密恋


 月明かりの中、志貴と秋葉は顔を近づけ合う。
 軽い口づけ。
今までの激しく貪るようなものではなく、後戯。
漂うは汗と男と女の匂い。性の匂い。
ふたりは少し時代かがった少女趣味の寝室にいた。
そこにある寝台でふたりは絡み合っていた。
真っ白でふかふかで干し草のような渇いた匂いがしたシーツからは、もう男と女が睦み合った濡れたものしかしない。
 そしてふたりは離れる。
見つめ合う二人。
その瞳にはお互いしか写っていなかった。

「……ふふふ、兄さん」

秋葉は楽しそうに笑う。
今までの痴態で見せた女の貌ではなく、お嬢様の笑み。
 志貴にはその笑みも今さっきの笑みも、矛盾しているけど、秋葉にはよく似合っていると思った。

「好きです――愛しています、兄さん」

秋葉はきまってこの台詞を情事の後にいう。
 それを苦笑しながらも受け止めるしかない志貴は、いつものとおりにかすかに笑いを浮かべ、秋葉のその黒髪を撫でた。
 そうすると、秋葉はすこし拗ねる。
 柳眉をやや八の字にしたり、逆立てたりと、見ている志貴からすれば、その起伏にとんだ感情表現は、秋葉らしい、と感じていた。

「……まったく、いつもいつも言っているんですから」

秋葉は少し上目使いで、睨んでいる。
そんな秋葉に、志貴は顔を寄せてまた口づけする。
今度は今さっきのよりも長く――甘く。

(……兄さんはとってもズルい)

秋葉は眼鏡をかけている愛しい人のその唇の感触にうっとりと酔いしれながら、思う。

(困るといつもこうして……)

それでもいいかもしれない、と考える。
いなくなったときに感じた絶望、そしてその絶望が日常へと変わっていくおぞましさ。
 平凡。
 日常。
 恒常。
そういったものに慣れていく感覚に怯え、浅上に逃げ帰り、そして兄さんの唐変木ぶりに憤慨し、そしてようやく戻った。
 そう――戻った。
 ふたりはようやく戻ったのだ。
 そして躰を重ね合う日々。
 睦み合い、求めあい、そして充実した夜。
そう考えると、秋葉は溶けていく。
ずっと一緒にいられると考えるだけで、秋葉は溶けていくのだ。
 心の澱も、淀みも、苦しみも。
 この愛しい志貴と一緒にいられるだけで、秋葉は自分のままでいられると感じていた。
 このままひとつになりたいとさえ思う。
 体も、心も、魂でさえも、ひとつに。
 死でさえもわかつことができないように。

(……兄さんの匂い)

激しい情交の後でようやく気づく、あの匂いに、秋葉はまたドキリとする。
志貴もそれは同じだった。
 若さゆえが、つい交わると思うといてもたってもいられず、精も根もそれらすべてをこの愛しい女性に注ぎ込んでしまう。
そして秋葉はそれをすべて受け止める。
だから、ふたりとも終わった後に気づくのだ。
 酸っぱい様な臭いような――でも愛おしいようなこの匂い。
ふたりが交わってうまれた性臭。
淫靡な臭い。
たとえ仮初めとはいえ、世間一般では兄妹と呼ばれるふたりが交わってうまれる、この背徳の臭い。
 それがふたりのこの臭いだった。

 ようやく志貴は唇を離す、名残惜しそうに。

「……もう知りません」

プイっと横を向く秋葉。月明かりでもわかるぐらい、顔は朱色に染まっていた。
志貴はそんな秋葉を目を細め、とても愛おしそうに眺めていた。

「俺も好きだ。愛している、秋葉」

その言葉にびくりと体を動かし、怯えたように愛しい男を見る。
そんな視線にさらさせても、志貴は悠然と構えていた。

「……本当……ですか?」

秋葉は自分からせがんだというのに、いざ答えを聞くと信じられないといった表情をうかべている。

「いったろ、秋葉」

志貴はぐっと自分の胸に秋葉を抱き寄せる。
その意外と厚い胸板に抱きかかえられて、秋葉は小さく可憐な悲鳴を上げる。
頬にあたる胸の厚さが心地よく、その汗ばんだ皮膚が体になじんでいくよう。
胸にある大きな傷は、ふたりの証。
志貴が秋葉の兄さんになったという証。
だから秋葉は志貴の胸に抱きすくめられるのが、大好きだった。
 志貴はそのまま、そっほを向いて、直接見ないようにして、断言する。

「秋葉は妹なんかじゃない。俺の“女”だ」

志貴の顔も真っ赤になっていた。
 上から聞こえてくる躰を痺れさせるような志貴の低い声にうっとりと目を閉じる。
 目を閉じると心臓の鼓動が感じられた。
それは秋葉のものと同じく規則正しく、でも少し早めに鳴り、秋葉を陶酔させた。

(このままとけて一緒になってしまえばいいのに)

秋葉は幸福を噛みしめながら、志貴の背に手を回した。
志貴も秋葉を抱きしめる。
ぎゅっと、力強く。
息もできないほどに、強く。
でも秋葉には全然苦しくなかった。
 この苦しみよりも胸の中にある暖かなものの方が力強く、秋葉を支配していた。
 しばし抱き合った後、

「……兄さん」
「なんだい、秋葉」
「わたし……兄さんの子供が産みたい」

その言葉に志貴の躰は硬直する。
秋葉は気づかないふりをして、そのまましゃべり続ける。

「兄さんで躰の中をいっぱいにしたい。
あふれるぐらい。
息さえも。
心さえも。
そして肉体も。
胎内も。
すべて、すべていっぱいにしたいんです。
――だから産みたい。
兄さんの子供が産みたいんです」

志貴は頭を撫でて、そっと言い聞かせるように言う。

「……でも今はダメだ」

その返答に秋葉は志貴をキっと睨みつける。
秋葉にとってはある意味一世一代の台詞だったから。
 でも志貴はそんなにらみつけ、憤怒の表情を浮かべる秋葉を、美しいと感じていた。
 まなじりはつりあがり、柳眉は逆立ち、その瞳には強い意志。
 けっして折れない、自分の意志を貫く輝き。
 全身からあふれかえるような生命力。
 美しいだけでなく、このまっすぐな気性と勝ち気な性格。
それこそ秋葉だと、だからこそ美しいと、しみじみ思った。

「わたしと兄さんが兄妹だからですか!」

秋葉は志貴が見とれるような怒気をみせつけて、問いかける。
そんな秋葉に対して志貴はかぶりをふる。

「違う。まだ秋葉も俺も子供で、まだ何にも知らないからだ」

やさしく諭すように言う。
この怒りの女神に。

「子供は愛の証だけど、子供は別の人間なんだ。こちらの感情で産まれてきたら――可哀想だろ」
「……」
「秋葉も親父に遊んでもらった記憶はあるかい?」

その言葉に蘇る昔。
ただ当主として、遠野家の人間としてふさわしい教育ばかりの日々。
冷たく――牢獄の中にいるような日々。
家族の思いでなど、志貴と庭で遊んだものしかない。
だからこそ、秋葉は志貴に惹かれたのだ。

「……いいえ」
「そんな家庭じゃない、なんていうかほっとするような家庭を持ちたいんだ」
「……兄さん」
「秋葉とふたりきちんとそろって、子供にかまってやれて、にこやかに笑って、健やかに育ってくれるような環境で。――だから、まだ早いんだ、秋葉」
「……わかりました、兄さん」

秋葉の怒気は薄れ、また志貴の胸に躰を預ける。
そんな秋葉の頭をそっと撫でる。
 もう、わたしはそんなに子供じゃないのよ、といった表情を一瞬だけ見せたが――。
でも秋葉は目を閉じ、志貴の躰を感じるように優しく笑った。

「まだ俺達は恋人なんだ、秋葉」
「……恋人?」
「そう。だから恋が満ちるまでまとうよ――ふたりでさ」
「……満ちるまで……」

秋葉は志貴の言葉に酔いしれながら、背にまわした手に力を込めた。

「満ちたら何になるんです、兄さん?」
「あ……それは…………」

志貴は言いよどんだ。
再び見上げて、志貴を見る。
しかしその時の顔はただ愛しい人を見る、女の貌で。
艶やかで、たおやかで、でも芯が一本通った美しい笑み。

「……なんです、兄さん?」

秋葉は追究の手をゆるめなかった。
志貴はそっぽをむいていた。
顔は赤く、汗をかいていた。
 そんな照れた顔がとても可愛らしい、と秋葉は思った。
 秋葉の無言の圧力に屈したかのように、ぼそりという。

「愛になるんだよ」
「まぁ」

秋葉はわざと大きく言う。

「じゃあ恋人の次は――愛人ですか、兄さん?」
「ち、違う。ぜったいに違う」
「わかってますとも、兄さん」

慌てふためきおたおたとしている志貴に対して、今度は秋葉から口づけ。
 不意打ちに驚くが、その柔らかい感触と甘い吐息に志貴の方からのめり込むように、味わった。

 いつか恋が満ちて愛になるまで。
それまで寄り添っていたいと、秋葉は思った。
そして目の前の愛しい人も同じ考えだと確信していた。
そう確信させるほど甘く、酔わせるような、熱い口づけだった。

あとがき

 ひゃー(笑) ひゃーですとも!
 ラヴラヴですぅぅぅぅ。
 どうしたんでしょうか、わたし(笑)
 こんな話を書くなんて(笑)
 もしかして――夏風邪かも? 病気かも?(そんなことないか(笑))

 次は「ふふふのふ」か「織×秋隆」の予定です。
 たぶん、きっと……そうだと……いいなぁ(笑)

 まぁとにかく。
 別のSSおあいしましょうね。

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31st. July. 2002 #52