広い広い遠野のお屋敷に、ちっちゃな黒猫がとてとてと歩いていました。


黒猫レンちゃんのお散歩




 夏も終わりに近づき、暑さも和らいできたこの時期に、遠野のお屋敷にあたらしいお客さんがやってきました。菫色の髪をした、町中でかなり目立っちゃう、異国の服を着た女の人。
 普段は物静かなその人は、けど分からないことがあると途端にマシンガンみたいに喋り出しちゃうんです。
 ただでさえ騒がしいお屋敷が、またちょっぴりにぎやかになりました。
 でもレンちゃんには、むしろちょっぴりやきもちでした。
 にぎやかなのは好きだけど、またひとりますた〜との時間をもっていっちゃう人が増える。
 前回、ますた〜の膝の上で丸くなったのは、もうずいぶん前のことです。
 思い出したら余計ますた〜の膝の上が恋しくなったみたいです。
 レンちゃんはぷく〜っと頬を膨らませました。
 ―――今の姿じゃ分かりませんけど。
 さてさて、レンちゃんのますた〜はこのお屋敷にいる志貴君です。
 さて、この志貴クンですが普段はトーヘンボクやらなにやら言われていますが、え〜と、女の子との……ごにょごにょになると途端に狼に変身します。
 それはもう、レンちゃんのお友達のクールトー君も顔負けな狼っぷりです。
 かくゆうレンちゃんも既に………ハッ、ダメですナレーションの私の口からはこれ以上お伝えできません(ぽっ



閑話休題



 はてさて、とにかくレンちゃんはブルーでした。
 この大きな木の下の日陰に寝転がって、うとうとするのはとても気持ちよくて。
 さやさやとした風が黒い毛皮と吹きさらしていくのはとても気持ちよくて。
 ぷんすかしてたお日様が、オレンジ色に変わり始める頃の最高のお昼寝タイムなのに、けれどレンちゃんは五月病かホームシックかマタニティブルーかってくらい、ブルーな気持ちでした。
 理由はとっても簡単です。
 最近納得する淫夢が造れないのです。
 彼女は見た目はただの黒猫だけど、実はれっきとした夢魔なんです。
 そして今まで、とても人前で話したら罪に成っちゃいそうな程の作品をたくさん作り出してきたのです。

 だからレンちゃんは、それなりの矜持と意地を持ち合わせていました。
 エッチければなんでもいいなんてのは二流の仕事なのです。
 頭を狂わす程に淫らで、心を狂わす程に妖艶。
 レンちゃんの仕事はまさに見事の一言に尽きました。
 しかし駄目なのです。
 いくら書いても書いても、どうもレンちゃんの納得のいく出来具合にならないのです。
 兄妹の禁断の逢瀬……
 夜のお勤めにメイドを……
 そして極めつけは姉妹いっしょに……
 数々の伝説をうち立てたレンちゃんも、どうも調子が悪いみたい。
 スランプでしょうか?
 あのスランプなのでしょうか?
 作家の誰もが必ず掛かり、そのせいで毎年多くの物語の紡ぎ手が筆を折らされることになるあのスランプなのでしょうか?
 レンちゃんはほんとうに原稿用紙に何度も何度も書いてはくしゃくしゃに丸めて放り投げ、くしゃくしゃに丸めては放り投げ、一日中机に向かって頑張ったりしたんです。
 ―――けれど駄目でした。
 積もり積もった紙の屑で、猫の姿のレンちゃんが埋もれてしまうぐらいに書いて書いて頑張ったのに、それでも結局納得のいくものは書けませんでした。
 くやしくてくやしくて。泣いてしまいそうなほどくやしくて……
 そこまで思い出してから、レンちゃんははぁと短く溜息をつきました。
 ととんと優雅に、四本の足で立ち上がります。
 もう帰らなきゃならない時間でした。
 レンちゃんがブルーな考え事をしている間に、お日様は山の陰へとバイバイしようとしています。
 レンちゃんはどこか名残惜しそうな顔をして、お日様を見送ってから、やはりとてとてと屋敷へと帰っていきます。
 もうすぐ秋も近いこの季節。
 流石に夜はちょっと冷えます。
 けれどレンちゃんの大好きなますた〜の膝の上は、ぽっかぽかで柔らかくてついついごろごろと声が出てしまうぐらい気持ちいいんです。

 アオォ――――――――――――――――――――――――ン

 どこかから遠吠えが聞こえます。
 犬の遠吠えじゃありません、犬じゃこんなに長く吼え続けるなんて事は出来ないんです。
 その時聞こえた遠吠えに、レンちゃんは心当たりが在りました。
 レンちゃんのお友達の、クールトー君の遠吠えです。
 クールトー君はとってもとっても大きくて、
 レンちゃんとお揃いの黒い色をした、けれどごわごわのたくましい毛並み。
 夜中に良く光る真っ赤な目。
 大好きな生ハムをバクバクとほんとうに美味しそうに食べる人……いえ、狼でした。
 いつも屋敷を護ってくれている番狼で、とってもカッコイイんです。
 ―――レンちゃんのますた〜には全然かないませんけど(合掌
 踏み出した右の前足を、ぴたっと止めて、大きな黒いリボンを揺らしながら立ち止まりました。
 しばらく月に魅入るかのように空を見上げながら、その声を聞いていたレンちゃんですが、
 何かを思いついたのでしょう。
 今度は跳ねるような足取りで、屋敷とは反対方向に向かいます。
 雑木林を抜けて。
 奥の和風の屋敷を横切り。
 小高い丘を走ります。
 足は止めず、風を切って。
 くたくたに疲れて、はぁはぁと荒い息ついていたけれど、レンちゃんの瞳はとっても活き活きと輝いていました。
 そして柵を抜けたとき、二度目のクールトーくんの遠吠えが聞こえます。
 レンちゃんは、その声が自分を応援してくれているようで、とっても嬉しくなりました。
 ―――頑張らなくちゃ。
 レンちゃんは自分にそう言い聞かせます。
 レンちゃんの黒い体が、夜の闇へと消えました。





 私は夢から醒めた。
 いやそれは間違っていた。
 ゆっくりと身を起こす。
 そこは以前この町を騒がした殺人鬼―――白純里緒を追いかけていたときにたった一夜だけ使った建物の一室だった
 受付が機械仕掛けになっている、ラブホテルとか言うところだった。
 此処は本来、男と女……いや雄と雌のいやらしい儀式のために供される場所である。
 しかし、私がこのような場所を利用したのは、以前幹也の言っていたことを思い出したからだった。
身を眩ませるときには、こういうホテルの方がいい……
 なるほど、自分の身分を証明する必要のないシステムは、手間が掛からなくて楽だった。
 けど、私がこんな場所を利用したのは前にも先にも一度きりだ。

 ―――だからコレは、私の見ている夢だろう。

 夢の中で見る、シキと云う名の夢……
 それなのに、ほとんど覚えていないはずのその光景が、何故此処まで鮮明な夢になったのか。
 そこまで考えて、私ははぁと溜息をついた。

「疲れてるのかな、オレ……」

 そうに決まっている、そうでなければ狂っている。
 きっとあの時のヒトゴロシは、私にあまりにも鮮烈すぎて、きっと私ですら分からない私の奥底に人知れず沈殿しているのだろう。

 きっと私はそれを酷く悔やんでいるから。

 きっと私は私を許せないから。

 意味のない無駄な記憶さえ、私の中に刻み込まれている。

 部屋の隅にはカガミがあった。
 私の目の前に、ホントに何処にでもあるような安物の、全身を写せる大きさのカガミがあった。
 特にどうということもなく、黒い着物の前をはだける。
 雪のように白い帯をほどき、ストンと闇のように黒い衣が落ちた。
 私はカガミのなかの自分を直視する。
 ………そこにあるのは、女の体だ。
 顔だけは眉を太く描いて、目つきを悪くすれば、まあ男に見えないこともない。
 けれど体だけはごまかしようがない。
 大きくもまた小さすぎる訳でもない形の良い胸。
 白磁の様に白い肌。
 そして男とは違う、丸みを帯びた女性の輪郭。
 いやらしい、女の躯だった。
 織を自暴自棄にさせていた女の体。
 男として生まれていれば、きっと私はこんなにも苦しまなかっただろう。
 織と私の二人だけの世界は、ただそれだけで満ち足りていて……

 けれど、私は出会ってしまった。

 自分を異常者だと気付いてしまった。

 そして、織をエイエンに喪ってしまった。


 織を喪ってしまった私は、その中に何もないガランドウ。
 ただ殺人の衝動にだけ身を焦がし、そして私の一番大切な人に重すぎるモノを背負わせてしまった。

 私のなかのガランドウを埋めてくれる。

 私をめちゃくちゃにしてしまう。

 こんな殺人鬼を、好きだと言ってくれる。


 ―――式が一番大切な幹也という人。

 幹也の髪で隠した左目は、もう過去に喪ってしまったモノ。

 幹也の走れない片足も、もう過去に喪ってしまったモノ。

 こんなに傷だらけの躯のくせに、それなのにまだ幹也は私の罪を背負うと云った。
 君を一生許さない、と云った。
 後日、トウコは良かったら代わりを創ってやろうか?と、眼鏡を掛けたままのにこやかな表情で言ったけど、幹也はけして首を縦に振らなかった。
 これは、僕が背負わなくちゃいけないものですから……と。
 白純里緒と言う人間が居た証ですから……と。

 私は再び溜息を吐いて、カガミのなかの少女に別れを告げた。
 私は律儀にも、かつてと同じようにシャワーを浴びる。

 ―――どこかこの夢は妙だ。

 胡乱なままで浴室から出た。
 シャワーで火照ったままの躯はどこか吐息まで熱を帯びて、夢だというのに躯の芯まで熱くなっているような錯覚に囚われる。。
 本当ならこのまま乱暴に着替えをするはずだったんだけど、なにもそこまで律儀に繰り返すこともない。私は着物を羽織るだけ羽織って、ほとんど裸のままごろんとベッドの上に寝転がった。
 火照った躯に、冷たいシーツの感触が心地よい………

 ………
 ………
 ………
「あ……」

 気付くとうとうととまどろんでしまっていたようだ。
 時間にすればほんの数刻、さして長いというわけでもない。
 ―――夢の中でまどろむというのも、変な話ではあるけれど……
 身を起こそうとして、手首には変な感触。

 あれ?

 身を起こそうとした躯は、けれど何かに引っ張られて再びベットのなかに沈み込む。
 なんとか視線を動かして手首を見ると、私の手首はベットに縛り付けられていた。
 私が付けていた白い帯と。
 誰のモノか分からない黒い帯。
 それがしっかりと私をこの白いキャンパスをつなぎ止めている。

「よっ、ヒサシブリ」

 私は反射的に隣を振り向いた。
 その声があんまり気安くて、最初分からなかった……






 私の隣には、はだけた白い着物を着て、いつか幹也が見たであろう笑顔をした。






 ………織がいた。


「シ…キ……?」

 私にとってかけがえのない半身であったシキ。
 夢を見るのが好きだったシキ。
 そして、殺人しか持っていなかったシキ……
 私の代わりに死んだはずのシキが私の前でほころんでいた。

「シキ……あなた、なんで……」

 夢を護って死んだはずの彼、私は知らぬ間に昔の口調で問い掛けている。

「なんで生きてるかってこと?それともなんで此処にいるかってこと?」

 あまりにも的確なシキの答えに、私はそれしかできない人形に様に、コクコクと首を縦に振る。

「だって、コレは夢じゃないか。だったら死んだはずのオレがこんな場所にいたって全然不思議じゃないだろ?」

 私と相似な姿の彼は、ケラケラと屈託の無い笑みを浮かべて笑っている。
 ―――あんまりにも幸せそうな微笑みに、しばし私は魅入ってしまう。
 けれど、それは幻―――
 彼は既にいない、だから此処にいる彼は、私の見ている都合のいい夢に過ぎないのだろう。

 ―――なんて自分勝手。

 死んでしまったシキの幸せな夢。
 幹也の隣りに居るシキ。
 織じゃ叶えられない夢だから、シキはあの雨の夜に私の代わりに死んだんだ。
 けど死んでしまった人間は、こんな風には笑えない。
 一度死を見た、そして今も見ている私には分かる。
 死はあまりにもおぞましく、あまりにも虚だ。
 ―――シキがあそこへ落ちていったなら、こんな風には笑えるはずがない。

「織………」

 私の呟きに、シキは手をブラブラさせて、かったるそうな表情で応じた。

「まったく、夢とはいえ人がせっかく出てきたってのに、まったくシキは無愛想なんだから……」

 はぁと大きく溜息をしてから。

「で………コクトーとはシてるの?」

 シキは一体何を言い出すのだろう。
 訳が分からなかった。

「え……」
「さすがに毎日とかじゃないよな、週一くらいか?」

 シキはうんうんと頷きながら、一人で納得しているようだ。

「してるって……なにを?」
「だからなにだよ、ナニ」

 瞬間、顔中が瞬間湯沸かし器に掛かったみたいに熱くなった。

「な…なな…な……」

 まったく、これじゃあ鮮花を笑えない。
 きっと今の私はあの時の鮮花みたいに耳まで染まった真っ赤な顔をしてるんだろう。

「アレ、違った」

 きょとんと、シキは言った。

「そんな訳ないでしょう!!」

 ぐわぁーん
 ぐわぁーん
 ぐわぁーん

部屋中に響き渡る私の思いっきり大音量の―――思わず昔の口調になってしまったその声に、シキは耳を押さえている。

 ―――なんかシキ、性格悪くなったような……

「いてて、ひっどいなぁ。あったまきた」

 とうてい怒っているとは思えないぷんすかといった擬音を出しながら、シキは私に向かって飛びついてくる―――どっちかっていうと、子供が犬とかにじゃれついていくのが近かったけれど。

「わ……バカ、やめろ」
「だーめ、やめてなんかやんない」

 そう言ってシキは私の躯にホントの子犬の様に頬ずりしてくる。
 シキの柔らかい頬の感触と、白い足が、臍が、胸が、漆黒の髪にに汚されていく光景に、体の奥がぶるっと来たような感じがした。
 ―――頭のどこか酷く冷静な部分が、こう考える。この構図は式があの殺人鬼に嬲られた時と瓜二つじゃないか……と。
 シキは、いつかの殺人鬼の様に、私のつま先にゆっくりと愛でるような口づけを始める。

「あ…やめ……」
「駄目」

 簡潔にそう呟くシキ。
 ゆっくりと、本当にゆっくりとほとんど全裸に近い私の躯をヒルの様なしめった舌が気が狂うほどゆっくりと、丹念に、丹念に、這っていく。
 体がぞわりと震えるような感触。
 ―――あの時と違って、不思議と嫌悪感は無い。

 くるぶしからはい上がる。

 ―――息が詰まる。

 膝からゆっくりと舐め上げる。

 ―――肌を染める。

 腿の内側に執拗に執拗に撫でつける。。

 ―――意識が胡乱に融けていく。

「は…はぁ…あぁ」

 荒く乱れた呼吸は……


シ キ〈私〉のものなのか


 シキ〈織〉のものなのか


 既に分からないほど溶け合っていた。


 酷く切なくて、。


 酷く狂おしい。


「あ…そこは……」

 私の大切な部分……に触れようとしていた多量の唾液を含んだそのいやらしいヒルは。
 けれど私の予想―――いや期待だろうか?に反して、一躍跳びにその窪んだ臍へと向かった。

「ふぁぁぁぁ……」

 不意打ちだった。
 どうしようもなかった。

 私は啼いてしまう。
 はしたなく、女として啼いてしまう。
 シキに嬲られて、こんな意地悪な織シキに弄ばれて、どうしようもないほど恥ずかしいのに。
 どうしようもないほどはしたなく、その涙声を漏らしてしまう。

「ふ〜ん、式だってそんな声出せるじゃないか」

 そう言って唾液のてらてらとした線を残したまま、シキの舌は私の躯から離れた。
 ―――刹那

「ふむ!?」

 唐突に、シキはがっしりと私の頭を掴んで、さっきまで私の臍を嬲っていたその舌を、強引に私の中に押し込んでくる。

「あふ……」

 その強引さとは裏腹に、優しく唇をなぞっていくシキの舌。
 お互いに触れあった唇は、あまりにも柔らかくて。
 あまりにも暖かくて。
 そのけして巧いとは言えないシキの愛撫は、ゆっくりとわたしを擦り潰していった。

 ―――気付けば、シキの頬もまるで火が付いたみたいに真っ赤。
 わたしもそんな顔をしているのだろうか?
 いやらしい、さかったけだものの顔をしているのだろうか?

 ―――けれどそんな考えは、シキによって吹き飛ばされてしまう。
 シキは、いつかの場所で、幹也がわたしに言ったように囁く。

「可愛いよ、シキ」

 それは反則だった。
 そんな口調で言われたら、
 そんな幹也を真似た口調で言われたら、
 私に抗う術なんて無いのに……

 ―――なんていじわる。

 その隙を、一気にシキが責め立てる。
 唇を押しつけ、舌を絡ませ、ぐちゃぐちゃにする。
 それはただ奪い、求めるだけの口づけ。
 唇を唇でふさがれて息が出来ない。
 口内に侵入してくる舌を、こちらからも舌で絡ませる。
 ただもう、一つに溶け合っていく。
 かつて様に、一つになっていく。
 元の形へと戻っていく。

 ―――けれどそれは、余りにも強すぎる快感を伴ったものだったものけれど……
 唾液にまみれた舌が幾度もねじ込まれてくる。
 わたしも舌でそれに応じる。
 ぬちゃりという音が、わたしの頭を染め上げる。
 あまりにもはしたなく。
 あまりにも妖艶に、
 熱を帯びたシキの呻き声は部屋に響く。
 けれどそれさえ、底なしにさらなる快感を誘っていく。
 口中をまさぐるシキの舌、あまりの快感に、それごと自分の舌を噛み千切ってしまいたくなる。
 そうすれば、きっと真っ赤な血を、思う存分飲めるだろう。
 けれど、それは幻想。
 シキのものと混ざり合ったシキの体液、それをゴクゴクとのどを鳴らして嚥下する。

 ―――真っ赤な液体の、代わりとばかりに……
 それは極上の媚薬のように、わたしの躯を火照らせる。
 シキはその漆黒の瞳でわたしを見ている。
 いやらしい女。
 さかった牝。
 なんてはしたない、オレの半身。
 嘲笑とも愉悦による歓喜とも取れない瞳で、私を見ている。
 そして、お互いの口の中を幾度も幾度もまさぐり合い、舐め合い、啜り合い、グチャグチャにして、シキはわたしから離れた。

「さて、もうちょっと啼いてくれないと、オレとしても張り合いがないんだけどな……」

 そんな勝手なことをシキは言う。
 笑いながらシキは言う。
 その姿は体中湯気が出るほど上気して、白い肌は朱に染まっている。
 表情には悦び、唾液がこぽりと顎へと垂れている。
 下腹部が、歩きにくそうに大きく膨れ上がっていて、右手にはナイフを持っていた。

「織……」

 ボウとして、シキを呼ぶ。
 それに応じたのは、本当に楽しそうなシキの微笑みと、しゅんといった音が聞こえてきそうな程見事な、ツメタイ鋼の一閃だった。

「あ……」

 間抜けな声が漏れてしまった。
 間違いなく殺されると、本能がそう断じたその一撃は……
 けれど傷一つなく付けることなく、代わりに私の躯を申し訳程度に覆っていた、その黒い布を完膚無きまでに解体した。
 晒されるわたしの裸身。
 シキと同じとろんと欲情に潤んだ瞳も。
 ツンと勃った桜色の蕾も。
 そして、てらてらと牡を誘う蜜で潤んだ爛れたあそこも……
 見られている。
 シキに見られている。
 その恥辱がわたしを苛む。
 かぁ、とさっきとは違う恥ずかしさで、頬が熱くなっていく。
 両手を自由にしようとじたばたともがく、けれどわたしを縛める二色の帯は、けして緩んだりはしなかった。
 じーーーーっっと、なにをするでもなくこちらを見ているシキ。
 それだけでとても恥ずかしい。
 恥ずかしいのに……わたしのあそこはじわりじわりとシキを誘うかのように蜜を流して濡れていく。
 ―――切なさに耐えきれなくて、いやらしい涙を流していく。
 シキはぽりぽりと頬を掻いてから、照れくさそうにこう言った。

「コクトーじゃないけど、綺麗だ……式」

 そう言ってぱさりと、白い着物を落とす。

 ―――それは蝶の羽化を思わせるほど、あまりにも自然な動きだった。
 そこにあったのは、あり得ないはずの男の、牡の躯だ。
 上に反り返った赤黒い塊が、ツンと私の鼻先に当たった。
 それだけで、たったそれだけで、別の生き物のように跳ね上がる牡のモノ。
 それを隠そうともせずに、シキはただわたしを見つめている。

「なんで……?」

 躊躇いがちに、訊ねる。

「式は女同士で絡む趣味なんてないだろ?」

 あまりにも屈託無く笑うシキに、私は毒気を―――そして不安を……抜かれてしまった。
 けどシキは、きっとその屈託のない笑顔のままで、その牡のモノで私をめちゃくちゃにしてしまうんだろう―――でもそれはもしかしたらわたしも望んでいることなのかもしれない。
 シキはわたしなのだから、その考えも自ずと分かる。

 ―――いや、そもそも此処は私の夢だ。ならばあのシキは、私がいやらしい欲望を満たすために生み出した、自分勝手な幻影なのかも知れない。
 こちらの考えなど知る由もなく、シキはただゆっくりと近づいてくる。
 そして一気に私の体に体重を預けるのだけれど、すぐにはその猛ったモノを私に突きつけようとはしない。
 じっくりと、
 焦らすように。
 嬲るように。
 抵抗の出来ないわたしの躯を、唇で軽く吸っていく。
 その度にゾクゾクとする。
 白い肌に鬱血の跡が残る。
 肉の悦びが駆け抜けていく。
 太股を、首筋を、鎖骨の間を、瞼の上を、おしりを、二の腕を、背中を、およそ体中ありとあらゆる所を這い回る、
 シキの視線。
 シキの指。
 シキの舌。
 そして最後にゆっくりと、シキの頭が残しておいたわたしの胸に向かう。
 さして大きくない胸をちろちろと蛇のように攻めてくる。
 ゆっくりと揉み上げて、そして一気に力を込める。
 シキの手の形に合わせて、不器用に形を変えるわたしの乳房。
 その度に、シキの舌がその桃色の頂を舐め上げるたびに、きゅっと先端を握りつぶされるたびに、電流にも似た幾度も幾度も快感が突き抜ける。
 わたしは、よがっている。
 涙さえ流して。
 涎さえ垂れ流して。
 はしたなく。
 いやらしく。
 躯を疼かせる。
 シキを求めてよがり啼く。
 わたしは完璧に式だった。
 それも女じゃない、肉の悦びに打ち震えさらなる快感を期待する汚らわしい牝。
 それが今のわたしという存在だった。

「シキ……シキ!!」

 私はいつしか叫んでいた。
 シキを求めて。
 もっといやらしいことをして貰いたくて。
 余りにも切なくて。
 私の口と、白く曇ったわたしの脳髄は、ただシキを求めているだけだ。

「待ってて……」

 子供のようなシキの声。
 今までの意地悪さが信じられないくらい素直に、そして優しくシキはゆっくりとわたしの戒めを解いていく。
 解放された体をひときわゆっくりと抱き起こして、そしてぎゅっと抱きしめる。
 お互いの体を。
 お互いの心を。
 自身を使って愛撫する。
 なにも考えられず、それが自然なことのようにシキと口づけを交わす。

 ―――そしてわたしは、シキと結ばれた。
 ゆっくりと不器用に、シキは私へと入ってくる。
 もう、ワケノワカラナイくらい濡れそぼったわたしのあそこに、ゆっくりと牡のモノを挿れてくる。

 ―――まだほんの入り口、先端が入っただけなのに、私は息さえ出来ない。
 こんなモノを全部入れられたら、わたしは壊れてしまうんじゃないか。
 そんな気狂とも恐怖ともとれない顔はしていたのかも知れない。
 シキは心配そうに、大丈夫だからと呟く。
 それで力が抜けた。
 ふっと笑ってしまった。

 ―――その隙に、一気に奥まで入ってくる。
 息の出来ない程の快感。
 息が詰まるほどの衝撃。
 入って来て、
 引き抜かれて。
 ただそれだけの、セックスとも呼べないような拙い技術しかない本能だけのまぐわい。
 でもそれは、わたしを高ぶらせる。
 でもそれは、シキを高ぶらせる。
 ギュッと締め上げて、ぎゅっと抱きついて。
 壊れそうなほど相手を望んで、
 狂いそうなほど相手を求めて、
 快感の波は次第に高く、短く、
 わたしたちは次第に上り詰めていく。
 幾度も幾度も突き上げて。
 幾度も幾度も受け入れて。
 ビクビクと小刻みに震え。
 はぁはぁと獣の様に求め。

「シキ、シ……キッ」

 今までの小刻みな動きから、ひときわ大きく突き入れてくるシキ。

「シキ……っはぁぁぁあ」

 それに応えて、快楽に従順な体は柔らかに、けれど一際きつく絞り上げる。
 そして叫び声が重なった。

「「ふぁぁっぁぁぁぁぁぁぁ」」

 そのいやらしい絶頂の叫びは。
 “わたし”と“カレ”悦楽におぼれる二人のシキものだった。
 シキはビクンビクンと牡のモノを振るわせて、どぷどぷとわたしの中に弾丸のようにその液体を打ち込んでくる。
 粘っこい液体。
 満たされていく感覚。
 わたしのなかがいっぱいなる。
 何度かに分けて、シキは自分というモノを全て私の中に注いでしまおうかとするかのように、長く、長く精を放った。

「はぁ……つか……れたぁ……」

 文字通り精魂尽きたシキが、こてんとわたしに倒れ込んでくる。
 それを待たずして、ゆっくりと霧散していくわたしの意識。
 胡乱な意識の中で確かに聞いた。

「バイバイ、式。アリガト」

その余りにも小さな呟きを、散っていく夢の中で確かに聞いた。






 夢から醒めた。
 まだ胡乱な意識のまま、体は布団に横たわっている。
 情事の後の体のだるさは苦痛と言うよりむしろ心地よかった。
 けれど、まだ体ははぁはぁと荒い息を繰り返す。
 汗も、必要以上にかいていた。

 ―――あとでシャワーを浴びないと……

 けど実は洗ったとしてもその後でこの布団で寝るのなら意味がない。
 何故なら……

「幹也……」

 精液と愛液でべとべとに汚れてしまったシーツ。
 ごろんと横に寝転がったそこには、すやすやと気持ちよさそうな―――そして本当に倖せそうな顔をした幹也が眠っている。

 ―――無論、全裸で……

 私の好きな人。
 私の初めての人。
 私が側にずっといる人。
 本当にどうかしてる。
 私はこんなにも幹也を欲しいと思っている。
 こんなにも幹也にイカレてれしまっている。
 私をこんなにしたのは幹也だ。
 私をこんなに弱くしたのは幹也だ。


―――けど、この弱さは好きだと思う。


 幹也に寄りかかって生きる。
 幹也に寄りかかられて生きる。
 黒桐幹也という人物は、両儀式の心の大部分を占めてしまっていた。
 シキの見た、幸せに暮らすという夢の具現。
 ぎこちないけれど、私は彼の夢の続きを彼と共に紡いでいく。

「あれ?……」

 触れた頬には、濡れた感触。
 私は泣いていた。
それはきっと、醒めてしまった夢のせい。
 朧に消えてしまうはずの白い月の夜の淫夢は、けれど私の中にはっきりと残っていた。
 あんな夢を見てしまったのは、きっと此処にいる幹也のせい。
 あんなにもいやらしく、私を責め立てる幹也のせい。
 だからあんなにも、今思い出しても恥ずかしい夢を見てしまったんだ……


 ―――夢の中でシキはバイバイと言った。

 あれは私の心が生み出した幻か……
 それとも私の中に残ったシキの残滓なのか……
 そのどちらなのかさえも分からない。
 けれどたった一つだけ分かったことがある。

「もう、幹也君ったら、腕枕するときは気を付けないと腕が棒っこになっちゃうよっていつも言ってるのに……」

 幹也は優しいから、こんな所まで私のことを考えてくれている。
 だから―――

「幹也君……私はあなたが好きです」

 少しだけ素直になろうと思う。
 式として、女の子として。
 幹也といっしょに歩いていく。

 ―――分かったことは、織は私にあまりにも多くのものを残してくれたと言うこと。

 私は冷たくなってしまった幹也の右腕を、胸に抱いて暖めながら。
 幹也の胸に頭を預けて、再び夢へと落ちていく。


 ―――白いまんまるな月の下、一匹の黒猫がにゃんと一声ないた。





 さてさて、夜が明ける頃、レンちゃんは眠そうな目をこすりこすり、再び遠野のお屋敷へと帰ってきました。
 レンちゃんはもう、10ラウンド戦い抜いたボクサーの様に疲れていたけれど、今にも親指をグッと立てそうなほど、やり遂げた表情をしていました。
 何故なら、新しい作品を創るのにぴったりな、とってもラブラブな夢を見つけることが出来たのですから。
 さて、人の夢に潜るのはレンちゃんでもとっても疲れるんです。
 けどレンちゃんは頑張りました。
 なんどもなんども潜って探して潜って探して、
 そして遂に見つけました。
 小さなアパートの、小さな布団にくるまっていた二人のますた〜より少し年上のカップル。
 その二人の夢は本当に幸せで、本当にレンちゃんの好みにあったモノで……
 だから、そのあまりにもぴったりな夢を見つけたときはホント嬉しくて、ついついおまけをしすぎちゃったみたいです。
 それを一晩中続けたのですから、もうレンちゃんは今にも眠ってしまいそうでした。
 そうですね、科白を当てるなら。

「燃えたぜ燃え尽きた……真っ白な灰によ」

 ………

 ゴメンナサイ、違いますね。
 もう、そんな目で睨まないで下さいよ。

 ―――くそ、カワイイな。
 ―――いつかぎゅってしてやる。

(じー)冷たい視線

 いえ何でもないですよ、では改めて……

「もう、休んでも…いい…よ…ね……」

 ………
(じー)冷たい視線

 あうぅ……また怒られちゃいました。
 いやこれはあっているとも言えなくもないと思うのですがね……


閑話休題


 レンちゃんはとことこと歩いていきます。
 向かうのは、大好きなますた〜の部屋。
 あったかなますた〜の膝で、今日こそぐっすり眠るのです。

 ―――夢の仕込みもしなくちゃいけませんしね。

 とことこと歩いていくと、クールトー君が朝の見回りをしていまいた。
 感心です。
 イケイケです。
 レンちゃんは、クールトー君に何か頼んで……あれ?そのまま寝ちゃうんですか!?
 もしもーしレンちゃーん。
 ………
 あ〜あ。
 完全に寝ちゃいました。
 やれやれですね。
 ねぇ、君もそう思うでしょ?クールトー君。

「くぅん」

 クールトー君はその背中にレンちゃんを乗っけると。
 眠りを邪魔しないようにまったく肩を揺らさずに歩いていきます。

―――すごいぞ、クールトー君、芸達者だ。

 さて、私達が知ることが出来るのは此処までです。
 その後、志貴君にいかなる事態が発生したのかについては、さすがの私でもお伝えすることは出来ません。
 まぁ、物語はこれで幕。
 めでたしめでたしのハッピーエンド。

 ―――最後に、その日の午後、レンちゃんが本当に幸せそうな顔で志貴君の膝の上でお休みだったと付け加えておきます。

 ―――そうか、絶倫超人か……


ちゃんちゃん


fin







あとがき

 あーーーー
 どーもこんばんは、hitoroです
 参加しないとのたまいながら、こんな物を送りつけている俺って……
 ―――(考え中)
 ―――(考え中)
 ―――(考え中)
 ………滝汗
 なかなか恐い考えが頭の中を駆け抜けていきましたが………ガクガクブルブル


閑話休題


 この話を書くに至ったきっかけ。

 まず、祭開催祝いにクールトー君の姉妹作っぽい、黒猫レンちゃんを書いていたのです。
 ころが、運良く(悪く)ネタに詰まっている時に立ち寄ったしにを様の西奏亭。過去ログを読んでいたら、おぉ、これでいけそうじゃん……ちう天抜きが在りまして。けど、途中まで書いて……

「やっぱ駄目だな……」

 と廃棄しようとしたところ、待ったをかけた人がいるわけです。(名前は一応伏せときます)
丁度、途中までできてたので一緒に送ったら……

>『黒猫レンちゃんのお散歩』読ませていただきました。
>まだ途中のようですが、なかなか続きが気になる展開です。
>…というか、ここまで書いて「やっぱナシ」とか言わないで
>くださいよ?目茶目茶気になるじゃないですか(笑)

 と言われまして、この俺のトチ狂った気の迷いから始まった、SSをいろいろなモノを喪いつつも。
 ―――途中で、ボストンバック片手に逃げ出したくなったりしましたけど……
 完成させることに相成ったわけです。
 では、稚拙な作品ではありますが、このような品でもせめて多少なりとも他の方のプラスにでも成れば ……と瑞香様に寄贈させていただく所存であります。
 では最後までお読みいただき、誠に有り難う御座いました。

2003/4/23 hitoro



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