クールトー君の教育


 

 そうです、とうとう来ました。
 来たのです。
 苦節1年半。
 とうとう来たのです。

 下克上の時が!

 クールトー君は現在どうみても、一番下、最下層。三角形の底辺。すなわち下っ端。ぱしりと言われてしまうランクにいます。
 みんなと仲良くやっていて、番犬ならぬ番狼として頑張ってきたといえども、クールトー君は、これでもプライドがあります。
 そうです。プライドです。
 狼王としてのプライド。
 フランスを恐怖のどん底にいれた魔狼としてプライド。
 そうです。そうなんです。
 これからは下っ端とか、負けてばっかりとはいわせません。えぇ、いわせませんとも!
 この群れ――リーダー1匹にメス4匹、そしてクールトー君の6名――に新たに仲間が加わったのです。
   新参者です。下っ端です。どうみてもクールトー君よりも、下、です。
 やっほーです。
 ばんざいです。
 いけるいける、ゴーゴーです。
 つい嬉しくて尻尾をふりふりしてしまいます。
 まぁそれでも。
 まずは最初が肝心。躾もそうです。だから最初にまず一発ガツンと言わせなければなりません。先輩として『教育』するのです。
 というわけで、新参者に会いにいきました。

「……これはいったい何?」

 新参者、いきなりタメ口以上です。
 でもクールトー君、機嫌がいいから少しぐらいの無礼ならばゆるしてあげることにしてあげます。
 目の前の紫色の長い髪をもったメスが、新たにこの群れに加わったのです。
 胸をはって、ちょっといばってみます。
 この斜め23度の角度から見られるのが、クールトー君のお気に入りです。クールトー君的に見て、もっとも格好良い、と思う角度なのです。

「あ、シオンさん」

 ご主人様が紹介してくれます。
 ちょっとドキドキ。
 昔ぶいぶい言わせたことをいってくれるのかな、とにんまり顔。
 牙をちょっとむき出してみて、力強さをしめしてみたり。
 でもご機嫌で尻尾をぶんぶんふっているあたりがなんとも。

「こちらはですねー、うちの番犬ならぬ番狼のクールトー君っていうんですよー」

 こくこく。

 ちょっと偉そうに頷いてみたり。
 目の前の紫の髪をしたメスに、つい、君ではなく『ちみ』といってしまうほど。

「でもちょっとお間抜けさんなんですよー」

 …………。
 …………。
 …………(汗)

 ちょっとそんな挨拶はないんじゃないの? と抗議してみたり。
 すょっと拗ねた声をあげてみようかと思うけど、新入りの手前弱気のところはみせられません。ガンガン強気でいかないと。これは『教育』ですから。
 でも割烹着のご主人様は関係なく紹介をし続けちゃったり。

「生ハムさえあればいい子にしている。ちょっとやんちゃな子供だと思ってくださいなー」

 あまりにもあんまりな言葉に、クールトー君は首を横にして哀しみを表してみたり。
 目にはちょっとおおつぶの涙。
 キラリとひかって、なんか綺麗。
 でも、悲しい、ではなくて、哀しい、というところが切ないところ。
 くーんくーん、と抗議の声をあげてみるけれども。
 でもご主人様は、仕事がありますからー、と行ってしまいましたとさ。
 残ったのは、クールトー君と新参者。
 チラリと見てみる。
 その新参者はねめつけるかのように上から見下ろしてきます。
 なんか生意気です。
 新入りのクセに!
 先輩を舐めるとどんな目にあうか、ここはきっちりとクールトー君が教えようと思ってみたり。
 すると、新入りはしゃがみ込んで、頭を撫でてきました。

 けっこうくすぐったくていいかも……

 ついクールトー君、忘れて喉を鳴らしてみたり。
 でも、はっとしてうなり声。
 つい忘れてしまうところでした。
 あぶないあぶない。
 23度の角度からねめつけてみようとした途端――頭がきぃぃぃんと痛みました。
 きぃぃぃん、です。
 なんていうか、ぐりぐりっとした、ヤな感覚。
 あわあわあわ。
 クールトー君、びっくり。
 こんなことはじめてです。
 頭痛とは違います。

「二十七の十位、混沌ネロ・カオスから出でた獣ね――」

 額のところがチリチリと灼けるようです。
 なにをされたかわからず、つい唸ります。

「気にしないでください、クールトー。今エーテライトであなたの情報をダウンロードしただけですから」

 何を言われているのかわかりません。
 でもなにかとっても重要なシーンにさしかかっていると、狼の本能がささやくのです。
 なんていうか、格付けがされる瞬間というものが迫っているのがわかります。
 これは強敵です。
 新入り(のび太)のクセに生意気だそ!
 とまるでジャイアニズムを発揮してみたり。
 こんな痛みになんか負けません。えぇ、負けられませんとも!
 すると、痛みが去りました。
 やはり根性の賜物なのでしょうか?

「犬科の動物との神経接続は不十分だから少し痛みを感じたかもしれないけれども、それは赦してください」

 どうやら根性とは関係なかったようです。
 しかしクールトー君には、なにを言われているのか、さっぱりさんです。
 ただ唸ります。
 ひたすらねめつけます。
 でないと――なにか危険な香りがして。

なんですか!

 突然、新入りが大声を上げました。
 クールトー君、びっくり。

「きちんとあやまったではないですか! なのに唸るなんて躾がなっていませんね!」

 逆キレです。

 …………ええっと……。

 クールトー君、なにがなんだかさっぱりくんです。
 でも新入りのはねっかえりが迫ってきたのです。ここは実力を見せつけるチャンスです。
 どちらが格下なのか、教えてあげましょうとばかりに唸り体の中縮め込ませる。
 毛が逆立って一回り大きく見せつけます。
 この動物の習性に驚いている新入り。
 隙あり、です。
 跳躍し、肩を狙います。
 本当ならば喉笛を噛みきって勝利ですが、ここは『教育』ですからガマンです。

 カプっ

 噛みついたはずでした。
 でも感触はスカスカ。
 なんの手応えもありません。
 あれれ?

「このわたしに逆らうことは、すでに予想の範囲内です」

 とたん頭に何かが、ぷつっと刺さると。
















 くぅぅぅぅぅぅ〜〜〜〜〜んっっ!


 嗚呼、クールトー君の切ない声が丘の上の遠野屋敷に響き渡る。
 合掌。








◇   ◇   ◇


「あれ、どうしましたシオンさん?」

 琥珀がもどってきて首を傾げた。
 シオンの足もとにはひくついて口から泡を吹いているクールトー君がいて。
 ピクピクとなんか不気味に痙攣していたり。
 なんていうか琥珀庭園の薬草をたべてしまったかのような、あんまりな姿。

「す、すみません」

 シオンにしては珍しく頬を赤く染めてぼそぼそとしゃべりだした。

「飛びかかってきたので、つい反射的にエーテライトで神経の一部を焼損させてしまって……」

 琥珀は、あぁ、と頷き、

「まぁクールトー君はびっくり生物ですから、きっと大丈夫ですよ」
「……本当ですか?」
「えぇ」

 心の底からの明るい朗らかな笑み。
 琥珀という人物を知らないシオンはすっかり騙されて、胸をなで下ろす。

「せっかくの番犬を怪我させてしまってどうしていいのかわからなくて……」
「クールトー君は単純ですから生ハムをたっぷりと用意してあげれば大丈夫ですよ、ふふふ」
「そ、そういうものなんですか?」
「えぇ」

 割烹着の悪魔の笑み。

「そういうものなんですよ、ふふ」
「そうなんですか?」

アトラスで過ごしてきたシオンにはそういうものといわれては納得するしかなくて――。

「えぇ。だから生ハムをたっぷりと用意してご機嫌をとりましょうね」
「わかりました。では早速用意しましょう」
「えぇシオンさんもクールトー君も大切な家族の一員ですから、きちんと仲直りしてくださいね」

 その言葉にシオンは頬を染める。

「……大切な家族の……一員……」
「そうですよー」

 そういいながらしゃがみこみ、クールトー君の様子をうかがう。

「秋葉様がいて、式さんがいて、翡翠ちゃんがいて、レンちゃんがいて、クールトー君がいて。そしてシオンさん、あなたがいて。時々アルクェイドさんやらシエルさんが飛び込んできて、乾さんや瀬尾さんが遊びにこられて――みんなみんな、とっても大切な家族、なんですからね」

 うん、大丈夫、と診断すると、クールトー君をかるく撫でてあげる。
 どんなに下っ端でも、これは大切な思い出をくれたあの『鬼ごっこ』の証。とっても大切なもの。
 なでなでなで。
 思う存分、楽しそうに撫でた後、立ち上がってシオンに向かって微笑む。

「さ、クールトー君が起きる前に用意しまょうね」
「えぇ」
「クールトー君の機嫌が一発で直っちゃうほど、たっぷりのお肉を」
「大切な家族の一員ですからね」

 少し照れながらシオンがいうのを琥珀は嬉しそうに細目で眺めながら。
 ふたりは厨房へと去っていったとさ。




 かくして、クールトー君の教育は終わり、地位はやっぱり『ぱしり』だったそうな。


7th. February. 2003 #??

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