ドスゴォッ!!


豪快な滅壊音を痛快に響かせて、シキは宙を飛んだ。


 殴ったのは俺、両儀式。
 殴られたのはあいつ、遠野志貴。


 俺の後ろで顔を青くする幹也に、


 「ああ、またですか」

と、天下泰平に心なびかせる橙子。
鮮花はこれ以上キャラが増えても面倒なのでいない。


 この心霊スポットめいた事務所に起こる惨劇、


 美しい弧を描いて無重力を舞うバイト。
 腰下にキュッと引き締まる感覚がせいか、それともお尻の贅肉が締上げられて安定しているせいか、今日のパンチは、いつもより威力が上がってる気がした。


 許せない、
 お前のせいで、
 お前が幹也にしょーもないことを吹き込んだせいで、
 俺はショーツなんか穿いて出掛ける憂き目にあってるんだー!!


 「・・・・・いや、それがフツーなんだよ式・・・。」


 「うるさいだまれー!!!」











両儀式の

インナータレントに挑戦 vol.2



40%の60L











「ひどいなあ両儀さん何するんですか?」


 くるうんと空中で一回転して、降臨するが如く机の上に着地するバイト。


 ちっ、殴られた瞬間バックスウェーで威力をほとんど吸収したか。
 いつもながらこいつはさりげに只者じゃなさっぷりを無意味にかもし出してムカツク。


 ――遠野志貴、


 先月、橙子が何処ぞからの紹介で雇い入れたバイトだ。
 聞く処によると、17歳のクセに結婚して、ついでに相手孕まして、養育費に金が必要なんだとか、
 日本の法律ではなにかしらパラドックスを感じる文脈だが今は無視。
 とにかく今は、この俺の体中(特に腰部)からほとばしる怒気を、このアホにぶつけずにはいられない。


「式、それ八つ当たりって言わない?」
「言わないよ!!だってあいつも悪いんだもん!!!」


 腫れ物を触るように尋ねる幹也に、反応もややヒスリ気味の俺。
 俺は両儀の家の風習で、下着というものを全くつけたことがなく、それでよく浅上とか白純とかと闘ってきて、荒耶を仕留めた一撃など、『素』でビルから飛び降りてたんだなあ、とか冷や汗かいたり、……はいいとして。
 そんなこんなで幹也に無理矢理ショーツを穿かされて橙子のオフィスまで引き廻されてるという仕打ちは、俺にすれば屈辱以外の何者でもなかったのだ。


 幹也に「そのほうが可愛いよ式」とか言って乗せられなければ、こんなコト絶対しなかったのに。
 お陰で、やり方がわからなくてトイレにも行けないし。
 電車じゃ対面の席が気になってつり革にも掴まれないし。
 下着の線が着物から浮き出てこないか、常に後ろが気になって、手で隠したらもっと不自然になっちゃうし。
 駅の階段を上るときなんか、むしろ赤くなった顔の方が誰かに見られないか心配だった。
 背後に視線を感じて、念のため幹也にすぐ後ろに居てもらったのに。
 それでも真後ろから、お尻に集中した貪るような視線……ん?


 「いやいや、式ってば見られてるのを意識してるせいか、いつもよりかなりフリフリ揺れてたね」
 「お前の視線だったんかー!!?」


 完璧な状況証拠と自白を元に、橙子や遠野の存在も忘れてシャウト。
 今更遅い。


 でも思い返せばやっぱり着物が珍しいのか、幹也以外にもあちらこちらから視線を感じたのは、事実だと思う、
 俺ってかなりの人に見られてたんだと思ったら急に恥ずかしくなった。
 明日からは、髪ぐらい梳かしてから出るようにしよう。


「で両儀さんら、さっきから何をそんなに騒いでるんですか?」


 いまだ机の上で、軸を崩さぬ構えを取っている遠野が言う。
 ってゆーか高い所に上ったからって、ズバット然とポーズ決めなきゃいけない法はない、


 んな打虎の演舞をかっこよく決めても、立ってるの所長机だから、橙子が迷惑千万な顔してるし。


 「失敬、でも両儀さん今日は本当に変ですよ?
なんか来てからずっと、内股気味で歩いているし」


と、左手を軸に机から降りる小僧、


「えっ……? あ、いや……
「ああ、そういえば、内股で思い出したんですが、中世ヨーロッパで流行った貞操帯ってのは、装着するとどうしてもガニ股歩きになってしまうそうなんです。
 当時貞操帯をつけた女性には『不貞を行なう女』という先入観があって、上から服で覆い隠しても、出歩くときは常にばれるんじゃないかと、極力悟られないように歩いたそうです。
 まあ、一種の羞恥プレイだったんでしょうねー」
「へえ、そりゃまたサドだねえ。」と、幹也が割って入り、
「ええ、サドですね」、あはははー、と二人して笑った、






 コイツら絶対判ってて言ってる。






 なんでこいつらこうまで気が合う、
 まるで創った人が、どっちがどっちをパクッてキャラ付けしたとしか思えない意気投合ぶり。
 一瞬また殴ってやりたい感情に襲われたが、それでもまだコイツにばれてないという希望的観測を捨てきれずに、俺はぐうと唸った。
 いくら入れ知恵したのがこいつだからって、今日何日には居ているかまでは見当がつく筈がない。
 この連中で、遠野にだけは絶対知られたくない。
 だからこそ俺は、決定的な決断を下せずにいたのだ。


 コイツに浮き出たショーツの線なんて、可愛いトコを見られたら、俺はまた更に、闘士としてのプライドを地の底に落としてしまうから。
 実は一度こいつには「採用試験」と称し手合わせを申し入れ、けちょんけちょんにやられた忌まわしい記憶がある。
 そりゃあもう滅茶苦茶すごい。
 こいつ恐らく月姫本編から直で来たわけではなく、どっかイタリア辺りで結構な場数を踏んできたと見た。


 と、色祭的にかなりボーダーな考察をしてみるものの、結果的にはコイツに俺の秘密をばらさないことが今の総て。
 故に、お尻を両手でぴっちりとガードし、さながら俺が月で遠野が地球であるかのように、 常に前面だけを向けて、奴の周りを移動する。


……? ほんとにどーしたんですか、両儀さん」
「ははは、いやぁーもうなんでもないのよ遠野君。」


 なぜか友達のお母さん口調になってる俺。
 精神的に満身創痍になりつつ、お尻に手を当てた匍匐前進を進めるも、安全圏である俺の指定席のソファーはもう目の前であった。


……ほう? 今日はやけに仕種が可愛いな? 式」






 はっ!!!!?






 6時の方向から発する声に、俺は反射的に振り向こうとするが、正面に遠野がいるので振り向けない。


 ……いかん、こいつのことをサッパリ忘れてた。


 そう、この怪奇スポットには、新入り遠野志貴を上回る『主』が。
 行かず後家魔人「蒼崎 橙子」がいた!!
 そんな奴の存在をサッパリ忘れて後ろを取られてしまうとは、


「内縁妻式ちゃん何たる不覚。」
「変なナレーション入れるな幹也ァ!!?」


 こいつも存在をしっかりアピールしてる。
 そんな俺たちを見てハハァーン? と、やたら意地悪お嬢様っぽい吐息を橙子は洩らした。


…………しかし、そんな所に手を置いてるとは武芸者としてあるまじきだな式?
 そんな状態で、誰かから奇襲を受けたらどうするつもりだ?」
…………いいだろ別に、そんなの俺の勝手だ。
 大体、ここはお前の結界が張ってあるんだから、侵入者だって入ってこないだろ?」
「おや? いつからそんな他人に頼みを置くようになったのかな式は?
 そんなことではいざという時に頼りになりそうにないなあ、遠野が入ってくれたのはいいタイミングだったかも知れんな」




 ぐ・・・こいつ、




 俺が遠野に惨敗してから急激にいやみっぽくなりやがって。
 そんなに最強の座から引き摺り下ろされた俺を嘲るのが好きなのか。
 嫁に行く前から厭な小姑になりやがって、これだから、年増は嫌いだ、年増は!!!


 ことあるごとに俺と遠野を比べて。
 遠野もそれを受けてか左正拳で10m先の蝋燭の火消してるし。
 コイツらコンビネーション良すぎ。


 「まあいいさ、ところで式、ついでで悪いんだが、そこにある書類を取ってはくれないか?」


 と、いきなり橙子が違うことを言い出す。


「書類……? そんなの自分で……まあいいや、どれ?」
「すぐそこさ、お前がいつも座ってる、ソファーの前のテーブル。」


と、俺が慎重にカニ歩きで向かっていたテーブルには、ちょこんと、明らかに不自然に一枚だけ書類が置いてあった。
 このテーブル、応接のソファー用だけあって当然高さは膝程度しかない。
 つまりこれを取るには屈まなきゃいけないわけで。
 そうしたら無論、奴に向かってお尻が突き出されて、あられもない逆三角形の曲線が……


 ちょっと待て!!


「断る!!断固拒否する!!」


 赤面した顔を背に隠し、絶叫する俺。


「そう堅いことをいうな式、すぐ目の前にあるんだから、ついでに取ってくれていいだろう?」


 と、まるで総てを見透かしたかのように橙子は笑った。


 これはかなりのピンチの状況だった。
 あらゆる可能性の中で、橙子にばれることこそ考えうる限り最悪のヴィジョン。


『おはよう式、昨日の夜は濃密だったか?』
『今回の報酬は現物支給だ。
コンドーム、どうせ全部これに変えるんだろう?』
『ほら式、いずれ生まれるお前らのベイビーの名を考えてやったぞ。12人先まで予約済みだ』


 ばれたら最後、永遠に等しく続くセクハラが目に浮かぶ!!


 助けて幹也!
 お前なら事の重大さが判るだろう!!?


「だめだよ式、世の中は助け合いが大切なんだから」


















「うわ〜!! いじめだーーーーーーーーーー!!!!!!」
















と、完全にプッツンした俺、


四面楚歌となったオフィスから、慟哭の声を上げて駆け抜けていった、


 途中で幹也の口を取っ手のように掴み、引き摺られる形で、机やらなんやらにピンボールの如くぶつけ ながら脱出。


 バタン。


あ、足がドアに挟まった。


「ふふふふっ、
 可愛いったらないな、アレが『あの』一年前の式とは到底思えん。」


 と、橙子は親父臭く嗤った。
 まるで総てを知っていたかのごとく、っていうか知ってるだろう確実に。


「無論! こんなおもろいイベント扇動者側に回らなくてどうする!?」
「いや、誰に答えてるんですか、所長?」
「そんな細かいことを気にするな遠野。
 しかし見たか式の顔、あれぞ女って感じだったなあ。
 あんなのを見れたんだから、生きててよかったと初めて実感したよ。」


 ってなノリでハァハァする橙子、


だが志貴は、それを目の当たりにして世を儚まずにはいられなかった、


 ああ、やっぱり払いが良いとはいえ、
 ここに入ったのは間違いだったかな?
 なにせあの人の姉様だけあって、この人はやり方に手段を選らばなすぎる。
 なにせこの人は・・・・・・


「アンタは、俺を騙って幹也さんに何やら吹き込んだんですね?」
「おおともさ!!!」


という訳だから、喜々とする橙子女史を横目に、志貴はソファーを左手でベリベリ剥がし、中に隠してあった自分そっくりの人形を、これ以上肖像権を侵害される前にザクザク『殺す』。


 (やっぱ転職しようかな、決定的な事件が起きる前に・・・。)


と人生の岐路を感じる志貴だった。














 さて、伽藍の堂という心霊降場は一応雑居ビルという手前、各階にはちゃんとトイレがついている。
 といっても、男女別に分かれているわけではなく、一個の部屋に、個室が一個に男子用便器が二つ三つという、申し訳程度に公衆トイレを繕ったものだ。


 俺・両儀式はそこに駆け込むと、バコーンと幹也を個室に叩き込み、バタンと自分も入って扉を閉め、ベキリと鍵をかける。


 同じ個室に二人分の容積、ドアを背につけた俺は洋式便座に座った幹也を見下ろすような形になって、 ゼエゼエと、息を荒ぶった。


 「………………………………あの、式?」


 おずおずと幹也が話しかける。
 でも俺は、そんなコトすら気にかけることができる状態じゃなかった、


………………なんでだよ?」
「え?」
「なんで幹也は、こんなこと俺にさせるんだよ……
 こんな恥ずかしくて、馬鹿みたいなこと、昔のお前だったら絶対にしなかったじゃないか………………?」


 珍しく本気で声を絞り出す俺に、幹也はハッと目の色を変えた。
 いつもの凛々しさは欠片もなく、捨て猫のようにしなだれる俺、


 幹也の仕打ちが哀しくて。
 遠野や橙子から何か言われても、何もしてくれない幹也がイヤで。
 いつか自分の好きな、あの男の子が助けてくれる、
そんな拙い幻想も叶わない、小さなイジメられっ子のように。
 哀しくて、理不尽だけど寂しくて。






 泣いてしまった、最低だ俺。






 グジグジと情けなく、こんなコトで心を乱してしまうなんて、昔の俺がみたらなんと軽蔑されることだろう。
 幹也に愛されただけで、抱かれただけで、こんなに弱くなった俺が、今ここにいた。
 そんな俺を、弱い俺を、またコイツは、意味もなく抱き寄せる。


 「ごめんよ式、
 遠野君たちと騒いでる式ってとても楽しそうに見えたから、ついつい、式がイヤと思うことにも気付けなかった。
 下着がいやなら、もう穿かなくていいよ。僕も橙子さんの計略に便乗して、ちょっと調子に乗りすぎた」


 幹也の体温の暖かさと、吐息の暖かさが、直に俺に伝わってくる。
 こんな合理性もない、感情だけの行為、
 それが俺の不安を霜が解けるように消し去ってくれる。


 ああ幸せ、なんて安心できるんだろう。


 主犯格の名がさりげに変わっていた気がしたが、それも幹也の抱擁の前では些細なことだった。


……………………それじゃあ、式」
………………………………ぅん?」
「脱ごっか?」


 ――――ん?


「だって、下着いやなんだろ?
 ならもう取っちゃった方がいいし、なら僕が脱がせる他ないじゃない」








 うわー!! コイツ全然判ってねー!!








 塵一つ残さず粉々にされた俺の矜持の慟哭を、ただ下着がいやなだけと思っているこの馬鹿。
 こーいうときだけ鈍感を演じやがって、幹也は子猫を撫でさするように俺を抱きかかえる、
 つまり俺は、完全に捕獲された哀れな猫というわけか!?
 太腿やら肩やらに、尻尾の毛がブァーと逆立つように鳥肌が!!


 「ならさっそく、式の下半身パージ(取り外し)作業開始〜」


あっ・・・!バカ止めろ!! 褄から手を入れるなっ!!?


 「・・・あれ? 式濡れてる」


うそっ!?


 「ホントだって、ほら」


 足の間から引き抜いた五指から、ホウッと煙が上がった気がした、
 なんとなく熱気を帯びた手、
 その指がちょんと鼻先に触れ、盛大に驚いて身を引くも、外気に蒸散し、ひんやりする冷気はたしかに液体を証明する。
 それに、こんなところに擦り付けられて、否が応でも侵入してくる臭気は、ホントに……


「私の匂い……?」
「だろ?式、なんやかんや言って、橙子さんらに苛められて感じてたんじゃないか、
 こんな所に連れ込んだのも、本当は我慢できなかったから……。」
「ちっ……ちがう!!
 私はただ、こんなトコ誰にも見られたくなくて。
 だからここにって、そんなのホントに泣き虫女みたいじゃないか!!?
 ……いやちがう、だから、ええと……?」
 「うんうん、わかったから」


 もう完全にテンパってる俺の混乱に乗じて、またも幹也の侵攻が始まった。
 そっと、しかしすばやく襟を肘まではだけさせ、サラシに包まれた胸部が、幕を開け放たれるように拡がる。


 「うーん、パンティを着けてブラに気付かなかったとは迂闊だな。今度上下でピッタリ合うヤツ、買いに行かないと……


 と、独り言をぼやきつつ、胸に触れる幹也。
 サラシを挟んだ鈍い触感にもビクンと電流が走り、ロックされたドアを揺らしてしまう。
 でもこうなったら幹也の行動も悠長ではない、いつの間にか裾を帯までたくし上げ件のショーツを、昨日と同じように撫でさする、


 やだ、私のお尻って贅肉が多くてむっちりしてるのに。


「女の子なんだから、お尻が柔らかいのは当り前なんだって」


と、またもや見透かしたようにフォローを入れてくれた。


 だが無論奴の侵攻はそれだけに止まらない。
いつの間にやらサラシが紐解かれ、厳重に折り固められてた双房が、幹也の目の前に露わとなっている。
 ブルンと、締め付けから解放されたのを喜ぶかのように細かい振幅で、張り詰めた振盪を繰り返す乳房。
 でも、今一番私が言いたいのは、そこじゃなくて……


……なに?これ」


 私は、目の前の幹也に両腕を差し出した、
 解かれて用無しになった筈のサラシで縛り付けられ、身動きが取れなくなっている両手。


「いや、こうしておかないとまた抱き疲れたら怖いからさ、
 昨日は下の方で力が入り難かったからよかったけど、まともに締め上げられたら脊髄骨折も考えられる」
「・・・なっ!!なんだよ幹也、ゴリラじゃないんだぞ私は!?」
「え?違うの?」
「当り前だろ!私みたいないい女とあの、人類進化の別経路と、何処が同じだって言うんだよ?
 幹也って俺のことそんな風に思ってたのか!?」
「じゃあ、式は自分のことどう思ってるの?」


と流れるように差し出された言葉の前に、不機嫌を装った私の態度がピタリと止まった。


 しまった、誘導尋問だ、
 この先を彼の望むような返答をしなければならないという罠だ。
 幹也の喜ぶ可愛い答えを。
 でも私は今まで生きてきた、死線をくぐってきた矜持が最後まで邪魔をする。


 俺は、殺人に秀でた両儀の掃討者。
 でも私は、やっぱり彼の前では。


「じゃあ、僕が言うよ、
 式は僕にとって、どんなに強くても、死ぬほどおっかなくても、たった一人の可愛いおん――――


 と、言いかけたところで、俺は幹也の口を塞いだ。
 ただ塞いだだけじゃない、自分の口で、彼の口を。
 呻き声も出せないように念入りに舌まで舐り込ませる。
 見ようによってはあのまま言わせるよりもっと恥ずかしい光景。
 それでも、私はせめてコイツに一泡吹かせてやりたかった。
 コイツのビクッとする顔が見たかったから。
 私はもうこいつの物になっている、
 それはもうイヤと言うほど判っていたから。
 せめてもの腹いせにコイツの思いもよらない『形』でそれを示してみたかった。


 でも幹也も事の次第をもう把握したかのように、私の後ろに手を回すと、先手を取った私の舌に、負けじと自分の舌を絡めてくる、
 にちゃにちゃと、狭いトイレに木霊する恋人同士の鍔迫り合い。
 もう私まで、すっかりその気になって、最後までしていいよね?という意志を態度で現すように、私はモゾモゾと肢体を擦りつけながら膝をつく。
 ジッと擦れるジッパーの音、降ろしたズボンの中から取り出したのは、いつ見ても物怖じしてしまう、 怒張を持って天を仰ぐ彼のペニスだった。


 幹也はよく私のおっぱいは大きいと言うが、コイツのこれこそ平均を逸脱してると思う。
 今でも信じられない、こんなモノが、私の膣に収まるなんて、


「どうしたの? また喰い入るように見て。」
「ばかっ……なんでもないよ!!?」


 と、亀頭を撫でさすりながらも、顔を真っ赤にしてしまう私。
 両腕が縛られていまいち勝手がつかないが、必然的についてくるもう片方で陰嚢を優しく揉む。


 「ん………………くっ」


 幹也が僅かにうめき、上下の感覚を適度に刺激したところでガラ空きになった中央へ、裏筋にベロリと舌を這わせた。
 一瞬頂点から根元まで一気に滑り降り、唾液がヌルヌルと垂れ流れ、指による快感は一気に加速されたことだろう。

 ヌルリヌルリ、

 摩擦がなくなって、陰嚢の皺や亀頭の割れ目に滑り込む白い指。
 あ、やだ、私まで気持ちよくなってきた。
 私は今からもう夢見心地で、続きの夢に誘われるように、反り立つ傘に、自分の顔を覆い被せる、


 思えばこれは、今までずっと人を害することばかり学んできた俺が初めて憶えた、人に喜んで貰うためだけにすることかも知れない。
 剣術、穏行、それらは皆敵を倒すためのものであり、料理だって自分が食べるために覚えたものだ。
 でもこれは、幹也だけといっても人の為にする求愛行為。
 そのせいか一生懸命に覚え、今も情熱的に口でしごいているのか。


 「ふぁ……、ふふぉい…………


紅潮した唇から漏れる先走り液の混じった唾液が、竿、陰嚢と伝って、ピチョリピチョリと便器に落ちる、
 それくらいだらしなくて、はしたない音も、行為に没頭した私には聞こえなかった。


 「式……そろそろ」


 幹也が私の脇を抱えて、自分の側まで抱き寄せる、
 冷たい床に膝をついて冷え切った体が、かっかした幹也の体に重って、暖かい。
 とくに私の唾でトロトロになった、溶けかけのアイスキャンディーみたいな怒張、その部分がたまたま唯一肌を覆う帯に当たって、直接肌に触れないのは物凄く残念だった。


…………お前さ、もしかして私のこと猫だと思ってない?」
「なんで?」
「さっきから扱いがそんな気がする。
 抱き上げ方とかあやし方とか、やだよ私、ちゃんと恋人みたいに扱ってくれなきゃ、いや」
「結構形に拘るんだな式は。
 でも大丈夫だよ、さすがの僕でも猫に入れたいとは思わない」
……入れるの? 幹也」
「ああ、ちょっと後ろ向いて」


 泣きつく声の私を来るんと回して膝の上に置く幹也。
 股の下を彼のペニスがくぐって、まるで私の秘部からソレが生えてきたように見えるが、私はそれでももう自分が男だとは錯覚しない。
 これはこれから私の中へ迎え入れるべきなモノ。
 私が女であると証明してくれた決定的なものがコレなんだから。
 膣は、さっきのフェラチオのお陰で既に充分潤っていて、今更舐めるとかそうする必要もない。
 漏れ出す液でじゅくじゅくになったショ−ツに、幹也が手を伸ばす。


「あ…………ダメ」
……………………?」
「幹也、できたら、このままして」
「汚れるよ、いいの?」


 うなずく私、
 幹也は応えるように下着をずらし、そこから現れた唇口にアレをあてがう。
 ゆっくり、ズブズブと、沈んでいくあの感覚。


 「はっ……んんっ! ああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」


 トイレの外の廊下にまで響き渡りそうな嬌声があがった。
 ショーツとペニス、内と外から締め付けてくる圧迫的な快感に、私の意識は出口を求めてうねりを上げて、色んな所にぶつかり合う。


「幹也……幹也ァ、いるよね、後ろにいるよね?」


 最も深いところで繋がりながら、目の前に姿が見えない不安であの人の名前を呼ぶ。


「ああ、大丈夫、ちゃんといるよ。」


 とそれを行動で表すかのように、視界ににゅっと入ってきた手が私の胸を掻き毟った、
 下から突き上げてくる衝撃が、揉みしだく波紋にぶつかって爆ぜる。
 お尻は彼の腰に擦りつけるような体勢になって、実際擦りつけるように、一心不乱に腰を動かす。


 「はっ!! やっ!! ふんぅ……あっ! あっ! あぁぁ!!!」


 ホントに、さかった猫みたいな声、
 それが幹也の獣欲を刺激して、グラインドを短く、激しく加速する。
 それが私にとってはとてつもなく嬉しい、
 肉体的な快感よりも、彼に喜んでもらえるという精神的な満足感が、なにより一層私の中を満たした。
 女として、心も体も、隙間を満たされている。
 狭い個室の中で男と女二人、シェイカーに入れられて、振り回せれて、ドロドロに混ざり合ってしまったようだ。


 「やっ……やっ、やだぁ!!」


 腰を突き上げられる。
無論私も今更止めもできない、後ろからお尻から波のように押し寄せてくる快感が、私の理性を流し去ってしまうのだ。


 じゅく、じゅく、じゅく、じゅく、


 幹也のペニスが引いて押すたびに、膣内の色んな所にぶつかって、歪な軌道の螺旋を描く、
 私もそれに卑しいほど反応して、止めどない愛液を、褒美の美酒のように垂れ流した。
 体は胸を舐る手から離れ、鍵の掛かったドアに預け、そのせいで足は床を浮き、幹也の起立だけが私を支える状態。
 膣だけに全体重が圧し掛かって、それ以外が無重力。


「は、私飛ぶ・・・! そんなに突き上げられたら飛んじゃう!」
「式・・・!僕も行きそうだ・・・!
 すごいよ、こんなに押し寄せてくるのは・・・・・!!」


 まるで、私の全筋力がペニスを引き千切るようだと言いたいのだろう、
 仕方ないよ、今私が身を預けてるのはそこだけなんだから、
 私の鍛え上げた実用機関まで快楽の生産機械にしてしまったのは幹也なんだから、それくらい耐えてよね。
 私も別の部分を使って、色っぽくするから。


 自由になった胸が、玉の汗を浮かべてたわわに揺れる。
 背骨がへし折れるんじゃないかってほど艶やかに蛇行する腰。
 四方を囲む個室の壁は、ガタガタと揺さぶられて、今にも崩れてしまいそう。
 今壁がなくなって、この姿が外に晒されてもすぐ止められるかなって、スリルに似た不安が下腹部に蠢いてしまう。


「式……ッ、僕、もうやばい……。」
「ウン、来て、来て来て来てきてきてェ!!」


 一瞬ボッと、
 腰が本当に無重力になって、直後全衝撃をこめてペニスに墜落する。
 奥の壁と、幹也の腰を突き破ってしまう一撃。
 それはお互いに止めとなるには充分だった。








 ビュル、ビュルビュルビュルビュルビュル……!!








 「ああああ…………っ! あつい、幹也、幹也のがあ……!!」


 臀部に満遍なく感じる溶鉄の如き熱さ。
 達する寸前に引き抜いた幹也自身が、お尻に向けて総てを放射した。
 きっと幹也の眼下には、白濁に滑らかな曲線を汚されたショーツが壮観に広がっていることだろう。


…………よかった……、ショーツ穿いてて」


 ことの終わりの、精根尽き果てた声で、かすれ気味に呟いた。


「素肌だったらお尻、幹也の液で火傷してた。」
「そんなバカな……


 と同じく疲弊しきった幹也が、フフッと小さく笑う。
 そんないつもの彼が、逢瀬のあとに密かな安心を持たせた。


「下着……汚れちゃったね。」


 ひとしきり落ち着いて幹也が言う。
 俺も息を整えると、彼の胸に体を預けて、静かに答えた。


「大丈夫だよ、買ってくれるんだろ? 新しいのをブラ付きで」
「うん……まー今度の給料日にね」
 「今度は俺がちゃんと選ぶからな。
俺の服なんだから、俺好みの可愛くて幹也を誘惑できそうなヤツ、少なくとも4、5着は買う」
「え…………? でも安めのヤツでいいんじゃない?」
「あ!? そこで金を惜しむかねお前は、
こんなところでケチると、肝心なところで逃げられちゃうぞ?」
「だって、すぐダメにしちゃうじゃないか、ホラ」


 と、幹也は指で抓んだものを差し出した。
 精液と愛液でまみれた布地。
 原形すら留めてないそれは確かに私と彼が愛し合った証拠だった。
 私が彼に愛される、私が女になっていく証。
 それが増えていくたびに、俺は私になるんだなって、そんな気がした。
 だから俺は、気取って、冗談ぽく言い放つ。


「いーの、これからもドンドンそうして。
 幹也と俺だけのショーツを増やしてくんだから」
「そんなことしたら、給料がパンツだけに飛んでっちゃうんだけどなあ」


 と笑う幹也。
 幸せ、こんな二人だけで笑える、なんでもない時間、
 すべてを晒し尽くした後の、こんな時間を、私はとても幸せと思った。












 ふ−ん、仲がよろしいんですのねえ、二人共。












 と、何処からともなく声が。
 二人ほぼ同時にビクッ!!としなり、ドアの向こうに意識が飛ぶ。


「まったく、こっちについた途端小用をもよおして駆け込んでみれば、こんな現場に出くわすなんて。
 式? もうちょっと声絞った方がいいんじゃなくて。廊下まで丸聞こえだったわよ」
「鮮ッ・・・・!!!?」


 と叫びかけた幹也の口をムンズと塞ぐ俺。


 やばい、やばすぎる。


 この全身から湧き出す玉の汗は、行為で火照ったものだとばかり思っていたが、別の熱源があったのか?
 ドアの壁一枚隔てて燃え上がる、高温、正に高温。
 視力届かぬ向こう側の世界は、色んな意味で焦熱地獄と化している。


「ところでお二人さん、早いトコ出てくれません?
 私も一応、小用でこちらに立ち寄ったもので、まさか男子用で済ませろとは言いませんわよねえ?」


といまだ姿見えぬ鮮花は最後通告めいた口上を述べた。




 嫉妬に狂った炎の魔人、トイレの修羅場に見参。




昼間の心霊スポットに、新たな怪奇伝説が加わろうとしていた。










「おお! 見ろ遠野、神が手を降ろしたかの如きハートフルな展開になってきたぞ!!」


 と、虚空を睨み、しきりに俺の名を呼ぶヒートガイ所長。
 幹也さんが言うには、このアトリエ全体がすなわち彼女の結界であり、その中で起こる事象は手に取るように彼女に伝わるという。
 こうして染みしかない天井を見上げ一喜一憂する様を見ても、間違って警察に来てもらっては絶対にダメとのことだった。
 いっそ協会に通報して連れて行ってもらおーか。


「所長、そんな出歯亀してそんなに楽しいいんですか?」
「当り前よ、こんなベリーイベント見逃してなるものか!」
…………所長、そーとー溜まってんですか?」
「なんだ遠野? ならお前が解消してくれるとでも?」
……いや、カミさんに殺されますから」
「その奥さんも身重で、最近お預けなんだろう? 我慢は体のワーストパートナーだぞ遠野、ハァハァ」
……いや大丈夫ッす。
 ベビーを子宮に留める黄体ホルモンの分泌も活発な安定期に入って、毎日愛のあるセックスライフを充実させてますから!!」
「今だけは『橙子』と呼んでいいのだぞーーーーー!!!」
「いやー、おれのしあわせをこわすなー!!」
「志貴くーん、おべんと忘れてたから届けに来ましたよー&hearts:」




 ガチャ。




 「「「あ」」」








………………………………………………………………
「あの…………………………シエ――――――――――
……………………………………………………………
「志貴君、貴方は…………………………………………




 「うわ! 黒鍵出したよこの人!!?」


















「貴方はそんなにメガネが好きなんですかぁー!!?」














 「いやーーー!! 冤罪だーーーー!!!!」




(多分)終。






後書き



・・・いや、長く書きすぎました、スイマセン、


まだまだ経験値が足りません、らっきょにいちゃいけない人も出てくるし


この行動を元にして今度はもっと実用に耐えるものを書くつもりです。


 だから、どうか応援して下さいね。


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