月姫 SS
デート前#1 (Side : Seven)


 あ、みなさん、初めまして。
 わたしの名は……えっと……たぶん、セブンです。
 第七聖典――the Seventh Scriptures から、セブンと呼ばれています。
 あ、でも、仮のご主人様から、日本語名として「ななこ」とつけられたこともあります。
 この名前のことは、マスターも知りません。
 この名前は仮のご主人様であった有彦さんが無い頭振り絞って考えてくれた名前で、有彦さんとわたしの2名だけの秘密なんです。
 なんか、秘密、というと照れちゃいますけど、でもやっぱり秘密だから、みなさん黙っていてくださいね。

 今わたしは、マスターの借りているアパートでくつろいでいます。
 人参をちょっと食べながら、マスターが買ってきた雑誌を読んでたりします。

 わたしのマスターはそれはそれはとてもすごい人なんです。
 埋葬機関と呼ばれるカソリックの特別機関に仕えていて、単独行動でこの極東の地に来ているのです。
 もろちん、埋葬機関の方はマスターもそれ以外の方も、行動を邪魔されないように、枢機卿としての地位と外交官としての地位を持っているのです。
 だから、同じカソリックでも位が上なのは、教皇様と埋葬機関の長ナルバレック女史だけで、また外国にきてもバチカンの外交官特権で守護されていて、それはとてもすごいんです。
 でもマスターは怒りんぼさんです。
 そして時々虚ろな笑みを浮かべます。
 そしてよく食べます。
 そして――わたしを改造するぐらい鬼です。悪魔です。地獄の悪鬼なのです。
 だいたいわたしは聖獣、一角馬の魂と人の魂を掛け合わせた守護精霊です。清らかで神々しい精霊なんですよ。しかも千年以上もたつ古えの精霊の一人なんですよ。
 なのに――。
 マスターは、角なんて飾りですよ、なんていって、わたしをごりごりと改造したのです。
 あの時の音、あの時の笑み、そして光る眼鏡!!
 わたしを縄で縛って、血の中に浸して、ゴリゴリとノゴギリで切って、こちらの方が『いんだすとりある』な香りがする、といって焼きゴテを当てて、今時接近戦なんてナンセンスです。現代戦は飛び道具の時代です、なんて言って――。
 一角馬の角と聖典であったわたしを、こんな青黒く光る金属のソレにしたんです。

 でも。
 でもマスターはなんていうか、すごい方で――なんてたって、その霊力はすごくて、わたしを実体化させるほどの強さなんですよ!――もちろん、身体能力もスパ抜けていて。
 でも、なりふり構わないほど必死で、一人で傷ついていて、血を流していて、それでも自分の両脚できちんと立っていて、一人で死徒と戦っていてタイヘンだから手伝わなくちゃと思っていて。
 それに。
 わたしに最初に話しかけてくれたのは、マスターなんです。
 最初は『ザ・セブンス・スプリクチャーズ、ほら格好良くなりましたよ』、という言葉ですけど、千年ぶりにわたしに話しかけてくれた言葉で。
 そしてわたしを実体化させて、話しかけてきてくれて。
 わたしは改造するなんて、と抗議したら、座らされてくどくどと説教――わたしの方が被害者だというのに近代戦における重火器の必要性について――されたんです。
 ……はぁ。
 だからわたしは時々実体化して、マスターに文句をいうのですが、聞き入れてくれません。
 今日は晴れていい天気です。
マスターがお出かけの今、わたしは実体化して、自由というものを満喫しているのです。
 というか、その程度しかマスターに抵抗できないんですけどね。

 あ、扉が開きました。どうやらマスターが帰ってきたようです。
 でも遅かったですね。今日は土曜日で、授業なんてなかったはずなのに――。
 マスターは大きな買い物袋をかかえていて、ぶつぶつ言っています。
 わたしはその様子を人参を――マスターの霊力だけでいいんですが、精霊は霊力のみに生きるのにあらず、時には嗜好品を――食べながら惚けて見ていると。

 ガツン

 と殴られました。
 う゛う゛、なにをしたというのですか、マスター。
 しかしその眼鏡は光を受けてきらりと輝き、その瞳はみえません。口元にはにやりと怖い笑み――いや、マスター! 口答えしてゴメンなさい。改造しないでください。もぅイヤなんですぅぅぅぅ。
 お願いぃ、改造しないでぇぇぇぇぇ。
 ――え。
 ――ち、違うんですか??
わたしは頭にクエッションマークをつけながらマスターの話を聞くことにした。
 え、人参を勝手に食べて、それは今夜のカレーのためのとっておきの人参で――あぁだからおいしいと思いましたぁ。

 ガツン

 いったいー、いたいですぅー、マスター
涙目になっちゃいますぅ。精霊なのに、涙がでると雲って見えづらくなるんですよ、知っているんですかーマスター。
 え、今月の生活費?
 やですよマスター。わたしは精霊だから生活費なんてかからないじゃないですかー。
 かかるのはマスターですよ。
 ――え。
 メンテナンスの際に磨く油や試射の弾代がかかるって?
 でもマスター、わたしにそんなこと言われても――わたしにできることは呪うことぐらいしか――。
 ああ、拳を上げないでくださいぃ。わたしが悪いんです。ゴメンなさい。
 呪うなんてことはしませんよぉ。わたしは守護精霊なんですからぁ。マスターを祝福し守護するならまだしも呪うなんて…………ふっ。

 ゴイン

 あー、マスター、本気で殴ったぁ。今のは本気だぁ。
 ひどいぃ、ひどいですぅー。
 なんですぅ、その諦めと哀しみと蔑む目は?
 座りなさいって――はい、座りますよ、マスター。
 今月はどうしても入り用があってお金が必要だから、人参も食べちゃダメですし、実体化もダメですってぇ。
 ダメなんですか……マスター。
 じぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ。
下目使いでマスターを見る。
 わたし実体化するの、大好きなんですよ。
 世界に触れられるし、明るいお日様を浴びることもできるし。
 それに――。
 それにマスターともこうやって話せるし――殴られるのはヤだし、改造されるのはもっとヤだけども――話せるって、とても楽しいことですし。
 ダメ、ですか、マスター?
 じぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ。
 はぁと大きくため息をついて、マスターはしぶしぶ、実体化の許可はくれましたぁ。
 てへ
 でも人参とかはなく、おとなしく霊力で維持しなさいって――。
 う゛う゛う゛。
 この日本は不況なのです。収入がふえない以上、支出を押さえなくてはなりません。わかりましたかセブン、だなんて言われちゃうと――。
 わたしは頷くしかできませんよ、ねぇ。
 でも、マスター。
 どうしてそんなにお金がいるんですか?
 え、いるのではなくて……。
 歯切れ悪いですね、マスター。
 いつもならビシっていうじゃないですか。
 え、もう買っちゃいましたって……このたくさんの荷物のことですか?
 ――それは、マスターのせいであって、わたしとか日本が不況だとかそういうのは関係ないのでは――
 でもこれは言いません。いったら、マスターのことですから、今度は グキン と殴られますから。

 グキン

 ………イタイ。
 口に出してましたか……あーうー。
 でも、いったいなにを買ってきたんですか、マスター?

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