「姉さん」

わたしはそういって、姉さんの手をつかみました。
姉さんは後さずりしますが、逃がしません。

「……いったいどうしたの……翡翠ちゃん……」

姉さんの声が震えているのを聞いてゾクゾクしました。
姉さんが慌てて、狼狽えていて――そして怯えていたのです。



華 雅 魅 ()




 わたしは姉さんが嫌いでした。
 大嫌いです。
 いつもいつも、姉さんは「翡翠ちゃんのため」とわたしのためだといって自分を切り売っていました。
 そんなことをわたしが喜ぶと思っていたのでしょうか?
 あの、
『翡翠ちゃんのため』
という言葉は、わたしを縛る鎖。
何もさせず動かせなくするための「腐り」。
 琥珀姉さんのもの、だという言葉。
 わたしをぐずぐずに腐られ、追い詰め、何一つできないようにさせる――呪言。
 そのくせ、こうして姉さんはわたしのご主人様であり、恋する人である志貴様を手に入れた。
 そのくせにこういうのです。
『わたしは翡翠ちゃんのことを思って――』

その言葉を聞くたびにわたしは苛立ちます。
この心の奥底、光さえささない闇の中から何かが身じろぎし、蠢くのです。
 嫉妬?
 憤怒?
 わかりません。
もしかしたら、羨望、なのかもしれません。
 わたしのため、といいながら色々なものを手に入れた姉さん。
そんな姉さんを羨ましく思い、そして何もできず手に入れることができなかった自分に苛立ちを感じているのかも知れません。
 だから、わたしはつい姉さんを押し倒しました。
 アルコールのせいなのかもしれません。
 今さっきまで秋葉様の酒宴におつき合いしていましたから。

   でも本当にアルコールのせい?

ふとわいた疑問をそっと胡乱な闇へと沈めます。
姉さんは突然のわたしの行動に驚き、狼狽えています。
 あの姉さんがです。
 いつも笑って朗らかに過ごしている姉さん。
 その笑みが志貴様の心を捕らえたのでしょうか?
 わたしたちで違うのは、その瞳の色だけだというのに。
 だからつい、声をかけてしまいます。

「……姉さん」

 自分でもゾっとするような声でした。
すごくいやらしさがにじんでくるような声。
アルコールのせいで熱い息。

   アルコールのせい?

疑問はすべて闇へと消します。

「あ、あのぅ、翡翠ちゃん――なんですか?」

 姉さんはいつもの笑みを浮かべます。
作った笑い顔。
場を盛り上げてくれるあの笑顔。
わたしも、秋葉様も、そして志貴様も救ってくれたあの笑顔。
でもその笑顔も、実は嫌いです。
 わたしが笑えないのは、この笑顔のせい――。
そう思ってしまいます。

   そんなことを思うのは、誰?
   翡翠なの?
   それとも――琥珀?

わたしはふっと笑います。
でもわたしにできるのは、嘲笑。
 しかも自嘲の笑み、だけ。
 他の笑い方は姉さんがとってしまったから。
姉さんがわたしの分まで笑うから、わたしは笑えない。

「……ずるい」

なんてずるいんだろう、姉さんは。
わたしは姉さんを握る手の力を強めました。

「……ひ、翡翠ちゃん……」

姉さんは慌てながらしゃべりかけてきます。
 その唇。
 桜色の綺麗な唇。
 わたしの唇。
 琥珀姉さんの唇。
 そして――わたしの唇。
 志貴様と接吻された唇。

気がつくと、わたしは姉さんと唇を重ねていました。
 なんて柔らかい唇。
柔らかく弾力があって、しっとりと濡れていて。
そして――――――――甘い。
 その甘さにクラクラしてしまいます。
 今さっきまで飲んでいたアルコールよりも、わたしをぼおっとさせるほどに。
 とても甘くて、蕩けるような、この味。
 つい何度も吸ってしまいます。
 どんどん躰が火照っていきます。
 アルコールが一気にまわっていくよう。
 それとも――これは姉さんのせい?
 見てみると、姉さんは目をぱちくりさせて、どうしていいのかかわらないようで。
 姉さんがそんな顔をするなんて、と可笑しくなりました。
 そんな驚いた顔をした姉さんがとても新鮮で。
 その新鮮さを知りたくて、それをもっと味わいたくて。
 そしてこの甘美さにもっと浸りたくて。
 はしたないことにわたしは姉さんの唇を割って、舌を滑り込ませました。

 わたしは姉さんの歯と歯茎を丁寧になぞりました。
これ以上ないほど優しく、とても柔らかく、すべてを味わうために。
姉さんの唾液が舌の上に溶けて。
 そのまま伝わってきて。
 飲み込んでしまいます。
 甘い吐息がわたしの唇と舌をくすぐります。
 とてもとても甘く、どこまでも甘い姉さん。
 それに浸りながら、痺れながら、わたしは姉さんの口の中を舌で蹂躙します。
 わたしは姉さんのことが大嫌いです。
 でも、こんな姉さんは好き。大好き。
 もっと、抱きしめたくなる。
姉さんはたしから逃れるように体をもぞもぞさせます。
 でも逃がしません。
 両手を首にかけて、引き寄せます。
 姉さんの目はわたしに注がれています。
 その琥珀色の瞳には、わたしの顔が写っていました。
 怯えたような、誘うような、とても色っぽく匂い立つような女の貌。
 いやらしい顔。

   それは姉さんの顔?

 違いました。
とたん、体がもっと火照り始めます。
官能という美酒が血管を巡って、わたしの体を熱く滾らせていくのです。その美酒の名前は琥珀? いえ――。

   それは――
       ――わたしの顔
          いやらしい翡翠の貌なのです――

 その美酒の名は翡翠といいました。
双子の姉さんの貌は見とれているかのようで。
頬を薄桃色に染めて、目を潤ませ、唇は今さっきの名残で濡れぼそっていて。
 なんて――いやらしい貌。
 なんて――淫らな女の貌。
そして漂う姉さんの匂い。
誘うような匂い。
 くらくらさせるような、とろんとした匂い。

この匂いも貌も姉さんのだけではなく、わたしの貌でもあるのです。
 なんて不潔なんでしょうか。
 なんて淫らなんでしょうか。
 ――このわたしは。

そして姉さんは誘うように、笑います。
その笑みに背筋がゾクゾクせさるほどの悦楽を感じてしまって。
これがわたしの貌。
これが翡翠の貌。
なんて――ずるい。
そんな顔を見せるなんて。
わたしはわたしに言います。
そこにいるのは姉さん。
でもわたしでもあるのです。
琥珀という名のわたし。
翡翠という名の姉さん。
 胡乱なわたしたち。

「姉さんだけ……ずるいです」

わたしは呟いていました。
わたしたちは同じだというのに、志貴様に愛されたのは姉さんだけ。
琥珀という名のわたしだけ。
翡翠という名のわたしはおいてけぼり。
なんて――ずるい。

再び唇を重ねます。今度は姉さんも唇を私に近づけ、キスしてくれます。
 柔らかくそして暖かいヌラヌラとした舌を絡み合わせ、互いの唾液を啜り合います。
 なんどすすっても唾液はあふれかえり、姉さんとわたしのが交わってとろとろにとけていって。
 互いの荒い息が違いの思考を奪い、ただ貪るようになり。
 そのざらざらとした舌がわたしの歯を、歯茎を口蓋を舐め尽くして。
 そして舐め尽くされて。
 このまま生まれる以前の、ふたりになる前に戻りたくて。
 翡翠と琥珀がそのまま一緒になりたくて。
もっともっとせがみ、もっともっとせがまれ。
 貪りあう、わたしたち。
 ――いえ、「わたし」と「わたし」

「翡翠ちゃん……」

姉さんのとろけるような囁き。
その囁きはわたしに冷徹な事実を告げる。
わたしたちはもうひとつに戻れない。
生まれ落ちてしまったから。
もう戻れない。
だから、ずるい。
姉さんだけ。
 姉さんだけ。
   姉さんだけ。

「姉さんだけ……志貴様と……」

そう囁くと、わたしは姉さんの顔に口づけしました。
まずそっと、瞼に。
舌で右目の瞼を舐めます。
この下に隠れている琥珀色の瞳。
それ以外の違いはないというのに。
 姉さんが志貴様に寄せる想いも、わたしが志貴様に寄せる想いも、同じだというのに。
 この瞳が、志貴様を奪ってしまったのでしょうか?
 そして眼球の心地よい弾力に酔いしれながら、

「この瞳の色しか違わないのに……姉さんだけ……」

だからわたしは舐め続けました。
続いて左目。
それもねっとりとなるまで、瞼が唾液でどろどろになって開けられなくなるまで、ねぶり続けました。

 躰の奥からじわじわと圧力が高まってきます。
 あのつき動かされるような熱いとろみ。
 あのいやらしい官能の炎。
 それが、躰の芯をくらくらとさせていくのです。

 そしてわたしの違う目を味わったあと、次は姉さんの顔をずっと舐め続けます。
姉さんの瞼を、姉さんの眉を、姉さんの鼻を、姉さんの頬を舐めていきます。
この瞳の色しか違わないはずの顔に、翡翠という刻印を残していくのです。
 涎が姉さんの顔にまんべんなくつけられました。
 その顔は――なんていやらしい。
 てらてらに輝き、汚されて、どろどろだというのに。
 その顔は羞恥のためか興奮のためか朱に染まり、打ち震えているのです。
 目をつぶりねわたしの愛撫を受け入れた姉さんの顔は、わたしを誘っていて。ただわたしを乱れさせていくのです。
 こんな顔をするなんて。
 その顔は、たしかに琥珀姉さんのもの。
 でもそれはわたし、翡翠のでもあり。
 身悶えるほどの興奮を覚えました。
 皮膚の下をざわざわと蠢く、この官能が、わたしを追い詰めて、急き立てるのです。
 男を知っている女の顔。
 牡を誘う牝の痴態。
 そんな姉さんに唇を、舌を這わせるたびに、甘い痺れが疼きとなってわき上がってくるのです。
 息さえできないほど、狂おしく、わたしを突き動かすのです。
 そして首筋をなめると、そこには鬱血のあと。
 志貴様の愛撫の跡。

「こんなところに――」

 わたしが声を出すと、姉さんの体は震えます。
まるでなにかに打ち付けられたかのように。
熱く粘ついた息を吐くのです。

「……志貴様の跡が……」

わたしは襟元にある鎖骨の上――志貴様の口づけのあとを丹念になめ回しました。
そして志貴様が揉まれた胸にそっと手を伸ばします。
 着物の裾から手を入れると、暖かくて。
 冷え性のわたしにはとても心地よく感じられました。
 そして妙な感慨深さがあったのです。

 今、姉さんの胸に触れている……。

そう考えるだけで動悸が早まるのです。

「ひ、翡翠ちゃん……」

姉さんは慌てています。
その唾液で濡れててらてらした顔をしかめながらイヤイヤするのです。
唾液がしたたり、とろりと落ちていきます。
その汚れた顔をふり嫌がる姿は、とても妙に言い方ですが、綺麗、でした。
見とれてしまうほど。
嫉妬してしまうほど。
 なんて可愛らしくいやらしい姿態を見せて、姉さんはいやがるのでしょうね。
 志貴様は、こんな姉さんの姿に心惹かれたのでしょうか?
 わたしはそのまま胸をまさぐります。
 やめるつもりなどありません。

「も、もうヤメましょうよ。ね、ね?」

いやがる姉さんの着物を脱がしていきます。
そのいやらしい肢体を。
志貴様に愛された肢体を。
その淫らな姉さんの肢体を。
とても見たかったのです。

「駄目ですよ、翡翠ちゃん」

しかし姉さんは襟元を抑え、わたしに見せてくれません。

姉さん――ズルい。

わたしはそのまま襟元を抑えた手に触れます。
その暖かい姉さんの手に、躰が反応して震えてしまいます。
そして、その琥珀色の瞳。
いつもの姉さんとは違う、何ともいえないものが混じり合った輝き。
その瞳に心奪われてしまいました。

その鮮やかな琥珀色はわたしの心の奥底で蠢く何かを引きずり出すのです。


  なんて淫らな目。
  なんて淫らな唇。
  なんて淫らな貌。
――なんて
  なんて淫らなわたしの貌――

 淫乱で、淫猥で、淫蕩で、なんていやらしい。

 姉さんはその瞳に妖しい光をたたえながら、わたしの顔にそっと手を伸ばしてきました。
そして撫でるのです。
 優しく、柔らかく、甘えるように――。
 うっとりするほどの心地よさでした。
 その指をもっと感じたくて、わたしはその手を取ります。
そしてもっと味わいたくて、口に運びました。

自分の唇とは思えない、いやらしい音がしました。
淫らな音がして、姉さんの指をそっと含んだのです。
その柔らかな指先を、舌で舐めていきます。
味はなんともいえない味。
でもその味が口内に広がるたびにわたしの頭は胡乱になっていくのです。
その味をもっと啜りたくなってしまって、もっと飲みたくなってしまって。
指先、爪、関節、指紋、そういったところをすべて舐め上げ、しゃぶり尽くしたのです。
 わたしのなぜかその舌の動きを知っていました。
 どうしてかわかりません。
 躰が知っていたのです。
唇に甘噛みし、しごき、舌を絡め、のどの奥や口蓋の粘膜で、その指を味わったのです。
 唇で指をしゃぶっているだけだというのに、頭がとろんとしてくるのです。
それは全身に気だるさとして表れるのですが、でも神経は妙に冴えわたってしまって。
躰の奥にわななく何かが動き出したのです。
 頭のとろんとしたものとは違う、まるで躰をぐずぐずにしてしまうような疼き。
それがとろとろと背筋をのぼって、わたしの脊髄を、神経をぐずくずにしてしまうのです。
そしてそれを味わっていると、足りなくなっていって、身をよじるような焦燥感へと変わっていくのです。
 最初、生理が始まったのかと思いました。
でも生理は数日前に終わったばかりで、すぐにくるわけはありません。
 だから、それき、わたしのあそこが、たぶん……濡れているのです。
 澱物がでてきたわけでもなく、ただあそこがじんじんと熱くなり、痒みを増していったのです。
 そしてその痒みは広がり、焦燥感がわたしを突き動かします。
 もっと、もっと、もっと、とわたしを急き立てるのです。
 そしてあそこに広がる痒みは、ゆつくりとゆつくりと、まるで満ちるように広がり、そして何かがとろりとこぼれました。
 汗をかいているかのように内股は濡れていました。
 でもこれは汗などではありません。
 これは、いやらしいオンナの愛液。
 そう考えるだけで躰はわななき、それだけで快感を感じているのがわかります。

 わたしは笑いました。
 こんなわたしでも感じるのか、と――。
 この躰も目の前のイヤらしい躰と同じなのだと、わかり。
 だから、大嫌いな姉さんとの違いは瞳の色だけなのだとわかって――。
 だから、わたしはいつの間にか笑っていました。

 そしてわたしは姉さんの首筋に口づけしました。
まるで恋人のようです。
 でもわかっていました。
 これは自慰なのだと。
 大嫌いな姉さん。
 何もかも翡翠ちゃんの、わたしのためだといってわたしを追い詰めていく姉さん。
その姉さんをわたしが逆に追い詰めていく。
それがとても――――――。


   楽しい?


わたしにはわかりませんでした。
楽しいかもしれません。
もしかしたら嬉しいのかもしれません。
でも、それらの感情はぐちゃぐちゃに溶けていて、官能の火にあぶられて、灼かれて、すべてが混じり合ってしまっていて。
 そのまま、はだけている肩に口づけします。
 そしてそのまま下のあの柔らかい胸に口づけするのです。
 何度も何度も。
 幾度も幾度も。
 わたしはどうしたいのでしょう。
もし大嫌いならば、このままなんでもしてしまえばいいというのに。
首に手を掛けて絞めてしまえばいいというのに。
 わたしが行うのは、口づけ。接吻。愛撫。
 そう愛のあかし。

 大嫌いな姉さん。
 それは本当――?

でも姉さんが打ち震え、身悶え、わななき、いやらしい匂いをさせ、押し殺した声をあげるたびに、甘い疼きが躰へと広がっていくのです。
 わたしが舐めているというのに、まるでわたしの方が舐められ、愛撫を受けているかのようです。
 姉さんにふれた唇も指も熱く蕩けていって、熱くジンジンと痺れました。
 姉さんに口づけするたびに、愛撫するたびに、そのしっとりとした肌に舌を這わせるたびに、
白く何かがスパークしていきます。
 姉さんのあの匂い、姉さんのあの味、姉さんのこの肌触り。
 それがわたしを胡乱に狂わせていくのです。
 いつの間にかわたしも喘いでいました。
 姉さんの喘ぎ声とわたしの吐息が重なり合って、妖艶な響きとなって、周囲を埋め尽くします。
 ゆっくりとあの感覚が高まっていきます。
 あの淫らな波が、奥から指先まで広がっていきます。
 どこまでも柔らかく、どこまでも淫らな波にわたしの心は惑わされていくのです。
 姉さんは感じているのか、躰を小刻みに震わせ、体を興奮で赤く染め上げて、声にならないかすれた呼吸音だけ漏らして。
 私から見ても綺麗でした。
 可愛らしかったのです。

 これは――誰?
 これは――姉さん?
 それとも――わたし?

 わからなくなります。
だから、囁きます。
焦れてもじもじしている姉さんに、この欲望に従って。

「……姉さん、腰をもじもじさせて……」

そしてそのまま潤んだ瞳からこぼれた涙を舐めとりました。


 泣いているのは、姉さん?
 それともわたし?
 それとも――心?
 それとも――躰?

「……たまらない、ですか――姉さん」

熱くねっとりとしたものがとうとう口から出ていきました。
体の奥にたまった澱。
 澱みきったそれが出ていくとわたしは止まりませんでした。
そして――止める気はありませんでした。
その囁きに体をぴくんと反応させる姉さんはとても可愛らしくて。
でもこの台詞をいったのは、誰なんでしょうか?
でも、かまいません。
目の前の姉さんはもう一人のわたしで。
わたしがなるかもしれなかったもう一人のわたし。
別の未来へとすすんだわたし。
いやらしいわたし。
愛撫に焦がれて、もっといやらしいことをせがんでしまうわたし。
快楽に勝てず、ただ溺れてしまうわたし。
 これはわたし。
 翡翠でも琥珀でも、わたしでも姉さんでもなく、『わたし』。
 だから、わたしはわたしに対して囁くのです。

 ――――もっと欲しい?

その快楽に身悶える姉さん――いえわたしを抱きしめて、そして足を撫でます。
そのまま上へ、着物の裾を分けて入り込み、その柔らかい太股をなで上げながら、姉さん――いえわたしたちに近づいていくのです。
 そのゆっくりとした感覚が、
 このしっとりとした太股が、
躰どころか心まで打ち震えさせるのです。

でもその手前でぴたりと止めます。
 まだです。
 まだわたしは本心を言っていません。
 潔癖性で姉さんの影にかくれていたわたしは、まだ影に隠れているのです。
 それではダメなのです。
 そして――そんなのは許しません。

 ふれてもらえると期待しているわたしに向かって、わたしは冷酷に告げるのです。

「おねだりしないのですか」

わたしは目を見開き、ふるふると震え始めます。
なんて儚く、か弱いわたし。
いやいやと首をふって嫌がります。
でも愛撫は止めません。
その周囲の太股を、血下をそっとなで上げ、さわさわと触るだけ。
ただ感覚だけがつのっていく、神経だけが高ぶっていくだけの触り方。
ふしだらで淫らな娼婦の技巧のよう。
わたしが淫らな言葉でおねだりするのを待っているのです。
そしてその乳首を口に含みます。
歯を当てて、軽く噛む。
でも強くしない。
あくまで固い物があたっているだけの感触だけ。
ただ焦らし、生殺しの状態へと導きます。
 さぁ早く。
 早く言ってください。
 影に隠れていないで。
 そのいやらしい本性を。
 背筋を何度もむずむずとした快感が走り抜けていきます。
 なんという背徳的な愉悦。
 わたしをわたしが苛める、加虐と被虐が入り交じった性悦。
 それが躰を灼き始めるのです。
 じわり、じわりと。
 くすぶりながら、期待と羞恥と加虐に灼かれていくのです。
 ようやく何かいいました。
 でもその声は小さく、聞こえませんでした。
 じっと見つめます。
 潤んで涙を流すその瞳を。
 羞恥で染まったその頬を。
 わななく柔らかいその唇を。
 期待で打ち震えるその躰を。
乳首をちろちろと舐め上げ、太股をさするだけで。
こんなにも高まった性感をただ煽るだけの愛撫を続けて。
その琥珀色の瞳にはただ悦楽しかなくて。
つっぅと涙をこぼします。
とたんわななく唇からはっきりとした声が漏れました。

「お願いです!」

 ようやく言いました。
ようやく叫びました。
 喘ぎ声とともに、ようやく影から飛び出してきたのです。
 その姿にぶるんと震えが走ります。
 イヤらしい翡翠。
 姉さんの影に隠れていて、何も言わなかった翡翠。
それがとうとう叫んだのです。
 それだけでびくんと躰が震え、軽く達してしまいます。
 なんともいえない解放感。
 こんなに淫らな――。

「疼きをとめてください。わたしのあそこを、とろとろになっているあそこを、イジってください。――お情けを!」

 わたしはそのまま姉さんの顔にまたがります。
そしてそのまま姉さんの股間に顔を埋めました。
そして姉さんの――いえわたしの顔にわたしのオンナを押しつけました。

「……まずは……こちらね」

 そこには咲き乱れるいやらしいオンナがありました。
とても卑猥で――柔らかそうな茂みがほっそりと生え、その下にそっと咲く淫らな花。  くらくとするぐらいの匂いが立ち上ってきます。
 このイヤらしい匂いは、姉さんのものなのでしょうか?
 それともわたし?
 赤く充血しきった襞は雫で濡れていました。
 てらてらと輝き、いやらしく誘っているようでした。
 そこからはねっとりとしたものがこぼれ落ち。
 それを舌で掬いました。

「……さぁ……」

 姉さんに言われるまま、そこを嬲りました。
 襞に舌を這わせ、そこの蜜を啜ります。
 と同時にわたしのもいじられ、躰が引きつります。
 わたしがイジり、すすり、舌を這わせるたびに、同じようにイジって、すすって、這わせてくれるです。
 顔を押しつけ、蜜で顔が汚れるのもかまわず、なめ回します。
 とろとろとこぼれる雫は、初めてでしたが、そんなに嫌悪感を感じませんでした。
 それよりもより強い快楽を求めて、わたしは指で広げ、舌を突き入れます。
 舌をいれるたびにそこからはとろりと蜜がこぼれ、それを舌ですくいとるのです。
 わたしのオンナは大きく広げられて、啜られます。
強烈なほどの甘美感が全身を貫きます。
 その強い官能のうねりにしたがって、わたしは必死に舐めます。
 そして陰核に舌をはわせ、そして口づけします。
 すると彼女の躰は震え、感じているのがわかります。
 そのまま唇に挟むと、舌先で強く弱く、ぬにぬにと刺激を与えました。
 とたん、彼女も同じコトをしてくるのです。
 下の口からはしどどに愛液が流れ落ち、うち震えて、ひくついています。
 陰核と膣とを舌で舐め上げます。何度も大きく。
 そのたびにわたしのも舐め上げてくれるのです。
 とろとろとなったわたしの愛液を、ふくれた陰核を、開いた肉襞を、その舌がいたぶり、責めてくるのです。
 この立ち上る淫らなオンナの匂いに、この柔らかな肢体に、このしっとりとしてすいつくような柔肌に、このいやらしいオンナに心乱されて、ただ貪るのです。
 わたしたちはわななき、求めあい、淫らな喘ぎをあげます。
 もっともっととお互いの躰をまるで熟知した自分のもののようにいたぶるのです。
 甘くうずく官能の炎だけがわたしたちにありました。
 この赤いオンナと神経を灼く甘い炎だけが、あぁそれだけでも足りず、その炎もっと強くするためにオンナをせめ、いじるのです。
 軽いエクスタシーがはじけ、それをもっと貪欲に求め、いじりあうのです。
 乱れ合って溶けるように。
 もともとわたしたちが一つであったかのように。
 それを示すかのように。

 そして指を入れます。
わたしとは絶叫を上げます。
消え入るような声。
感極まった女の悦び。
躰をのけ反らせるほどの悦楽。
そしてすぐに指を二本にして、ぬちゃぬちゃと粘膜が淫らに掻き回される卑猥な音をたてます。
聞こえるように。
 どれだけやらしらしいのか、はっきりと聞こえるようにかき乱したのです。
 嬌声を上げ続けまています。
 足の指さえつっぱらせて、躰はただびくんびくんと動くだけで。
 その動きに導かれて、指は粘膜を、真っ赤に充血しきったそこを、かき乱し、なすり、いじり続けています。
 指に粘膜が絡みつき、しごき上げ、ぬるぬるなくせにぎゅうぎゅうと締め上げてくるのです。
 そして中へ中へと貪欲に飲み込もうと淫らに煽動します。
 それに逆らうように、指を広げ、前後に左右に、メチャクチャにするつもりで動かしました。
 もっと、もっと、もっと。
 そのいやらしい嬌声を上げさせたくて。
 もっと、もっと、もっと。
 快感をさらに引き出したくて。
 柔らかく充血した粘膜につめたてられ、いじられてる、そのつよい快感がわたしを焦がします。
躰が溶けていきます。
いつの間にかわたしも涙を流していました。
たまらなくて首をふってしまいます。
 躰が熱く燃え滾っていて。
いやらしい波は幾度も幾度も寄せてきて。
ゆっくりとゆっくりと圧迫感が焦らしながら上り詰めてきて。
 果てたい、イキたいと、震えが走ります。
 躰の中が欲望のエキスでいっぱいになった袋になったかのようで。
 内蔵もとけ、骨もなくなり、ただあるのは欲望。
 淫らな欲望。
 いやらしいオンナ。
 いやらしい翡翠。
 いわらしいわたしだけになって。
 そして外側の皮膚もとけてしまって、いやらしい液体となっていく、この快感。
 手足が突っ張ってしまうほどの悦び。
 それでもわたしは姉さんをいじり続けました。
 この狂おしいほどの衝動を解放しようと、翡翠の躰を啼かせ続けたのです。
 もしかしたら涎も流しているのかもしれません。
 志貴様にはとても見せられない痴態をさらけ出しながら。
 軽く達していくのです。
 真っ白に。
 今まで考えていた姉さんのこと。
 わたしのこと。
 琥珀姉さんのこと。
 翡翠のこと。
 そのすべてが真っ白になっていくのです。
 するとわたしの花の上のぷっくりと充血している突起が吸われました。
 音がたつぐらい。
 皮ごと。
 躰がのけ反ります。
頭が真っ白どころか目の前さえ真っ白になって。

「――――――!!」

 声にならない声をあげました。
 強すぎる刺激に、何も考えられません。
 酸素を求めて口を上げて、舌を出して。打ち震えて。
 そこをこねくり回させ、膣をかき乱されて、ただ喘ぐだけで。
 でも息苦しくて。
 はじけてしったのです。
 はじけてしまうのです。
 幾度も幾度も、躰に痙攣が駆け抜けます。

「――――――あああああああああ」

 一度達したというのに、またイってしまいます。
 何度も、幾度も、淫らにイってしまいます。
 淫らな声をあげて、もっともっととせがんでしまうのです。
 あのわたしの淫らな貌に。
 もう一人のわたしに。
 あそこがとろけていきます。
 あそこから何か電気が発しているのです。
 甘く痺れさせてくれる電気が何度も躰をはしるたびに、ほとばしらせてしまいます。
 最後は躰の中からすべての出してしまうような快感が何度も幾度も、躰を貫きます。
 それがわたしを溶かしていくのです。
 どろどろな淫靡な悦楽の中に溶かしていくのです。
 幾度となく走る甘美な悦楽。
 拡散して。
 霧散して。
 消えて。
 とろとろにとろかしていくのです――。
 そして真っ白になって、ぐずぐすに溶けていき、散っていき、消えてしまう――淫らなわたしたちの躰。
 ようやくわたしたちはもとの一つの躰に戻れたのです。
 ………………。
 ………………。
 ………………。
















ようやく、わたしは隠れていた影から飛び出して、姉さんと向かい合うことができたのです。
 大嫌いな姉さん。
 いやらしいわたし。
 嫌いな琥珀姉さん。
 やらしい翡翠。
それらがすべて溶け合い、どろどろな液体となって、ひとつとなり、ようやく姉さんがわかった気がしました。


 あの耳障りな言葉。


 翡翠ちゃんの為ですよー。


その言葉の負担が、重圧が、ほんの、ほんの少しだけ軽くなったのです。
そしてその分だけ――。
 嫌いな姉さんが、ほんの、ほんの少しだけ好きになったのです。
 ズルい姉さん。
 わたしの笑いを浮かべて、わたしが笑えなくなったのを示すイヤな姉さん。
 でも――。
 ただ、わたしたちが、もともとはひとつだったはずのわたしたちが分かれてしまったためなのだとわかって。
 ほんの少しだけ癒されて。
 そしてこのたゆんだまったりとした官能の安らぎの中、眠りにトロトロと溶ろけていったのです……。


index

postscript

19th. July. 2002 #46