我求道者也

 今宵はとても機嫌がいい。
 機嫌というものは人間や動物が持つべき感情であって、我が抱くことはほとんどない。
 だが今宵は違った。
 酷く昔に感じたであろう感情のさざ波が我の中でたゆんでいた。
 それは昂揚という。

 ふむ。
 とても愉快だ。
 それも先ほどの会合のせいであろう。
 死徒二十七祖の会合とは――かわったものであった。
 もちろん二十七祖すべてが集うことなどはありえぬ。
 徒党を組むどころか反目すべき死徒どうしの会合とは――この矛盾。
 我ら死徒はすべて異端。
 ゆえに孤立するもの。
 なのに会合とは笑止。
 しかしこの矛盾は螺旋となって閉じ、矛盾ではなくなる。
 一つの矛盾とは、その次元での話。一位上の次元からみればそれは矛盾でなくなる。
 それが観測できただけでも僥倖というもの。
 命じようとする白翼公の演説。
 愚かな。
 まるで浅はかな人間のごとき思考と嗜好。
 かの者も我と同じく魔術師から吸血種になった者のはず。
 なのにその低次元での話し合い。
 なんと愚かであることか。
 それゆえ興味深かった。
 なんという矛盾。
 我ら死徒は人間ではなく吸血種だというのに。
 かの白翼公は人間のように振る舞いたいらしいとみえる。
 しかし根回しされていたのか会合はスムーズにすすみ、わずか30分で決定した。
 我らは永劫の果てまで生きられる存在なのに、この矛盾。
 会合など出席したい者が出て、そうでない者は無視すればいい。
 また会合など、永劫のまどろみの中、語ればよきこと。
 それが死徒。それが吸血種たるもの。
 すべては己が為。
 しかし議題は我に興味を抱かせるのに十分であった。

 唯一の真祖の姫君。
 アルトルージュと同じくブリュンスタッドの名を冠する者。
 黒きアルトルージュと正反対の白の姫君。
 アルクェイド・ブリュンスタッドを狩り、そして消滅させるという――。
 この議題のために残った。
 我は――。
 真祖の姫君と闘争したかったのだ。
 永劫の果て――「 」に繋がるため。
 ガイアの抑止力のひとつ、真祖に挑む。
 これほど、魔法使いをめざした我にふさわしい標的はいまい。
 ひさかたぶりの目標。
 幾星霜重ねても、このような愉悦はありえまい。
 だから――機嫌がよい。
 反応して、躰の中で力が渦巻く。
 どろりとした力が奔流となる。
 ふつふつと沸き立つ「混沌」。
 しかし我もまだ「 」にたどり着けない。
 「 」は混沌ではなく、また混沌であるゆえ。
 我は世界となり、自らの体を固有結界にして混沌と化した。
 それで『半分』。ようやく『半分』なのだ。
 混沌でありながら混沌でなきもの。
 秩序でありながら、秩序でなきもの。
 「 」はまったき存在――いや存在でさえない。
 「 」としかいいようなきもの。
 それはただ一なるもの。
ゆえに『永遠』であり『永劫』であり『刹那』であり『虚無』である。
ゆえに存在『しており』、また存在『せぬ』。
 この矛盾。
 しかし矛盾も矛盾ではなく、「 」の一部。
 矛盾はより高位において矛盾でなくなる。
 最高位の「もの」――すなわち完璧、完全、まったきもの。
 もし完璧なるものがあるとしたら、なんと表現するか。
 perfectといっても英語圏の者のみ。言葉の意味が伝えられぬ限り、完璧が伝わらず、故に完璧を表現するのに適していない。
 表現するものもまた完璧でなければ、完璧を完璧として完璧に表現できない。
 そう我もまた不完全であり、不完全であるゆえに完全、まったきもの、一なるものを理解することはかなわぬ。
 ゆえにその存在をおぼろな影としてしか捉えるのがせいぜい。
 ――ゆえに「 」。
 「 」とただ存在を告げるのみ。
 ただ感じるのみ。
 そして辿り着いた者は抹殺されるといわれているが、それは否であろう。
もし不完全なものが完全を理解するためには、どうすればよいのか――ただひとつ。
 完全に、完璧に、まったきものになればよい。
 さすれば理解できる。
 しかし完全なもの、完璧なものはただ一つ。
 ただひとつゆえに完璧であり、完全であり、まったきである。
 ふたつとない。
 ならば――辿り着くとは、完璧になること。
 完璧になるということは――「 」になること。
 ゆえに、辿り着くということは――「 」になること。
 帰ってくる者はいないのは当然であろう。
「 」になるゆえ。
 だからこそ、そこで真なる魔法使いは消える。
 完璧なる者を目指して、純なる者を目指して高みを目指したというのに。
 かの5名の魔法使いは「魔法」であることで満足してしまい、「 」をのぞき見ただけ。
 99.9999……といくら9が続こうが、どんなに続けようが100になることはありえないと同じこと。
 純にして不純なる、相克して反克する「 」になれぬ哀れな者ども。
 かれらは求道者にあらず。
 人ならば「 」などというであろうが。
 我は魔術師なり。
 求道者なり。
 ゆえに従うは我が命題。
 我が命題は我が運命が定めたのみ。
 そこに些細な理由も疑問も存在せぬ。
 ゆえに我は世界を造った。
 我は世界となった。
 世界ゆえにそれは「初源の混沌」となり、その果てには我は消え去るであろう。
 しかしそれこそ望み。
 我が一縷の希望。
 混沌の更なる果てには根源へと至る道がある。
 だから我は消える。混沌の汚泥。初源の土塊となりて。
 しょせんこのようなことは些細なこと。
 なぜなら、我は求道者なり。
 魔法を得るため、「 」に至るため、我は道を求める者なり。
 ――しかし。
 しかし我は今宵はとても機嫌がよい。
 真祖の姫君に闘いを挑むゆえ。
 ガイアの抑止力との闘争の果てに何が見えるのであろうか。
 我はそれが見たい。
 我はそれが知りたい。
 我はそれの先を行きたい。
 ゆえに――戦う。
 深い愉悦。
 闘いとは初源の生命のこと。
 この世界はもとより闘争に、死にあふれている。
 最初アメーバにもみたない単細胞生物の時より、食べる食べられるという食物連鎖とその闘争において、生命は育った。
 そう。
 闘争こそ、生命の父たる資格がある。
 それに耐えられる生命は消え去り、耐えきった者はさらなる闘争へと続く。
 なんという矛盾。
 なんという螺旋。
 なんという連鎖。
 より複雑に、より細かく、より緻密になりゆくゆえに、根源より離れし生命を沸き立たせるのは『闘争』のみ。
 そして我は混沌。
 もっとも始源に近き者なり。
 そして真祖の姫君――ガイアの抑止力との闘い。
 なんという僥倖であろうか!
 そして蛇が再び目覚め、地上を徘徊している。
それを追って姫君は城から出たという。
 極東の地。
 そこに蛇と姫君はいる。
 我はそこへ向かい、
 そこで闘争し、
 そこにて、その先を見んとする。
 我は求道者ゆえ――。




 




否、否、否、否、否、否、否、否、否、否、否、否、否、否、否、否、否、否、否、否、否、否、否、否、否、否、否、否、否、否、否、否、否、否、否、否、否、否、否、否、否、否、否、否、否、否、否、否、否、否、否、否、否、否、否、否、否、否、否、否、否、否、否、否、否、否、否、否、否、否、否、否、否、否、否、否、否、否、否、否、否、否、否、否、否、否、否、否、否、否、否、否、否、否、否、否、否、否、否、否、否、否、否、否、否、否、否、否、否、否、否、否、否、否、否、否、否、否、否、否、否、否、否、否、否、否。




 我は求道者であるが、それよりも、この生命のスープである混沌を沸き立たせたい!
 我が求める道は闘争なり。
 ゆえに我はこの会合に参加したのだ。
 すべては我が為。
 かの真祖の姫君との闘争による愉悦。
 あの血の沸騰するような高揚感。
 解き放たれた混沌の群。
 このような言葉、嗜好こそ、些細なこと。
 我は――求道者ゆえに、闘争する。
 我は世界であり、生命であるがゆえに。
 闘争を欲する。
 それこそが、我が命題なり。
 いざ、その場に向かわん。
 「 」に辿り着くがために。

あとがき

 リクエストのネロ・カオスです。
 わたしにとってネロ・カオスというのは、興味深い存在でした。
 すでに月姫で死亡することが確定されている死徒二十七祖の10位。
その能力は「獣王の巣」
 さてなぜ魔術で彼が吸血種となり、また獣王の巣なるものを作り上げたのか?
 そこへいたる道がかなり遠く、あっちにいったりこっちにいったり、ふらふらしてしまいましたが。
 まぁこれが、瑞香として捉えるネロの基本ラインです。
 ついでにわたしの「 」の考えも書いちゃいましたしね。これはナルバレック文書と同じく、なぜSS、というのもあるでしょうが。まぁおもしろい推論だと思って読んでくださいませ。

 では、また別のSSで

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1st. June. 2002 #34