がみ〜 秋 葉 〜        





「まず志貴さんはですねぇ――



 はじまりは何気ない会話だった。
 兄さんが琥珀を選び、わたしを妹として愛してくれると誓ってくれたあの夜から半年――
 兄さんは嘘がヘタ。まるで瀬尾のよう。もっともそれが兄さんのいいところなんでしょうけどね。
 兄さんが産まれた隠れ里、七夜の里を琥珀は見つけだし、兄さんは乾さんと旅行と称して出かけた。
 愛する女性に逢いに行くと素直に言えばいいものを。隠す兄さんを、ついついわたしと翡翠はからかって、いたぶってしまった。だって――あんなにのろけているのだから。
 はっきりいってデレデレしていて見ていられないほど。
 小学生だってもう少しうまく立ち回れるというのに。
 しかも帰ってきた時には琥珀と一緒なんだから――兄さんの呑気さに呆れ、そしていちゃついた雰囲気をもつ二人に悋気さえ感じた。
 琥珀もバカでないから、わたしの前で兄さんといちゃつくところなんて見せなかった。しかしふたりの視線が絡み合うたびに、ふたりの間にはえもいえぬ柔らかで穏やかな雰囲気がうまれる。
 それを見ていると、胸を突くような切ない寂寥感と、胸を焦がすような痛い焦燥感と、胸を締め付けるような苦しい羨望感を覚えてしまう。
 ふたりは――まさに死と隣り合わせでありながら確かめ合い慈しんだ愛があった――他の誰もが入れない、心の奥底でしっかりとつながっているのだとまざまざと見せつけられた思いだった。
 式神として兄さんの命を共生していたのに。
 もう――あの時に感じた胸の奥の熱い迸りはない。
 死に瀕した兄さんはもうわたしの力を借りることもない。琥珀の感応さえあればいい。それだけで兄さんは生きていける。



 もう――わたしの力なんていらないのね。



 そう思うと、哀しさを覚える。
 兄さんはもうわたしを必要としない。秋葉なんていらない。
 ――なのに、わたしはこんなにも兄さんを必要としている。
 たった一つの我が儘だった。
 それだけがわたしの望みだった。
 たった一度ぐらいなら、わがままも許して欲しい。
 遠野家の当主として、魔を統べる者の長として、家長として、わたしはまわりの人の期待に応じて生きてきたし、これからも生きていく。
 だから――――そのたった一度きりの我が儘を、わたしは伝わることのない恋慕のために捧げたかった。
 兄さんがわたしの手の中に入らない。
 けっして入ることはない。
 そんなことはわかっている。
 昔と同じく、あの時から同じく、ずっとずっと憧れの異性。
 まるで遠い星のよう。
 それを手に入れたいなんて――なんて我が儘。
 その我が儘はわたしの胸の奥にひっそりと眠りにつき、兄妹して過ごしていく予定。
 それでよかった。
 はず、だった。



 兄さんは時折朝早く起きてくる。いつもはわたしがあんなに口酸っぱく言い聞かせても、翡翠がどんなに頑張っても起きてこないのに、わたしと一緒に食事することもあるのだ。
 それは多分――――――琥珀と愛し合ったのだと思う。
 琥珀のもつ力によって、兄さんは元気になるから。
 逆にいえば兄さんが早起きする朝は、琥珀と床を一緒にしたということ。
 そう考えると恥ずかしくなってしまい、ついつい兄さんに『いつもは起きないのに』とあたってしまう。そんなことをしてもどうしようもないというのに。
 琥珀もその時は、綺麗、だった。
 くやしいけど、綺麗だった。愛し愛されるというのは女を輝かせるものだというけれど、それは本当。だって、琥珀の肌は瑞々しく、いよいよ白くぬめりをまして脂がのっていて。立ち歩く姿もしながなまめかしく匂い立つほど。
 悦びに満ちた愛を確かめ合ったのが、こちらからも一目でわかってしまうほど。
 倖せでなまめいた色を放ち、独り身であり兄さんに恋い焦がれるわたしにとって、眩しかった。
 時折みえる襟元からみえるうなじにある鬱血の跡にドキリとしてしまう。
 生々しい交歓の跡。いまだ男を知らぬわたしにとっては刺激が強い。それだけで、兄さんを兄さんとして愛すると誓ったのに異性として感じてしまって――そんな琥珀から目をそらしてしまうことがしばしばあった。
 それとなく、琥珀の姿を目におうようになってしまっていた。
 朝、髪を梳く時に、夜、髪を洗う時に、琥珀にそんな兆候は見えないか。
 なんてあさましいと思う。
 兄さんを兄さんとして愛すると決めたのに、どうしてもわたしには兄さんが愛しい異性にしか思えず、こうして兄さんの跡を探してしまう。
 そんな時だった。






「志貴さんってスゴいんですよ」



 何気ない一言。朝、琥珀に梳いてもらっている時。
 少し寝ぼけていて琥珀が何を言っているのかわからなかった。
 また視線を琥珀の襟元などに注いでいたため、聞き逃してしまっていた。



「兄さんの何がスゴいというの?」



 わたしは視線を琥珀の白い肌に注ぎながら聞き返した。
 琥珀は鼻歌を歌いながら、やさしく丁寧に梳いてくれる。



「いやですよ、秋葉様。ナニってナニですよ」



 わたしには最初わからなかったが、琥珀の首筋に交歓の跡を見つけだしたとき、ようやく腑に落ちた。
 とたん、顔が紅潮する。鏡の中のわたしの顔は紅く、そんなわたしを見たくなくて俯いてしまった。
 そんなわたしの様子に気づかないのか、琥珀は鼻歌を歌いながら、しゃべり続けた。



「志貴さんってホレボレしてしまうぐらいなんですよ」
――――――そんなに?」



 つい好奇心から聞いてしまった。
 とたん、なんて自分がはしたないことをしているのだろうと羞恥心にかられる。
 鏡の中で琥珀の目とあう。宝石色のそれはきらめきしっとりと濡れていた。口元には笑み――でも琥珀のそれは信用してはならないことを十二分に知っている――が浮かべられている。でもその笑みはいつものとは違い、美しい女の笑みで。
 思わず認めてしまうほど。
 愛しい人に愛されるということはこういうことなのかと思う。
 そしてさもしい羨望がつのる。
 そしてなんともいえない愉悦が躰を走った。
 兄さんが、遠野の長男が選んだ人は使用人で、わたしの付き人。
 琥珀は遠野家に蹂躙された女性。だからこそ、彼女が幸せになるのを心から祝福したいというのに。
 父槙久に幼いころから陵辱されていたからこそ、そんな辛い、女にとって無惨な死にも劣らない苦しみの中で耐えて生きてきたからこそ、彼女の提案に乗ってもよいと思っていた。彼女になら殺されても良いとさえ思っていたのに。
 そんな強い女性が初めて掴んだ幸せ。愛しい異性と過ごす柔らかで温かい日々を手に入れたというのに。
 なのに嫉妬するわたしがいる。
 わたしではなく、兄さんを手に入れた女性に対して、羨望し、嫉妬している。
 それは酷く――酷く、女の浅はかな感情だった。
 その心がわたしの胸からわき出てくる。
 なのに、それはとても甘美で、とても酷く歪んだもので――
 その甘美な調べに、わたしは恐れを抱いた。
 伏しながら、



「琥珀、そのようなことを言うのはやめなさい」



 と告げるので精一杯だった。






















 その日一日中、琥珀の言葉を幾度も反芻していた。
 それは閨のこと。男と女の睦言。
 兄さんと琥珀が抱き合い、愛し合っていること。
 事実だとわかっていたのに、理解していなかった。
 兄さんは男で、琥珀は女で――愛しあっている健全な二人なのだから、その行為はとても自然なことで、祝ってあければよいのに。
 なのに感じるのは、むごく惨めな気持ち。
 琥珀の幸せを、遠野の血の贄となってきた彼女の幸せを素直に喜ぶことが出きないなんて――
 相手が兄さんだから?
 琥珀の相手が兄さん、遠野志貴でなければ、わたしは祝福したのかしら?
 もしそうなら――――――
 あさましい未練。
 そう思えば思うほど、思考の迷宮へと入り込んでいく。
 胡乱で、浅はかで、惨めで、泣きたくなるほどだった。
 なのに、わたしはたしかに甘美なものを覚えていた。
 こんなあさましくて意地汚いわたしだと、胸は告げているのに、そこにはとろけるような甘い何かがあって。
 やるせなかった。
 狂おしかった。
 初めて、自分のことがわからないと、ふと思った。






 次の日、わたしは髪を梳いてくれる琥珀に、尋ねてしまった。
 なぜなのかわからない。でもつい尋ねてしまったのだ。



――――――兄さんはやさしくしてくれる?」



 すると琥珀は鏡の中のわたしを見つめ、それはそれは本当に幸せそうに、倖せそうに、とろけるような笑みを浮かべたのだ。



 はい、と――



 胸が締め付けられる思いだった。
 目の前で明るく朗らかに笑う琥珀の姿はとても綺麗で自信に満ちていて。
 それを羨望の目でみつめてしまうわたしは、なんて醜いのだろうか。
 たぶん、わたしは物欲しそうに見ているのだ。
 手に入れられないモノをねだって。
 あさましく。
 こんなにも惨めだというのに、それでもたったひとつの我が儘にすがってしまう。
 なんて――愚か。
 なんて――さもしい。
 どんどん自分が惨めになっていく。
 兄さんが愛する女性を付き人にしているわたしはいったいなんなんだろうか?
 思考はどろどろでまとまりがなく、わからなかった。






















 それからだった。
 朝が変わったのは。
 いつものとおり琥珀が起こしに来てくれて、身繕いをする。
 いつものとおりに髪を梳いてもらう。
 でもそのときに、琥珀はなぜかたびたび兄さんのことを口するようになった。
 女の子どうし、といえばたしかにそれまでで。お嬢様学校である浅上でもそういった卑猥な話は口端にのぼることもある。浅上では、完璧の遠野、麗しのお姉さまでとおっているわたしがそのような話に加わることはなく、遠くから聞こえてくるのを耳に挟むだけ。
 実際、わたしは、いつか兄さんに初めてを、と蒼香のいうところの少女趣味なところがあったし、それにやはりわたしもお年頃ということもあって、その手のことに対して興味もあった。でもそれに表だって参加することはなかった。羽居にいわせると『秋葉ちゃんってむっつりさんなんだね』と言われたが、むっつりさんの意味がわからず、蒼香に尋ねると『お前さんは知らなくていい』と煙に巻かれてしまった。
 それよりも瀬尾が意外とその手の知識を持っていて、吃驚してしまった。『中等部なのにすすんでいるのね』としみじみと言うと、『遠野先輩が奥手なんですよ』なんて言われてしまった。
 まぁそのあと仕返しとして瀬尾をたっぷりと虐めたけど、瀬尾にも『知らない方がいいですよ』、なんて言われてしまい、それからは聞いていない。
 いつの間にか、琥珀のその話は日課になっていた。
 そしてわたしも睦言のことを聞くのが楽しみになっていた。
 なんて愚かしいと思うけれども、止められなかった。
 調子づいて話す琥珀の告白は軽く冗談めいていたが、詳細に、より詳しくなっていった。
 兄さんがどのような感じで触れてくるのか。
 兄さんがどんな口調で愛を囁くのか。
 兄さんがどんな風に愛してくれるのか。
 軽い冗談めいた話し方だったけれども、それはまさしく猥談だった。
 猥談を朝から話していると考えると羞恥に身を焦がしてしまう。
 恥ずかしくて顔から火が出そうなほど。
 やめようと思い、今日ははしたないとたしなめるつもりなのに。
 琥珀の告白に、ふたりの睦言に、兄さんを感じてしまって、わたしは聞き入ってしまう。
 琥珀の瞳の色に。
 琥珀の言葉に。
 琥珀の艶めいた肌に。
 琥珀の薔薇色の唇に。
 妖しく絡め取られてしまったかのよう。
 兄さんへの思慕の情が、なんだか劣情になってしまったかのようで。
 そのたびに感じる後悔を感じ、恥ずかしさに顔を紅潮させるというのに。
 はしたない行為だと、いやらしい行為だとわかっているのに。
 それでもやめられず、逆に琥珀の告白を待ちわびるようになっていった。






















――どうしました、遠野先輩?」



 瀬尾の声にはっとする。
 いきなり音が元に戻る。
 まわりに感じる人の息づかい。



 ――いやだわ、わたしったら……。



 今、生徒会の会議中だというのにぼおっとしてしまって。
 心配そうに見つめる瀬尾に微笑みかえす。



「大丈夫よ、瀬尾」



 いつものとおりの完璧なお嬢様の笑顔で返すと、瀬尾はほっとしたように安堵の表情を浮かべる。



「いえ、でもびっくりしましたよ。遠野先輩が心あらずっていう顔をされるなんて初めてでした」



 なんて無邪気な笑みを浮かべるのでしょうね。
 あのいつもの、へへへ、という小動物めいた笑み。
 可愛らしい笑顔で、重く沈んでいた心はほんの少しだけ軽くなった。



「わたしにだって、時には物思いにふけることもあるわよ」
「そんな」



 目を細めてにこっと笑う。



「だって会議中ですよ。そんなの遠野先輩らしくありませんよ」
………………



 わたしが何も言い返さないと、瀬尾は慌てたようにばたばたし始める。
 落ち着きが無くて、まるで兄さんのよう。



「あ、あのですね。そうじゃなくて、わ、わたしの言いたいのはそういうことじゃなくて……」



 わたわたとしていて、見ていて楽しい。まるでちょこまかと動く愛玩動物のよう。
 俗で言う癒し系というのでしょうね。心が和んでいくのが感じられる。



「いいのよ、瀬尾」



 こんなにやさしい声がでるのは久しぶり。



「それにありがとう。心配してくれて」



 とたん瀬尾はかあっと顔を紅くする。さらにわたわたと、バタバタとして始める。



「……あ、あの、あのですね……ええっと……」



 混乱してものすごく慌てていて、でも可愛らしい。
 もし虐めたらどうなるのかしら、とも思う。
 何か躰の奥でくすぶるような、甘い――。



「でもね、瀬尾。今は会議中だから、そんなに大声を上げないでね」



 躰の奥底のなにかを振り払うようにしゃべっていた。



「…………あっ」



 わたしの指摘にさらに紅くして、小さいからだをさらに小さくしている。
 まわりでおこる失笑。その声がさらに瀬尾を追い詰めていく。



「すみません。つい物思いに耽ってしまって。さぁ続けましょう」



 瀬尾への助け船にみんなの笑いもなくなり、雰囲気は前の硬く引き締まったものへと戻っていく。
 戻らないのは――――――――わたしの心、胡乱なわたしの心だけ。
 兄さんのことをはしたなく思う、未練だけ。






















































 罪深い。






















































 なんて罪深い。






















































 そう思う。






















































 なのに、心の奥にある昏い火はチロチロと






















































 わたしをさいなむ。






















































 自ら汚す行為。
 はしたない痴態にみちた行為。
 遠野の当主としてふさわしくない、いやらしい行為。
 なのにそれは、わたしの日課となっていた。
 後輩や先輩方に挨拶をした後屋敷に帰るのは、わたしの兄さんの少しでも側にいたいからだった。
 遠野の財力とわたしの優秀さによって浅上での特例を作り上げていた。寮があるのに家から通っているのはわたしぐらい。
 兄さんの側にいたい。
 ただそれだけ。たったひとつの我が儘。それを叶えるために――なんて愚かなんでしょう。
 家にかえるとすぐにわたしは自室に閉じこもり、制服を脱ぎ散らかし、ベットへ潜り込む。
 車でむかっている間にも、わたしの心の中ははしたない思いに駆られていた。
 スリップ一枚となり、目を閉じる。
 思い出すのは、琥珀の言葉。
 あの告白の言葉。
 兄さんがどのようにして琥珀を愛しているのか、それを思い出す。
 何度も車の中で反芻し、間違えないように、兄さんの行為の順番を幾度となく確認する。
 兄さんの目、兄さんの呼吸、兄さんの吐息、兄さんの指先、兄さんの温もり――
 それを反芻だけで躰は熱くなり、車の中でもじもじとしてしまう。
 鈴木に気づかれてしまうかも知れない。
 なのに、わたしは一秒も、瞬きする時間も惜しかった。
 心の中は兄さんのことばかり。胡乱な心のはじまりはいつだったか、もう覚えていない。
 ただ琥珀があのてらてらと濡れてふっくらとした唇で囁かれただけで、わたしはその糸に絡め取られてしまう。
 胡乱で惨く愚かな女の心に囚われてしまう。
 学校へいっても、ふとするとそのことばかり思ってしまって。
 まるで色情狂のよう。
 まるで盛りのついた獣のよう。
 色欲にこんなにも溺れてしまっていて――
 前はこんなのではなかったのに。
 なのに、琥珀の首筋についた跡が、まとわりつく情事後のなまめかしい色が、ささやく言葉が。
 こんなにもわたしを捉えていく。
 捉えられ、囚われて、動けなくしてしまう。
 その生々しい肉色の糸がわたしの心を肉体の悦びに縛り上げてしまう。
 だから、帰るとすぐに部屋に閉じこもり、琥珀の言葉を思い出す。



――まず志貴さんはですね)



 その言葉で始まる、ふたりだけの睦言。なのに、わたしはそれを聞いている。
 そう、聞いている。ふたりの睦言をのぞき見しているのと同じ。たとえ琥珀がそういっているとしても、そんなはしたない事はやめさせればいい。彼女はわたしの付き人なのだから。命令すればいい。
 わたしはただ命じればいいだけ。もうやめなさい、とたしなめればいいのに。
 ――――――――止められなかった。

 琥珀の言葉を思い出す。
 まず抱擁。ふたりで互いの躰の熱さを確かめる行為。
 わたしは自分で躰を抱きしめる。
 虚しいなの、やめられない。強く硬く抱きしめてしまう。
 そして口づけ。







 兄さんの唇はいったいどんな感じなのだろう?







 硬いのか、柔らかいのか、それとも――
 唇にそっと指で触れてみる。






 ――足りない。






 指先で自分の唇をそっと撫でただけだというのに、逆に飢えにも似た物足りなさがつのってくる。
 胸に手を這わせる。
 小さい胸。大きすぎる胸はおばかさんにみえるから嫌いだけど、小さすぎるのは、女らしくないようで恥ずかしかった。
 兄さんが琥珀を選んだ理由は胸の大きさなどではなことは充分承知していたが、この控えめな胸では琥珀から兄さんを奪うことさえ許さないといっているようで。






 ――――――――そうか。






 わかった。わかってしまった。
 わかりたくなんて、なかった。
 そう。
 なんだかんだ言いつくろっても、わたしはやっぱり兄さんが欲しいのだ。
 琥珀から奪いたいほど。
 兄さんが欲しい。
 兄さんだけいればいいと心が叫んでいる。
 倖せになってほしいって、殺されてもいいだなんて言っておいて、考えるのは自分のことばかり。
 ただ――兄さんに愛されたいと。
 兄さんに抱かれたいと。
 兄さんの恋人になりたいと。
 兄さんが好き。大好き。愛している。
 こうして自ら貶めることができるぐらい。
 兄さん、兄さん、兄さん。
 兄さんの唇が、兄さんの指が、兄さんの声が、兄さんの吐息が、兄さんの熱さが。
 琥珀からの睦言で知っている、それらがわたしを高ぶらせる。
 躰が火照ってくる。
 呼吸が荒くなっていくのがわかる。
 苦しい。
 欲しい。
 欲しくて堪らない。
 体中の細胞ひとつひとつがざわめきうなっている。
 熱く高ぶって、ひきつるぐらい。
 スリップの上から胸を弄くり回す。
 激しく、皺なんて気にしない。
 強く揉む。
 兄さんはやさしくまるで羽毛で撫でるようにいじるんですよ、なんて琥珀はいうけれど、そんなことはできない。
 官能が渦巻き、わたしの躰を縛り上げる。



 こんなにやらしい。
 こんなにさもしい。
 琥珀の視線を感じる。
 琥珀のあの瞳を。
 あの宝石色のそれがわたしの心を胡乱にさせていく。
 こんな淫らなわたしを見ている。
 わたしを責め立てている。



 兄さんは琥珀の恋人



 わかっている。そんなことはわかっているのに、躰は止められない。
 熱く高ぶるような疼きがわたしの心をバラバラにしていく。
 ……欲しくて。
 ショーツはすでに濡れている。
 淫蜜でじんわりとした染みが出来ていた。
 これを琥珀が、翡翠が見たらどう思うだろう。
 遠野の家長。魔を統べる当主。完璧の遠野先輩。麗しのお姉さま。
 そんな女なんていない。そんなのは幻想。
 ここにいるのは、ただ琥珀の恋人を略奪したいと思っているあさはかで淫乱な女だけ。
 羞恥が背筋を駆け抜け、熱くしていく。
 灼熱の炎が背骨を灼き、身震いさせる。
 息さえ出来ない。
 指がはしたなく、自分のそこをもてあそぶ。
 ぐちゅぐちゅと水の音。淫蜜の湿った音が響く。
 兄さんのことを考えるだけで、琥珀のことを思い浮かべるだけで、こんなにも。
 熱気につつまれて、肺までも焼かれていく。
 この淫靡な火に灼かれていく。
 息さえも、灼けてしまい、なにもかも残らない。
 兄さんと琥珀との交合。交歓。
 それを思い浮かべるだけでこんなにも苦しい。
 苦しいのに、気持ちいい。
 気持ちよくて、痺れて、熱くて、躰をよじってしまう。
 体中の神経がとけていく。
 兄さんを付き人に取られる、という屈辱。
 兄さんが姉妹のような女性がつき合う、という安堵。
 琥珀でなければよかったの?
 琥珀でなければ――――
 苦しい。
 でもその、心をこすり続ける鈍い痛みでさえも、えもいえぬ愉悦となっていく。
 兄さんと琥珀をみているとわき起こる甘美な――とても甘美なソレ。
 さらにあそこが淫蜜で湿ってしまう。



 ――じゅぶ……



 はしたない音がアソコからしてしまう。
 肉襞は充血しきって真っ赤。
 腫れ上がっているかのよう。するだけでこんなにも気持ちいい。
 秋葉はなんてはしたない娘なの。
 父の叱咤を思い出す。
 あんな父なんて、琥珀を縛り続け、家のために貪っていたあんな父なんて!
 わからない。
 この入り交じったぐちゃぐちゃで暗く押しつぶされそうな感覚は、とても淫靡で。
 こんなにも、はしたなくさせていく。
 父に叱られるわたし。
 兄さんを叱るわたし。
 琥珀を羨ましいとみているわたし。
 みんな、わたし。なにもかも、秋葉というもの。
 鏡をチラリと見る。
 視線の中のわたしと視線が合う。
 いやらしい顔をしていた。
 こんな貌ができるなんてと思うほど、爛れたやらしい顔。
 蕩けきった性悦と恥辱にまみれたいやらしいオンナの貌。
 いくら目をそらしても、鏡の中のわたしは見つめていた。
 指の動きが激しくなる。
 見られていると思うとはしたなく、さらに乱れてしまう。
 肉襞をかきわけ、淫裂を音をたつほどにいじる。



 完璧な遠野、麗しのお姉さま。



 こんな姿を見ても、わたしのことをそんな風に呼ぶのかしら?
 鏡の中のわたしは、真っ赤に充血して淫蜜でてらてらと輝き、茂みさえもべっとりと濡らした股間をいじくっている。
 指先で何度もなで上げ、お尻から前の刺激まで何度も何度も強くこすり続けていて。
 空いている手は胸をスリップとブラジャーの上から揉んでいて。むちゃくちゃに、まるで絞るように強く。
 躰を幾度となく扇情的にくねらせ、白いはずの肌は赤く、ぬめりを帯びていて。
 そこにいるのは見たこともないいやらしいオンナ。
 目は潤み、口をはしたなく開き、喘ぎ、頬を上気させ、荒い嬌声をあげているような――はした女。
 カチューシャで押さえた髪は乱れ、汗ばんだ肌にはりつき、なんていやらしい。
 頬にも首にも、方にもかかり、白いスリップの上をいやらしい陰影をつけていて。
 躰の奥からの突き上げてくるような、溺れさせるような、灼きつくような何かに。
 ただ乱れて。
 ただいやらしく。
 ただ狂おしく。



























 こんなのわたしなんかじゃない。



























 いくら叫んでも。



























 こんなのは嘘よ。



























 いくら目の前の淫乱にたしなめても。



























 ――――――――――駄目。全然駄目。



























 そうすればそうするほど、恥辱の火はチロチロとわたしを灼く。
 首をふってひねって、逃れようとしても、被虐のわななきは、淫虐の昏い愉悦は。
 わたしを蝕んでいく。
 その紅潮した肌を、そのピンク色の筋肉を、その白い骨を貫いて。
 わたしの中へ中へと入り込み、ぐちゃぐちゃにしていく。
 鏡の中のわたしは獣だった。
 いよいよもって乱れた髪は赤くそまり、体中がバラバラになるほどの快感を感じる。
 かんじたことのない解放感。
 ひりつくようなところから抜け出し自由を満喫するような快感。
 見られているという背徳感。
 貶められているという被虐感。
 それらがまじりあって、躰の内側も外側を蝕んでいく。
 蝕まれていくという、このおぞましい快楽。
 屈服感。
 屈辱。
 淫虐。
 ドロドロとしているくせに、熱くて。
 頭の中はからっぽ。
 この皮膚の下をはいずり回る性悦だけに。
 胸をもみ、乳首をつまみ、女陰をいじり、陰核をつぶす。
 激しく、強く、何もかもわからなくなっていく。
 奥深くからこみ上げてくる圧力に、躰は反り返っていく。
 唇から嬌声。
 それだけではなく、涎さえ。
 漏らす。
 なのに圧力は逃げず、高まっていく。
 淫らに喘いでも。
 躰をくねらせても。
 愛液でシーツを濡らしても。
 甘美な電流が脊髄を幾度駆け抜けても。
 駄目。逃れられない。
 ひどく歪んだ甘美で昏いソレに――
 犯されていく。
 蹂躙されていく。
 陵辱されていく。
 淫らな昏い欲望に。
 躰の内側も、外側も、心でさえも。
 蝕まれ、陵辱されつくす。
 いくどとなく。
 痺れる。
 頭が白くなる。
 朱い線が走る。
 髪がわたしを縛り上げ、苦しめていく。
 たまらない。
 劣情に溺れていく。
 理性もなにもかも、秋葉というものもすべてが埋もれていく。
 突き上げてくる。
 牝の匂いに息さえ出来ない。
   全身が汗をかいてぬるぬるだというのに。
 息も絶え絶えだというのに。
 さらに求めて。
 粘膜と淫蜜とが、この上もない卑猥な音をたてている。
 肌が粟立つ。
 どんどん強く、高まっていく。
 いやらしい欲望がこんなにも強まっている。
 子宮が溶けてしまいそう。
 あそこを指でかき乱しながら、指はデタラメにただ快感だけを貪って。
 体中の穴という穴から熱く粘った汁をしたたらせているかのよう。
 これ以上ないほど。



「…………っぅうあっ!」



 真っ白な閃光がはしった。
 躰がのけ反り、そりかえってしまう。
 そして陰核をぎゅっと潰す。
 それは快感で躰が淫汁になってしまったかのよう。
 どろどろに、ぐちゃぐちゃになってしまって、そのまま蕩けて。
 股間からはしったそれは、脳髄をかき乱し、行き場を失い高まっていた快感は出口をもとめて、淫汁と化した牝躰をバラバラにさせていく。
 白くなる。
 そして赤く、紅く、朱く――――――――――――――――――



























 声さえ発せられない絶頂はどのくらい続いたのだろう。
 肉欲が埋められたというのに、どこかぽっかりとした穴があいていて。今詰め込んだはずの性悦がそこからこぼれ落ちていくよう。
 気持ちいいのに、どうしても埋められない。
 鏡の中のわたしは、そんな虚ろで胡乱なわたしを嘲け嗤っていた。
 火照った息を吐きながら、そんなわたしを見続けた…………
















































 どんなに絶頂を迎えても残るのはむなしさだけ。
 吐く息にはオンナの余韻が感じられたけど、からっぽ。
 なんにも――――――――――――なかったの。
















































 それでも、わたしは兄さんとの睦言を琥珀から聞いていた。
 それをもとにして、どんなに自涜しても、何も得られないと言うのに。
 どんどん心の中に澱が溜まっていく。
  嫉妬?
  恥辱?
 わたしがわからなかった。
 どうしてていのか、まったくわからない。
 手に入らなければいっそ、とさえ思う。
 こうして髪を梳いていて無防備な琥珀を、ただ殺せば――
 それだけで得られるというのに。



 得られる?



 わたしは嗤ってしまった。
 いったい何を得られるというの? 琥珀を殺したら兄さんはわたしを絶対に許さないでしょうし、何より琥珀を殺したらわたしが赦せない。



 なんて胡乱。



 学校に行っても、屋敷にもどっても、眠っても、醒めても。
 わたしの中にどんどんと澱が溜まっていく。
 この重く、苦しいもののせいで指一つ動かすのさえ鬱陶しかった。
 息を吸うのも辛い。
 何をしたいのか、何をしていいのか、そしてなにより――
 こんな時になっても考えるのは兄さんの幸せ、自分の幸せ、琥珀の幸せ、翡翠の幸せ。
 この屋敷に住むみんなの幸せ。
 みんなで幸せになりたいのに――どうして?
 どうして、ひとりでしかつながることしか許されないのでしょうね。
 兄さんは琥珀を選び、琥珀も受け入れた。
 なんて――幸せ。
 虐げられていた女性がつかんだ幸せ。まるで灰かぶり姫のよう。



 ワタシタチハ4ニンイルノニ、ナゼ“フタリ”デナイトイケナイノ。



 自分が怖くなった。
 なんて背徳的な考えを。
 おぞましい。
 そっと琥珀を盗み見る。
 こんなあさましくもおぞましい考えを知らずに、琥珀はただ楽しそうに髪を梳いていてくれた。
 でも、そんな琥珀を見ると、胸がイタイ。
 そして、とてもクルシイ。
 クルシクテ、タマラナイ。
































 熱い。
 熱い。
 熱い。
 なんて熱い。
 喉がカラカラで、干涸らびそうだった。
 でもいくら水を飲んでも癒されることはない。
 ただ乾きが、ひりつく渇きが、ただただかわきだけが残って。
 喉の奥をいがらっぽくさせている。
 兄さんを見るたびに、感じるソレ。
 琥珀を見るたびに、覚えるソレ。
 ふたりを見るたびに、思い出してしまうソレ。
 血液パックをいくら飲んでも足りない。
 わたしが飲みたいのは――――――――――

 熱い。
 苦しい。
 なんて熱い。
 なんて苦しい。
 こんなにも熱い。
 こんなにも――
































 熱い。苦しい。熱い。苦しい。
























 熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。
















 熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。








熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。熱い。苦しい。そして、欲しい。



 気が狂っていた。
 もし正気ならば拷問だった。
 だから気が狂っているはずだった。
 赤く、紅く、そして朱く――――――――――淫らな、夢。
 琥珀の流した血の海の中、血まみれの兄さんに口づけしている。
 兄さんの目に生気なんてない。
 陸に上がった魚のようなよどんだ目。
 でもわたしはうれしくて口づけしている。



 ようやく兄さんがわたしのものになってくれた。
 わたしだけのものに――――――――――
















































 ひどく歪んだ朱い夢が、さいなむ。
















































 気が違っていた。
 狂っていた。
 あんな夢をみるなんて――――――

 わたしは風呂にゆったりと浸かりながら、あさましい自分を責めていた。
 天井から水滴が落ちてくる。
 温かい湯が体も心もほぐしていく。
 気持ちいい。
 半身浴がいいというけれど、わたしはこうして肩まで浸かるのが大好きだった。
 肩までつかっていると、全身がこの湯にとけていくような感じで。
 年寄りくさいけど、ため息をついた。
 体がふるえるほどの愉悦。
 解放感。
   なのに、心は重い。
 最近見る夢に疲れていた。
 夢はその人の心の奥にある願望を表す鏡だという。
   ならばあれは――



 幸せに、とかいっておいて、こんな様だなんて。



 自嘲してしまう。
 体がたちのぼる牝の匂い。
 こうして風呂にはいってもとれないような気がしてならない。
 あさましく、まるで男に飢えているかのように、兄さんのことばかり考えて自涜してしまって。
 いっそこんな女の体なんてなければ、と思う。



 胸も小さいしね。



 自分で貶めてしまって、気が滅入る。
 なんて愚か、なんて罵迦。
 口まで湯船につかって、息を吐く。
 目の前にぶくぶくと泡が出来る。



「秋葉様、遅れましたぁ」



 琥珀が入ってきた。
 琥珀にいつも、洗髪を手伝ってもらっている。琥珀の手伝いがなければ入浴時間は倍以上になってしまうから。
 いつもと変わらず明るい琥珀の声。
 そして入り口の方を見ると、びっくりしてしまう。
 いつもは湯衣をまとって入ってくるというのに、琥珀はバスタオルでその体を包んで入ってきたからだ。



 ――どうしたの



 そう言おうとおもったとたん、口がとまった。
 琥珀の白い裸身にあるいやらしい性交のあと。
 胸に。喉元に。鎖骨の上に。太股に。首筋に。
 兄さんのつけた交歓の生々しい印があった。
 くらりとした眩暈を感じる。



 ……ほしい。



 熱い。苦しい。
 混乱する。
 気が狂いそう。
 頭が押さえ込まれているかのよう。
 こめかみが痛いほど。
 混乱しているのに、はっきりとわかるのは、飢え。
 飢餓を覚えていた。
 その琥珀の躰に。
 琥珀の躰についている兄さんの跡に。
 目の前が狭くなっていく。
 狭く、赤く、暗く、紅く、昏く、朱く――――――――
 でも琥珀は構わず、わざと挑発するかのようにバスタオルをするりと外した。
 跡。跡。跡。その白い躰にはいたるところが兄さんの跡だらけで、惨く――扇情的だった。


「秋葉様」


 琥珀は笑いながら近寄ってくる。
 苦しくて、狂おしくて、たまらなくて――――――――琥珀を殺してしまいそうだった。
 わたしの血を、反転というものをしっているというのに、琥珀は笑いながら近寄ってくる。



「下がりなさいっ!」



 叫んでいた。



「今、発作が起きていて危険だから、近寄らないで」



 でも琥珀は近づいてくる。



「お願いっ! 近寄らないでっ!」



 懇願する。なのに、わたしは制止し、懇願しているのに、琥珀はわたしをその胸に抱いたのだ。



――――――――なっ!?)



 聞こえるのは、琥珀の声とトクントクンとやさしい心音だけ。



「大丈夫ですよ、秋葉様。わたしがついていますから」



 見えるのは琥珀の白い肌だけ。
 そこには兄さんのいやらしい跡があって。
 ただその跡を瞬きもせずに見つめていた。



「秋葉様は寂しかったのでしょうね」



 琥珀の声がするすると心の入り込んでくる。
 こんなにも優しく。
 こんなにも穏やかに。



「大丈夫ですよ。わたしがいますから」



 恐る恐る見上げてみると、琥珀は微笑んでいた。



「そして教えてあげますから」



 琥珀の宝石色の瞳が妖しく煌めく。
 赤く、紅く、朱く、そして昏い欲望が、ゆらりと体の奥で呼応するかのように、ゆれて、蠢いて。
 そのきらめきに、その欲望に、わたしは――――――――――――



「まず、志貴さんはですねぇ」



 琥珀はそういって、そっとわたしの誰も指一本も触れさせたことのない躰に触れた。




To Be Continued Next Episode.
「 かみ 」


 あ と が き

しにをさんリクエストですけど、ゴメンなさい。
 まだ続きますが、この続きは両儀“色”祭のあととなります。ゴメンなさいね。

18th. April. 2003 #103     
index / next