堕天



権兵衛党





「それではお先に、先輩」
「お疲れ様です、先輩」


「ええ」


 簡潔に応えてみんなを見送り、それから椅子に深く腰掛けなおす。
 体重を受け止めた椅子が、キイと小さな音を立てた。
 こうして一人きりになると、この生徒会室もそれなりに広く感じる。


「…以前は、なんて狭い部屋なんだろう、と思っていたのですけれどね」


 独り言は虚空に消えて、静けさだけが残った。
 夕焼けに赤く染まった部屋の中を首を巡らして見回す。
 以前はこの部屋を狭苦しく感じていた。かつて、陣頭で生徒会を引っ張っていた頃には。
 けれど、もうそれも過去の事である。
 実の所、私はすでに生徒会を引退した身なのだけれど、学園内で起こる問題に対して意見を求められる事が多く、結局相談役の様な立場としてこの部屋を訪れる事が頻繁にあった。
 私を煙たがる一部の生徒達からは「黄路は院政を敷いている」などと言われている様だが、別段現生徒会を牛耳っているつもりは無いし、そうそう口出しするつもりもない。ただ、彼女等が私のいる限り手抜きをしようとしないだけである。
 私はこの学園を規律正しく保ちたいし、一部を除いて愛着だってある。
 自分がそこに居る事が学園の秩序にとってプラスになるのであれば、多少の悪評は甘んじて受ける覚悟はしている。もっとも、的外れな讒言であれば徹底的に論破してみせるのだけど。
 とはいえ、表立って私を非難する者は生徒にもシスターの中にも無く、客観的に見てかつての『暴君』と噂された頃のイメージがつきまとっている事も否めそうには無かった。
 もっとも、かつてだって正しい事を決然と実行して『暴君』と評されるのは間違っていたと思う。
 別段痛痒は感じなかったけれど、まあ間違っている事は間違っていた。
 どちらかといえば、そこに居る事で発生する義務とでも云うべきモノの方が煩わしくあったのだけれど、こればかりは仕方なかった。自分でかってでた事でもあるのだし。
 今、直面している事務仕事だってその一環には違いない。


「さ、終わらせてしまいましょうか」


 気持ちを切り替えて、一人書類と向き合った。




















 私の名は黄路美沙夜。
 黄路家中の位置づけでは次女ということになる。
 次女といっても黄路財閥の子弟は全て養子であり、私もその例にもれず黄路家に養子に入った身である。
 とはいえ、養子になった幼い頃から「それがどうした」という気がずっとしていた。
 大人達が私を黄路家の養子にしたのは私の行いがそれに相応しいと思ったからなのだろうから、私はそれまでと同様に周囲に接すればいいのだろうと漠然と考えた事もあって、私はそれまでと同様に黄路家を自分の生家であるかのようにふるまった。
 周囲は私を物怖じしない子だと評価していた様だが、その評価は後から考えれば概ね正しかったと言える。
 もっとも、勉学や習い事等に関してもそれまで以上の努力を要求されたし、私はそれに応え続けてきた。おそらくは、周囲の期待以上であったのではないかと自負している。
 私は予定通り礼園女学院の中で時を過ごし、自分の意思で生徒会長を務め、
 そして、ここで、






 ―― 私はあの人に出会った。




















 一般に秋の陽は釣瓶落としと言う。まして、冬の陽は。
 黄昏時も過ぎて、薄暗くなった廊下を一人歩く。
 歴史を経た古めかしい校舎が一歩ごとに小さくキイ、キイ、と軋む音が聞こえた。
 昼のうちには聞き取れないその音がはっきりと聞こえる程の静寂は、暗さと相まって寂寥感を煽り立てる。時折聞こえる、風に木の葉が擦れる音が更に人気の無さを際立たせた。
 普段から静謐を保っている礼園女学院とはいえ、さすがに昼間のうちはそこかしこに人の息遣いが感じられるのだけれど、夜になってしまえば孤独を打ち消すものは本当に何一つ無い。誰もが息を潜めて、ただ朝を待つ。
 まして礼園の夜の闇は深く、長い。私はそれを、恐らく誰よりもよく知っている。
 夜の闇。
 否、夜と闇、だろうか。
 それを、私は知っていた。それに飲まれた、可愛そうな少女の事も。


 チラリと腕時計に目をやる。
 指し示された時刻は午後5時28分。
 対して寮の門限は午後6時。


「まだ、そうギリギリという訳ではありませんけど、ね」


 微かに溜め息が漏れた。
 季節柄仕方が無いとはいえ、書類をまとめて生徒会室を閉めた時には陽はすでに落ちていた。世間は知らず、この学園ではすでに遅い時間である。
 手際よく片付けたつもりだったのだけれど、限界がある。やはり一人ぐらい手助けを頼んでおくべきだっただろうか?
 しかし、それも後の祭り。
 私はただ一人、刻一刻と暗さを増す廊下を足早に職員室へと向かっていた。


 ……職員室にこの書類を置いて、すぐ寮に帰る。急げば十分ほど。夕食はとって置いてもらえる事になっているから……


 そんな目算を立てつつ、職員室の扉に手をかける。
 手をかけてから、ふと思いついた。
 ああ、誰も居ないかもしれない。鍵が閉まっていたら…


「失礼します」


 習慣的に断ってから扉を押すと、危惧に反して職員室の扉はガラガラと音を立てて開く。
 ホッとする思いで中に入ると、手前の机に向かっていたらしい人影がこちらを向いた。




「おや、まだいたんですか黄路君」




 その、穏やかな声に心臓がドクンと鼓動する。
 そして、視線を移してその相手が皐月であることを認識したとたん、もう一度大きく鼓動。




 玄霧皐月




 礼園女学院の数少ない男性教師。穏やかな物腰と丁寧なしゃべり方、人畜無害な雰囲気の持ち主で生徒の評判も悪くないし、マザーからの信頼も厚い。
 けれど私にとってはそれだけの人では、ない人。
 決して、ない人。


 魔術の師であり、
 実の兄であり、
 そして、
 私の想い人でだった。


「ええ。すぐに失礼しますけれど」


 表面的には冷静を装いながら、内側ではドキドキと脈打つ心臓を抑えるのに必死になっていた。普段は覚悟を決めてから向き合うのだけれど、今回は不意打ちだったから。
 私にとって皐月は大切な人。
 でも皐月にとって私はただの生徒。少なくとも、その記憶の中では。
 会えた事は嬉しいけれど、自分で選んだ事とは言え、否、だからこそただの教師と生徒として向き合うのは、辛い。


 ……静まりなさい、変に思われたらどうするの?


 そう言い聞かせながら、さり気なく皐月を観察する。
 机の上には紙の束。おそらくは配布する通知の類だろう。小テスト等なら準備室において置く人だから。
 その机の前の回転椅子にゆったりと腰掛けている。
 服装はいつもと変わらず、目立たない地味なものを着ている。
 そして、眼鏡を掛けたその顔もいつもと同じく微笑んでいた。
 私を魅了して止まない柔らかな、けれど少し寂しげな微笑。
 吸い寄せられる様に一歩を踏み出そうとして、ハッと我に返った。
 あわてて、その動作を打ち消す。
 いけない、今踏み出したら…止まれなくなる。
 皐月の記憶に今は無いけれど、私とあの人は実の兄妹なのだ。
 そんな事は、私にはできない。
 してはいけない。
 そんな事は、神様がお許しにならない。
 だから、見ているだけに決めた。
 それでいいと、決めたんだから。
 それだけで、いい、と…




「どうしました?」
「え?」




 気がつくと、皐月が間近に私を覗き込んでいた。
 その距離は、僅かに…


「なんでもありません」


 内心は動揺で一杯だったけれど、何とか冷静な声を保つ。
 いけない、どうやらボウッと考え込んでいた様だ。
 染み付いた黄路の、毅然とした態度をその身に鎧う。


「玄霧先生、他意はお有りでないと思いますが、生徒に不用意に、必要以上に近づかないで下さい。いらぬ誤解を招きますから」


 一歩後ろへ下がりながら、眉を顰めて固い声で口にした。
 まんざら嘘ではない。
 女学院に勤める若い男性教諭なんて立場は、いくら身を慎んでも慎みすぎという事は無い。致命的なゴシップの種になりたくなければ。
 ただでさえ皐月は警戒心が薄い上に抜けているのだから、くどい位に言っておくべきでしょう。


「そうですね、すみません」
(あ…)


 言って、後ろに下がった皐月に思わず手を伸ばしそうになった。
 五本の指をグッと握り締めて、その手をさりげなく背後に廻す。
 全くもってやる事が矛盾しているわね、と自嘲した。
 抑えなければならない。この狂おしい思いを。
 大きく息を吸って、吐く。
 気をとり直して歩を進め、書類を所定の位置に置いた。これで用件は終了、後は帰るだけ。
 そして振り返ると、皐月はまだ職員室の出入り口に立っている。
 平常心、平常心。
 そう言い聞かせて歩み寄る。
 ではお先に失礼します、と会釈してすれ違うだけ。なにも難しい事は無い。
一歩、二歩と近づく。
 そのまま会釈して通り過ぎた。ほら、意識しすぎなければなんでもない事…




「黄路さん」
「はい」




 呼ばれた時だって、もう動揺しなかった。
 無様な所は見せたくなかったので、余裕を持って、軽やかに振り返る。お澄ましな微笑をたたえて。


 そして、いきなり何が起こったのか判らなくなって。
 ふと我に返ったときには。






 私は皐月と唇を重ねていた。






 肩に置かれた皐月の手に優しく引き寄せられている。 
 私の顔をやや上向けるように、頬に暖かい手が添えられている。
 腰を少し屈めた皐月の、眼鏡越しの瞳がすぐ間近にある。
 唇にそっと触れる柔らかく暖かい感触が、ある。


「…え?」


 私はきょとんと大きく見開いた目をパチクリと瞬きさせた。
 これは、夢? それとも、現実?
 それだけが判断できなくて、私の時間が停止する。
 …これは、私の願望なの?
 夢なら、このままずっと…でも…もし…


 私は、皐月と、キス、している。


 それを現実と理解できた瞬間、息が止まった。
 それから顔の面にかあっと血が昇って、真っ赤になって。
 それから頭の中が真っ白になって。
 それから…




「い、いやっ!」




 気がついたら、私は皐月を力一杯押しのけていた。
 そのままヨロヨロと後ずさった。背中が壁につき、そのまま貼りつくように寄りかかる。
 たたらを踏んでいる皐月を信じられない思いで見つめた。


「な、なに、を…」


 するんですか、とは声が震えて言えなかった。
 皐月は何事も無かったかの様に、柔らかく微笑んでいる。まるで、今のは私一人の幻視だったのかと思ってしまうくらいに、いつも通り。
 でも、自らの唇を押さえると、そこにはやっぱり感触が残っていて。
 私にたった今の事が幻ではなかった事を理解させる。
 それが私の心臓を激しく鼓動させると同時に、じわりと涙を滲ませた。


「どうしました?」
「どうした、って…」


 本当に心配そうに覗き込む皐月を、キッと睨みつけた。




「ショックを受けているに、決まっています!」




 そう、本当に衝撃的だった。
 私には覚悟を決める時間も無かったし、第一皐月とこんな事をするなんて夢にしか見たことは無かった。さすがに「夢にも」とは言えなかったけれど、まさか皐月がこんな事をするなんて。
 黄路の厳格な家に育った私には、当然だけれど誰かと唇を重ねた経験などあるはずが無かった。
 鉄の女だなんだと陰口を叩かれているけれど、私だって少女らしくその瞬間を夢想した事はやっぱり、ある。
 そして、その夢想の中での相手が皐月だったのも事実。
 でも。
 それは現実にしてはいけなかった。
 潔癖に育ったクリスチャンの私には、そんなふしだらな事は許されない。
 第一、私と皐月は実の兄妹なのだ。決して許される関係では、ない。
 …皐月は、その記憶を忘れているけれど、それでも。
 私は心密かに皐月を想っているが、現実には恋人でもなんでもないのだ。それは自分自身に固く禁じると共に、あきらめていた事だった。
 それがこんな、奪われるような形で禁じていた、迎えてはいけない瞬間を迎えてしまうなんて。
 ショックを受けて当然でしょう。


「なぜです?」


 であるというのに、皐月は困ったように、けれどやっぱりいつもの通りに訊ねてくる。 
 私は、これ以上の事をされるなら無駄でもせめて精一杯抵抗しよう、と悲壮な覚悟を固めていただけに、拍子抜けすると同時にものすごく腹が立った。




「女性にこんな事をして、何故も何もありません!」




 毅然と言い放ちたかったのだけれど、口から出た声は涙声になっていた。
 ……なぜ、こんな声になるんだろう。自分は、もっと気丈だと思っていたのだけれど。
 ああ、きっとそれは正しい。これが皐月でなければ、私はおそらく毅然と、否、冷然と振舞えたのだ。冷酷な検事のようにその罪を告発し、冷徹な判事のように死刑宣告をする事が出来た。
 それが、できない。
 たぶん私は恐いのだ。
 こんな事をされたのに、皐月に嫌われるのが。
 そして激しく混乱する中で、心の奥底で考えているから。
 もし、先生と生徒でなかったら。
 もし、実の兄妹でなかったら。
 もし、こんな半ば襲われるような形ではなかったら。


 もし、私と皐月が恋人であったなら。
 それを望まれているのなら…私は…私は…




「あなたはそれを望んでいるのに?」




 皐月の言葉に、心臓がドクンと激しく跳ねた。
 まるで、心の内を見透かされたような気が、したのだ。
 私が、本当は何を望んでいるのか。
 いままで敬虔なクリスチャンとして育ってきた事に不満はない。
 けれど。
 本当は立場など投げ捨ててもいいと、神の教えに背き、地獄に堕ちても構わないと罪深く夢想する時がある事を。
 幼い頃から守ってきた戒律を捨て去りたいと思う時があることを。
 もし、皐月と結ばれるのであれば…私は…私は、地獄に…堕ちても…
 そう思って、そして自分が嫌になる。
 冷静な、もう一人の自分が私を断罪する。
 佳織は、あの優しい子はクラス全員の全ての罪をその身に背負って、その命を投げ出したのに。私はその佳織の復讐の為に魔術を習い、その為にこそ地獄へ堕ちる罪を犯さなければならないのに。
 …なのに何故、私は自らの穢れた欲望の為の罪を欲しているの?
 そんな、私の綺麗でない、穢れた思いを皐月にだけは知られたくなかったのに!


「何を根拠に言うのです!私が望んだなどと言い訳を!それに、礼園の教師として今のはしてはいけない事です。たった今、不必要に近づかないで下さいと言いましたでしょう!…こ、今回は不問にしますので、今後は二度としないと誓ってください。でないと礼園を去って頂く事になります!」


 動揺が隠せなくて、自信はなかったけれど、出来る限り毅然と、否、冷然と告げた。
 そして、不安を感じながら皐月の返答を待つ。
 もし、皐月が…そのとき私は…どうすればいい?
 やがて、皐月の口が言葉を紡いだ。




「…なるほど、私の思い違いでしたか。あなたがそれを望んでいないのであれば、私は何もしないと誓いましょう」




 その返事は、私の言葉に同意ととれた。内心、ホッとする。
 はずであるのに。
 なぜだろう、心のどこかで落胆しているのは。
 私は、何を求めているの?
 内心の混乱を他所に私は壁から身を離し、表面だけの言葉を紡ぐ。


「分かって頂けて幸いです。それでは私はこれで」


 感情の籠もらない、乾いた声。
 そして、内心を悟られる前にと踵を返した。
 足早に職員室を出て、前だけを見て廊下を進む。
 振り返る勇気は無いから。




「でも黄路さん。あなたが望めば、私はそれを叶えるでしょう」




 背中越しに掛けられた声に一瞬足を止めかけて、結局振り返らずにその場を去った。
 自分の唇を血が出るほどに噛み締めて、自分でも正体の分からない、溢れる感情を抑え付けて。




 ―― その言葉が、私にとっては蝕む毒である事に気づきながら。




















 制服を着替えるのも億劫に感じたけれど、いつもの習慣に従ってノロノロと緑色のパジャマに着替える。
 ドサリ、とベッドに身体を投げ出した。


「…ふう」


 気がつけば、溜め息を吐いていた。
 結局、寮に帰りついたときには門限を過ぎていた。
 寮監のシスターは刻限を破った私に一通りの説教を垂れたが、私の常に無い消沈振りに気を使ったのか、すぐ釈放された。
 生徒会の御用も良いけれど自分の身体にも気を使いなさい、等と言われた所を見ると眼に見えて疲労しているのだろう。…原因は解り切っているけれども。
 せっかく取っておいて貰った夕食にも手をつけず、気分が悪いと偽って自分の部屋に閉じこもる。幸い人数割りの都合か、寮監が変に気を使ったのか、私の部屋は一人部屋だった。そんな特権のような物は普段は煩わしいのだけど、今だけはありがたい。
 鍵さえ掛けてしまえば誰にも会わなくてすむのだから。


「…はあ」


 また溜め息。
 いろんな思いが頭の中を錯綜し、グルグルと廻り続ける。
 黄路の家の事、学園の事、魔術の事、佳織の事、
 そして、皐月の事。
 そう、結局何を考えても自然とそこへ辿り着いてしまう。
 考えたくないと思っても、考えてしまう。


「…はあ…」


 また、溜め息。
 ゴロンとベッドの上を転がって、横を向く。
 手を伸ばして、大きくてフカフカの枕を自らの胸に抱え込んだ。
 それをギュッと抱きしめると、ほんの少しだけ落ち着いた。
 でも、まだドキドキしている。
 そっと皐月のそれと重ねられた自らの唇に触れると、その感触を思い出して更に鼓動が激しくなった。あんな形だったというのに、拒んだというのに、私はその感触を忘れられないでいる。私の心に霞が掛かる。
 …私は、何を望んでいるの?


 眼を瞑る。




 ―― でも、黄路さん。あなたが望めば、私はそれを叶えるでしょう。




 その言葉が、私を侵食する。
 それに抗う、儚い抵抗を突破されてしまう。
 もし。
 もし、もう一度同じ事があったら。
 私は皐月を拒めるだろうか?
 この罪深い想いの前に、全てを投げ出してしまわないだろうか?


 …分からない。
 自分が分からない。
 自分の想いがわからない。
 そして。
 皐月が分からない。
 皐月の心がわからない。


 皐月は、私の望みを叶えると言った。
 なら、彼はどうなの?
 彼は、皐月は私を望んでいるの?
 だから、あんな事をしたの?
 そうなの?それとも、違う?
 だったら、私は…どうすればいい?


 結論が出せないまま、ゴロンともう一度逆方向へと寝返りを打った。


「…あなたが望めば、私はそれを叶えるでしょう…」


 その言葉を魔法の呪文のように、そっと口にする。
 この唇に残る感触と、この耳に残る言葉が私を捕らえて放さない。
 それはとても魅力的で、あたかもイヴに囁きかける蛇の誘惑のようで。




 ―― それが、禁忌の罪であると知っていながら、私に抗する術は、ない。




 私はその誘惑に耐えようとする。
 蝕む、甘い毒に逆らおうとする。
 私を捕らえるその感触と、耳に残った声に抗うように、ギュッと枕を抱きしめて、ジッと身体を小さく丸めて。
 私を襲う衝動に縮こまって耐えようとする。
 なのに、私は残された感触と言葉から逃れられない。
 残ったそれらから、場面を再現してしまうのを抑えられない。
 そう、私と、皐月の、二人の唇を触れ合わす所を。


 その中で、皐月の手が優しく引き寄せると私は逆らわず、むしろ嬉しそうに皐月の胸に身体を預ける。
 その中で、皐月の手がそっと頬に触れると私は逆らわず、むしろ頬を染めて心持ち上を向く。
 その中で、皐月の眼鏡をかけた顔がゆっくりと近づくと私は抗わずに、ゆっくりと自らの眼を閉じる。
 想像のその中で、私は唇に感じる柔らかさと暖かさを身体中の全神経を使って感じ取る。
 皐月の背中に両手を廻し、身体をできるだけぴったりと寄り添わせて、安心できる体温を感じる。
 そして…




「…あ」




 枕をギュウッと抱きしめた。
 その甘美過ぎる想像に自らの身体が昂ぶり、反応を始めたのが分かる。
 寝巻きと下着のその奥で、私の女が目覚めるのが分かってしまう。
 しがみつく様に枕を抱きしめ、顔を埋める。
 けれど。
 私の中の女は、求めている。
 私の胸の膨らみの中心で、下着の下のその先端が固くなり始めている。
 私の下半身が次第に熱を帯び、甘く疼き始めているのが分かる。
 私は、その罪深い衝動に耐えようとする。
 ベッドの上でジッとその纏わり付く妖しい感覚がすぎ去るのを待とうとする。


 でも、だめ。
 その妖しい衝動は過ぎ去る事なく、私を捕らえて離さず、むしろますます強くなる。
 皐月と触れ合ったという事実が、私を常ならず昂ぶらせている。
 まだ触れられてもいない場所が、皐月の手に触れられる事を求めて、疼く。
 そんな淫らな事、はしたない。
 してはいけない。
 いけない。
 いけない。
 いけない。
 いけない、のに…




「ん…」




 恐る恐るとそこに手を伸ばした。
 ためらいながら、パジャマの上から女の部分にそっと触れる。
 ショーツとズボンの上からでも生地を通して、そこが熱を帯びているのが分かった。
 そして、分厚いパジャマの上から触れただけではもどかしいだけなのだ、という事も。
 …もう、その衝動は収まりそうに、無い 
 迷い煩悶しつつも、その自分を慰める罪深い悪戯を止められそうには無かった。
 一旦引っ込めた手を、再度伸ばす。今度は臍の下辺りからパジャマのズボンの中へと潜らせる。
 手に触れた、私の女の部分を覆う下着の端から撫ぜるように手を進める。


「あ…」


 辿り着いた手の感触が刺激として伝わる。
 ショーツのクロッチ部分は、私の中から滲み出た液体ですでに湿り気を帯びていた。
 …ああ、これはシミになってるわね。
 ぼんやりとそんな事を考えて、それからカァっと赤面した。
 だってそれは、皐月の事を思っただけで、はしたなく濡らしてしまったという事だもの。
 下着に出来たであろう、恥ずかしい染みを思うと急に気恥ずかしくなった。
 誰が見ている訳でもないはずだけれど、羞恥心を煽られた私はモゾモゾと毛布の下へと潜り込んだ。季節柄、パジャマだけではやはり寒かったという事もあるのだけれど。
 頭まで毛布を被ってうつ伏せに息を殺し、暗闇の中で毛布が徐々に暖まるのを待つ。暖かい毛布と暗闇に守られて、私の精神はちょっとだけ弛緩する。感じていた抵抗とためらいが、薄れていく。
 毛布の中で膝を引き寄せて丸くなった。視界は完全に閉ざされて、布の擦れる音と、触れる感覚だけが残される。
 暗い闇に包まれて誰も、何も、自分も見えなくなった私は少しだけ大胆に、もう一度手をパジャマの隙間に差し入れた。


「んん…」


 触れたショーツの底は、やっぱり濡れている。その指先に触れる濡れた布切れが、熱を帯びていた。
 暗闇の中でそっと、その指先で擦るように、躊躇いながら、小さく動かす。


「……ん…」


 途端に走る、甘い、疼き。
 思わず声が漏れそうになって、もう片方の手で抑えた。
 そして、もう一度下着の上から触れる指先を、前後に動かす。
 先ほどよりも大きく、わずかに速く。
 それに応じて、広がる甘い疼き。それが私をゆっくりと痺れさせていく。他の事は何も考えられないように、と。
 感じるのはパジャマの肌触りと毛布の重さ。私が昂ぶっている事を示す、熱い体温。
 そして、ただ疼きをもたらす指先がソコで蠢く感覚と、熱くて次第に量を増す液体 ― その、愛液 ― がショーツを染みとおって指先に絡み付く感覚。
 それから、未だ唇に残る皐月の感触。まるで今も触れ合っているかの様で、ゾクゾクと心地よく私を溶かしていく。
 視覚が無い分、他が敏感になっているのかもしれないわね、とおぼろげに思った。
 だって触覚もそうだけれど、それ以外も研ぎ澄まされている。
 この狭い毛布の中で聞こえるのは、私の荒い息遣いと動く度の衣擦れの音。それから、かすかに聞こえる濡れた布を擦る音。ニチャ、ニチャという私の羞恥心を煽るはしたない水音。それも、段々強く、早く、繰り返して。
 それだけではない。
 毛布の内側には私の、今の状態を示す発情した女の、否、メスの匂いが次第に濃くなりつつある。気づいた者を興奮させないではおかない、性臭。自らですら、例外ではない。普段、潔癖なはずの私が、こんなにも、淫靡な正体を持っているのか、と驚くほどに。もしこの匂いを他の誰かに、皐月に知られたら、私がこんなに淫らな発情したメスの匂いを撒き散らす女である事が知られたならと思うと、居ても立ってもいられない。
 けれど、それを望むはしたない気持ちも抑えられない。皐月が望めば、ただそれだけで私はどんなに淫靡な真似でもしてしまうかもしれない。


 皐月が、兄が望むのなら、私を望んでくれさえすれば、どんな事でも、私は…


 想像に、くらくらする。
 もどかしくて、もぞもぞと太腿を擦り合わせる。
 それは、つい先ほどまで、自らに固く禁忌としてきた事だったはずなのに。まるで、箍が外れてしまったかのよう。
 そう、今この瞬間だけは、黄路の家も、クリスチャンとしての生き方も、生まれてからの18年間も関係ない。皐月との関係ですら。それらはむしろ私の背徳感を煽り、昂ぶらせる糧にすぎない。
 今の私は唯の女。戒律も知らず、皐月との関係も知らず、ただ無知に、焦がれるままに自分を慰める、ふしだらだけど唯の女の子。そう、決めた。そうしなければ、このままでは『黄路美沙夜』が壊れてしまう。
 そう、何も考えては、いけない。少なくとも今は。
 私の中の淫らな女の命ずるままに、パジャマのズボンを下ろし、足から抜く。片手で上着のボタンを外し、手を差し入れる。胸のふくらみの先端の、硬くなった突起を摘むと新たな疼きが湧き出てくる。甘い、疼き。
 光の無い毛布の内側、外とは切り離された別世界の中で、私は何も見えないのに、自分の淫らな姿を明確に捉えてしまう。
 見えなくても肌の感触が、断続無く続く快楽が、激しい息遣いといやらしい水音が、淫らなメスの匂いが、私を浮き彫りに投影する。
 …私は、毛布の中でうつ伏せになり、ズボンを脱ぎ、上着をはだけている。背中を反らし、腰を犬の様に高く上げて、自らの女を弄っている。シーツを噛み締めて唾液の跡を付け、胸を玩び、皐月を、兄を、男を求めて切なく慰めている。大きく開いた足の付け根のぐしょぐしょのショーツはもはや布切れでしかなく、太腿を溢れ出させた熱い、粘い愛液が滴って…
 私はなんて淫らな事をしているんだろう、と顔の面に血が集まるのが分かる。でもいまさら止められなくて、ただ、羞恥に悶える間も快楽を得ようと指先が妖しく蠢いていた。
 胸を円を描くように弄り、その先端を痛いくらいに摘む。それでもあきたらずに爪を立てた。


「ん、くぅ…」


 思わず声が漏れそうになり、口の端でシーツを噛んだ。
 いくら一人部屋といってもここは寮だ。壁一枚向こうには人がいる。
 淫欲に蝕まれながら、なんとかそれに思い至るだけの理性は残っていた。残っているが故に、苛まれる。けれど、それも少しずつ薄れていく。
 世間から隔離された礼園女学院の寮の中で、一人きりの自室で、更に暗く暖かで安全な毛布の中に別世界を形成して一人閉じこもっていると、そんな事すら意識に上らなくなってくるのだ。
 それほどに、私はその自らを慰める行為に没頭していた。


 …一人?


 ふと、思う。何故一人でなければいけないの?
 今、この世界に必要なのは私だけじゃない。
 この閉じた世界には、皐月が必要だ。だって、私は皐月を求めているんだから。
 皐月を思うと、私の唇に残る感触が強烈に思い出される。
 …ねえ皐月。私はあの時あなたを拒んだけれど、本当はこんなにあなたを求めているの。こんなにも切なく、狂おしく。
 だから。
 私を、あなたの手で、狂わせて欲しい。それが私の望み。
 でないと、私はいつか本当のあなたを求めてしまう。外の世界で。本当に。
 だから。
 今ここで、私を弄り狂わせているのは皐月の指先。
 理性と罪深い欲望とが混ぜ合わされた意識の中で、そんな空想と現実が入り混じった事を考える。
 そしてその間も、弄ぶそれが誰の指先であるかも判別がつかなくなっても。私の女の部分は与えられる感覚に淫靡な愛液を滴らせ続け、私はその感覚に陶酔する。
 皐月の指がショーツの上から私の女の部分を…か、花弁をなぞる様に蠢き、移動して私の敏感な肉の真珠をカリカリと軽く引っ掻く。それには思わず身体が跳ねそうになるほどのジンジンする悦楽を感じた。
 そして更なる悦楽を求めて、淫蕩に行動を開始する。
 グッショリと女の蜜を吸い込んだショーツの底の部分。そこを引っ掛けるようにしてくつろげ、直接細い指が花弁に触れた。


「ふあっ…」


 今まで、ぴったりと張り付いていた布切れの下から外気に(と言っても毛布の中だけれど)晒された花園に、新たな悦楽が送り込まれる。濡れた割れ目を、充血した陰唇を丁寧になぞるように妖しい動きで蠢き、クチュリクチュリといやらしい音を立てて。
 そして、指先は悦楽と引き換えに、花弁に浮かぶ淫蜜をたっぷりと掬い取っていった。
 私の、溢れさせてしまった淫蕩な液体を絡め取った指を、中空でしばし彷徨わせてから、結局口元へと持ってきた。
 だって、これは皐月の指なんですもの。汚したままにはできないでしょう?綺麗にしてあげないと。
 私は躊躇う事無くその指を口に咥えた。


「ん…んむぅ…」


 とたんに口の中に広がる、淫らな味。ほんの少し粘くて濃い、羞恥を誘う、私が発情している事を思い知らせるメスの味。
 さっき暗闇である分、他の感覚が研ぎ澄まされているのかもと思ったけれど、それは味覚にも当てはまるみたいだ。
 いや、あるいは敏感なのではなくて、とっくに麻痺しているのかもしれないけれど。
 だって、普段ならば絶対自らの分泌物を舐めようなどとは思わないのに平然と舐め、しかもそれを「甘美」と感じているのだから。
 羞恥心を巻き起こす味だというのに、私はその行為にますます興奮し、女の部分を甘くジンジンと疼かせている。鼻先でその液体と唾液の混ざり合った匂いを嗅ぐと、魂も更に痺れていくのを感じた。


「んむっ…む…ふぅあ」


 ピチャピチャと水音を立てて舌先を絡め、舐める。
 丁寧に、余すところ無く。口の中で転がすように。
 自分の溢れさせた液体を舐めさせられる。それはちょっぴり被虐的で、とても昂ぶらせる行為。
 でも昂ぶれば昂ぶるほど、下半身の疼きは耐え難くなり、自然とお尻をはしたなく揺すってしまう。まるで、本当に犬になってしまったかのように息は荒く、尻尾を振るが如く淫猥に。
 だから、もう一方の手を女の部分へと伸ばした。
 今度は最初から、直接ショーツの下へと。


「うふ…ふぅぅ…」


 媚声が漏れる。それを押し止めるように、指を吸う。
 チュパチュパと音を立てて、狂おしい想いを込めて。それに呼応する様にもう一つの水音が淫靡にクチュリクチュリと聞こえた。更に内股を流れ落ちる愛液でシーツはしとどに濡れ、そこから立ち昇る女の匂いがこの世界に充満している。腿を閉じ合わせると、伝い落ちる液体がヌルリとするのが感じられた。
 そんな掻き立てるかのような中で、ただ花弁を這い回る昆虫のごとき指先の蠢きが私を何処までも昇らせていく。




 …ああ…先生…皐月…兄さん…私は…もう…




 自分の指先に歯型を残し、唾液といやらしい液体でシーツに跡を残して。
 途切れ途切れに泡の様に浮かぶ想い人のイメージと共に、私は一人、達した。




















 モソモソと毛布から這い出して、替えの下着とパジャマに着替える。
 それから毛布をパタパタと振ってから、窓際に歩み寄った。
 キィと僅かに軋んで窓が開くと、冬の冷たい空気が流れ込んでくる。
 それは、火照った身体には気持ちよくて、窓際にしばし佇む。
 その冷気が急速に精神を覚醒させた。


「…はあ」


 また、溜め息。
 そっと、指先で自らの唇に触れる。
 そこにはやっぱり皐月の唇の感触が残っていて…


「………はぁ」


 それが、私に溜め息を吐かせる。
 こんなに浅ましい真似までしたというのに、身体がその感触を忘れてくれない。


 ―― あなたが望めば、私はそれを叶えるでしょう。


 こんなに、うんと淫らな事をしてみたのに、耳がその言葉を忘れてくれない。
 私を捕らえて離さない。


「こんな感じだったのかしらね…」


 先ほど、ふと考えた事を思い出した。
 『蛇に誘惑されたイヴ』という喩え。
 楽園に住んでいたイヴは、サタンの化身たる蛇に誘われ、禁断の実を食べ、アダムにもそれを勧め、そして神の怒りを買って楽園を追放された。
 幼い頃にこの話を読んだときは「なんて馬鹿な女だろう」と思った覚えがあった。
 今、実際に『禁断』を目の前にしてみれば、それが酷く魅力的に映る。
 皐月との関係が禁忌なのだとすれば、皐月の言葉は私にとって『蛇の誘い』に他ならない。例え、皐月がそれを自覚していなくても。
 イヴは私。アダムは皐月。そして、蛇も皐月。




「…なんて、馬鹿な女だろう…」




 そう思う。
 けれど、それは他の何を、私にとっての『楽園』を失っても手に入れたい、手にしてはいけないもの。
 きっと、彼女は後悔しなかったんじゃないかな、と思った。
 私は……どうなのだろう?


 窓を閉めて、ベッドに戻った。その上にぼんやりと座り込む。
 壁の一点を凝視するけれど、実際には何も見てはいなかった。
 自らの唇に、また触れる。そこに残る、感触。あるいは、甘い味。
 私は遠からずその魅力的な誘いに屈する。
 そんな予感があった。
 だって、そうでしょう?
 私はすでに禁断の実の味を知ってしまっているのだ。だからこそ、耐えられはしない。
 たとえ、堕ちるとしても。






















 しばらくたったその夜は、ちょうど満月の夜だった。
 廊下を一人歩く。
 足音を殺していても、床が一歩ごとにキィキィと小さく軋むのが聞こえた。
 耳を澄ますけれど、他には誰も居ない。
 この時間なら見回りのシスターもこの辺りにいない事は知っているが、やはり緊張する。私がこんな規則違反を犯すのは初めてなのだから。
 尼僧服にも似た制服に身を包み、広大な深夜の礼園を一人移動するのは少し心細い。けれどこんな事、誰にも言えやしない。
 だから、心持ち身を堅くしながら、私は恐る恐る歩を進めた。
 慎重に、慎重に。躊躇いながら。
 あたかも月明かりに怯えるように、隠れるように、息を殺しながら進んでいく。
 まだ、迷いはある。
 葛藤もある。
 今ならまだ引き返せる。
 そんな言葉が頭の中を駆け巡り、心臓はドキドキと鳴りっ放し。
 けれど、私はそれでも歩を進め、辿り着いてしまった。
 そして、散々逡巡を繰り返してから、躊躇いがちにドアをノックする。
 …もし返答が無ければ、このまま帰ろう。そんな考えが頭を過ぎる。それが先延ばしに過ぎない事を知りながらも。




 ―― 何を不安がっているの? 私は聞きに来ただけじゃないの。




 自分にそう、言い聞かす。
 問題は確かめた後だ、と言う事はあえて考えない。
 そして、いないのかも知れないと少しだけホッとした頃、唐突に扉は開いた。




「黄路君ですか。なんでしょう?」
「先生にお尋ねしたい事があります」




 私は結局、引き返せなかった。
 あるいは、引き返さなかった。




















 勧められて、座る。
 皐月の部屋は礼園のわりと隅の方にある、男性教員用の宿舎にある。
 もっとも葉山英雄があんな事になってからは、ここに居るのは皐月だけだった。
 別段、教師は外から通っても問題ないのだけれど、英国から招かれた皐月は日本に住む家が無く、ここに住んでいた。
 殺風景な部屋ではあるけれど、礼園の施設なので広さと品の良さと古めかしさは備えている。あまり多くない家具の一つである年代物のソファに、身を堅くしてジッと俯いていた。
 かつて、同じように身体を堅くして皐月と向かい合った事がある。
 あの時、途方にくれて助けを求めた私に、皐月は応えてくれた。
 今度は…どうなのだろう。
 そして私はどちらを望んでいるの?


「どうぞ」


 コトリと小さな音がして、私はビクリと身体を強張らせた。
 見ると、目の前の低い机に紅茶が置いてある。
 皐月が入れてくれたものらしい。


「あ…」


 視線を移すと、皐月は自分用のカップを手に、私の対面に腰を下ろす所だった。
 香気の立ち昇るカップにほんの少し口を付け、それからソーサーごと机に下ろす。
 机に置かれたソーサーとカップが小さくカチャンと陶器の触れる音色を奏でた。


「それで、訊ねたい事とは何でしょう」


 穏やかな微笑で訊ねられて、言葉に詰まる。
 再び俯いて、グッと両手を握り締めた。


「先日の事です。先生が私に…その…キ、キスをなされた事です」


 つかえながらも、切り出す。


「その事自体は言ったとおり、不問にします。先生は評判も悪くないですし、授業も丁寧ですから礼園にとっても有用な人材ですし」


 そして、皐月が口を挟む暇を与えずに続ける。
 本当は、こんな事を言いに来たのではないのは解っているのだけれど。


「確認しておきたいのですが、先生は…誰にでもあんな事をされるのですか?」
「いいえ、そんな事はありません」


 これも聞きに来た目的ではない。けれど、気にかかっていたのも事実。


「した相手は…」
「あなただけです」


 皐月が、私だけ、と言った事。
 その答えは、私の鼓動を大きくさせるには充分だった。
 ドキドキする。
 でも、まだ。
 聞くべき事残っている。
 咽喉が渇いて仕方ない。けれど、紅茶に口を付ける気にはならない。
 声が出てくれないけれど、聞かなくてはならない。


「………先生は…」
「はい」


 続きが出てこない。
 でも、なんとか声は出せた。もう一歩。
 俯いていた顔を上げ、皐月を見る。
 柔らかい表情の皐月とは対照的に、自分の表情は硬いのだろう。
 でも、それでも眼を逸らして話すのは、私らしくない。


「先生は先日、私が望めばそれを叶えるでしょう、と仰いました」
「はい」


 肯定する皐月。
 これで、聞き違いでなかった事は判明した。
 後は。


「それは…どういう意味ですか?」


 それが、聞きたかった。
 もし、全てが私の他愛無い誤解であれば。あってくれたなら、私はこのまま引き返して今まで通りの黄路美沙夜でいる事ができる。
 けれど。




「いま、あなたの思っている通りです」




 皐月はそう言った。
 その瞬間、背後で軋み音を立てて扉が閉まったような錯覚に襲われる。
 もう、止まれない。帰れない。
 だって、それが私の『望み』なのだから。
 望むだけで、望みのものが手に入るとあっては。
 それが、皐月の意志であるならば。
 私は…


「では、玄霧先生…」
「はい」


 咽喉が渇く。声が掠れる。
 自らの内から引き返せ、と言う声が聞こえる。
 けれど。


「…私は…あなたを………叶えてもらう事を…」


 どこまでも穏やかな皐月を正面から見据える。
 そして、思う。
 私は、悪魔に魂を売ろうとしている。
 あるいはいつか感じたとおり、蛇の誘いに乗ろうとしている。
 それは、堅く戒めてきた結果を引き起こす事、だけれど。


 ―― それでも、いい。蛇が皐月なのならば。


 たぶん、その声は強張っていたと思う。
 けれど、眼を見たままで、掠れる声で、言った。




「望みます」
「はい」




 返事は、いつも通りに穏やかだった。




















 皐月は私の居る、同じソファに並んで座った。
 そして、こちらに手が伸ばされると、私はつい身を堅くして、眼を瞑ってしまう。
 けれどその手は予想とは違い、私の頭に置かれた。
 そのまま、皐月の手が撫でるように動く。
 眼を開ける。


「……あの?」
「恐いですか?」


 その声はやっぱりいつも通り優しかった。


「い、いえっ」


 否定はしたけれど、やっぱり初めての事ではある。


「あなたが望まないのであれば、それで構いませんよ?」
「そ、そんな事はありませんっ」


 あわてて否定する。
 ようやく覚悟を決めたというのに、ここでうやむやになったら、もうどうしていいか判らなくなる。
 今の関係で居る事が苦しくて、いっそ堕ちてしまおうと決めたのに。
 このまま帰ってしまったら行きも出来ず、引くも出来ず、全てが宙ぶらりんのままで。
 私は今まで以上に苦しむ事になるだろう。
 だから。


「先生、私にキスしてくださいますか?」


 すごくはしたなく思ったけれど、私から求める事にした。
 皐月は「はい」と答えて私の頭に置いた手を、肩に移した。そして、私を引き寄せる。
 私はその力に逆らわず、むしろ自分から皐月の胸にそっと寄り添った。
 そっと手を皐月の身体に廻して、顔を皐月の胸に押し付ける。男性にしては華奢だけれども、やっぱり女性の物ではないその身体の温もりが私を安心させた。といっても心臓はドキドキしっぱなしなのだけれど、ぴったりと張り付いて皐月の鼓動を耳にすると余計な力が抜けたようだ。
 だから頬にそっと手を添えられ、上を向かされた時には、私は力む事無く心持ち頬を染めて陶酔するようにその瞬間を待てた。
 皐月が近づいてきて、私はゆっくり眼を瞑って、そして…


「ん…」


 かつて感じた、あんなに焦がれた皐月の唇の感触を感じた。
 ああ、私はこれが欲しかった…
 そんな事を漠然と感じつつ、皐月が離れていかない様にその首に手を廻す。
 皐月にぶら下がるようにしてグッと唇だけでなく、身体全体を重ねる。
 両手で皐月の首を抱え込み、その胸板に自分の胸のふくらみを押し付けて。
 そして、皐月の唇を舌先でこじ開けて、自らの舌を差し入れた。


「んんっ…」


 私の舌が皐月の口腔内を舐める。
 そして、もう一つの舌を探り、絡ませた。皐月の舌に触れた所から伝わる感覚は陶酔感を伴って私を少しずつ昂ぶらせる。
 ……皐月をもっと深く感じたい一心でしてしまったけれど、ものすごくふしだらな事をしている気がする。いやらしい娘だと思われてしまうかもしれない。
 そんな事を思ったけれど、舌を絡ませる感覚は非常に刺激的で、止められそうになかった。
 だから、せめて皐月にも気持ちよくなってもらおうと舌、歯、歯茎、頬の裏側と所構わず舐め回す。
 そして口腔内を舌先で愛撫するうちに、こちらの方が低いからだろう、皐月の唾液が私の方へと流れ込んでくる。私はそれを夢中で舐め取り、啜った。
 舌を絡めながら、皐月の唾液を搾り取るように皐月の舌を啄ばむと、今度は皐月の舌が伸びてくる。


「…んん」


 私は僅かに口を開き、皐月の舌を招き入れる。
 そして、皐月の舌が私の口の中を動き回るのをうっとりと感じていた。
 ピチャピチャと子犬がミルクを舐める様にお互いの舌を舐めあい、唾液を啜りあう。それは愛撫というには拙い行為だったのかもしれないけれど、その時の私にとっては精一杯皐月を求め、感じる行為だった。


「ふうっ…ん」


 最後に肺活量の許す限り唇を吸って、それからそっと離れる。
 お互いの口と口の間に一瞬透明な橋がかかり、そして消えた。
 ハアハアと乱れた息を整える。けれど仮に息がすぐさま治まったとしても、この心臓のドキドキは治まりそうも無い。唇にだってこの前とは比べ物にならないほどの感触が残っている。
 私は皐月とキスをした、それもとびっきりディープなのを、と思うと顔が赤くなった。
 今は舌先でほんの少し感じあっただけだったけれど、すごく気持ちよかった。
 もし本当に皐月と一つになれたらどんな風になってしまうのだろう、と考える。
 でも、それはかなり痛みを伴う…と聞いているし、やっぱり少し恐い。


「玄霧先生」
「はい」


 だから、そんな事を思えなくなるまで。




「恐くなくなるまで…私を、気持ち良くさせて下さい」
「はい」




















 ソファの上に、仰向けに寝かされる。
 これからどんな事をされるのか、と少し不安ではあるけれど、心配ではない。
 だって、皐月だもの。


「黄路さん」
「はい」


 私の上に覆いかぶさるように皐月が近づいてくる。
 再び、キス。
 今度は唇を重ねるだけの、接触。
 そして、続いて首筋にキス。
 その感触に思わずなにかを掴もうとして、結局両手を皐月の背中へ廻した。
 少し場所を変えて、もう一度首筋を吸われる。
 更に吸われる。
 皐月の手が私の制服に伸びて…


「…すみません。服は脱がさないで下さいますか」
「なぜです?」


 尼僧服に似せたこの制服は襟から首元までかなりの部分を覆っている。
 多分、脱いだ方がやり易いだろうとは思う。
 でも。


「理由は言えません。どうしてもです」
「わかりました」


 私はそう言い切った。
 皐月はその唇を今度は耳に向ける。
 耳たぶに息がふうとかかるとゾクッとしたものが駆け抜ける。
 そして。


「ひゃん」


 予想していたにも関わらず、耳を舐められた瞬間思わず声が漏れた。
 その声に、元々顔の面に昇っていた血が益々集まるのが分かる。
 …落ち着きなさい、こんな事では最後まで保たないでしょうに。
 自分に言い聞かせて、深呼吸した。
 皐月は私の耳を舐めしゃぶる。
 耳元であるだけに、その音が良く聞こえてしまう。
 そして、私の意識がそちらに向いている隙に皐月の手が私の胸のふくらみを服の上から押さえた。


「ふぁ…う」


 昂ぶりつつあった身体へと加えられたその刺激に思わず熱い吐息が漏れる。
 服を押し上げてその存在を主張しているふくらみが皐月の手によって形を変えていく。
 そして、その手がゆっくりと胸を揉み始めると私は与えられる刺激にただただ皐月にしがみつくばかりとなる。
 自分で試した時の何倍も響く。
 だって、今私に触れ、甘い疼きをもたらしているのは正真正銘皐月の手なんだから。
 それだけの事で、私はかつて感じた事の無い精神の痺れと陶酔感を感じていた。
 徐々に膨らみの先端が堅く尖っていくのが判ってしまう。


「ん、んっ」


 堪らなくなって、私は皐月の頭に手を掛け、強引に自分の唇と皐月の唇を重ねた。
 途端に、身体に感じる重みと体温。
 どうやら皐月がバランスを崩してソファに倒れこんだらしい。
 あまり広くは無いけれど、二人が身体を寄せ合っていればどうにかなりそうだった。
 だから、このまま。
 私の制服と皐月のズボンを通して、二人の足が絡まりあう。皐月の重さをちょっとだけ感じる。
 それが、すごく安心できたから。
 皐月の手が私の胸をゆっくりとこね回す。それは制服と下着の上からだったけれど、その先端を摘まれた。


「あっ」
「痛い、ですか?」
「…いえ」


 軽い痛みは確かにあった。けれどそれと共にジンジンとした疼きが、精神を痺れさせる悦楽が込み上げてくる。もっともっと続けて欲しいと思う。私が、私の『女』に支配されてしまうまで。
 下着の上からで少しもどかしいけれど、皐月の指先が私の胸の先端を転がす様に弄り続ける。その度に私は荒い息をついてしまう。
 してみると、やっぱりブラの上からでもはっきり分かるほど固くなってしまっているのだろう。そして、その変化は皐月にはっきり知られてしまっている。
 そう思うと、今更ながら皐月を感じている事をはっきりと思い知らされて気恥ずかしくなる。
 それを誤魔化すように、重ねていた唇からまた舌を出して皐月の唇を舐め回した。まるで、味を確かめるように。記憶に刻み込むように。
 その間にも皐月はもう一方の膨らみへと手を動かし、そして、もう一方の手が…


「っつ」
「…おっと」


 思わず、皐月を跳ね除けそうになった。
 触られた場所はただ、制服から覗いたふくらはぎの部分でしかない。
 けれど、なんだか脚を触られたのがすごく恥ずかしかった。


「恥ずかしい…ですか?」
「え、ええと…」


 内心を正確に言い当てられて、ドキリとする。
 しかし、心理的抵抗を感じていた時間はとっくの昔に過ぎてしまっている。そして私はそれをかなぐり捨てて、こうして皐月と罪深い行為に及ぼうとしている。皐月と結ばれるのなら、何もいらない、と決めたのだから。もはや、振り返る事はできない。
 だから。
 私は躊躇っては、いけない。


「いえ…ちょっとだけ待ってください」


 そう言って皐月を退かせ、一度ソファに座りなおす。そして自分の足から靴下を脱がせた。
 まず左、そして右の靴下を脱ぎ去り、いつの間にか落ちていたスリッパの横に並べて畳む。
 露出した自らの白い脚をそっとさすって見た。
 そして、覚悟を決めて。




「…ど、どうぞ」




 恥ずかしいながらも眼を瞑って、皐月の目の前へと片脚を差し出した。
 私の脚はほんの少し、震えていたのではないかと思う。
 しかし覚悟して差し出したは良いが、反応が無い。なんだか皐月が戸惑っているような気配さえした。
 ……何か間違っただろうか?
 恐る恐る片目を開けてみてみると、丁度皐月が私の脚を両手で支え持つ所だった。
 けれど、こうして脚を上げた姿勢でこんなふうに固定されてしまうと、やっぱりスカートの中が気になる。その、見えてしまうのではないか、と。
 最終的には、その、そうなるのだけれど、今はまだその時ではないし。それに昂ぶりつつある私の下着は、たぶん湿り気を帯び始めているに違いない…
 そんな訳で、私は座ったまま片足を捧げ持たれ、頬を赤らめてスカートの裾を押さえているという変な格好になってしまった。スカートを押さえた分、太腿の半分から外気に露出してしまっている。裾の長い礼園の制服に慣れた私にとっては酷く恥ずかしい格好だった。
 けれど、そんな恥ずかしさも皐月がその脚に口付けた事により吹き飛んだ。
 捧げ持った私の片足の、つま先の所にチュッとキスされる。


「あ、あ、あのっ」
「なんでしょう?」


 こちらを向いた皐月に何か言おうとしたのだが、口がパクパクとするばかりで言葉が出てこない。


「気持ちよくしてあげます」
「……はい」


 結局、どうにも出来ずにそのまま続行された。
 皐月が私の脚にキスをする。そしてチュウっと吸われて唇が離れると赤く跡が残る。その繰り返し。
 そしてその度に、私の身体の中を得も言われぬゾクゾクした快感が走った。
 そのウットリする様な快感に蕩けさせられて、皐月に脚を預けたまま、私は再び目を瞑る。視覚を遮断したほうが更に敏感に感じ取れるのだと私は知っていたから。
 眼を開いては、その口付けているのが皐月である事実に胸を震わせ、眼を閉じてはその与えられる感触に陶然とする。
 そうして、皐月のキスが少しずつ少しずつ昇ってくるのをジッと待っている。
 足の甲からふくらはぎの内側、そして、とうとう膝の内側へ…
 与えられるゾクゾクとした快感とジリジリとした焦燥感で私は一杯になっている。
 であるのに、皐月はそこでヒョイと脚を手放してしまった。
 思わず閉じていた眼を開く。
 見ると、皐月はやっぱりいつも通りに微笑んでいる。でも、その笑いがほんのちょっと悪戯っぽく見えるのは気のせいだろうか。


「どうしました?」


 聞かれて、赤面する。もっと続けて欲しいのだけれど、自分で言うのははしたない気がして恥ずかしい。
 けれど黙っている事もできない。ここまでしておいて、止めるのはあんまりだと思う。


「あの…」
「はい」
「…その」
「はい」


 なかなか言い出せなかったけれど、結局は顔の面を朱色に染めて俯いて、言ってしまった。だって私の中の切なさが、続きを求めて駆り立てる。


「…もっと、してください」
「はい」


 皐月は頷いて、私の脚を持ち上げた。さっきとは違う方の脚。
 そして、顔を近づけていく。それを見ながら眼を閉じる。
 …また爪先から…
 それをもどかしく思いつつも、期待に満ちて足先に神経を集中させる。
 そして、触れた。




  れろん




「うひゃんっ!?」


 思わず奇声が漏れた。
 慌てて見てみると、皐月が私の踝の辺りに舌を這わせていた。


「な、な、なにっ」


 しているんですかっ、とは言い切れなかった。
 それはお風呂にも入ってきたし、着替えても来たけれど。それにしたって。


「気持ち悪いですか?」


 首を傾げる皐月。
 そんな事はないのだけれど、やっぱり何というのか、その…
 でも、驚きが去るとその行為による刺激はとても魅力的で。
 結局、眼に涙を浮かべながらもフルフルと首を横に振った。
 そして、その行為が再開される。
 時折、先ほどのような跡を付けるキスを交えながら、皐月の舌が私の脚を這う。
 踝からつま先へ指の間を舐める様に移動し、そして足の甲からふくらはぎへ。動いた跡を白く光る唾液の跡が綴る。


「ん…ん……んんっ」


 その跡が蛇行する度に私は漏れそうになる声を抑えた。
 皐月の舌先を少しでも感じる為に、神経が舐められる脚に集中してしまう。
 ふくらはぎを這っているピンク色の肉片は容赦なく私の脚を蹂躙し、私の女を疼かせる。
 そこだけでなく、その肉片によって唾液を塗されるのを今か今かと待ち受けているはしたない太腿の内側も、過敏に反応してしまう。膝の裏に添えられた皐月の手が僅かに動いて触れる度に、その刺激に筋肉がビクリと痙攣するようだった。服の布地との擦れすら刺激となる。
 そして、もっとも皐月を待ち望んでいる所。皐月の眼から隠すように、制服の裾で抑えつけている所。私の、女の部分。
 そこが、少しずつ熱を帯びていくのが布地の上からでも分かってしまい、ますます顔に血が昇る。
 ただでさえ、私はかなり扇情的な格好をしている様な気がするのに。
 ソファに腰掛けている私の上半身には着衣の乱れは無い。
 けれど、下半身は足の付け根こそ制服の裾で抑えつけてかろうじて見えなくしているものの、そこから白い脚がむき出しになっている。
 太腿の三分の一くらいの所から露出した細いけれど細すぎはしない、柔らかそうな脚は皐月の腕に捕らえられて持ち上げられているし、もう片方も投げ出している。
 しかももっとも悪い事に、それをはしたなく思っても、恥ずかしく思っても、私は与えられる快感に逆らえず、ただ皐月のなすがままにされるだけ。涙を浮かべて自らの脚を皐月が玩ぶのを赤面して見ているだけなのだ。
 皐月はキスと舌先を這わせる事を繰り返しながら徐々に移動して、また膝の内側までやって来た。
 そして、また、そこで動きが止まる。
 私はもう切なくて、耐えられなくなって、恥ずかしさを押し殺して。
 かすれるほど小さな声で。


「…続けて、ください」


 と言った。
 そして、それは再開される。
 ネロリとした感触が蠢いている。
 膝の内側から、光る、濡れた跡を残してその上へ。柔らかい肉に時折キスの痣を付けながら。
 少し移動してもう片方の脚へ。そちらにもピンク色の肉片を這わせてまた元の脚へ。時折ピチャリピチャリと音を立てながら。
 蛇行し、円を描き、少し戻ってまた進む。憎らしい程にジリジリと。
 そうして皐月が内腿を弄る度に、私の身体はビクビクと反応する。


「ふぁっ…あぁ…ぁ…あっ」


 引き出される快感に耐える様に、眼を瞑って切なくはしたない声を漏らす。
 白い肌に赤い痣が付けられる度に、銀色の唾液が塗られる度に、その場所が皐月に征服され、蹂躙されていくような気さえする。
 限りなく敏感になっている内腿はその甘美な刺激を余すところなく伝え、痺れ蕩ける私はどこまでも昂ぶっていく。
 快楽に貪欲な私の脚は皐月が蠢かしやすいようにと、弄られる場所が昇ってくるにつれ、自然と開いていった。


「………あ…」


 だから、気がついた時には、私の足の付け根すぐにまで舌跡を残した皐月のほんの鼻先で、私は大きく脚を開いていた。


「きゃっ」
「むぐっ」


 反射的に脚を閉じたけれど、それは皐月の頭を柔らかい内腿で挟みつけただけの事に過ぎず、結局開放して後ろにずり下がった。
 だって。
 散々近い部分を弄られた私の女の部分は、すでにショーツを濡らすほどに反応してしまっている。そんなに近づかれたら…いつか夢想したみたいに、本当にその匂いを嗅ぎ取られてしまうかもしれない。
 そんな想像は私を昂ぶらせるけれども、恥ずかしい事この上ない物だったから。
 けれどそれは今更、と言うべき事かもしれなかった。
 皐月はとっくに私の身体の変化など気づいているに違いないのだから。女の匂いを発している事も、ショーツを濡らしてしまっている事も。
 それに、もう私は堪らないほどに焦らされている。
 だから。


「次は、どうしましょうか」


 穏やかにそう言われた時、私は自分がどうすれば良いのかは分かっていた。
 身体を、ソファの上で起こす。散々弄られて跡を付けられて、あまり力の入らない脚を引き寄せ、ソファの上で膝立ちになった。
 そして、少し躊躇う。
 …本当に、そんなふしだらな事をしなければいけないの?
 自問して、そして自答する。
 …なら、ここで止めるの?
 その答えはノー。
 そう、私はすでに覚悟を決めたはずだった。


 ―― いっその事、うんと淫らに。皐月を私と同じくらい興奮させる様に…


 そんな考えが、よぎる。
 だって、私はこんなに痴態を曝け出さされているというのに、皐月は表面上まるっきり変わらない。一人だけ乱されているのはなんだか悔しかった。


「ふふ…」


 顔が赤くなっているのは自覚しているけれど、潤む目で皐月に艶然と微笑みかける。
 そして、尼僧服に似せられた制服の裾を両手で摘み、ゆっくりと持ち上げていった。
 裾が持ち上がるに連れ、最初は隠れていた脚が外気にさらされて行く。
 まず膝が、そして、徐々に太腿が露わになる。
 皐月の位置からは、所々に残る赤い痣が見えるだろう。それは彼が付けた征服の証。
 けれどその間を伝った液体は皐月の物ではなく、私の中で疼く「女」が溢れさせた淫らな液体。
 ふと思いついて、片手の指先にその伝う液体を掬い取り、口元に持ってくる。
 僅かながら、周囲に立ち込め始めていた女の匂いがそこから匂い立つのが解った。それは、私の昂ぶりの証。皐月を求めている証拠。私自身をも狂わせる、淫靡な液体。


「うふ、ふふ」


 淫蕩に笑って、そして皐月に見せ付けるようにその指に舌を伸ばす。
 それは毛布の中の世界でのみ行えた淫靡な仕種。けれど、今は現実の世界で、皐月の前でそれを行っているのだ。理性がどんどんと痺れて行くのにつれて、私は益々淫らに振舞えた。
 ピチャピチャと音を立ててそれを舐め取ると、もう一度皐月に笑いかけた。指で拭い去ったはずの私の脚は先ほど以上の液体が伝い、ソファには染みを作っていた。
 そしてまた両手で裾を摘み、持ち上げて行く。ゆっくり、ゆっくりと。今度は皐月を焦らすように。
 羞恥心は感じていたけれど、同時に皐月の視線に堪らない愉悦を感じていた。
 その愉悦に煽られるようにスカートの裾は上がり続け、私の脚を見せて行く。
 脚の付け根に到り、躊躇うようにほんの僅かに動きを止めて。
 そして、遂にショーツが皐月の眼に晒された。
 その下着の底はグッショリと濡れて変色し、ぴったりと張り付いていた。その端から内腿へと細く滴る流れがある。布地が二重になっていない部分は心持ち透けており、淡い陰影が感じ取れる。
 本来見せてはいけない部分を露出するのは、ゾクゾクするほどの快感だった。皐月がそこを注視している事がたまらない羞恥と愉悦を感じさせ、その部分がジンジンと疼きを上げる。


「で、では先生…」


 声がうわずる。咽喉が渇く。
 無理やりに唾を飲み込んで湿らせ、そして続ける。




「次は、ここです」
「はい」




 思えば何度もそれを空想して自らを慰めた、皐月の指。
 その空想が、もうすぐ現実になる。
 皐月がソファの上で身じろぎする気配がする。私はスカートを持ち上げてその部分を見せつけたまま、皐月の指先が触れる瞬間を待っていた。


「では」


 声と共に伸ばされた皐月の手が、私のスカートの下へと消える。
 そして次の瞬間。


「……あはっ…」


 私に永い間待ち焦がれた感触が伝えられた。
 突き抜ける様な、感覚。
 ショーツの布地を通して私の秘密の部分を探る、私のものではない指先の感触。
 思わず手にしていたスカートの裾をギュッと握り締めた。


「う、動かしてっ」
「はい」


 衝動的に言った言葉通りに、濡れた布地を擦るように。
 皐月の指はどこかぎこちなく、もどかしい。
 けれどそれが皐月であるというだけで、私はかつて無いほどに夢見心地だった。
 皐月の手が花園をなぞる様に蠢くのを布地越しに感じる。
 私はジッとしていられず、むしろ擦り付けるようにしてその感触をむさぼった。
 その感じを刻み込むように。


「ああ、洪水のようになってますね」


 皐月がふと呟いた言葉に赤面する。
 同時に、そんなにも淫らな態を晒している身体を皐月に預けているのが気恥ずかしくもあり、また、皐月だからこそと思ったりして、カアッっと腰の内側が熱くなった。なんだか力が入れられなくなって、目の前の皐月の身体に縋りつく。
 ずり下がる身体を、両手を皐月の首に回す事で支え、胸を押し潰す様に皐月の胸板に密着する。顔をその胸に埋めて、溢れる感情を抑えた。
 最早、一人では身体を支える事も出来そうにない。
 それでも、止められない。
 私は淫蕩に擦り付け続け、そのもどかしさを堪能し続けた。
 けれどふとした拍子に、一瞬腕の力まで抜けてしまってズルズルとソファに崩れてしまった。
 ハアハアと荒い息を吐きながら、蕩けきった頭で何かを考えようとするのだけれど、上手くまとまらない。
 モゾモゾと両の脚を擦り合わせる。
 もう少しで、達しそうだったのだけれど…
 その直前で力尽きてしまったものだから、すごく、切なかった。
 力が入らないけれど、このままでは居られない。


「大丈夫ですか?」


 覗きこむ皐月を、瞳に涙と哀願を湛えて、見上げる。


「お願い、です…」
「なんでしょう?」


 こんな時でも丁寧に聞き返してくる皐月に、私は訴えた。


「私を…」
「はい」


 何といえば良いのだろう?
 …いいえ。私にはもう、言葉を選んでいる余裕なんて…ない。
 だから、知っている限り一番直接な言葉で言う。






「…イカせて、ください」
「はい」




















「……ん…」


 張り付いていた塗れた布が、私の女の部分を皐月の視線から遮っていた最後の一枚がずり下ろされる。
 それに抵抗を感じなくは無いのだけれど、それよりもこの身体の疼きを何とかしてもらう事の方が、今は大事だった。
 …たぶん、後で死ぬほど赤面するでしょうね。
 そう思いながらもショーツに掛けられた手に抗うどころか、僅かに腰を浮かして協力する。
 お腹の辺りまで捲り上げられたスカートの端を掴みつつ、ショーツが裏返っていくのをどこか他人事のように見つめていた。
 捲くれて行くにつれて、私の女の部分が皐月の目に晒されていく。
 皐月ならいいかな、といまさらの様に考えているうちに、グッショリと濡れた布は私の足首から抜かれた。
 これで、上半身は征服に鎧われているものの、私の下半身は完全に無防備になってしまった訳だ。
 自分でも、はっきり見た事の無い部分を皐月の視線が蹂躙して行く。それも、蕩けて潤みきった姿を。そう思った途端、更なる液体がそこからあふれ出した。
 自分でも、今の精神状態は尋常じゃないと思う。寸前まで行きながらオアズケになっている私は蕩けきっていて、皐月の与えてくれる快楽の事しか頭に無かった。
 …それでも、辛うじて制服を脱ぎ去ろうとは思わなかったけれど。
 私は、皐月を挑発するように、閉じ合わせていた両の脚を少しずつ開いていく。
 女の恥ずかしい箇所が全て露になっている。皐月は、どう思うだろうか?こんな淫らな女の子はイヤ?ふとそんな事を思ったけれど、もはや、どうにもならない。


「先生、続きを…」 


 潤んだ目で哀願するようにそう呟く。
 皐月は「はい」と答えて、私の脚に手をかけた。
 両の脚が、皐月の手によって大きく開かれる。
 さすがに見ていられなくて、手で顔を覆った。
 そして、皐月は先ほどの続きを開始した。


 不意にキス。


 私の、女の子の部分に。


「ひゃっ…くぅ…」


 思わず声が漏れた。
 皐月は私の脚の間に潜り込んで、そこに直接口付けしていた。
 それは正しく先ほどの続きと言うべきであったし、全然考えないではなかったけれど、やっぱりそれは動揺を誘う光景だった。
 思わず脚を閉めるけれど、それはやっぱり先ほどと同じく皐月の頭を挟み込んだだけで、全然意味が無い。
 それに、皐月がそこにキスを繰り返し始めると、私はもう、それに耐えるだけで一杯になってしまう。送り込まれる、かつて感じた事も無いようなその舌と唇の感触に陶酔してしまった。
 指先ですら布一枚を通さないだけで、かなり違う。女の部分はそれほどに敏感に感じ取るところだ。まして、あふれ出すほどに滴らせている今は特に過敏になっている。そこを直接、それもその滑るピンク色の肉片でなぞられたのだから、与えられた感覚は桁違い。強すぎて、他には何も感じ取れないくらい。


「あぅ…あ…皐月、皐月ぃ」


 涙声で名前を呼びながら、その頭を押さえつける。離す方へでは無く、押し付ける様に。
 ピチャピチャと水音を立てて、花弁が弄られる。弄る肉片は同時にまた味覚器官でもあり、そしてそのすぐ近くには嗅覚器官だって存在する。
 私は今、女の一番恥ずかしい姿を晒している。のみならず、一番秘さねばならない所を舐めしゃぶられて溢れさせた淫らな液体を味わわれ、その撒き散らしたメスの匂いを間近で嗅がれているのだ。
 それを理解したところで、やっぱり私は皐月から離れられはしなかった。
 いつぞやの様に押し退けるなんて、欠片ほども考えられなくなっている。
 羞恥心を捨て去った訳では、もちろん無い。
 けれどその脊髄を波の様に繰り返し繰り返し駆け上がっては私を捕らえる悦楽に、私はただ身体を委ねている事しかできなかった。
 本当に、波に揺られるが如くにその感覚に揺られていた。
 クチュリクチュリと滴る淫らな愛液を舐め取りながら、皐月の舌がまだ誰も迎え入れた事の無い花園を蹂躙する。
 丁寧にその谷間にそって両岸をなぞり、軽くその肉を唇で摘んで引っ張る。
 そして指を使ってその狭間を押し開かれた。


「ひあぁぁ…」


 力無い声が、漏れた。
 自らの、自分でも確かめた事の無い女の身体の奥の奥まで覗き込まれるという、また違った感覚に戸惑う。けれど、それも結局は快楽として捉えてしまうこの淫靡な肢体はグニャグニャと今にも蕩けて行ってしまいそうで、力が入らない。なのに、与えられている感覚だけは神経に直接触れられているかのように伝わって…
 もう、意識も何時飛んでしまってもおかしくは無い。
 私は、残りの意思をかき集めた。


「さ、皐月…先生ぇ…」
「なんでしょう?」


 皐月の顔は見られない。けれど、声だけなら。


「教えて、下さい」
「何をです?」


 返事と共に、奥まで舌が伸ばされる。
 異物がほんの少し入ってくる、違和感。
 けれど、けっしてイヤではない。


「私は…今の私は、いやらしいですか?」
「はい」


 肯定。
 皐月の舌が、私の陰核に触れる。
 それにつれて私の身体が、跳ねる。


「淫ら…ですか?」
「はい」


 肯定。
 ふう、と息が吹きかけられる。
 そして、押し潰す様に弄繰り回される。
 息も絶え絶えになっていて、もうその瞬間が近い事は明白だった。
 一呼吸の躊躇い。
 そして、言葉。




「先生は…こんな淫らな私は、嫌いですか?」
「いいえ。黄路さんは黄路さんです」




 今度は否定。
 その瞬間、精神が緩む。


「行きますよ」


 同時に、皐月は私の陰核を軽く、噛んだ。
 それが、とどめ。




「っっ!!」




 ビクンと身体が跳ねる。
 背筋が反り、脚をつま先までピンと伸ばして。
 漏れそうになった声を指を噛んで抑えて。
 皐月の手に玩ばれて。
 私は。




 達した。




















 荒い息を吐く。
 意識がまだ朦朧としている。
 身体がまだジンジンとしている。
 眼を開いて、天井を見上げた。
 …ああ、そうか。
 あれから、いくらも時間は経っていないらしい。
 ソファに寝かされたままで頭を動かして見た。
 見回すと一応めくり返っていた私の制服は元に戻され、下半身は視界から遮られている。
 もっとも、下着は脱いだままみたいだったけれど。
 そして、思い返してある事実にふと気づく。
 …これは、見過ごせない。


「気がつきましたか」


 すぐ横から皐月が覗き込んでいた。そして私に手を差し出す。
 私はその手をとって上半身を起こした。
 そして、皐月の頬を両手で挟む。


「黄路さん?」


 それには応えずに、顔を近づけてそのままキス。




「ん…」




 息が続く限り吸い続けて、そして唇を離した。
 それから、皐月の頬をペロペロと舐める。


「黄路さん?」
「まだ、終りではありませんから」


 そっけなくそう言って、今度は皐月の耳へと唇を近づけた。
 …確か、こんな感じだったはず。
 皐月の耳を唇で甘噛みしつつ、皐月の胸板へと手を伸ばす。もちろん膨らみはないけれど、少しくらいは効くかもしれないし。
 しばらくそれを続けて、今度は皐月の足へと手を伸ばす。
 やわやわと足を触ってみるのだが、自分でもなんだか足の裏マッサージをしているような気がしないでもない。


「…何をしているんです?」 


 されるがままになりながら、不思議そうに訊ねる皐月。
 そっちを向かずに俯いて、ポフッとソファの上に正座する。
 私は皐月の足を膝の上に乗せ、靴下を脱がせにかかった。
 作業をしながら口の中でボソボソと呟く。


「……………………」
「…聞こえませんが」


 問い返す皐月から顔を逸らして、もう一度言った。


「…………………です」
「もう一度、お願いします」


 仕方なく、今度ははっきりと発音した。




「悔しいから、皐月を感じさせようとしてるんですっ!」




 我ながら、その声はなんでこんなにと思うほど拗ねていた。
 …だって悔しいじゃない、私一人だけイカされてしまうなんて。
 私はあれだけ乱れてしまったというのに、皐月は全然変わった様子が無い。あれだけ目の前で痴態を晒してしまったのはものすごく恥ずかしいけれど、それで全然興奮されなかったのでは女として酷く情けない。


「はあ」


 顔を逸らしたまま真っ赤に染まってそう説明すると、皐月はいつもの微笑を湛えたまま変な相槌を打った。そして続ける。


「そんな事は、無いのですが」
「とてもそうは見えません!」


 ぷいっと横を向く。
 あきれた事に、その声はやっぱり拗ねていた。…まるで子供みたいだと自分でも思う。
 その問答の間に皐月の脚を入れ替えて、靴下は両方とも脱がせてしまった。
 次はキスを……ズボンは捲り上げるべきかしら。それともいっそ脱がしてしまう?
 とか考えていたら、皐月は足を引っ込めてしまった。
 そして、古いソファのスプリングをギシギシいわせながら私の背中側に廻って私の右手を握った。 その場所から、私の耳元に口を近づけて、そっと囁く。


「そんな事をする必要はありません。これが、証拠です」


 皐月の手が私の手を優しく導いた。
 私は言葉の意味を一瞬考え、それからその意味を理解して、わずかに緊張する。
 けれどその誘導に逆らいはしなかった。
 だって、私は皐月を自らに迎え入れると決めたんだから。
 このくらいで恐がっていては、それは不可能に違いない。…言葉通りに私を、その、魅力的だと思ってくれたかどうか確かめたくもあったし。
 そして皐月の手が、私の手をそっとそれに触れさせた。
 触れたのは、ズボンの固い生地。ジッパーらしき物があるので、その部分である事は間違いないと思う。背中側なので、見えてはいないけれど。


「………あ…」


 最初に感じたのは、違和感。
 男の人のについて理屈では知っていたけれど、その布地の下に固い物があるのはポケットに何か入れているんじゃないか、なんて思ってしまう。何しろ、小等部から女ばかりの礼園にいたし、それが当然だと思っていたから。…皐月がいなかったら今でも『男』というのは別の生物であるかのように思っていたかもしれないくらいであったし。
 男の人のその現象にはとんと馴染みがない。




 ―― でも、こうなっているのは皐月が私を女として見て、感じてくれた証拠なんだ。




 そう思うと、なんだか嬉しかった。


「どうしました?」
「い、いえ」


 ふと我に返った。
 そして内心、頭を抱える。


 …男の人の固くなったソレに触れてにまにましてたら、なんだか痴女っぽいじゃない…
 頭を振って、振り払った。
 そして、意を決して手探りでジッパーを下げる。
 それから皐月のベルトの留め金を外し、ズボンのボタンを外した。
 恐る恐る後ろを振り返ると、ズボンから開放されて、皐月のパンツを盛り上げているソレが眼に映る。慌てて前に向き直った。想像よりも大きいみたいで、本能的な恐怖を呼び起こす。
 …こんなのが本当に?裂けてしまうんじゃ?
 でも恐がってても仕方ないし。
 なんだかすごくはしたない事を、と思いながらも聞いた。


「ええと、さ、触ってもいいでしょうか?」
「どうぞ」


 その返事を聞いて、手を伸ばす。…向き合う勇気は無かったので、やっぱり後ろ向きで、顔を赤く染めながら。


「…あ……」


 下着の上から触れたソレは、すごく熱くて固かった。
 それが私の乱れる様を見て、皐月が私を求めてそうなったのだと思うと、一旦は静まりかけていた狂奔する官能的な感覚が再び呼び覚まされ、知らず知らずの内に脚をよじり合わせていた。
 スカートに包まれたその奥で、疼きが首をもたげ始める。
 何よりも、皐月に気持ちよくなって欲しかった事もあり、私はパンツの布地一枚を挟んで皐月の固いモノを指先でそぅっと上下に擦ってみた。頬を染めて、横目にチラチラと確認しながら。


「気持ちいいですか?」
「ええ」


 その返事に勇気付けられるように指先だけでなく、手の平全体で、ソレを? む。そして、大きく上下に動かした。手の平に布の擦れる感覚と、その中身の固さ、熱さが伝わってくる。
 その行為は、今までなら絶対しなかっただろうと思う。けれど皐月が私の指で、手で気持ちよくなってくれるのを見るのは、自分自身に与えられる官能以上の満足感を私にもたらした。もはや眼を離すことは出来ず、口元に手を当てて頬を赤らめつつも身体を捻ってジッとそれを注視してしまう。
 そして続けるうちに下着の一点、突起物の先端辺りに僅かに染みができている事に気づいた。


「…男の人も、気持ちよかったら濡れるんですか?」
「はい」


 新たに知った事実に驚きつつ、その濡れに指を擦り付けてみた。
 そして、確認するように自分の方へと持ってくる。
 途端にその匂いが私を捕らえた。男の人の、匂い。
 私をすごく興奮させ、発情させる、オスの匂い。私のオンナが甘く疼く。
 …たぶん、皐月もこんな風に私のメスの匂いを嗅いで興奮したんだ。
 そんな取り留めの無い考えがよぎり、私をますます昂ぶらせた。


「まだ、恐いですか?」


 耳元で、穏やかな声がする。
 そう、「恐い」と思ったのは、私だった。
 今でも未知の行為に対する恐れはある。
 けれど皐月の手が、キスが私に触れる度に、私は悦びを感じ続け、蕩かされ、はしたない愉悦を与えられてしまった。
 今ではそれはどんな感覚を与えてくれるのだろう、と恐れと同等の期待がある。
 迎え入れて、皐月を一杯に感じて、そして皐月に私を感じてもらうんだ。それこそ、一つになって。
 どんなに恐くても痛くても、皐月が与えてくれるのなら…
 そのまま後ろに倒れこむと、私は皐月の胸の中にすっぽりと納まる形となった。
 支えてくれる皐月の手をそっと両手で押し包む。
 両手から、そして背中から皐月の体温が伝わってくる。
 その温もりに支えられるように、口を開く。


「もう恐くはありません。ですから…」


 そして、言った。




「私の初めてを、貰ってください」
「はい」




















 お願いして、皐月には全て脱いでもらった。
 そうすると、股間のぺ、ペニスがどうしても眼に入るけれど、でもそれも皐月の一部だから愛しいといえば愛しい。


「ん…」


 そして何度目かの、皐月とのキス。
 たとえ、千回繰り返したとしても私をドキドキさせるだろうその行為は、やっぱり私の胸を素敵にドキドキさせている。
 そのまま抱き合って、ソファにどさりと倒れこんだ。
 全身に皐月の重さを感じる。抱きしめた胸に顔を埋めると、男の、皐月の匂いがした。
 私から求めてもう一度、キスする。
 そして、皐月の手が私の脚の間に伸びた。
 キスを繰り返し、その甘さに酔いながら、その手を受け入れるように脚を開く。
 その手が裾から奥へと侵入した。


「…んふっ」


 確かめるように蠢くその手と指先が送り出す快美感にせがむように腰をくねらせる。
 それはつい先ほどまでは思いもよらなかった行動で、理性はそんな淫らな事するなんて気でも狂ったのか、と問いかける。
 けれど、それもすぐに痺れてしまい、私は悦楽に翻弄されるだけの存在になった。
 秘する陰唇を弄くられる度に、クチュリクチュリとはしたない水音が立って、そこがどうなっているのかを否応なく教えてくれる。
 私の両脚の間はもうすでにしっかりと潤っていて、迎え入れる準備はもう充分に出来ている。
 それどころか、一度達してしまっていて敏感になっている私の身体はあまり刺激されると、再び達してしまうかもしれなかった。
 だから。
 私から、求めた。




「来て、ください」




 と。
 皐月は「はい」と言って私のスカートを大きく捲くり返し、両脚を大きく割り開いて私の秘処を露わにした。


「ひゃっ」


 小さく声が漏れてしまった。さすがにその光景には羞恥心を刺激されて、カアッと頬が熱くなる。
 露わになった私の女の部分は、私からは淡い翳りくらいしか見えないけれど、皐月の眼にはヒクヒクと皐月を求めて涎を垂らしている、はしたない淫靡な姿が映っているはずだ。
 けれど、眼を逸らす事無く皐月の動きを見守る。だってそれは、私が永い間禁忌として、けれど待ち望んでいた行為だったのだから。
 だから、ほんの少し躊躇っていると感じた時、私は自らの指で自分の谷間を押し広げて、皐月にその奥まで晒して「ここへ…」と呟いた。 
 それに従って、皐月の大きくなったペニスがそこにあてがわれる。
 その先端が私の陰唇に触れると、指やキスとはまた違った感触がする。
 …やっぱり、少し恐いけれど。


「やっぱり恐い、ですか?」


 ドキリとする。
 まったく、なんだってこの人は。こんなにボウッとした人なのに。
 なんだか涙が溢れそうだった。




「もう一度、キスしてください。それで、もう……して…」




 うわ言の様に告げる。
 皐月の顔が近づいてきて、私は眼を閉じる。
 チュッと口付けされたのは、私のまぶた。
 え?と思う間もなく、じわりと滲んでいた涙が掬われる。そしてもう一方も。
 それから、唇が重ねあわされた。
 唇を充分に感じてから、離れる。
 そして。
 皐月が私の中へと入ってきた。


「くぅっ…」


 文字通りに穿たれる痛みが襲う。
 眼をギュッと閉じて、耐える。涙がまた滲んだ。
 狭い隙間を無理やりこじ開けるように、否、こじ開けて皐月のモノが侵入して来る。
 目の前の皐月の身体に両手でしがみついた。


「ぅ…つぅ…っく」


 それは耐え難い痛みではあった。
 けれど皐月が私の中に入ってくる、その証と思えば、その痛みが愛しくすら、ある。
 決して、止めようとは思わない。
 ズッズッと入ってくる痛みを全身で受け止めるように、刻み込むように記憶する。
 そして、どれくらい経ったのか。


「全部入りました」


 そう告げられた。
 確かにお腹の中にはっきりとした異物感がある。
 皐月の身体を少し持ち上げてもらうと、私の恥骨と皐月のが当っていて、淡い陰影がぴったり密着しているのが判った。
 それが、一番奥まで皐月を迎え入れられた事が嬉しくて、涙を流したまま笑った。


「先生…皐月、私の膣は、気持ちいい、ですか?」
「ええ」


 私は、皐月を喜ばせる事が出来る。それも、嬉しい事。
 それを確認し、そして続ける。


「じゃあ、動いてください。もっと気持ちよくなって…」
「…はい」


 それはほんの一瞬だったけれど、いつもよりその返事は遅かった。
 …ああ、皐月は傷付けるとか痛いとかは嫌いだから。でも…


「私なら大丈夫ですから。…私をたっぷりと感じとってください。それが、私の望みですから」


 叶えてください、と眼で告げる。
 私に、皐月を感じさせてください。そして、私を感じて、と。


「…わかりました」


 返答。
 そして、ゆっくりと動き始める。
 私の内側が皐月のモノに絡みつき、そして擦られる。
 それにつれて、先ほど同様の痛みが私を襲う。




「手、手を握ってくださいっ。それとキスを、してっ」




 して欲しい事を、口にする。
 それだけあれば、私はその痛みに耐えられる。
 私の右手に皐月の左手が、左手に右手が重ねられ、ぎゅっと握り合わす。
 そして荒い、短い呼吸を繰り返す私の口に皐月の唇が重ねられた。
 私の唇を皐月の舌がゆっくりと舐め回す。


「ふっ…ふう…」


 少しずつ、痛みが引いてきた。慣れてきたという事だろう。
 それに伴い、皐月と一体となれた満足感以外の快い感覚が僅かながら染み出してくる。
 それを、もっと感じたくて、両の脚を皐月に絡ませ、私の奥へ奥へと誘う。
 もちろん痛みも強くなるのだけれど、かまわないと思った。
 皐月が私の身体で気持ちよくなってくれているのなら、それで。
 このまま時が止まってもいいと思うくらいに。
 皐月の作る律動に身体を任せ、ずっとつながっていられれば、と。
 そう、思った。


 やがて、皐月の動きが段々速くなってくる。
 私に打ち付けられる勢いも激しくなっている。


「すみません。もう…」


 皐月が小さく、そう言った。
 私はその瞬間が近い事を知って、また嬉しくなった。
 全身で、ギュッと皐月にしがみつく様にする。


「膣へ出してください、ね」
「はい」


 それだけを伝え合って、そしてまた身体を打ち付けあう。
 残り少ない時間を貪るかのような、交わり。
 そして。




「…あ、熱いのが…」




 皐月の白濁が、私の最奥へと放たれた。二度、三度と。
 それを感じとりながら、私はもう一度皐月の唇に自らのを重ねる。
 最後まで受け止めた心地よい達成感に身を委ねながら。




















 ドサリとベッドに身体を投げ出す。
 なんとか自室には帰りついたけれど、ひどい気だるさに包まれていて、もう動く気にはなれなかった。


「制服、皺になる、わね…」


 ふとそんな事を思ったけれど、今更だろう。もうすでに皺どころか、いろんな物を染みこませてしまっている。たとえば、今も私の中にある皐月の白濁であるとか。
 替えの服はあるから別にいいのだけれど。


「はあ…」


 気がつけば、溜め息を吐いていた。
 なんとなく自分を光の下に晒すのが嫌で、モゾモゾと毛布の中へと潜り込む。
 今の私にはこの闇の中の方が似つかわしく思えた。
 頭まで毛布に潜って丸くなった。
 毛布の中の安全な、暖かい闇に守られて、いろんな事を考える。
 黄路の家の事、学園の事、魔術の事、佳織の事、それから、皐月の事。
 そして、ふと以前考えた事を思い出す。
 禁忌へと誘う蛇。そして誘われた女。


「なんて、馬鹿な女だろう…」


 今でもそう考えている。
 けれど。
 馬鹿な事だとは思うけれど、愚かな事だとは思うけれど、きっと後悔はしなかったのではないだろうかと考えている。
 だって彼女には、『禁忌』を守るよりも犯す方を選んだ彼女には、甘い禁断の果実の味が残されたはずだから。
 そして現に。




 ―― ほら、私はやっぱり後悔しなかった。 




 皐月とこうなってしまった事に後悔はない。
 それに皐月の責任でもない。自分のした事は全て自分の責任だ。


 楽園を追放されるのなら、されましょう。
 地獄に堕ちるなら、堕ちましょう。
 それが私の望みの行く末なら、それでいい。
 全てを失っても、それでいいと思った。




 ただ。
 私には、その前に一つだけして果たさねばならない事があった。
 皐月との情事に溺れ果てても、決して忘れなかった事。


 橘 佳織


 あの、優しかった娘を死に追いやってノウノウと生きている奴等だけは。
 地獄へと堕とさねばならない。
 後悔させて、惨めな死を選ばせなばならない。


 ―― 私も道連れに堕ちてあげるから。いずれにせよ、堕ちる身なのだから。


 その事だけは、片時も、忘れてはならない。
 だから、皐月との逢瀬でも脱がなかったのだから。




 この、『喪服』を。忘れ果てない為に。




 決して、忘れはしない。
 だから。


「…今夜だけは許してね、佳織…」


 眼を瞑って許しを乞う。
 今夜だけは、皐月の匂いが染み付いた制服に包まれて、皐月の事を想って眠る事を。
 意識を深い闇へと投げ出しながら。



< 了 >






















  後書き


 滑り込み…セーフでしょうか?ここまで読んでくださった方、お疲れ様です(礼 
 いや、私も70kbいくとは思わなかった…おかげで配分間違ってるし(汗
 この話は本来かすがさんのリク(玄霧×美沙夜)で考えた物でした。でも話が十八禁に進みそうだったので、許可頂いて両儀“色”祭用とさせていただきました。快諾してくださったかすがさん、ありがとうございます。
 マトモな、と言いますか「相手」がいて「ギャグ抜き」の「十八禁」SSって実はこれが初めてだったりするんですが、いかがでしたでしょうか? 十八禁シーンに男出すのも初めてだ…。まあ、あんまりエチくは無いですけどもね。
 話の内容については、ギャグにする事も考えましたが、是非とも一度まともに書ききってやりたかったのでこうなりました。全編、黄路先輩の主観で書かれている為、玄霧先生わりと優しい(笑
 鮮花とも秋葉とも違うように、とは考えたものの、どっちかといえば秋葉よりですかねえ…美沙夜さんは。
 さて、お付き合い頂き、ありがとうございました(再度、礼








 …ところで、尼僧服にも似た制服となれば、キモはその下に隠された白い脚だと思うのだけれど、どうでしょう? ……やっぱり、靴下は着けたままだっただろーか…(←他に悩む所は無いのか






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