「男と女」



きゅっ、きゅい


女がシャワーの蛇口を絞める。
首を振り、濡れた髪を振り回し、水滴を周りに跳ばす。
開け放したままの脱衣所に戻り、くしゃくしゃのバスタオルを掴む。
無造作とも思える手つきで、頭を拭う。
タオルを頭にかぶせたまま、脱衣所を出る。


「早いな、幹也」


女が言う。


「上がっているよ、式」


男が答える。



やや赤みがかった日が、ブラインド越しに窓から差し込んでいた。
ベッドとちゃぶ台しかない、簡素な部屋。
その机に、いつものようにスーパーの袋を置いて、黒桐幹也はお茶を飲んでいた。


両儀式は、すぐに逃げるように脱衣所に入り、もう一枚バスタオルを手にして、体を包む。
それから、鏡を覗き自分を見る。
深く息を吸い込み、はき出してから、脱衣所を出た。



「チャイムぐらいならせよな、気付かなかったぜ」
「一応押したけど、なんの反応もなかったよ」



ため息をついて、式はベッドに腰をかける。
両手を後ろ手について、幹也を睨む。
後ろの窓から差し込む日が、その体を赤く染めていた。


幹也はその姿に背を向けたまま、お茶を飲む。
机においてある雑誌から、目を離さない。
時折茶をすする音が、部屋に微かに響いた。



「また、夜歩き? 昨夜は雨が降っていたのに」
「天気に、俺のやることを決める権利なんか無いだろう」



目を式の方に向けて、雑誌を閉じる。
そして、幹也は立ち上がり、式の方に向かう。
両手を彼女の頭に乗せたバスタオルに置き、おもむろに拭き始める。


式は黙って拭かれている。
目を下に向けて、時折、拭いている彼の顔を見て。
両手は、ベッドのシーツを掴んでいた。


「またこんなふうに。ちゃんと拭かないと」
「これぐらい、自分でやるよ」



顔を顰めながら、幹也は拭き続ける。
怒っているような、叱るような、そんな顔で。
ただ、黙って、拭き続ける。


俯いたまま、式は拭かれている。
拗ねたような、いじけているような、そんな顔で。
ただ、黙って、拭かれ続ける。



「ベッド、湿ってる」


彼が言う。


「ああ、そのままだったから」


彼女が答える。



幹也は言葉を発した後、手を止めた。
ただ、ベッドを見つめる。
湿っている跡を、式の跡を。


胡乱な目で、その顔を見上げる。
手を止めた、彼の心を読み取るかのように。
自分の心を読みてっと欲しいかのように。



「終わったのか?」


彼女か聞く。


「うん、もう拭き終わった」


彼が答える。



彼女のタオルから覗く肩は、まだ湿り気を残していた。
首から、水滴が伝った跡が残り、髪から落ちた水滴の跡が残っていた。
細く、柔らかいその曲線は、微かに上下し、湿っていた。


彼の細身の胸は、動いていた。
前に、後ろに、その命の証明をするかのように。
その心を表すかのように。






彼の目が、ベッドから、彼女の顔に移る。
彼女の目は、彼の顔から、動かない。






二人の、唇が、合わさった。






「いいかな?」


男が聞く。


「いいよ」


女が応える。



後ろ手に、つっかえ棒のように体を支えていた腕を、彼の首に伸ばす。
腕の動きに応じて、肩が揺らめく。
微かに残った水滴が、肩から、腕へと、伝い落ちる。


顔から、その体を、彼女の右肩に落としていく。
唇を、彼女の肩へ、目を、彼女の背中へ。
手を、背中に回す際に、頭のバスタオルが床に落ちる。


目を閉じて、彼女の匂いを確かめる。
腕で、彼女の体を確かめる。
唇で、彼女の存在を確かめる。


目を閉じて、彼の体温を確かめる。
頬で、彼の胸を確かめる。
鼓動で、彼の心を確かめる。






静かな音を立てて、二人は、白い布地に体を落としていった。






男の右手は、彼女の体を覆っていたタオルを剥いだ。
男の左手は、彼女の頬に当てられ、自分の顔を見るように固定していた。
男の目は、ただ、彼女を見つめていた。


女の両手は、彼の首に回されていた。
女の瞳は、彼の目を見つめていた。
唇は、ほんの少し開き、彼に向けられていた。



覆い被さるように、口を塞ぐ。
浮き上がるように、顎を上げる。



音を立てて、唇を貪る、男。
離すまいと、食らいつく、女。


唇から、顎、首へと嬲る。
頬、耳へと、甘噛む。
赤い、白い、胸をねぶる。
頭に、抱きつき、押しつける。



足りなくなった、息をするために、二人、離れる。



唾液と、汗で、胸が光る。
式は、喘ぐように、荒い息で、肩、胸を上下させている。
手は、だらしなく、肩より上に、投げ出されている。


眼鏡を片手で、乱暴に取り外す。
黒い、一色に統一された服を脱ぎ始める、幹也。
荒い息のためか、手つきが、危うい。



「……来て」


彼女が求める。


「……行くよ」


彼が求める。



女の瞳は、妖しく煌めく。
男の目は、熱く浮つく。






そうして、二人は、重なり合う。
貪り、喰らい、奪い合う。
与え、授け、捧げ合う。



そこにあるのは、男と女。
二人在りて、一つ為る。












































秋隆 作











「……っと」
「っと、じゃねえぇぇえ!!」
「おや、お嬢様。何時お帰りで」
「人の部屋で、こんなもん書いてて、『何時お帰りで』もないだろうが!」


「私の趣味ですから」


「そんな趣味、捨てちまえ! だ、だいたい、これ、この前の……」
「おや、この前、何かなさったのですか?」
「とぼけるな! 一体どうやって、調べたんだ!」
「……私の口からはとても」
「な、な」
「それでは、失礼いたします。……そうそう、避妊はなさった方がよろしいですよ」
「待てーーーーー!!!!」






両儀の屋敷は今日も喧しかったとか、まる。





















お読みくださり、ありがとうございました。いかがでしょうか?
18禁……じゃ、無いですよね。
映像があったら、R指定ぐらいかなあ。
最近は、そのハードルも低くなってきましたが。
むぅ。
微妙な表現を狙ってみたんですが……なかなか。


個人的には、二人の睦事っていうのを想像するのは楽しかったんですが。結構、二人とも大人ですし。ほかのは大抵高校生とかなものですから。


もっとも、最後はドタバタにしてしまいましたが。


何はともあれ、『お祭り』のさらなる盛況を願っております。






それでは。


2003年5月1日 のち


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