした。
 でもその無口な妹のクセに、堂々とはっきりとしゃべっていて、まるで別人です。目もいつもよりもグルグル渦巻いています。

「よくここまできましたね。探偵ちゃん」

 ご主人様は箒をかまえ、じりじりと寄っていきます。
 それに対して、妹は右手の人差し指をつきつけてグルグル回しながら、

「もぅここまできたのですから、わたしに勝ちです。マジカルアンバー」

と詰め寄る。
 ただ唖然と見ているクールトー君。
 なんていうか口をあんぐり。やっぱり狼王の威厳は棚の上においてしまったようです。

「あはー、駄目ですよー、もう今月の予算は使い果たしたんですから」
「でも、それでもやらなければならないことがあるんです!」
「仕方がないですねー」

 クールトー君を無視して話は展開していきます。

「でも、駄目ですよ。再来週には予算が出ますからその中から工面しますからそれまで我慢してくださいな」

きっぱり言い切る。その言葉に顔をゆがませる探偵。

「で、でも、姉さん」
「いまはマジカルアンバーですよ、翡翠ちゃん」
「そうでした。ではアンバーさん、どうしてもわたしの邪魔をするというのですね?」
「えぇ、それがマジカルアンバーの役目ですから」

 そういって箒を構える。
 妹は指をびしっと差すと、大きく回し始めました。
 ぐるぐると。
 ぐぅるぐぅると。
 ぐるんぐるんと。
 大きく、小さく、幻惑するかのように。
 びりびりするほどの空気。心臓の鼓動が高まり、自分の呼吸音がイヤに耳につきます。
 ひりつくような空気にようやくクールトー君は我に返りました。
 もちろん、ご主人様の援護です。チームワークというやつです。とっても大切です。
 この生ハムのある台所はご主人様のテリトリーなのですから。
 クールトー君が側によって唸ると、妹は目を大きく見開いて、そして――。
 ぽろぽろと涙をこぼし始めたのです。

「ああ、ゴメンなさい、翡翠ちゃん」

 すると竹箒を投げ捨てて、ご主人様はしっかりと妹を抱きしめました。

   

 いったいどうなるっているのか、わかりません。
 目をハテナマークにするクールトー君。
 考えてもわかりません。

「すみません、姉さん。どうしても志貴様にお食事を作って差し上げたくて……」
「いいのよ、翡翠ちゃん。翡翠ちゃんのけなげで純真な心はきっと伝わるから」
「……でも失敗ばかりして、姉さんが用意してくださる練習用の食材も使い果たしてしまって……」
「ううん、いいのよ」

 ぎゅっと抱き合うふたり。
 みつめあってキラキラと星をとばしています。
 嗚呼、麗しきかな姉妹愛。

 残るは――呆然としているクールトー君だけ。

「お献立の品をひとつへらすから、それで練習して、翡翠ちゃん」
「……いいんですか、姉さん」
「いいのよ、翡翠ちゃんのためなら――秋葉様も志貴様も……気づきませんから」
「ありがとうございます、姉さん。これで梅サンドも極められます」

 花びらやキラキラが飛び散って、なんとも微笑ましくも可憐な絵図。
 ただ横にいるクールトー君がとっても邪魔だけど。

「……さて」

 そういうとご主人様は立ち上がりました。
 そしてクールトー君を見ます。
 どきりとします。
 イヤな目です。
 前のご主人様を退治したリーダーの目のようです。
 はっきりいって――怖い。
 そして無口の妹もクールトー君を見ました。

 …………。
 …………。
 …………。
 ………………(汗)

 大きな汗をかくクールトー君。犬科だから汗なんかかけないはずだけど、トンデモ生物だったから汗がかけちゃうんです。
   じっとりと全身、脂汗まみれ。

「あはー、こんなところに目撃者がいますね」
「蠅、ですね、姉さん」
「そうですねー」

 姉妹してイヤな笑み。
 まったく同じ顔で、まったく同じくらい怖い顔。

 あわわわわわ。

 クールトー君は震え始めます。
 もし、しゃべれたら、そんな顔をしてそんな目で見ないでくださいよー、と言ってしまうほど。
 こんな恐怖はいままで味わったことはありません。
 お下品ですけど、おしっこをちびってしまいそうです。

「……消える目撃者、です。それを洗脳探偵に掟です」
「右のお注射がいいですか、それとも左ですか。それとも両方ですかー」

 じりじりとよってくる。
 両手に注射器をもったご主人様と、指先をぐるぐる回している妹が、すばらしいコンビネーションで迫ってきます。
 尻尾がぐるんと丸まってしまいます。
 思わず後ずさりしてしまいます。
 じりじりと。

 あわあわあわ。

 一歩一歩。

 くぅんくぅんくぅん。

 追い詰められて。
 だめです、どんなに降参だと示しても、服従のポーズをとっても、ゆるしてくれません。
 とん、とお尻の尻尾に壁か当たってしまって。
 もう逃げ道はありません。
 薄ら笑いを浮かべる姉妹の瞳は、それはそれは綺麗な宝石色に輝いて。

「消し去ります」
「あはー」



 くうぅぅぅんん〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ !!




 ……それからクールトー君は夜中の見回りは、ぜったいに、しなくなったそうな(笑)

あとがき

 おひさしぶりのクールトー君です。
 このシリーズ(シリーズだったの!?)はきちんとかいていますからね。
 小春日和は#43で、挑戦は#62ですから、ちゃんと20作ごとに、えぇ(笑)
 つぎのクールトー君のお相手を募集しています(笑)
 誰か、いい人、いますでしょうかねぇ。

 それでは別のSSでお会いしましょうね。

3rd. January. 2003 #83

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