クールトー君の闘い




 キラリ


 ――と、蒼い空の一点が光りました。



 そして――――。
















ズドンっ

 と落ちてきました。
 これにはクールトー君もびっくり。目をパチクリさせてしまいます。
 実はクールトー君、ただいま休息の時間で日向ぼっこを楽しんでいたのです。
 クールトー君のお仕事は番 狼ですから、主に夜になります。見回りなのです。いつもにこにこしているご主人様とその妹が真夜中屋敷の中を見回りしているとしたら、クールトー君は外の見回りの役目なのです。
 前の事件で中の見回りがコリゴリというのは、ここだけの秘密なんです。

 ということで昼間はイザ事件があれば飛び出すつもりで待機状態――――ようはお昼寝のお時間なのです。
 ウトウトとそれはそれはとてもとても気持ちよく、ZZZzzとちょっと外国風の寝息をたてて寝ていたら突然なことに、クールトー君びっくり。
 大きなおめめを見開いて、口をあけてあんぐりしています――――狼らしくない反応なんですけど、まぁ一応びっくり生物なので、こんな反応もできちちゃったりするんです。

 落ちてきたのは大きな鉄の塊。
 こんなの頭に当たったら、かちわれて死んじゃうゾーというぐらい。
 トゲトゲというかゴツいというか、とにかく“塊”。
 それが転がっているのです。

 クールトー君頑張ります。いきり立つのです。
 今は緊急事態なのです。今こそ、群れのため、ご主人様のために、漢として立つ時なんです!
 牙を剥き、猛々しいほどの目でにらみ付けます。いつものとろんとした眠そうな目から爛々と輝く魔狼の目になりました。くさっても狼王なのです。
 このにらみ付けで馬や牛、はては自由騎士までもびびったのです。
 フランスを恐怖のどん底に陥れた狼王としてのガンつけです。こんな鉄臭いヤツには負けないのです。

 ――――やですよ、そんなに唸らないでくださいよ

 その鉄の塊からほんわかとした、間の抜けた声が聞こえてきました。
 クールトー君、じりじりと回って、相手の姿を確認します。
 するとソコに見たこともない金髪の蒼い服を着た女の人がいるではないですか?
 これでもクールトー君、実は霊体とかも見ることもできるんです。えぇ前のご主人様に襲いかかってきた『がいねんぶそー』もこの爪で、この牙で血祭りに上げてきたのです。
 これでも前のご主人様からは重宝がられていたのですから。
 本当ですよ? 本当なんですったら。

 その女の人は手なのか蹄なのかよくわからない前脚をぶんぶんふって、愛想笑いを浮かべています。
 どう見ても間抜けです。人畜無害を絵に描いたようなメスなのです。群れに危害を加えそうな相手には見えません。
 でもクールトー君は少しも油断しません。
 ほんのちょっとの油断で群れを迷走させ滅ぼしてしまったリーダーは多いのです。
 そのあたり、仕事きっちりのクールトー君は手を抜くことはないのです。

 じりじりとまわりをまわりながらも間合いをつめていきます。
 その大きな鋼の塊に、そのナゾな幽霊に唸りを上げます。

 ――ちょっと待って下さいよ。暴力はんたーーい。

 相手はクールトー君の獰猛な視線に怯えています。闘いにおいてのまれた方は勝てません。萎縮して本来の力をだすことなんてできないのですから。
 クールトー君、ちょっと余裕を浮かべますが、引き締めます。
 そうです。正念場なんです。クールトー君、ここではヒエラルギーの底の底、ザ・下っ端・オブ・ザ・下っ端なのです。
 しかし、しかしですよ。今までは群れの仲間への実力を見せ合うものでしたが、今度はまったく違います。外からの群れへの侵入者なのです。潜入者なのです。イントルーダーなのですっ!
 ゆえに殲滅なのです。殲滅してしまうのです。肉片ひとつのこらないように完膚無きまでに叩きのめすのです。
 陽気なご主人様のため。
 無口なご主人様の妹のため。
 髪が長くてうるさいリーダーの妹のため。
 菫色でうるさい新人のため。
 黒い仔猫のため。
 ぼんやりとした群れのリーダーのため。
 そして胸の奥にある煌めく心の勲章のために。
 そしてそして、生ハム山盛りいっぱいのためにぃっ!…………コホン、クールトー君は頑張るのです。

 頑張っていきり立つクールトー君。いつもよりも2割増し頑張っています。いるのですよ。

 じりじりとまわりこみ、時は素早く移動したり時には歩をとめたりと、相手を幻惑するように変則的なリズムを刻みます。
 右に左に、軽やかなステップを踏みます。
 そこにいたと思った次には、すぐに相手の背後へと移動するといった、この巨体に似合わない軽やかな動きで、相手を翻弄します。
 これはクールトー君お得意のステップです。ただの獣とは違うのです。これでも魔狼なのです。666匹の獣のうちの一匹なのですよ。
 まっすぐ飛び込むなんて愚の愚、下の下なのです。あたかも拳闘家や格闘家のように周囲を動き、相手の隙をうかがうのです。

 ――やめてださいよー。

 相手はぶんぶんと手をふっています。でもダメです。ダメなのです。
 狼王の支配領域(テリトリー)に入った以上、死をもってその愚行を贖うしかないのです。
 ゆらり、ゆらりとその巨躯を黒い影のように動き回り、相手の顔が恐怖に歪むのがわかります。

 勝った。
 なんの不安も何の感慨もなく、すとんと確信しました。
 あまりにも無防備。
 あまりにも稚拙。
 あまりにも愚鈍。
 負けようがありません。
 勝ちです。勝ちなのです。いけます。いけるのです。いくしかないのですよ。
 相手の前にすっと近づき、次の瞬間には飛び退いて、相手の気を逸らします。
 そんなフェイントに簡単にひっかかって、体勢が崩れました。勝機です。完璧です。パーペキなのです。
 四肢に力をこめて跳躍しました。
 左右の動きから突然上下の動きについてこられるわけはありません。

 蒼い空を切り裂く黒い影!
 禍々しい悪魔の翼を広げたかのよう。
 その鋭い牙が喉笛を目指して一直線に飛んだのです。

 ――いやぁーーーーーー。

 とたん、鋼の塊がどさりと音をたてて倒れます。
 ほんの、ほんのわずかな一瞬、クールトー君の視線はそちらに動いてしまいます。
 ぶんぶんと振り回される蒼い前脚。
 それが。
 斜め下から
 えぐりこむように。
 綺麗な弧を描いて。
 鮮やかに。






パコーーーンっ……








 小気味よいほどの快音。
 高く、あまりにも高くて、そして涙が出てしまうほど青く澄み切った空に。
 メチリと骨にひびが入ったかもしれないような、ニブい音が。
 吸い込まれるかのように、広がっていく。








くうぅぅぅ〜〜〜んっっ…………




 切ない声が木霊する。
 ひらり、と木の葉も舞い降りる。
 空は今日もどこまでも高く、どこまでも蒼かった。
 嗚呼――――ただひたすらに嗚呼。



◇   ◇   ◇




「まったくあの不浄物ったら。遠野くんにちょっかいなんかかけずにとっとと早く帰ればいいのに…………セブン何をしているのですか?」

 シエルはいつものカソックを着て、第七聖典の前に音もなく舞い降りると、首を傾げた。
 セブンがおびえつつも、そこに横たわる黒い獣をつんつんとつついているからである。ぐったりと横たわる獣のまわりには第七聖典のページが散乱して積もっている。

 ――――あ、マスター。こ、これはですねぇ……そ、そうです。自己防衛なんですよ

 前脚をパタパタさせて何かを取り繕うように、愛想笑いを浮かべた。

「……ははぁ」

 シエルは納得したかのように大きく頷くと、クールトーに近づき確認する。

「――うん、そんなに傷はありませんからショックで気を失っている程度ですね。よかった。もし死んでいたら、琥珀さんにどう謝っていいのかわかりませんでしたよ」

 ――お、怒りませんか、マスター?
「仕方ないでしょう。アルクェイドに吹っ飛ばされて聖典がこんなところまで飛んでくるとは予想外なんですから」

 肩をすくめ、やれやれといった表情を浮かべる。

「でもセブン、一週間ニンジン抜きですよ」
 ――えぇーーー。
「こう見えてもこのクールトーはこの遠野家の愛玩動物なんですから」
 ――で、でもぉ。
「はいはい、愚痴は後。クールトーを屋敷まで運びますから」
 ――マスターの横暴ぉっ!

 喚くセブンを無視して、大きく重いクールトー君をひょいと軽く持ち上げると、シエルは屋敷へと運んでいっていきました。



 かくして、クールトーは番狼ではなく愛玩動物としての地位が確定していったそうな。
おしまい




あとがき



 というわけでおひさしぶりのクールトー君なのです。
 かーなーりー前に受けたリクエスト「クールトー君vsななこ」なのです。
 ちなみにチャットで「どっちが勝つと思うかな?」と尋ねたら、全員が全員、クールトー君が負ける、と言い切られました(笑) (「ななこが勝つ」ではないところが興味深かったです(笑))
 ということで、クールトー君は着実に番狼から愛玩動物(ペット)へと地位が移行しているようです(笑)
 最初からそうだったじゃないの? というつっこみはなしで(笑)

 ではまた別のSSでお会いしましょうね。

25th. December. 2003.#130

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