主の居ない『伽藍の洞』。
 事務所のテレビの前にはいつもの面々。
 やけに不安な音を立てながら、ビデオデッキがテープを呑み込む。
 そして画面に映ったのは、


「……野球中継みたいな映画だな、幹也」
「低次元な嫌味は止めなさいよバカ式。大体見たいなら自分で撮ればいいでしょう」
「延長を計算に入れてなかったなあ。……ああ、1時間も押してる」
「お嬢様、よろしければ――黒桐さまほど早くはありませんが――レンタルしている所を探して参りましょうか?」
「いや、いいよ秋隆。それほど見たかった訳でもない」
「ご免ね、式。また今度放送されたら撮っとくから」


 結局、留守番の暇つぶしはビデオからトランプに変更され、それでこの件は終わる。






 はずだった。


















星詠師






 昼過ぎ。
 聞き慣れたチャイムが鳴る。それと共に黒髪和服の少女がドアを開けた。


「幹也、上がるぞ」


 それを黒衣の少年が出迎える。


「ああ、いらっしゃい、式。……ん、何それ?」
「出掛けに秋隆に渡された。おまえに渡してくれとさ」


 主人を使い走りにしやがって、とぼやきつつ上がる式から紙包みを受け取る。
 丁寧な梱包を解いていく。


「何だろ……あ、」
「どうした?」
「ほらこれ、式がこないだ見たがってた映画のビデオ」


 幹也から手渡されたそれを見て、式は吐息。


「秋隆のやつ……いいって言ったのに」
「まあまあ。せっかくだし二人で見ようよ」


 お茶淹れてくる、と幹也は台所に消える。
 自分の手に残された真新しいビデオを見て、式は再び吐息。


 ……まあいいか。二人きりで見られるとは思ってもみなかったし。






「予告なんてつまらないだけだろう。早送りしろよ」
「これも見た方が気分が盛り上がるよ」


 言いつつ、お茶受けの煎餅に手を伸ばす。
 それを口に運ぶのと同時に予告が終わり、凝ったCGのタイトルが表示され――




絡み合う幹也と式が映った。




「「え」」


 硬直するブラウン管の外とは対照的に、画面の中では裸体が蠢く。


 式とは何度か体を重ねた事があるし、アダルトビデオの類を見るのも初めてではない。
 だが、それでも映像は幹也の視線を離さない。


 ……式?


 違う。似てはいるが顔の腺がやや柔らかい。
 別人だ。
 男も幹也に似てはいるがやはり別人。
 だが、一見恋人とも見える女性が奉仕し、自分に似た男に愛撫され、自分と彼女の知らぬ技巧で絡み合う様は――。
 もはや自分の中では、女は式そのものであり男は幹也自身だ。
 と。
 顔というより視界そのものを回すような思いで隣を見る。
 彼女にしては珍しく、式はまだ呆けたような顔のまま画面を注視している。
 それがゆっくりとこちらを向き、そのまま、今初めて画面を見たかのように赤く染まった。


「あ……」
「…………」


 画面と想像の中で躍動していた恋人は今、目の前にいる。
 状況は数秒前と変わらないというのに、幹也は喉を鳴らした。
 そんな彼の様子に式は微笑。
 その意味を悟り、慌てて何か言おうとして、


「…………」


 止めた。
 小さく頷いてから、免罪符のように謝罪の言葉を口にした。


「……ご免ね」
「どうして謝るんだ?」
「どうしてって……」


 苦笑。相変わらず、こういう部分では勝てない。
 不意打ちに唇を触れ合わせるだけのキスをした。
 先程より更に赤くなりながら式が固まる。
 主導権が自分に移った事に満足し、確認した。


「しよっか」
「う、うん」






 小さく頷くと同時に抱き上げられた。そのままベッドまで運ばれてしまう。


「み・幹也、ビデオがまだ……」
「いいから」


 いつものように横たえらず、幹也が胡座をかくようにベッドに座った。
 その上に座る形で下ろされる。


「……幹也……?」


 いつもと違う理由を聞こうと振り向けば、答える代わりに唇を奪われる。
 先程とは違う、深く相手を感じる為のキス。


「ん……!」


 唇を割って幹也の舌が口内に侵入。
 口全体を丁寧になぞられる。
 こちらも舌を絡ませて応戦。
 何度も唾液を交換し、ようやく口を解放された。
 二人とも荒い息。
 まず、帯を解かれた。
 同じ流れで、緩めに巻かれていたサラシと腰巻も。
 腰を浮かせてそれらを取り去れば、あとは長着に袖を通しているだけ。


「……手馴れてきた……」
「そういう式だって」


 下腹部に右手が伸びる。
 粘着質な水音と共に、指先にその原因が付着する。


「こんなにしてるくせに……キスだけで感じちゃった?」
「そんな事……や、やだ」


 自身の淵を中指がゆっくりとなぞり上げる。


「ん……!」


 羞恥と快楽の両方に声を殺して堪える。
 それが気に入ったのか、何度も喘ぎをリピートさせられる。


「ん……んぁ…んぅぅ……」
「可愛いよ、式」


 耳に囁きと甘噛み。


「やぁ……!」
「式、ビデオ見て」
「はぁ…ぇ…?」


 焦点の定まらない目を向ければ、




自分に似た女が恋人と似た男に攻められている。
式と同じ格好で。




 彼の意図を悟る。


「っ幹……ん!」


 抗議の言葉は、自らの淫液に濡れた指で止められた。
 舌よりも細く硬いそれが口内に侵入。形容し難い味と匂いが広がる。
 見れば、画面の女もまた男の指を咥え込んでいる。
 ゆっくりと、なぞるように舌を、歯を、頬を中から嬲っていく。
 腰を彼の左手が捕らえ、逃げられない。


「……ん……ふ…ん……」


 指が蠢くたびに、汗が肌に浮く。体温が上がる。彼を強く感じる。




男の攻めに胸が加わった。
豊かな女の胸を、潰そうとするような強い動きで揉む。




「次は胸、っと」


 腰を押さえていた左手が抱える様に胸に覆う。
 ビデオとは違う、ゆっくりとした動き。
 アレンジしていると言うよりは焦らしている。
 その証拠に、乳房には触れてもその頂点には全く触れない。




女の胸は荒々しく揉まれ、摘まれ、女の顔を悦楽に歪めさせている。




 自分だけが置いていかれるような焦燥。
 それも直ぐに渇望へと変わる。


 ……触、って、欲し……い


「ぅぁ……み……きぃぁ…んっ」
「ん? どうしたの? 式」


 だが、言葉は外には出せない。
 抗議するように、指の動きに舌で応えた。
 未だ残る自分の淫液を拭いさるように。
 今の自分が出来る唯一の抵抗。


「うん、解った。じゃ、触ってあげるね」


 確信犯だ、と思うより早く、


「……んぅ!」


 親指が頂点を捉え、背が弓なりに反った。
 充血し、固くなったそれを潰すように指が動く。
 円を描くように刺激しつつ、胸そのものも大きく愛撫される。
 口への攻めとは次元の違う愉悦。
 罰のように、褒美のように、自分の芯を揺らがせる。


「んんんぅっ」


 彼の指を噛んでしまわないように必死に堪える。
 だが、彼の攻めはその努力を無にするように強くなる。
 口と胸から侵されている。
 中と外から溶かされている。
 一頻り暴れていた指が唐突に引き抜かれた。


「……あ」


 別れを惜しむように唾液の橋が引かれる。


「式、僕のも」


 見れば、自分の淫液で汚れた彼のズボンを押し上げるものがある。
 今更ながら、その事実に心臓が跳ねた。


「…………」


 力の入らない手で何とかジッパーとトランクスを下げれば、屹立する彼自身が現れる。
 自分の足の間にあるそれに、


「……!」


 小さく、息を呑んだ。
 幹也が手を止めて促してくる。


「ほら」


 逃げ場を探すようにビデオを見れば、




二人は体勢を変えていた。
女が胸に男のものを挟み摩擦する。
ときおり濡れた舌が男自身を撫でる。
唾液を潤滑油に、擦り上げ、射精を促す動き。




 ……どうしよう。


 この体勢では口で愛する事が出来ず、それ以外の方法は知らない。
 数瞬考えて、


「ん……」


 自分自身から淫液を指ですくい、彼自身に塗布する。


「わ」


 予想外だったのか、幹也が驚く。
 二度三度と同じ行為を行えば、滑りは十分に良くなった。
 腫れ物を扱うかのように、両手で掴むと言うよりは触れる。
 そのまま、ゆっくりと擦り上げた。


「うわ……」
「……どう、幹也……? 気持ち良い?」
「う…ん、凄く良いよ。もっと続けて」


 スムーズな動きで、下へと擦る。
 先程までとは逆に、自分の手で想い人が快楽を得ている。
 その事に喜びを、自分の淫液が彼自身を包んでいるという事実に昂ぶりを得た。
 上へ、下へ、上へ、下へ。
 その度に、彼のペニスが震え、徐々に熱を持っていくのが解る。


「じゃ、僕もそろそろ……」


 幹也が手の動きを再開した。
 今度は両手で全身を。それに首筋への舌の攻撃を追加。


「や、んはぁ……」


 頬を、胸を、腹を、肋骨を、腿を、無粋と紙一重の感覚が何度も通り過ぎる。
 首筋を毛繕いでもするように舐められ、何度も吸い付かれる。
 理性そのものを舐め取られている。だが、それでも彼を愛している手の動きは停止も停滞もしない。


「はぁ…ぁ…ぁはぁ……」


 思考が溶ける。
 息が荒くなる。
 感じている、という事を素直に自覚する。
 視界の隅で画面を見た。




女の動きは更に激しくなる。
水音と皮膚が摩擦し合う淫らな音が幾度も繰り返される。
もはやそれは奉仕ではなく、自分自身を高めていく行為。
急に男の手が伸びて、女の顔を止めた。
爆発。
白濁した精が、女の顔を染めていく。
妄、としながらも、その顔には悦びの表情がある。




 ……自分と彼女、どちらの感じる快楽が強いのだろう。


 霞がかかった思考でそんな事を考える。
 と、幹也の舌が耳に侵入した。
 その異様な感覚が身体を一気に頂点に押しやった。


「っ!!」


 もはや声も、動きさえない。
 動きを止めて幹也が問うた。


「……イっちゃった?」


 答えられず、ただ荒い呼吸を繰り返す。
 ようやく息を整えて振り返れば、自然と目が幹也を睨む。
 目の端に浮いた涙も今は無視。


「睨まないでよ……」


 苦笑しながら頭を撫でられた。


「耳じゃ嫌だった?」


 答えない。
 視線を外し、前を見れば、




二人が次の準備に入っている。
最初と同じ体勢に。


 今の自分達と同じ背面座位。


「それじゃお詫びに」


 いきなり、ビデオと同じタイミングで腰を持ち上げられた。
 不安定な姿勢のまま確認する。


「……いくよ」
「……うん」




ゆっくり、ゆっくりと腰が降ろされる。



 ゆっくり、ゆっくりと腰が降ろされる。







くちゃり、という音を立てて男の性器が女のそれに触れた。

 くちゅり、という音を立てて幹也の性器が式のそれに触れた。


ず、あるいは、ぬ、という音を立てて入り込んでいく。




「んんっ……!」
「……くっ」


 一気には押し込まず、じっくりと内部を味わうように侵入される。


「……んいぃぃっ」


 いつもの何倍もの時間をかけ、内部の細胞が一つずつ目覚めさせられていく。
 この速度でしか得られない、じりじりと焦げていくような愉悦。
 達したばかりの式の身体を再び臨戦態勢へと変えていく。
 ようやく最後まで挿入を完了した。


「っはっ……っは……はっ」
「……式、大丈夫?」
「はっ……はっ……ん……大…丈夫……幹也の好きな……ようにして」
「動くよ……?」



画面の中では既に律動が始まっている。
肉音。
水音。
嬌声。
それら全てがワンセットで繰り返される。




 こちらも突き上げが開始される。


「あ、や!」


 思わず、先程と矛盾する叫びを上げた。
 幹也もこの状況に昂ぶっているのか、彼にしては珍しく最初からペースが速い。
 ビデオの二人に追いつかんとばかりに。


「んっ! やぁっ! んっ! あっ!」


 嬌演が繰り返される。
 何度も何度も、思考を白く塗り潰すために繰り返される。


「いっ!」


 子宮口を突かれる。


「ふぁ……!」


 抜けるぎりぎりまで引かれる。


「っ!!」


 前面を引っ掻かれる。


「ああぁあっ!」


 円を描く。


「んっっ」


 彼にどんどんと押し上げられていく。
 彼と愛し合っているのだという実感と快感。


 ……気持ち、いい……




画面では、




 もはやビデオなどどうでもいい。
 ただ、もっと彼を欲した。
 だが彼の顔は見えない。問うことも出来ない。
 だから、名を呼んだ。


「は、みきっ、やぁっ…」
「っ式っ、」


 答えは自分の名と運動の加速で返される。
 身体に何度も欲望の穴が生まれ、次の瞬間にはそれ以上の快楽が殺到する。
 名を呼ぶ以外の意識は全て行為に回される。
 一突きごとに身体も頭も白熱する。抑えきれない熱が嬌声と化す。


「もっと、もっ、とっ、」
「っは、」
「あっ、あっ、ぁっ、あっ」
「く……うぅ」
「幹也っ、幹也っ、幹也っ」
「式っ、式っ、式っ」


 ラストスパート。
 自分も幹也も限界。


「幹、也っ、わたしっ、わた、、しっ、」
「う……、僕、も、」
「来て、来てっ、来てぇっ!」
「式ぃっ!!」
「あああああああっ!!」


 先に登り詰めた。
 今まで以上に自分の中が収縮。
 それに耐え切れず、幹也も限界を迎えた。
 灼熱の濁流。
 幹也の精に自分の中を灼かれ、真っ白な思考が更に白く無となった。


「…………あ」


 満足感に包まれたまま、意識の糸を手放す。
 映像が切れた砂嵐とノイズが何処か遠く聞こえていた。







 思考と身体が緩やかに冷めていく。
 胡座をかいている幹也と横になったままの式。
 行為の余韻が残る中、幹也の手が式の髪をゆっくりと撫でる。


「……面白いか?」
「まあね」
「……変なやつ」


 シーツに包まりながら言っても、幹也はただ微笑するだけ。
 何故か、悔しい、と思い、手から逃れるように寝返りを打つ。
 180度回転した視線の先に、安物のビデオデッキがあった。
 巻き戻されたカウンターに0が並ぶ。
 視線を辿ったのか、幹也が口を開いた。


「にしても、秋隆さんも何考えてるのかなぁ」


 式が眉根を詰める。


「秋隆だけじゃない。トウコも一枚噛んでる」
「え?」
「アレは人形だ。死の線の見え方で解る。あれだけのものを作れる秋隆の知り合いはトウコしかいない」
「……成程」


 何かを諦めたような幹也に対し、式は怒りの表情のまま。
 ビデオの内容は無論、


 ……私より胸が大きかった。


 それに言及すれば、


「なに、すぐに同じ大きさに『して貰う』のだから問題は無かろう」


 などと言われるのは容易に想像できる。
 それがまた腹が立つ。
 全身から怒気が立ち昇り、


「まあ、可愛い式が見られたしいいか」
「な」


 幹也の一言で霧散した。


「いつもより積極的だったよね。もしかして、意外と見られる様なのが良いのかな?」
「ば」


 落ちるシーツに構わず、ベッド脇の目覚ましを捕獲。
 いつもと変わらない笑顔で放たれる言葉を止める為――、


「馬鹿ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」


 フルスイングで投擲された目覚ましが、いい音を立てて着弾。
 終焉を告げるようにベッドに落ちた。




END









オマケ

「……それにしても、どうしようか。このビデオ」
「オレが貰う」
「……え?」
「文句あるか?」
「……ええと……ダビングし「不可」
「……じゃあ……また二人で「断る」
「…………」
「必要あるの?(笑顔で)」
「……無いです(涙)」









 あとがき(のようなもの)



 初めまして。星詠師(ほしよみし)と申します。


 まずは締め切りギリギリに書き上げたにも関わらず、大いなる慈悲をもって掲載して頂いた大崎瑞香様に限りない感謝を。
 そしてこのよーな稚拙な作品を読んで下さった貴方に表現しきれない感謝を。
 何だかんだあっても、書いたものを見て貰えるとゆーのは幸運な事なのです、うん。


 しかしこの作品、予想以上の難産でした。
 実は違うハンドルで4・5年前に別作品のSSを一本書いてたりするのですが、そのブランクと俺自身の原作の読み込みの浅さ、変な文章ギミック好きな悪癖がたたってご覧のよーな有様に。
 幹也が鬼畜っぽいのは気のせいです。……書いてて楽しかったそのせいか?(笑)


 未熟者ですので至らない所がボコボコありますが、楽しんで頂ければ幸いです。
 それでは。




(初期コンセプトが「酔っ払った式が幹也を無理矢理」とゆー代物だったのは頂点秘密)



星詠師




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