ここにいたんだ――志貴

 もうずっと探したんだから――。

 また、会えたね、志貴。








































月姫SS
    慕 情 








































 まだ暗いけど志貴にはわたしのこと見えてる?

 わたしはちゃんと見えているんだけど、この姿、わかる?

 ほら、わたし、志貴と出逢った時、白いサマーセーターに紺のスカートだったでしょ?

 だから、ちゃんと今回は正装してきたんだよ。

 ほら、見える?

まわってみると、裾がふくらんで、綺麗でしょう。

真っ白なドレス――。

これが千年城できているドレスだよー。

 へへへへ

 ねぇ綺麗かな?

 志貴に会えると思って、わざわざ遠回りして日本に来たんだよー。

 本当ならこんなドレスなんていらない。

 でも志貴に会えると思ったら――。

 これも志貴が教えてくれた「無意味」ってヤツかな。

 うん、なんの意味もないけど、本当にすごく楽しいよ―――

 どう、ちゃんとお姫様だとわかった?

 志貴、聞いてる?









































 これ、わかる、志貴?

お花屋さんに寄ったらね――。

「恋人にはこれを送るんですよ」って

 ほら見て、真っ赤な薔薇。

 綺麗でしょう。

 この甘い香り

志貴、喜んでくれる?








































 ねぇ憶えている志貴。

 たあっくさん無駄なことしようって言ったこと――。

でもわたしは志貴と出会ったこと、ずっと夢見ていたよ

千年城にかえった後――ずっと

あ、信じてないなーもう

でねー、いろんなことを考えたの

無論、眠りながらよ

 でね、また死徒が動いたから出てきたの。

 あれから――まだたった4年だよ。

 でも、たった4年で志貴に会えるってわかったから――。

 死徒殲滅も悪くないよね。

 最初、南杜市にいって、あの屋敷にいったら。

 全然変わらないのねー。

 あのおーぼーな妹と和装メイドと洋装メイドがいたよー。

 ――でも静かだったな。

 志貴がこんなところにいるからだよ。








































 あのね、志貴。

志貴の居場所わかんなかったから、妹と話をしたんだ。

最初、面をくらっていたようだけど、わたしのこと、憶えていたわよ。

 妹、少しやせたね。

 ううん、そうじゃなくて

 なんていうか――綺麗になったよ。

 あの怒りんぼなところは変わってないけど。

洋装メイドは髪を伸ばしていたよ。

でも志貴の話をしたら、少し笑ったよ。

和装メイドは前とは違う屈託のない笑みでね。

妹がわたしを招いてくれんだよー。

紅茶をいれてくれて、わたしと話をしたの。









































 楽しかったよ。

 シキって、志貴って書くって初めて知った。

 そうだよね。ここ漢字圏だから、文字に意味があるんだってわかって。

 志貴って、貴い志っていう意味だって知って、オナーとかオナブルっていう意味なんだね。

 志貴らしいって。

みんなでわらったよ。

 妹はフォールズ・リーフ――でフォールを意味しているんだって。

 わたし漢字になんて興味がまったくなかったからわからなかったんだ。

シエルみたいにイタリア語とかの、ラテン語圏ならすぐにわかったのにね。

 だから面倒だから、妹、って呼んでたんだけどね。

 でも志貴だけは別だよ。

 ちゃんとあの時に SIKI って覚えたから。

 あと和装メイドはアンバーで、洋装メイドはジェイドなんだってね。

 あの瞳の色からつけられんだねーって笑ったよ。

みんなでわらって歓談したんだ。

わたしはわたしが知っている志貴、そして彼女たちが知らない志貴について話して。

彼女たちはわたしが知らない志貴、そして彼女だけが知っている志貴について話してくれたんだよ。

 とても楽しかった。

 うん、無駄かなーなんて最初思ったんだけど。

 でも志貴がいってたよね。

 この世の中には無駄でもたくさん意味のあることがあるよって。

 たぶん――。
 これのことなんだなーと思った。
 うん、志貴が言ってたこと、ほんの少しわかった。

 なんて――。
 無駄っていいんだろうって――。

 また思った。









































 ゆっくりと明るくなってきたね。

早くしないと夜が明けちゃう。

 夜が明けたらね。

 志貴、わたしは出かけるの。死徒を殲滅しに。

だから、また会えるのはその後だから、もっと話してもいいかな。









































 あ、シエルだけど、まだ埋葬機関にいたよ。

 死徒殲滅でよく教会と手を組むからね。

 シエルは司祭として頑張っていたよ。

 へへ、シエルも志貴のこと知ってたよ。

 わたしだけ仲間はずれにして――と怒ったけど。

 でもわたしは寝ていたんだもんね。









































 ねぇわたしの能力、覚えている?

 ――そう空想具現化。

 もちろん、わたしは試したよ。

へへへへ、もちろん志貴のことだよ。

志貴のあの言葉。



      こ の 馬 鹿 女 !



音だから、空気震わせればできると思ったんだけど――

へへへ――無理、だったんだ。

 どんなに志貴の言葉づかいを思い出しても、ダメだった。

やっぱり、あの言葉は志貴じゃないとねー。

 やっぱり、ダメ、なんだ――。









































 ねぇ、イフの話覚えている?

 わたし、よく考えるの。

 もし志貴を無理矢理連れていったらって――。

 もし志貴の血を吸っていたらって――。

 千年城で一緒に暮らしたらって――。

 でもね。

 すぐにダメになっちゃうの。

 どうしてかなー。

 やっぱり、志貴は、あの町で暮らしている志貴じゃないと――。

 どうしても志貴じゃない、と思っちゃうのよ。
 
 志貴、残れて楽しかった?

 わたしと一緒じゃなくて楽しかったなんて言わないでよ。

 ただ――。

 志貴が幸せてだったのかなーって思って。








































 ――うん、志貴のことだから、とても幸せだったんでしょうね。








































へへへ。

ねぇお願いしていい。

久しぶりだからいいでしょう、志貴?

ねぇ――また馬鹿女ってどなってよ――。

ねぇ……










































なんで――死んじゃったの、志貴……。








































 まだたったの4年よ。
いくら人間の寿命が短いといったって、まだ死ぬことないじゃない。
なんでも殺せるくせに!
真祖のわたしだって一度は殺したクセに!

わたしも屠れないかもしれないと思わせたネロ・カオスを――。
死の線を感じられる転生無限者、ロアを――。
 倒したのよ!
 ただの人間ふぜいが。
 二十七祖の二祖をよ!

















 ――あんなに強かったのに。

 魔眼なんてもっていたから――脳が灼けちゃったのよ。









































 志貴の……馬鹿……。








































 ほら、みて、夜が明けてきたよ。

ここ、こんなに綺麗なんだね。

ここ、志貴が生まれたところなんだって?

 妹はそう言っていたよ。

ほら、見て見て、志貴!

山奥で涼しいからかな。

 まだ桜が咲いて散っているよ。

綺麗だね。

うん――綺麗……。

とっても、綺麗――きらきらと輝いて……









































 ほら、見て。

わたし「志貴」を持っているの。

ほら、あなたの骨。

 えっと日本語では、分骨っていうの?

 くわしくはわからないけど。

 形見分けだって――。

あの妹がくれたんだよ。

 ここだけの話、わたし、妹のこと、ちょっとだけ、好きになっちゃった。

 あ、ちゃんとシエルも持っているんだって。

 だから、これからはずっとずっと志貴と一緒だよ。

 だから、ねぇ、志貴――我が儘きいて。

 また、馬鹿女っ! て怒鳴ってよ、志貴――。









































 もう夜が明けちゃった。

 もういかなきゃ。

 うん、それが「わたし」だから。

でもね、まだたった一言だけいっていないの。

 聞いてくれる、志貴?

 ううん、聞いて。








































   好きよ、志貴
























   愛している
























   たとえわたしが真祖で、吸血鬼で
























   あなたがただの人間でも
























   アルクェイド・ブリュンスタッドは、遠野志貴を――。
























   正直で、ぼんやりしていて、わたしにだけうるさくて、前向きだった貴方を――。























   愛しているわ。
























   永遠に。
































































 残るは目に鮮やかな緑と白く輝く朝靄。
 空は青く高く、太陽がまぶしい。
 風は涼しく、そして季節はずれの桜が咲き、散っている。

 そこに深紅の薔薇にうずもれた墓が一つ――。
 芳醇な甘い香りが漂う。

 ただ、それだけ。


20th. April. 2002
#019

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